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密造酒破壊作戦

ムーメン家の大きな収益源の一つに密造酒がある、この密造酒のおかげで、王家より正規に酒販売を認められているスタート・ベルグ家の収益は激減していた、そんな事情もあり、ラナーシャの人事の件で借りが出来た事と釣り合うだろうと言う理由も兼ね、キーウィ&オーメンを使い最大規模を誇る密造酒拠点の破壊作戦を結構する事となった。    

   

             その116




シュガーボム、ベルコンスタンの執務室



スタート・ベルグ家での密談を終え、シュガーボムへと戻ってきたラバァルは、すぐさまベルコンスタンの執務室へ向かった。ムーメン家への次なる攻撃作戦について、具体的な指示を出すためだ。

執務室の扉を開けると、そこにはベルコンスタンに加え、見慣れない巨躯の男が、エマーヌの元側近クロードと共に立っていた。その男は、鍛え上げられた肉体と、歴戦の戦士であることをうかがわせる鋭い目つきを持っていたが、どこか精彩を欠き、体にはまだ治療の痕跡が残っているようだった。ラバァルはその男に見覚えがなかった。


「…ん? そいつは誰だ?」ラバァルはベルコンスタンに尋ねた。

「あ、ラバァル様、おかえりなさいませ」ベルコンスタンは立ち上がり、説明した。「こちらはロメールと申します。元エマーヌ様の側近を務めておりました男です。先日の騒動の際、彼は不在でして…」

「ほう、エマーヌの側近、ね」ラバァルはその男――ロメール――を一瞥した。「エマーヌが失脚した時、主人の側にいなかったとは、どういうことだ?」


ロメールは、ラバァルの鋭い視線に一瞬たじろいだが、正直に答えた。「…申し訳ありません。私はその時、地下闘技場での試合で負った傷の療養中でして…」

「地下闘技場? お前ほどの手練れが、誰に負けたというんだ?」

「…それが、レボーグと名乗る、どこの者とも知れぬ男に…圧倒的な強さでした」ロメールは、悔しさと屈辱に顔を歪ませた。

「レボーグ…?」ラバァルはその名前を反芻した。(闘技場に現れた謎の強者か…デュラーン家が関わっているという噂もあるが…面白い。いずれ、確かめてみる必要がありそうだな)

ラバァルはロメールとレボーグに一瞬思考を巡らせたが、今は目の前の課題に集中することにした。

「まあ、いいだろう。過去のことはどうでもいい」ラバァルは話題を変え、ベルコンスタンに向き直った。「それより、次の仕事だ。ジョン・スタート・ベルグ殿と話をつけてきた。我々は、ムーメン家の主要な収入源の一つである密造酒の流通ルートを叩く。同時に、スタート・ベルグ家が奴らに奪われた酒市場のシェアを回復させるための手助けも行う。これは、我々がロットノットでさらに影響力を増すための重要な作戦になる」


ラバァルの言葉に、執務室にいたベルコンスタン、クロード、そしてロメールの顔に緊張が走る。別室で待機していたキーウィの他の幹部たち(ボルコフなど、傷が癒えた者)も呼び寄せられ、本格的な作戦会議が始まった。

壁には、ロットノットとその周辺地域の巨大な地図が広げられ、ベルコンスタンがサードアイから得た情報や、これまでの調査結果を書き込んだメモが貼られていく。


「ラバァル様、ムーメン家の密造酒ですが…」ベルコンスタンが説明を始める。「…中心的なルートが、この街道沿いにある古い砦跡を利用した中継地点を経由していることが判明しました」

ベルコンスタンは地図上の一点を指し示す。

「この砦跡は、表向きは廃墟ですが、地下には大規模な貯蔵庫があり、ムーメン家はそこを密造酒の一大ストックヤード兼流通ハブとして利用しているようです。ここを叩けば、市内の密造酒流通に大きな打撃を与えられます」

「警備体制は?」ラバァルが尋ねる。

「かなり厳重です。…地下の貯蔵庫とその周辺は、ムーメン家の私兵…おそらくは“鋼拳”バルガスの配下が直接管理しているものと思われます」

「ふむ…力押しで攻め落とすのは得策ではないな。損害が大きすぎる」ラバァルは腕を組んだ。「もっと効率的な方法はないか?」


ここで、ベルコンスタンが続けた。

「…実は、ホークアイに追加調査させたところ、興味深い情報が。傭兵などの間で囁かれている古い噂ですが、その砦跡の地下には、古代の遺跡を利用した抜け道が存在する可能性がある、とのことです。確証はありませんが…」

「古代遺跡の抜け道…か。面白い」ラバァルは興味を示した。「ベルコンスタン、その抜け道の情報を最優先で特定させろ。サホークアイからだけでなく、ウィッシュボーンにもスラムの古老などから情報を集めさせろ。もし実在するなら、作戦の幅が大きく広がる」

「はっ! 直ちに!」


「よし」ラバァルは続けた。「作戦の骨子はこうだ。第一段階として、ベルコンスタンとウィッシュボーンは、抜け道の特定と潜入ルートの確保に全力を挙げる事になる。同時に、砦跡周辺のムーメンの警備体制、兵力、交代時間などを徹底的に洗い出せ」


「第二段階、潜入部隊の編成。これは少数精鋭で行う。ボルコフ、お前にその部隊の指揮を任せる。 回復したキーウィの精鋭、そしてオーメンの中から隠密行動と破壊工作に長けた者を選抜しろ。ロメール、お前も傷が癒えたら、この部隊に加われ。実力を見せてもらうぞ」


ボルコフは「はっ!」と力強く応じ、ロメールも決意を込めて頷いた。


「第三段階、実行。抜け道から潜入し、地下貯蔵庫の密造酒を可能な限り破壊、あるいは汚染させる。目的はあくまで酒の廃棄だ。敵との戦闘は極力避け、発見された場合は速やかに撤退する。この作戦の成否は、隠密性と迅速性にかかっている」


「第四段階、陽動と後始末。潜入部隊が作戦を実行している間、別の部隊が砦跡の正面や他のムーメン関連施設で陽動を行い、敵の注意を引きつける。そして作戦終了後、我々が関与した痕跡は一切残さない。これはウィッシュボーン、お前の仕事だ」


ラバァルは、次々と具体的な指示を出し、作戦の全体像を描き出していく。その的確さと冷徹なまでの合理性に、ベルコンスタンやボルコフをはじめ、その場にいた全員が息を呑む。(ヨーゼフは…今はスラムで力を蓄えさせる及び、報告があったアウル関連の襲撃に備える為、奴はあそこに残しておいた方が良いと判断。


「そして、この作戦と並行して、ベルコンスタン、お前はスタート・ベルグ家と連携し、ムーメンの密造酒が市場から消えた隙を突き、彼らの正規の酒を大々的に売り出す準備を進めろ。これが、スタート・ベルグへの『返礼』であり、我々の新たな資金源確保にも繋がる」

「かしこまりました!」

作戦の全貌が見え、やるべきことが明確になったことで、執務室には新たな緊張感と、強大な敵に挑む高揚感が満ちていた。キーウィの戦力低下という停滞期を乗り越え、ラバァルの指揮の下、彼らはついにムーメン家への本格的な反撃を開始しようとしていた。その第一歩となる、密造酒流通ルート破壊作戦の準備が、静かに、しかし着実に進められていくのだ。ヨーゼフはスラムで、ラバァルはシュガーボムで、それぞれが次なる戦いに備え、力を蓄えている。




ムーメン家 密造酒中継拠点・古い砦跡地下、深夜


作戦決行の夜。月明かりすらない新月の闇に紛れ、ラバァルの指示を受けた潜入部隊が動いていた。ベルコンスタンとウィッシュボーンが突き止めた、古代遺跡を利用した抜け道――砦跡の少し離れた場所にある、巧妙に隠された地下水路へと続く入り口――から、彼らは音もなく侵入を開始した。

部隊を率いるのは、傷も癒え、今回の作戦に並々ならぬ決意で臨んでいるキーウィの幹部、ボルコフ。彼に従うのは、同じく回復したキーウィの精鋭3名と、ウィッシュボーンが選抜した隠密行動に長けたオーメンのメンバー2名、そして、この作戦で汚名を返上し、新たなラバァルに実力を示すことを誓った元エマーヌ側近、ロメール。総勢7名の少数精鋭だ。彼らの目的は、地下貯蔵庫に保管されている大量の密造酒を使用不能にすること。戦闘は極力避け、迅速かつ隠密に任務を遂行しなければならない。


湿った、カビ臭い地下水路を進む。古代の石組みが露出した壁を伝い、時折聞こえる水滴の音だけが響く。ボルコフを先頭に、彼らは息を殺し、慎重に進んでいく。ラバァルから提供された(おそらくベルコンスタン経由だろう)簡易的な地図と、ウィッシュボーンが事前に潜入調査して得た情報を頼りに、迷路のような地下通路を抜け、目的の貯蔵庫エリアへと近づいていく。

(…近いな。酒の発酵するような、甘ったるい匂いがする)

ロメールは、鋭敏な感覚で貯蔵庫の接近を察知した。同時に、複数の人間の気配も感じ取る。警備がいるようだ。


ボルコフが手信号で部隊を停止させ、壁の隙間から内部の様子を窺う。そこは、巨大な岩盤をくり抜いて作られた広大な地下空間だった。無数の巨大な樽が整然と並べられ、ランプの薄明かりがそれらを照らしている。そして、いくつかの通路の合流点には、ムーメン家の私兵と思われる屈強な見張り番が二人一組で立っていた。数は多くないが、装備は整っており、油断している様子はない。

(…ラバァル様の言う通り、戦闘は避けたいが…あの見張りを無力化しない限り、奥へは進めんな)ボルコフは内心で呟き、部下に合図を送った。オーメンのメンバー二人が、音もなく動き出し、見張り番の背後へと回り込む。手には、気絶させるための薬を染み込ませた布。

二人は同時に飛び出し、見張り番の口を塞ぎ、首筋に布を押し当てた! 見張り番は一瞬抵抗しようとしたが、すぐに意識を失い、音もなくその場に崩れ落ちた。手際の良い仕事だ。オーメンの連中も、確実に成長している。


部隊は再び前進を開始し、巨大な貯蔵庫の中心部へと向かう。そこには、特に大量の酒樽が保管されており、ここを破壊すればムーメン家への打撃は大きいだろう。彼らは、事前に用意していた発火装置や、酒を汚染させるための特殊な薬品が入った袋を取り出した。

「よし、手早く済ませるぞ!」ボルコフが小声で指示を出す。メンバーがそれぞれの持ち場に散り、作業を開始しようとした、その瞬間だった。

「――そこで何をしている、ネズミども?」

低い、地響きのような声が、貯蔵庫の奥から響いた。闇の中から、ゆっくりと姿を現したのは、身長2メートルはあろうかという、鋼のような筋肉に覆われた大男だった。その顔には深い傷跡があり、両腕には禍々しい装飾が施された巨大なガントレットを装着している。男から放たれる威圧感は、ヨーゼフに匹敵する、あるいはそれ以上かもしれない。


「ちっ…! 見つかったか!」ボルコフは舌打ちし、部下に警戒を促す。「貴様、何者だ!?」

「俺か? 俺は**“黒曜石オブシディアン”のジルコニクス**。偉大なる“鋼拳”バルガス様の右腕よ」大男――ジルコニクス――は、重々しい声で名乗った。「貴様ら、どこの手の者かは知らんが…この聖域を荒らすとは、万死に値する!」

ジルコニクスの背後から、さらに数名の屈強な私兵が現れ、ボルコフたちの退路を塞ぐように展開する。隠密作戦は、完全に失敗した。


「こうなれば、やるしかない!」ボルコフは剣を抜き放った。「ロメールさん! あなたはあのデカブツを頼みます! 他の者は俺に続け! 血路を開くぞ!」


「承知!」ロメールも、愛用の大剣(シュガーボムで新しいものを調達していた)を構え、ジルコニクスへと向かっていく。キーウィとオーメンのメンバーも、覚悟を決めて他の私兵たちに襲いかかった!

貯蔵庫内で、激しい戦闘が始まった。キーウィとオーメンのメンバーは、数の上では不利だったが、ボルコフの指揮の下、連携を取りながら奮戦する。しかし、相手はバルガス直属の精鋭私兵だ。実力は互角以上で、戦いは熾烈を極めた。


一方、ロメールとジルコニクスの戦いは、まさに巨人同士の激突だった。ロメールの大剣が唸りを上げてジルコニクスに迫るが、ジルコニクスは巨大なガントレットでそれを受け止め、あるいは最小限の動きでかわし、逆に大地を揺るがすほどの重い拳を繰り出す。


「ぐっ…!」ロメールは、ジルコニクスの拳をガードした腕に痺れを感じながら、距離を取る。パワーでは相手が上だ。だが、スピードと技では負けていないはずだ。地下闘技場での敗北の屈辱、そしてラバァルへの忠誠を示すという強い思いが、ロメールを突き動かす。


ロメールは、フェイントを織り交ぜながら素早く踏み込み、ジルコニクスの巨体の死角を狙って斬りつける。ジルコニクスも巨体に似合わぬ反応速度で対応するが、ロメールの変幻自在の剣技に、わずかながら傷を負い始める。

「やるな、貴様…! だが、この程度か!」ジルコニクスは咆哮し、両腕のガントレットを打ち合わせた。すると、ガントレットから黒いオーラのようなものが立ち上り、彼のパワーがさらに増していく!

「なっ!?」ロメールはその変化に驚くが、怯まなかった。相手が奥の手を出してきたなら、こちらも全てを賭けるまでだ!

ロメールは深く息を吸い込み、全身の力を剣先に集中させた。そして、ジルコニクスが渾身の力で殴りかかってくるタイミングに合わせ、カウンターの一閃を放った!

キィィィン!!

金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音が響き渡る! ロメールの剣はジルコニクスのガントレットに阻まれたかに見えたが、その衝撃でガントレットに微かな亀裂が入る。そして、ロメールはその一瞬の隙を見逃さなかった! 体勢を崩したジルコニクスの鎧の隙間…脇腹へと、渾身の突きを叩き込んだのだ!


「グオォッ!?」

ジルコニクスは、信じられないといった表情で自身の脇腹を見下ろし、そこから噴き出す血を見て、よろめきながら後退した。致命傷ではないかもしれないが、戦闘続行は不可能だろう。

「…バ、カな…俺が…」

ジルコニクスは、膝から崩れ落ち、意識を失った。

ジルコニクスが倒れたことで、他の私兵たちの士気も一気に崩れた。ボルコフたちがその隙を突き、残りの敵を制圧する。

「…よし! 全員、状況は!?」ボルコフが叫ぶ。

「負傷者は数名いますが、動けないほどではありません!」

「ロメールさん! 大丈夫ですか!」

「…ああ、なんとかな」ロメールは、肩で息をしながらも、勝利を掴んだ安堵感と達成感に満たされていた。

「時間がない! 急いで酒樽を処理しろ! 発火装置と薬品だ!」


ボルコフの指示で、メンバーたちは手早く残りの作業を開始した。大量の密造酒に薬品が投入され、いくつかの樽には時限式の発火装置が仕掛けられる。

「よし、撤収だ! 急げ!」

全ての作業を終えると、ボルコフたちは負傷者を抱え、再び地下の抜け道へと急いで戻る。砦跡の地上部分では、陽動部隊が派手な騒ぎを起こし、敵の注意を引きつけているはずだ。彼らは、誰にも気づかれることなく、闇の中へと消えていった。



「数時間後、砦跡の地下貯蔵庫では、仕掛けられた発火装置が作動し、残っていた密造酒が大爆発を起こした。火は瞬く間に燃え広がり、ムーメン家の一大拠点は、もうもうたる黒煙と炎に包まれた。ムーメン家は、貴重な密造酒のストックと中継拠点を失っただけでなく、混乱の中で、彼らの精鋭であるバルガス直属のジルコニクスもこの炎に巻き込まれ、甚大な被害を受けていた。この作戦は、予期せぬ強敵の出現という危機はあったものの、ロメールの活躍により、最終的には成功裏に終わったのである。




ムーメン家 秘密アジト、地下執務室


ムーメン家の秘密アジトの最深部にある、豪奢だが悪趣味な装飾が施された地下執務室。当主モロー・ムーメンは、上質な革張りの椅子にふんぞり返り、苛立ちを隠そうともせず、テーブルに置かれた酒瓶を睨みつけていた。ここ数週間、彼の計画はことごとく邪魔されていた。ベスウォールの絹織物取引妨害の失敗、そして「ラスティ・ジョッキ」からの売上金強奪。立て続けに起こる不可解な事件に、彼のプライドは深く傷つけられていた。


そこへ、ノックの音もそこそこに、血相を変えた側近の一人が駆け込んできた。

「も、モロー様! 大変です!!」

「なんだ、騒々しい! 何があった!?」モローは不機嫌極まりない声で怒鳴った。

側近は、震える声で報告を始めた。

「はっ…! 先ほど、北の街道沿いにある砦跡の…あの、密造酒の中継拠点から緊急連絡が…! 何者かの襲撃を受け、地下貯蔵庫が…貯蔵庫が、爆発、炎上! 保管してあった密造酒は、ほぼ全て失われました!!」

「……なんだと?」

モローは、一瞬、側近が何を言っているのか理解できなかった。あの砦跡は、ムーメン家の密造酒ビジネスの心臓部であり、バルガス直属の精鋭が守りを固めている、鉄壁のはずの拠点だった。それが、襲撃され、壊滅した…?


「…馬鹿な…! ありえん! 警備はどうした!? バルガスの部下どもは何をしていた!?」モローの声が、 不信感から徐々に怒りへと変わっていく。

「それが…襲撃者は地下の抜け道から侵入したようでして…内部で激しい戦闘があった模様です。ジルコニクス様が…“黒曜石”のジルコニクス様が、重傷を負わされ…他の警備の者も多数が死傷した、とのことです…!」

「ジルコニクスまでやられただと!? あのバルガスの右腕が!?」


モローは完全に逆上し、椅子から立ち上がると、近くにあった高価な壺を床に叩きつけて粉々にした!

「ふざけるな! ふざけるなッ!! 一体どこのどいつだ! 我々ムーメン家に、ここまでコケにした真似をしやがるのは!!」

執務室に、モローの怒号が響き渡る。側近は恐怖で縮み上がり、ただ震えているだけだ。

「カザン! バルガス! ジン! すぐにここへ来い!!」

モローは、通信装置(おそらく魔道具か何か)に向かって怒鳴りつけた。


程なくして、”百目”のカザン、”鋼拳”のバルガス、そして”疾風”のジンが、執務室へと駆けつけた。彼らの表情も、事態の深刻さを物語っていた。

「聞いたぞ、モロー様。砦跡がやられたというのは、真か?」バルガスが、低い、怒りに震える声で尋ねた。部下であるジルコニクスが重傷を負ったことに、彼は激しい怒りを感じていた。


「真か、だと!? 見ろ、この報告を!」モローは、側近から受け取った報告書を三人に叩きつけるように見せた。「貯蔵庫は全壊! 密造酒は全てパー! ジルコニクスは瀕死! これ以上ない大損害だ!」

「…抜け道を使われた、と? 我々が把握していないルートがあったということか…情報管理に穴があったようですな」カザンは冷静に状況を分析しようとするが、モローは聞く耳を持たない。


「言い訳は聞きたくない! 犯人は誰だ!? 心当たりはあるのか!?」

「…絹織物の件、売上金強奪の件、そして今回の件…手口は異なるが、全て我々を狙った計画的な犯行であることは間違いないでしょう」カザンは続けた。「キーウィの残党か、あるいは我々に恨みを持つ他の組織か…あるいは…」

「あるいは、他の評議会の連中か、ということか?」モローは吐き捨てるように言った。「スタード・ベルグか? ゾンハーグか? それとも、あの狸親父のベルトランか!? あるいは、最近妙な動きを見せているデュオールか!?」


「断定はできません」カザンは慎重に答えた。「いずれにせよ、我々の内部に、情報が漏れている可能性も考慮すべきかと。抜け道の存在を知っていた者、あるいは我々の動きを外部に伝えている者がいるやもしれません」


「内部だと!? 裏切り者がいるというのか!?」モローの猜疑心が燃え上がる。「ならば、それも探り出せ! 怪しい奴は片っ端から締め上げろ!」

「落ち着いてください、モロー様」ジンが、珍しく宥めるように口を開いた。「今は、まず犯人を特定するのが先決でしょう。闇雲に内部を探っても、敵を利するだけです」

「ならばどうする!? このまま黙ってやられっぱなしでいろというのか!?」

「いいか、お前たち!」モローは、改めて三人の幹部を睨みつけた。「これは、我々ムーメン家に対する明確な挑戦だ! 断じて許さん! 全組織を動員しろ! 持てる限りの情報網を使い、スラムのネズミ一匹に至るまで調べ上げ、必ず犯人を見つけ出すんだ!」


モローの声は、もはや怒りを通り越し、狂的な執念に満ちていた。

「そして、犯人が分かったら…それが誰であろうと、関係ない! 一族郎党、根絶やしにしてくれるわ! 我々ムーメン家に逆らったことを、骨の髄まで後悔させてやる! いいな!!?」

「「「はっ!!」」」

バルガス、ジン、カザンは、主君の凄まじい剣幕に、改めて忠誠を誓うように力強く応えた。カザンは、表情には出さないが、内心では(…ラバァルという男の仕業か? いや、まだ断定はできん…だが、もしそうなら、恐ろしい男だ…)と、自らが加担している計画の危険性と、ラバァルの底知れなさに戦慄していた。

ムーメン家の怒りは頂点に達した。総力を挙げた犯人捜しと、その先にあるであろう血生臭い報復。ロットノットの裏社会は、ラバァルが投じた一石によって、さらに激しく、そして危険な渦の中へと巻き込まれていくことになる。モロー・ムーメンは、まだその渦の中心にいる存在の正体を掴めていないまま、破滅への道を突き進もうとしていた。




シュガーボム、ベルコンスタンの執務室、作戦翌日


ムーメン家の密造酒貯蔵庫襲撃作戦から一夜明け、シュガーボムのベルコンスタンの執務室には、昨夜の作戦の詳細な報告書が届けられていた。ラバァルは、その報告書に静かに目を通していた。作戦自体は成功、ムーメン家に大きな打撃を与えた。しかし、予期せぬ戦闘の発生と、キーウィ及びオーメンのメンバーに負傷者が出たこと、そしてロメールがバルガス配下の強敵ジルコニクスと交戦した事実は、今後の計画に修正が必要であることを示唆していた。


「…ボルコフたちの報告通りか。やはり戦闘は避けられなかったか。ロメールがジルコニクスを倒したのは僥倖(ぎょうこう)だったが、おかげでこっちの戦力も消耗した」ラバァルは報告書をテーブルに置き、向かいに座るベルコンスタンを見た。「怪我人の具合は?」


「はっ。幸い、死者は出ておりません。ロメール殿もボルコフも重傷というほどではなく、数日で復帰できるかと。他の者も、薬師の手当てで順調に回復しております。ただ…やはり、戦力が万全になるには、まだ時間が必要です」ベルコンスタンは申し訳なさそうに答えた。戦闘を極力避けるという指示を守れなかった負い目があるのだろう。

「まあ、仕方あるまい。結果として作戦は成功したのだからな」ラバァルは寛大さを見せる(内心では、戦力消耗に舌打ちしていたが)。「それよりも、問題は次だ。これだけの打撃を受けたんだ、ムーメンが黙っているはずがない。次は、奴らが仕掛けてくる番だ」


ラバァルは、ベルコンスタンに鋭い視線を向けた。「お前ならどうする、ベルコンスタン? ムーメンの立場なら、この状況でどう動く?」

ラバァルの問いに、ベルコンスタンは少し考えた後、答えた。


「私でしたら…まずは徹底的に情報を集めます。今回の襲撃が、誰の仕業なのか、確たる証拠を掴むまでは、闇雲に動くのは得策ではありません。内部に裏切り者がいる可能性も考慮し、慎重に調査を進めるでしょう」

「ふん、当たり前のことだな」ラバァルは鼻で笑った。「いくら血の気の多いモローでも、証拠もなしに他の評議会や組織を潰しまくるわけにはいかん。そんなことをすれば、それこそ他の連中から袋叩きに遭うのがオチだ。だが、調査は必ず来る。それも、奴らの最も得意なやり方でな」

ラバァルは立ち上がり、壁に貼られたムーメン家の幹部に関するメモを指さした。

「確か…ムーメンの幹部には、“疾風”のジンとかいう、隠密に長けた奴がいたな?」

「はっ! その通りです!」ベルコンスタンは素早く反応し、ジンに関する詳細なデータが書かれたファイルを取り出した。「情報収集、潜入、暗殺…その腕は、ロット・ノットでも随一と噂される男です。掴みどころがなく、何を考えているか分からない不気味な存在ですが…」

「だろうな。モローが犯人探しを命じれば、十中八九、このジンが動く。奴は、音もなく、気配もなく、我々の懐にまで忍び寄り、情報を盗み出そうとするだろう。あるいは、怪しいと踏んだ者を、密かに始末しに来るかもしれん」ラバァルの予測は、確信に満ちていた。カザンからの情報がなくとも、敵の組織構成と状況から、次に起こりうることを正確に見抜いていた。


「ならば…迎え撃つ準備が必要ですね」ベルコンスタンはゴクリと喉を鳴らす。

「そうだ。それも、ただ待ち構えるのではない。罠を仕掛けるんだ。こちらへ来るように誘い込み、確実に仕留めるためのな」ラバァルは、冷たい笑みを浮かべた。「奴が我々の情報を掴む前に、あるいは掴んだとしても、それをムーメンに報告する前に、だ」

「罠、でございますか…? 具体的には、どのような?」ベルコンスタンは尋ねる。ジンのような手練れを確実に仕留める罠となると、生半可なものでは通用しないだろう。


ラバァルは、少し考える素振りを見せ、あたかも今思いついたかのように言った。

「そうだな…例えば、だ。以前、闇市を歩いていた時に、面白いものを見た」

ラバァルは、先日闇市でホークアイの元へ向かう途中に見聞きした光景を思い返していた。怪しげな生物を売る店の前で、店主が客に説明していたのだ。

「なんでも、**『電気ウナギ』**とかいう、奇妙な魚がいるらしいな。そいつは、水中で強力な電気を放ち、大型の獣すら感電死させることがあるとか…」

「で、電気ウナギ…でございますか?」ベルコンスタンは怪訝な顔をした。なぜ突然そんな話が出てくるのか、理解できなかったのだ。


「ああ。まあ、ただの思いつきだがな」ラバァルは肩をすくめた。「要は、敵の意表を突くような仕掛けが必要だということだ。ジンほどの隠密の達人を相手にするなら、普通の罠ではすぐに見破られるだろう。何か、奴が予想もしないような、それでいて確実に行動不能にできるような…そんな『仕掛け』を用意しろ、ということだ。電気ウナギを使うかどうかは、お前たちの工夫次第だがな」

ラバァルは、具体的な方法を指示したわけではない。だが、彼の言葉は、ベルコンスタンに明確なヒントを与えた。――奇襲性、意外性、そして確実な無力化。


「別に、やり方は自由だ。お前の『知略』とやらで、面白い罠を考えてみろ。ただし、ジンを確実に捕らえるか、あるいは…始末しろ。失敗は許さんぞ」

「……!! か、かしこまりました!」ベルコンスタンは、ラバァルの発想の突飛さと、その冷徹な命令に背筋が寒くなるのを感じながらも、力強く頷いた。“疾風”のジンを相手にするのだ。生半可な罠では通用しない。ベルコンスタンは、ラバァルから与えられたヒントと、自らの知識、そして利用できる全てのリソースを総動員して、必殺の罠を考案する必要に迫られた。

ラバァルは、ベルコンスタンに後の計画を任せると、再び執務室を出て行った。彼は、ジンのような手練れをどうやって罠にはめるか、その過程を楽しむかのような、冷たい好奇心を胸に抱いていた。ムーメン家からの反撃は避けられない。ならば、その先鋒となるであろう「疾風」を、先んじて叩き潰すまでだ。彼の描くロットノット攻略のゲームは、疾風のジン攻略に向いていた。





ここまで読んで下さりありがとう、また続きをみかけたら読んでみて下さい。

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