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飲んだくれのクレセント

王家に連なる者が経営していると言うパブ、【ナイトクルーシブ】そこで誰にもじゃまされず一人静かに飲んでいたラバァルの元に、お邪魔虫として認識していた者が現れ、呆気なく見つかってしまった、ラバァルは少し苦手意識を持っていたが、力を使って何処かへ追い払う事もせず、呆れながらも相手をする事に...。     

              その117




高級パブ「ナイト・クルーシブ」夜


ジンを迎え撃つための罠の準備をベルコンスタンに命じてから数日。ラバァルは、今夜はシュガーボムの喧騒や、組織のあれこれから少し距離を置きたい気分だった。下手に街をうろついて、ムーメン家の放った刺客や情報屋に接触するのも面倒だ。そこで彼は、何度も訪れている、王族経営という触れ込みの高級パブ「ナイト・クルーシブ」へと足を運んでいた。この店ならば、少なくともムーメン家や他の評議会の家の息がかかった連中が、おおっぴらに何か仕掛けてくる可能性は低いだろう。

ラバァルは、広い店内の隅にある、目立たない小さなテーブル席を選び、バーテンダーにいつもの強い酒と簡単なつまみを注文すると、一人静かにグラスを傾け始めた。特に何かを考えているわけではない。ただ、喧騒の中に身を置きながらも、意識は内側へ向け、感覚を研ぎ澄ませる。アサシンとして訓練されていた頃からの、一種の精神統一のようなものだ。


そうして、しばしの静寂を楽しんでいた、その時だった。


入り口の方から、妙に聞き覚えのある、少しけたたましい笑い声と、ふらふらとした足取りで歩く気配を感じた。ラバァルは、嫌な予感を覚えながら、ちらりと視線を向けた。

(…やはり、あいつか)

そこにいたのは、一カ月近く前だったか? 別の酒場でインクルシオに絡まれていた、あの厚かましい酔っ払いの女――確か、クレセントとかいう名前だったか――だった。彼女は、きらびやかな店内に少し気圧された様子もなく、相変わらずマイペースに店内を見回すと、目立たない小さなテーブル席で一人静かに飲んでいるラバァルの姿を認め、ニヤリと笑ってこちらへ近づいてきた。


(…やれやれ、見つかっちまったか...せっかく静かに飲んでいたというのに)

ラバァルは内心で舌打ちしたが、特に避けようとはしなかった。どうせ、何を言っても無駄だろうと、半ば諦めていたからだ。

案の定、クレセントはラバァルの隣の席(テーブル席だが、カウンターのように隣り合った位置)に、断りもなくドカリと腰を下ろした。そして、テーブルの上に自分の愛用らしい、少し欠けた陶器のグラスをドンと置くと、あろうことか、ラバァルが注文したばかりの酒のボトルを勝手に掴み上げ、自分のグラスになみなみと注ぎ始めた。(ん~やはりそうきたか!)


「ん~っ、やっぱり高いお酒は香りからして違うわねぇ~!」

彼女は満足げに言うと、ゴクゴクと飲み干し、「ぷはぁーっ!」と大きな息をついた。そして、空になった自分のグラスに再び酒を注ぎ、さらに、ラバァルのグラスにも勝手に酒をなみなみと注ぎ足した。まるで、それが当然であるかのように。


ラバァルは、そのあまりにも自由奔放で、図々しい行動に、もはや怒りを通り越して、一種の感心すら覚えていた。数日前に似たようなことをした別のエマーヌを思い出したが、あの時の女とはまた違う、ある意味で清々しいほどの厚かましさだ。


「…おい」ラバァルは、呆れたような、それでいて少し面白がるような響きで声をかけた。「なんだ、クレセント。また銭もないのに、高級な酒を飲みに来たのか? ここはシュガーボムじゃないぞ。タダ酒が飲めると思うなよ」

ラバァルの言葉に、クレセントは顔を上げ、へらへらと笑った。

「あら、バレてた? ケチねぇ、少しくらい良いじゃない。それに、あんた、この前の借りがあるでしょ? あのチンピラどもから助けてくれた時の!」彼女は、全く悪びれる様子もなく言い返す。

「借り、ね。あれは気まぐれだと言ったはずだ。それに、借りを返すなら、あんたが俺に酒を奢るのが筋だろう」


「細かいこと言わないの! それより、こんな隅っこで一人で飲んで、寂しくないの? 私が話し相手になってあげるわよ!」

クレセントは、そう言うと、さらにラバァルのボトルに手を伸ばそうとした。

(…こいつといると、どうにもペースが狂うな)

ラバァルは、面倒くささを感じながらも、この奇妙な女とのやり取りに、ほんの少しだけ、普段の張り詰めた緊張が和らぐような感覚を覚えていたのかもしれない。彼は、クレセントの手からボトルを奪い返すと、自分のグラスに酒を注ぎ、そして仕方なさそうに、クレセントのグラスにもう一度だけ酒を注いでやった。

「…まあ、少しだけなら、話し相手になってやってもいい」

「やったぁ!」

クレセントは子供のようにはしゃぎ、再びグラスを呷り始めた。ラバァルは、やれやれと肩をすくめながら、この後、この女がどんな騒動を(あるいは、予期せぬ情報を)もたらすことになるのか、少しばかりの好奇心と共に、彼女の話に耳を傾けることにした。



ラバァルは、ナイト・クルーシブの隅のテーブルで、予期せず現れたクレセントと酒を酌み交わしていた。彼女の脈絡のない、しかしどこか憎めない酔っ払いの繰り言に、適当に相槌を打ちながら、自分のペースで酒を飲む。静かに過ごすつもりだったが、この女がいるとそうもいかない。まあ、たまにはこういう夜も悪くないか…ラバァルがそんなことを考えていた時だった。

近くのテーブルで飲んでいた、いかにも裕福そうな商人風の男たちの会話が、ふと彼の耳に入ってきた。

「おい、聞いたか? 今夜は闇市の闘技場で、いよいよ決勝トーナメントの準決勝らしいぜ!」

「ほう、それは見ものだな! 確か、謎の男『レボーグ』とかいう奴が勝ち残っているんだろう?」

「ああ! それに、ムーメンのところからも新しい強ぇのが出てるらしいじゃねえか。こりゃあ、荒れるかもしれんな!」

「賭けはどっちに張る? 俺はやっぱりレボーグだが…」

(…闇市の闘技場…決勝トーナメント…?)

その言葉を聞いた瞬間、ラバァルの脳裏に、数日前にウィッシュボーンと交わした会話が蘇った。

『ラバァルさん、近々、闇市の闘技場で大きな試合があるんですがね、面白いかもしれませんぜ? よろしければ、席を取っておきましょうか?』

『…闘技場か。まあ、気が向いたらな』

確か、そんなやり取りをしたはずだ。そして、その「近々」が、どうやら「今夜」だったらしい。ヨーゼフが興味を示していた場所でもある。どんな強者がいるのか、見ておくのも悪くない。それに、評議会の連中や裏社会の有力者も観戦に来ている可能性が高い。情報収集の場としても使えるかもしれない。


(…しまった! ウィッシュボーンに返事もしていなかった! 今夜だったとは…!)


ラバァルは内心で舌打ちし、すぐさま席を立った。

「おい、クレセント。悪いが、俺は急用ができた。これで失礼する」

「えーっ!? もう帰っちゃうの? せっかく楽しくなってきたところなのに!」クレセントは不満そうに頬を膨らませる。

「仕方ないだろう。大事な用だ」ラバァルは代金をテーブルに置くと、足早に店を出ようとした。

しかし、クレセントは諦めなかった。

「ねえ、どこ行くの? 私も行く!」彼女はふらつきながらも、ラバァルの後を追いかけてきた。

「ついてくるな。お前が行けるような場所じゃない」ラバァルは振り返らずに言う。目的地は旧市街スラムの奥深くにある闇市だ。こんな酔っ払いの女を連れて行けるはずがない。


「なんでよ! 面白そうじゃない! 連れてってよ!」クレセントはしつこく食い下がる。

店の外へ出て、旧市街へと続く道へ向かおうとするラバァルの腕を、クレセントが掴んだ。

「いい加減にしろ。お前、新市街からスラムへ行くには通行許可証が必要だ。そんなもの、お前が持ってるわけないだろう」ラバァルは、これで諦めるだろうと思い、少し呆れたように言った。

ところが、クレセントは「ふふーん」と得意げな顔をすると、懐から一枚の古びた、しかし有効な通行許可証を取り出して見せたのだ。


「持ってるもんねーだ! これがあれば、どこだって行けるんだから!」

「なっ…!?」ラバァルは思わず目を見開いた。なぜ、こんな女が通行許可証を? しかも、見たところ正規のものに近い。ただの酔っ払いではないのか?

(…こいつ、一体何者なんだ…?)

一瞬、疑念がよぎったが、今はそれ以上詮索している時間はない。


「…チッ、分かったよ。勝手についてくるなら、好きにしろ。ただし、騒ぎを起こしたり、俺の邪魔をしたりしたら、容赦なく置いていくからな」

結局、ラバァルはクレセントを振り切れず、仕方なく彼女を伴って、スラムへと続く境界の検問所へと向かった。クレセントが持っていた通行許可証は、驚くことに問題なく通用し、二人は無事に旧市街スラムへと足を踏み入れることができた。


闇市の入り口近く、指定された待ち合わせ場所には、ウィッシュボーンが少し心配そうな顔で待っていた。彼は、ラバァルが一向に現れないので、もう来ないのではないかと思っていたのだろう。


「ラバァルさん! よかった、来てくださったんですね! もう試合が始まってしまうかと…」

ウィッシュボーンは安堵の表情を浮かべたが、ラバァルの隣にいる、派手な身なりで酔っ払っているクレセントの姿を見て、すぐに怪訝な顔になった。


「すまん、ウィッシュボーン。すっかり忘れていた」ラバァルはバツが悪そうに言った。「こいつは…まあ、成り行きで連れてきちまった。気にするな」

「は、はあ…」ウィッシュボーンは、クレセントの素性を尋ねたいのをぐっとこらえた。(この女性は一体…? ラバァルさんの女…というわけでもなさそうだが…? まさか、他に人を連れてくるとは…)彼は、ラバァルのプライベートに深入りするのは得策ではないと判断し、それ以上何も言わなかった。


「…承知いたしました。では、チケットはこちらに」ウィッシュボーンは、懐から二枚の観戦チケットを取り出した。「お連れ様の分は、今から手配いたしますので、少々お待ちいただけますか? この闇市なら、多少の無理は利きますので」

彼は、ラバァルが一人で来ることを想定していたため、当然チケットは二人分(ラバァルと自分)しか用意していなかったのだ。しかし、状況の変化にも慌てず、すぐに追加の手配を申し出るあたりは、さすがに裏社会での経験を感じさせる。

「ああ、頼む。席は、あまり目立たない場所がいい」ラバァルはチケットを受け取りながら指示した。

「かしこまりました。すぐに」ウィッシュボーンは近くにいた顔見知りのダフ屋のような男に何事か耳打ちし、銀貨を数枚握らせると、男はすぐに人混みの中へと消えていった。

「では、ラバァルさん、チケットが手に入るまで、こちらで少々お待ちください」ウィッシュボーンは、比較的目立たない通路の脇へと二人を案内した。


ラバァルは頷き、クレセントは「へぇー、すごい人ねぇ。これが闇市ってやつ?」と、酔いも少し醒めたのか、珍しそうに、しかし物怖じしない様子で周囲の喧騒や怪しげな店々を眺めていた。

程なくして、先ほどの男がチケットを一枚手に戻ってきた。ウィッシュボーンはそれを受け取り、ラバァルに渡す。

「お待たせいたしました。これで大丈夫です。さあ、闘技場へ参りましょう」

「気が利くな」ラバァルは改めて感心し、チケットを受け取ると、ウィッシュボーンに案内されるまま、クレセントと共に、闇市のさらに地下深くに広がる、熱気と興奮に満ちた地下闘技場へと向かうのだった。



地下闘技場、中二階立見席


ウィッシュボーンに案内され、ラバァルとクレセントは、金網で囲まれた円形のリングを見下ろすことができる、中二階の立見席へとやってきた。ここは、VIP席のような快適さはないものの、リング全体を見渡せ、かつ人混みに紛れて目立たずに観戦するには都合の良い場所だった。クレセントは手すりに身を乗り出すようにして、眼下の異様な光景に目を輝かせている。

「うわー! すごい熱気ね! 血の匂いもする…!」

「静かに見てろ。騒ぐと叩き出すぞ」ラバァルは隣でぼそりと言った。

ちょうど、決勝トーナメント準決勝第一試合が始まるところだった。リングアナウンサーのダミ声が、興奮した観客たちの怒号のような歓声にかき消されそうになりながら、選手を紹介している。


『さあ、始まるぜ! 今宵最初の激突! 片や、予選リーグを圧倒的な力で勝ち上がり、その正体は未だ謎に包まれた黒き旋風! エントリーネーム、レボーーーグ!』


リングの一角に現れたのは、黒い革の軽装に身を包んだ、精悍な顔つきの男だった。無駄のない引き締まった筋肉、そして何より、その双眸に宿る氷のように冷たい光が、彼がただ者ではないことを示している。


『対するは、西にあると言う新大陸より現れた、規格外のパワーファイター! 野生の破壊神! その拳は岩をも砕き、その咆哮は魂をも震わせる! ベルトラン家が新たに見出した秘宝! ヘルコンダクターーーッ!』


リングの対角に現れたのは、巨大なゴリラを彷彿とさせるような、筋骨隆々の大男だった。全身から発散される野生的な、原始的なまでの凶暴なオーラは異様だ。


二人の選手がリング中央で睨み合う。観客の興奮は最高潮に達していた。その時、隣にいたウィッシュボーンが、ラバァルに小声で尋ねてきた。

「ラバァルさん…せっかくですから、少し賭けてみますか? ここはオッズも中々良いと評判でして…情報によれば、下馬評はヘルコンダクターの方が若干有利ですが、レボーグの強さも未知数。どちらに張るか、難しいところですが…」


ウィッシュボーンは、この闘技場の雰囲気に慣れているのだろう、ラバァルの機嫌を取ろうとして少し楽しげに提案してきた。

ラバァルは、リング上の二人を、改めて鋭い視線で観察した。ヘルコンダクターの溢れ出るような野生のパワーと凶暴性。対するレボーグの、静かだが研ぎ澄まされた、無駄のない動きと、奥底に秘めた冷徹な気の質。ほんの数秒の観察だったが、ラバァルにはどちらが『本物』か、既に見抜いていた。

「…ふん」ラバァルは短く鼻を鳴らすと、懐から一つの革袋を取り出した。それは、以前ホークアイへの情報料を払っても、まだかなりの金貨が残っている、ずしりと重い袋だった。彼は袋ごと、ウィッシュボーンに無造作に放り投げた。


「!」ウィッシュボーンは慌ててそれを受け取る。その重さに驚きながら、ラバァルを見た。

「その袋、全部、レボーグという奴に賭けておけ」ラバァルは、リング上のレボーグから目を離さずに言った。

「ぜ、全部、ですか!? こ、これは相当な額ですよ…!? レボーグに…本当に、よろしいのですか?」ウィッシュボーンは狼狽した。下馬評では不利な方に、これほどの額を賭けるとは、あまりにも大胆すぎる。

「俺の目に狂いはない」ラバァルは、有無を言わせぬ口調で言った。「あのゴリラもどきは、ただの力馬鹿だ。動きが直線的すぎる。対して、あのレボーグとかいう奴…動きの質が違う。気の練り方も、そこらの戦士とは一線を画す。勝つのは、奴だ。さっさと行って賭けてこい」


その断言には、絶対的な自信が満ちていた。ウィッシュボーンは、ラバァルの持つ異様なまでの観察眼と判断力に改めて畏敬の念を抱きながらも、まだ半信半疑だった。だが、命令は絶対だ。

「…か、かしこまりました!」ウィッシュボーンは革袋をしっかりと握りしめ、人混みをかき分けて賭けを受け付けている窓口へと急いだ。



ゴングが鳴り響き、試合が開始された!

ヘルコンダクターは、開始と同時に、野生の獣のように猛然とレボーグに襲いかかった! その突進は、大型の獣が突っ込んでくるかのような凄まじい迫力だ。巨大な拳が、風を切る音を立ててレボーグに迫る!

しかし、レボーグは冷静だった。彼は、最小限の動きでその猛攻を捌いていく。サイドステップ、バックステップ、スウェー。まるで猛牛をあしらう熟練の闘牛士のように、ヘルコンダクターの攻撃を紙一重でかわし続ける。その動きは、速く、鋭く、そして何より、無駄がなさすぎる。

(…ん?)


ラバァルは、レボーグの動きを見て、眉をひそめた。あの体捌き、あの重心移動、そして、相手の攻撃の僅かな隙を突いてカウンターを狙う、冷徹なまでのタイミング。それは、ただの闘技場の戦士の動きではない。どこかで見たことがあるような、既視感を覚える動きだった。


ヘルコンダクターは、攻撃がことごとくかわされることに苛立ち、さらに猛攻を仕掛ける。パワーに任せた大振りのフック、地響きを立てるような踏みつけ攻撃。だが、レボーグはそれら全てを、まるで予測していたかのように、冷静に対処していく。そして、ヘルコンダクターが大きく体勢を崩した瞬間を、彼は見逃さなかった。

レボーグの体が、一瞬、消えたかと思うほどの速さで踏み込む。そして、ヘルコンダクターの巨体の、鎧の隙間とも言える防御の薄い箇所――脇腹、膝裏、首筋――へと、短く、しかし致命的な角度と威力を持つ打撃を、連続で叩き込んだ! それは、明らかに人体の急所を知り尽くした者の攻撃だった。

「グゴッ…!?」

ヘルコンダクターの巨体が、初めて明確なダメージを受け、動きが鈍る。観客席から驚きの声が上がる。

その瞬間、ラバァルの脳裏に、かつての記憶が鮮明に蘇った。忘れもしない、あの動き。闇に紛れ、音もなく忍び寄り、一撃で標的の命を奪う、冷徹な暗殺者の動き。そして、その中でも特に優れた技術を持ち、常にラバァルの先を行っていた、あの男の動き…。


(…この動き…この体捌き…そして、あの急所への正確な攻撃…まさか…!!)


ラバァルの目が、驚愕に見開かれた。エントリー名はレボーグ。だが、その動きの根幹にあるものは、間違いなく、かつてラバァルが所属し、そして袂を分かった暗殺団【エシトン・ブルケリィ】の中でも、最強と謳われた部隊『灰色影』のリーダー、アビトのものだったのだ!

(アビト…! 生きていたのか…! しかも、こんな場所で、闘技場の戦士として…!? 一体、何があった…?)


ラバァルは、衝撃の事実に内心驚いていた。アビトは、あの後どうなったのか、実は知らなかった、エルトンからの話で、マーブル王国の憲兵たちが助けてくれたとしか聞いてない、勿論アビトが倒される何てことは思ってはいなかったが...。姿を消したと聞いていた。組織が潰された後、彼も追手に殺されたのだと思っていた。だが、生きていた。そして、名前を変え、このロットノットの地下で戦っている。デュラーン家に匿われているのか? それとも…。


リング上では、形勢が完全にレボーグ(アビト)に傾いていた。彼は、ヘルコンダクターの動きの隙を見つけると、再び鋭い踏み込みから、急所への的確な連撃を叩き込む。もはやパワーだけではどうにもならない。ヘルコンダクターは、巨体を揺らしながらも、成す術なく打撃を受け続け、ついに膝から崩れ落ち、リングに沈んだ。

『しょ、勝者、レボーーーグ!! なんという強さ! あのヘルコンダクターを、まるで子供扱いだーっ!!』


リングアナウンサーの絶叫と、観客たちの熱狂的な歓声が、闘技場全体を揺るがす。

しかし、ラバァルはその喧騒を遠くに聞きながら、ただ一点、リングから引き上げていくレボーグ(アビト)の後ろ姿を、複雑な思いで見つめていた。かつて自分を狙い、エルトンを逃がす為僅かに気をそらした瞬間にフック付きのショートソードで内臓を抉り出された苦い経験を思い出し、

予期せぬ再会に。彼はアビトにどう接するべきか? いや、今はまだその時ではない。アビトがなぜここにいるのか、そして彼の目的は何なのか。それを知るまでは、 下手に、接触するのはやめ

内臓を抉り出されたお礼は、またの機会に取っておく。


(…アビト…お前も、このロット・ノットの闇の中で、何かを求めているというのか…面白い。実に面白いことになってきた…)

ラバァルは、レボーグ=アビトという新たな、そして極めて危険な要素の出現に、警戒心を強めると同時に、この街で繰り広げられるゲームが、さらに複雑で面白みを増してきたことを感じていた。彼は、今はただアビトの動向を静観することに決め、次の試合へと意識を切り替える。だが、彼の頭の中では、アビトという存在が、今後の計画にどのような影響を与えるのか、様々なシミュレーションがラバァルの頭の中で駆け巡っていた。



地下闘技場、試合終了後


『しょ、勝者、レボーーーグ!! なんという強さ! あのヘルコンダクターを、まるで子供扱いだーっ!!』

リングアナウンサーの絶叫と、地鳴りのような観客の歓声が、地下闘技場を揺るがした。ヘルコンダクターという未知の怪物を、レボーグ(=アビト)が圧倒的な技術で打ち破ったのだ。その衝撃的な結末に、場内は興奮の坩堝と化していた。

そんな中、賭け窓口から息を切らして戻ってきたウィッシュボーンが、ラバァルの元へ駆け寄ってきた。その顔は、興奮と驚きで紅潮している。


「ラ、ラバァルさん! か、勝ちました! レボーグが勝ちましたよ! まさか、本当に勝つとは…! しかも圧勝! すごい、すごすぎます! ラバァルさんの眼力、流石ですよ!」

ウィッシュボーンは、まるで自分のことのように興奮し、早口でまくし立てた。彼にとって、ラバァルの指示通りに大金を投じ、それが的中したという事実は、ラバァルへの畏敬の念をさらに深めるものだった。


一方、隣にいたクレセントも、初めて目の当たりにした本物の死闘に、興奮冷めやらぬ様子だった。

「うっわー! 何今の!? すごい、すごいわね! あのゴリラみたいなのが一瞬で! 血が! 筋肉が! うわー! こんなの初めて見た! ねぇ、ラバァル! あの黒い服の人、何者なの!? すごくカッコよかったじゃない!」

彼女は、目をキラキラさせながら、手すりをバンバン叩き、純粋な興奮を隠そうともしない。酒の酔いも手伝っているのかもしれないが、その反応は、ラバァルやウィッシュボーンとは全く違う、ある意味で最も素直な観客のものだった。


「…うるさいぞ、クレセント」ラバァルは、興奮する二人を尻目に、冷静にリングを見下ろしていた。彼の思考は、レボーグ=アビトの存在と、その目的、そして今後の自分の計画への影響へと向けられていた。(アビト…なぜこんな場所に…? デュラーン家との関係は? 奴も、何かを狙っているのか…?)


「それで、ラバァルさん!」ウィッシュボーンが、我に返って尋ねた。「換金はどうなさいますか? すぐに行かれますか? これだけの額ですと、少し時間がかかるかもしれませんが…」

「…ああ、そうだな」ラバァルは思考を中断し、頷いた。「試合も終わったことだし、換金して引き上げるとしよう。長居は無用だ」


アビトのことは気になるが、ここで何かアクションを起こすのは得策ではない。まずは情報を集め、慎重に動く必要がある。


「やったー! お金持ちー!」クレセントが、換金という言葉に飛びついた。「ねえ、ラバァル! そのお金で、もっと高いお酒、おごってくれるんでしょ!?」

「…少しは黙っていろ」ラバァルは、やれやれと溜息をついて言う。



ウィッシュボーンが手際よく換金の手続きを進め、程なくして、彼らは元の投資額の何倍にも膨れ上がった金貨(それに相当する価値を持つ宝石や証文かもしれない)が入った、ずしりと重い袋を手に、地下闘技場の喧騒を後にした。


闇市を抜け、旧市街スラムへと戻ってきたラバァルは、その夜、シュガーボムではなく、オーメンのアジトにある、彼のために用意された質素な部屋で過ごすことにした。アビトの件や、ムーメン家への次の作戦など、少し一人で考えを整理したかったのと、明日は朝から訓練場で子供たちやヨーゼフの様子を見ようと考えたからだ。


ウィッシュボーンは、換金した莫大な資金の管理と、明日の作戦(ムーメン家関連の情報収集など)の準備のために残り、シュガーボムへと戻って行くと言っている。問題はクレセントだ。彼女は、闘技場の興奮と、ラバァルが大金を手にした(と見ている)ことで、すっかり上機嫌になっており、「ねぇ、このお金で朝までパーッと飲み明かしましょ!」とラバァルに纏わりついて離れない。

「…いい加減にしろ。俺は寝る」ラバァルは鬱陶しそうに振り払おうとするが、酔っ払ったクレセントはしぶとい。


「えー、つれないこと言わないでよー! ねぇ、どこに泊まるの? 私も一緒に行ってあげる!」

「お前が泊まれるような場所じゃない」

「いいじゃない、どこでも! 野宿だって平気なんだから!」

(…こいつ、本当に面倒だな…だが、このまま放り出して、またインクルシオみたいな連中に絡まれても後味が悪い)


ラバァルは仕方なく、ウィッシュボーンに目配せした。ウィッシュボーンはラバァルの意図を察し、「クレセントさん、でしたかな? よろしければ、今夜はこちらのアジトで使っていない部屋がありますので、そちらでお休みになっては? 朝まで飲みたいなら、倉庫にある安酒くらいならお出しできますが…」と提案した。


「本当!? やったー! さすがウィッシュボーン! あんた話分かるじゃない!」クレセントは単純に喜び、ウィッシュボーンの申し出に飛びついた。

こうして、クレセントはオーメンのアジトの一室で、ウィッシュボーンが出してきた安酒をさらに飲み、そのまま雑魚寝することになった。ラバァルは、ようやく静かになった自分の部屋で、硬い寝台に横になりながら、アビトのこと、ムーメンのこと、そしてあの掴みどころのないクレセントのことなどを考え、いつしか眠りに落ちていた。





最後まで読んで下さりありがとう、引き続きつづきを見掛けたらまた読んでみて下さい。

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