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強さを求めて 

ラバァルに叩きのめされた後、ようやく寝床から脱出出来るようにまで回復していたヨーゼフは

フラフラとて居たくなくなかった、その為、仕事を貰いたくてラバァルの側に寄って来たのだが中々、話しかける事が出来ずに居た...。     

             その112 




シュガーボム、カウンター席、夜



ムーメン家の頭脳、”百目”のカザンを事実上支配下に置いた夜。ラバァルは、大きな仕事(策略)を一つ終えた安堵感からか、あるいは次なる策謀への移行期間としてか、いつものようにシュガーボムのカウンター席、壁際の薄暗い隅の席に座り、一人で静かに酒を飲んでいた。特に何かを深く考えているわけではない。ただ、硬いパンと塩漬け肉の簡単なつまみを口に運び、琥珀色の酒をゆっくりと喉に流し込む。この混沌とした街で束の間、思考を空にする時間だった。

そんな時、明らかに場違いな、しかし無視できないほどの存在感を放つ男が、店に入ってきたのをラバァルは気配で察知した。その男から発せられるエネルギー、”気”が、そこらのチンピラや酔客とは桁違いに大きいのだ。まるで、抑える術を知らないかのように、その力が周囲にだだ漏れになっている。

(…なるほどな。強いことは強いが、制御が甘い。戦場や迷宮を知る者なら、こうはならん。力を隠すことも戦いの一部だというのに…)

ラバァルは内心で、その未熟さを指摘していた。


その大男――ラバァルが以前、この場所で叩きのめした元地下闘技場チャンピオン、ヨーゼフ――は、店内を見回すと、ラバァルの存在に気づいたようだ。しかし、すぐに近づいてくるわけではなく、少し離れたカウンター席に、ドカリと音を立てて腰を下ろした。そして、ラバァルを一瞥すると、すぐに視線を逸らす。だが、その視線には、明らかにラバァルを意識している気配がまとわりついていた。

(…なんだ? 俺に何か用でもあるのか?)

ラバァルは訝しむ。ヨーゼフが、わざわざ自分の近くに座ったのだ。何か話があるのだろう。そう思い、しばらく様子を見ることにした。

しかし、ヨーゼフはラバァルが飲んでいたのと同じ銘柄の強い酒と、同じつまみを店のマスター、ハウンドに無骨に注文すると、あとは黙々とそれを口にするだけだった。時折、チラチラとラバァルの方を見るのだが、決して話しかけてはこない。

(…ったく、なんなんだこいつは。気があるならさっさと話しかけてくればいいものを)

待つのは性に合わない。いら立ち始めたラバァルは、グラスをカウンターに置き、ヨーゼフの方へ向き直った。


「おい」

ヨーゼフはビクリと肩を揺らし、ラバァルを見た。

「…確か、ヨーゼフと呼ばれていたな。何か俺に用があるんじゃないのか? さっきから、こっちを気にしているのがバレバレだぞ」

ラバァルの直接的な指摘に、ヨーゼフは明らかに狼狽した様子を見せた。あの巨体と強面からは想像もつかないほど、挙動不審になっている。

「う、うむ…いや、その…なんだ…あれだ…」

ヨーゼフは、しどろもどろになり、意味不明な言葉を繰り返す。まるで、言いたいことがあるのに、適切な言葉が見つからないかのようだ。その巨漢が子供のように狼狽する姿は、どこか滑稽ですらある。

「…はぁ」ラバァルは溜息をついた。「ちょっと待て。あれだの、それだのじゃ、何を言いたいのか全く分からん。用があるなら、はっきり言え。無いなら、俺の邪魔をするな」

そう促すと、ヨーゼフは突然、意を決したように席を立った。そして、ラバァルも、そして周囲でその異様な光景を固唾を飲んで見守っていたキーウィの構成員たちも、誰もが予想しない行動に出た。

ヨーゼフは、その巨体を窮屈そうに折り曲げ、なんと店の硬い石造りの床に、ドスン!と音を立てて正座したのだ!

「「「!?」」」

店内にいた誰もが、我が目を疑った。あの”無敵の傭兵”とまで呼ばれ、地下闘技場のチャンピオンに二度も輝いたヨーゼフが、シュガーボムの床に、まるで子供が叱られる時のように正座している。キーウィの構成員たちは、あんぐりと口を開け、目の前の光景が信じられないといった表情で見つめている。ベルコンスタンの”客人”であるラバァルの存在は認識していたが、まさかヨーゼフが彼に対してこのような態度を取るとは、想像もしていなかったのだ。

そんな周囲の驚きをよそに、ヨーゼフは床に手をつき、深々と頭を下げた。そして、意を決したように、低いが、しかし真剣な声で言った。

「ラバァル…いや、ラバァルさん! …頼みが、ある!」

「頼みだと?」ラバァルは、眉をひそめながらも、この予想外の展開に少しばかり興味を惹かれていた。

「ああ!」ヨーゼフは顔を上げ、ラバァルを真っ直ぐに見つめた。その目には、屈辱やプライドではなく、必死な、そして真摯な光が宿っていた。「…俺にも、何か仕事をくれ! 頼む!」

ヨーゼフは続けた。

「あんたに負けて、俺は全てを失ったと思っていた。チャンピオンの座も、名誉も、そして力への自信もな。だが…あんたは俺を殺さなかった。それどころか、治療まで受けさせてくれた。なぜかは分からん。だが、俺はこのまま、ただ飯を食らって、無為に過ごすのは我慢ならん! この有り余る力、燻らせておくのは性に合わんのだ!」

ヨーゼフは、再び床に額を擦り付けんばかりに頭を下げた。

「だから、頼む! どんな仕事でもいい! あんたの…いや、ラバァルさんの下で、俺を働かせてくれ! この恩は、必ず返す!」

元チャンピオンの、まさかの土下座と懇願。そのあまりにも不器用で、しかし真っ直ぐな姿に、ラバァルは内心で(…面白い奴だ)と思った。力を失ったわけではない。ただ、その力の使い方、そして自分の居場所を見失っているだけなのだろう。そして、自分を打ち負かした相手に、教えを乞うような形で仕事を求めてくる、その潔さ。

ラバァルは、しばらくヨーゼフを見下ろしていたが、やがて、ふっと口元を緩めた。

「…ふん、分かった。顔を上げろ、ヨーゼフ。いつまでも床に座っているな。みっともないぞ」

ヨーゼフは、恐る恐る顔を上げた。

「ならば…」

「ああ、仕事ならいくらでもある。お前ほどの腕力があれば、使い道には困らんさ」ラバァルは、新しい酒を注文しながら言った。「ただし、俺のやり方は甘くない。覚悟はできているんだろうな?」

「望むところだ!」ヨーゼフは、顔を輝かせ、力強く頷いた。ようやく自分の進むべき道が見えた、そんな安堵と期待が彼の表情に浮かんでいた。

周囲で見守っていたキーウィの構成員たちは、この意外な結末に、さらに驚きを深めていた。ラバァルという男は、ただ強いだけでなく、あのヨーゼフまでも手懐けてしまったのか、と。ラバァルの周りには、確実に、新たな力が集まり始めていた。



次の日からヨーゼフを連れて歩く事にしたのだが、先ずは所かまわず力の波動を溢れさせてしまい敵に気付かれてしまうと言う、弱点を抑え込める様に指導する事にした。




オーメン訓練所、ラバァルによる指導


翌日から、ラバァルはヨーゼフを伴って行動するようになった。だが、すぐに大きな問題に直面した。ヨーゼフはその巨体だけでなく、隠すことを知らない強大な「気」――力の波動――を常に周囲に撒き散らしているのだ。それはまるで、「ここに強者がいるぞ!」と大声で叫びながら歩いているようなものだった。

(…これでは話にならんな。敵にこちらの動きを察知してくださいと言っているようなものだ。脅しにはなるかもしれんが、俺が求めるのは隠密性と確実な一撃だ。このままでは連れて歩けん)

ラバァルは、ヨーゼフの弱点を矯正する必要性を痛感し、彼を旧市街スラムに完成したオーメンの訓練所へと連れて行った。

訓練所の中では、オーメンのメンバーたちが基礎訓練に励む傍ら、タロッチ、メロディ、ウィロー、ラモンの四人も、自主的に集まり、ラバァルから教わった技の練習や、互いに組み手などを行っている。彼らがいることで、オーメンの連中にも良い刺激になっているようだ。


ラバァルがヨーゼフを伴って現れると、子供たちがすぐに気づいて駆け寄ってきた。

「あっ、ラバァルだ! 今日も来てくれたのか!」タロッチが声を上げる。

「ラバァル、ラバァル! 見てみてよ! あたし、新しい三節棍の技、考えたんだ!」メロディが目を輝かせ、得意げに三節棍を振り回し始めた。それはトリッキーだが、まだ隙の多い動きだった。

ラバァルは、その動きを黙って見ていたが、終わると的確に指摘した。「ほう、面白い発想だが、踏み込みが甘い。それに、棍を回しすぎだ、もっと最短距離で相手の急所を狙え。ただし、その手首の返しは悪くない。こうすれば…」ラバァルは、メロディの手を取り、ほんの少し動きを修正してやる。それだけで、技のキレが見違えるように変わった。

「おおっ! すげえ!」メロディだけでなく、周りで見ていた子供たちやオーメンのメンバーからも感嘆の声が上がる。ウィローやラモンも、「俺の動きも見てくれ!」「こっちはどうだ?」と教えを乞おうとするが、ラバァルは手を上げてそれを制した。

「今日の目的はお前たちじゃない。こいつだ」ラバァルは、隣に立つヨーゼフを示した。「ヨーゼフ、お前のそのだだ漏れの『気』…力の波動をコントロールする術をここで学んでもらう。それが出来なければ、お前を俺の傍に置くわけにはいかん。いいな? 死ぬ気でやれ」

ラバァルはヨーゼフに向き直ると、多くを語らず、ただ要点だけを説明した。「気とは力の源だが、無駄に放出すれば隙を生む。必要な時に凝縮し、不要な時には完全に消す。それが基本だ。よく見ておけ」

次の瞬間、ラバァルから、それまで感じられなかったほどの、恐ろしく強大な『気』が放たれた! それは物理的な圧力となって周囲の空気を震わせ、ヨーゼフだけでなく、訓練所にいた全員が息を呑み、立っているのもやっとの状態になった。ヨーゼフは、自分がいかに力を垂れ流していたか、そして目の前の男がどれほど底知れない力を持っているかを改めて思い知らされ、冷や汗を流した。

そして、その圧倒的なプレッシャーが、ふっと消えた。まるで最初から何もなかったかのように、ラバァルはただ静かにそこに立っているだけ。その存在感すら希薄に感じるほど、完全に『気』を消し去っていたのだ。

「…なぜ気をコントロールせねばならんか、これで分かっただろう」ラバァルは静かに言った。「俺が教えるのはここまでだ。コツは自分で掴め。できるようになるまで、ここから出ることは許さん」

ラバァルはそれだけ言い残すと、あっさりとヨーゼフを訓練所に置き去りにして、どこかへ行ってしまった。



ヨーゼフと子供たちの交流、そして新たな課題


残されたヨーゼフは、呆然としながらも、ラバァルの言葉を反芻し、必死に『気』のコントロールを試み始めた。しかし、長年無意識に力を放出してきた彼にとって、それを抑えることは至難の業だった。力を込めれば気は溢れ出し、抑えようとすれば力が萎んでしまう。数週間、来る日も来る日も試行錯誤を繰り返すが、一向に上手くいかない。元チャンピオンとしてのプライドもズタズタになり、彼は訓練所の隅で頭を抱えてうなだれることもあった。

そんなヨーゼフの姿を、最初は遠巻きに見ていたタロッチたちだったが、いつしか興味本位で近づき、話しかけるようになっていた。ヨーゼフも、最初は子供たちを鬱陶しがっていたが、彼らの純粋さや、自分とは違う視点からの言葉に、次第に心を開いていった。特に、同じようにラバァルから「できない」と叱咤されながらも、必死に食らいついていく彼らの姿に、どこか共感するものがあったのかもしれない。

「ヨーゼフのおっちゃん、まだできないのかよー?」ある日、休憩中のヨーゼフに、ラモンが軽口を叩いた。


「うるさい! できるならとっくにやってる!」ヨーゼフはむきになって言い返す。

「ふーん。そんなの簡単なのにさ」ラモンは、つまらなそうに鼻をほじりながら言った。

「なんだと!? 簡単だと!? なら、お前がやってみろ!」ヨーゼフがカッとなると、ラモンは「へへーん」と笑い、得意げにやってみせた。目を閉じ、ゆっくりと鼻で息をする。すると、確かに、彼から感じられる子供特有の元気な気配が、すーっと小さくなっていくように感じられたのだ。もちろん、ラバァルのように完全に消えるわけではないが、明らかに変化が感じられる。


「なっ…!? どうやったんだ!?」ヨーゼフは驚いて尋ねた。

「えー? 別にー? ラバァルが言ってたじゃん、『集中しろ』って。俺はただ、鼻息に集中しただけだよ」ラモンはこともなげに言った。「息を吸ってー、吐いてーって、それにだけ集中してると、他のこと考えなくなって、なんか力がスーッと抜けていく感じ?」

「鼻で…呼吸に集中…?」ヨーゼフは半信半疑ながらも、ラモンの言う通りに試してみた。目を閉じ、ゆっくりと鼻から息を吸い、そして吐く。意識を、その空気の流れだけに集中させる…。すると、どうだろう。あれほど制御できなかった力の波動が、確かに穏やかになっていくのを感じたのだ。

「おっ! おっちゃん、なんか気配小さくなったぞ!」近くで見ていたタロッチが声を上げた。

「本当か!?」ヨーゼフは目を開け、子供たちを見た。ウィローもメロディも、驚いたように頷いている。

「やった! やったぞ! ラモン、お前、すごいじゃないか! ありがとう!」ヨーゼフは、思わずラモンを抱き上げそうになり、感謝した。子供に教えられるとは思いもしなかったが、長年の悩みが解決した喜びは大きかった。

しかし、その喜びも束の間だった。

「…なあ、ヨーゼフのおっちゃん」今度はタロッチが、少し難しい顔をして言った。「気は小さくなったけどさ…なんか、ボーッとしてないか? 今、俺が石投げても避けられなさそうだぜ?」

「え?」ヨーゼフはタロッチの指摘に、はっとした。確かに、呼吸に集中しすぎると、周囲への注意力が散漫になっていることに気づいたのだ。気を消すことには成功したが、その状態では戦えない。

「…なるほどな。気を消すことと、戦うための集中を両立させる必要がある、ということか…」ヨーゼフは、新たな、そしてより困難な課題に直面したことを悟った。気を消しつつも、周囲の状況を把握し、瞬時に反応できる状態でなければ、ラバァルの求めるレベルには到底達しないだろう。

「ちぇっ、まだまだ先は長そうだな!」タロッチは面白そうに笑った。

「ふん、見てなさいよ! おっちゃんより先に、あたしがマスターしてみせるんだから!」メロディも負けじと意気込む。

ウィローは、「頑張って、ヨーゼフさん」と優しく声をかけ、ラモンは「まあ、困ったらまた教えてやるよ!」と偉そうに言った。

ヨーゼフは、子供たちの言葉に苦笑しながらも、不思議と心は軽くなっていた。一人で悩んでいた時とは違う。ここには、一緒に悩み、競い合い、そして時には助けてくれる仲間がいる。彼は、子供たちとの新たな関係の中で、再び立ち上がり、次なる課題へと挑む決意を固めるのだった。気のコントロールの先にある、真の強さを目指して。




タロッチの朝:喧騒と意地


朝靄がまだ残るスラムの一角。活気(というより喧騒)が戻り始める市場近くの、雨漏りする掘っ立て小屋がタロッチの家だ。戸を開けると、既に母親(まだ若いが、苦労で顔に影がある)が、どこからか手に入れてきた固いパンと薄いスープの質素な朝食の準備をしている。父親の姿はない。彼は日雇いの力仕事に出かけているか、あるいは昨夜も安酒場で飲み潰れているかのどちらかだ。タロッチには、下に幼い弟と妹が二人いる。

「タロッチ! いつまで寝てるんだい! さっさと起きて、水汲みに行っといで!」母親が、弟の世話をしながら怒鳴る。

「…うっせえな、分かってるよ」タロッチは、むくりと起き上がり、悪態をつきながらも、空の水桶を持って外へ出た。共同井戸までの道すがら、他のスラムの住人たちの、投げやりな挨拶や、時には嘲笑するような視線を感じる。だが、タロッチは胸を張って歩く。ラバァルに鍛えられ、スチール・クロウと渡り合った(引き分けたが)ことが、彼にわずかな自信と、このスラムで成り上がってやるという強い意志を与えていた。

水汲みを終え、家に戻ると、固いパンをスープに浸して急いで腹にかきこむ。幼い弟妹が、彼のパンを羨ましそうに見ているのに気づき、タロッチは少しだけちぎって分け与えた。「…ほらよ」ぶっきらぼうに言うが、その目にはわずかな優しさが宿る。

「ありがとう、兄ちゃん!」妹が嬉しそうに笑う。

その笑顔を見て、タロッチは(俺が強くならなきゃ、こいつらも守れねえんだ)と、改めて決意を固める。

「母ちゃん、行ってくる!」

「ああ、気をつけるんだよ! 怪我するんじゃないよ!」母親の心配する声を背に、タロッチは訓練場へと駆け出した。彼の足取りは、以前よりもずっと力強かった。目指すは、スラムの頂点、そしてラバァルに認められることだ。



ウィローの朝:静寂と守るべきもの


スラムの中でも、比較的静かな、打ち捨てられた倉庫の裏手にある小さな小屋。そこがウィローの住処だ。中には、病気がちで寝込んでいる祖母と、ウィローの二人だけ。両親は、彼が幼い頃に流行り病で亡くなったと聞いている。祖母は、かつては新市街で仕立て屋をしていたらしく、小屋の中は貧しいながらも整頓され、壁には色褪せた美しい布地が飾られていたりする。

「…ばあちゃん、おはよう。具合はどう?」ウィローは、井戸で汲んできた水で祖母の顔を拭きながら、優しく尋ねる。この長身を、祖母はいつも「立派になったねぇ」と褒めてくれるが、ウィロー自身はスラムでの喧嘩では持て余し気味で、少しコンプレックスだった。


「…ああ、ウィローかい…大丈夫だよ。お前こそ、また喧嘩なんかして、怪我はないのかい…? 特に、あの子…ラモンちゃんは大丈夫だったかい?」祖母は掠れた声で心配する。小柄なラモンのことを、特に気にかけているようだ。

「へ、平気だよ、ばあちゃん。ラモンもピンピンしてるって!」ウィローは、本当はラモンも痣を作っていたことを隠し、無理に笑顔を作る。「ちょっと転んだだけだってば」本当は、戦うのは怖い。心臓が飛び出しそうになる。でも、タロッチやメロディが前に出て、ラモンがちょこまか動くのを、後ろから援護するのが自分の役目だ。仲間を守りたい、そして何より、この優しい祖母を安心させたい。その思いが、彼を突き動かしていた。

ウィローは、祖母のために簡単な食事(薬草入りの粥)を用意し、自分が食べる分は、残っていた硬いパンを齧るだけだ。


「…行ってくるね、ばあちゃん。ラモンたちと、ちゃんと助け合ってくるから」

「…ああ。気をつけなさいよ、ウィロー…お前は、本当に優しい子なんだから…」祖母は、ウィローの背中に、祈るような言葉をかけた。

その言葉を胸に、ウィローは小屋を出た。長身を少し猫背気味にして歩き出す。(タロッチは無茶するし、メロディはすぐカッとなる。俺がしっかりしないと…ラモンも守らないと…)彼の心の中には、恐怖と、仲間を守るという静かで強い決意が同居していた。



ラモンの朝:悪知恵と現実


ラモンの朝は、オーメンのアジトの隅にある、古びた寝袋の中から始まった。彼の父親は、かつてオーメンに所属していたチンピラだったが、ラバァルが来る前のゴタゴタ(あるいはただの酒の飲みすぎ)で死んだのか、姿を消してしまったいた。ラモンは、父親と一緒にいる事はほとんどなかったが、「オーメンのラモンのガキ」として、アジトの隅で寝泊まりすることを黙認されていた。ウィッシュボーンも、父親とは多少の付き合いがあったのか、あるいは単に哀れに思ったのか、ラモンを追い出すことはしなかった。もっとも、ラモン自身は、その状況を抜け目なく利用しているだけだが。


「んがー…腹減った…」大きなあくびと共に起き上がり、空っぽの腹を押さえる。昨夜は訓練でヘトヘトになり、ウィッシュボーンが分けてくれた残飯だけでは足りなかったのだ。彼は素早く寝袋を丸めると、アジトを抜け出し、市場へと向かった。


彼の狙いは、朝の仕入れで忙しく、警戒が緩んでいる商人の荷車だ。彼は、持ち前の身軽さと素早さで人混みをすり抜け、目ざとく見つけた果物売りの荷車から、見事な手つきでリンゴを二つ失敬した。一つはその場で齧りつき、もう一つは懐にしまう。

「へへ、朝飯ゲットだぜ!」

リンゴを齧りながら、彼は訓練場へと向かう。道すがら、新市街の方角を見やり、小さく舌打ちする。(ちぇっ、新市街に行けりゃ、もっといいモンが手に入るのによ…あの通行許可証ってやつ、どうにかならねえかな…ウィッシュボーンさんに頼んでみるか? いや、ラバァルにバレたら面倒か…)彼は、スラムでのし上がるだけでなく、いつかはこの窮屈な場所から抜け出してやろうという野望も持っていた。そのためには、ラバァルに取り入り、力をつけるのが一番の近道だと、現実的に判断している。


訓練場が見えてくると、彼の表情が引き締まる。(タロッチの奴は、今日も突っ走るんだろうな。ウィローは心配性だし、メロディはすぐムキになる。よし、俺がうまく立ち回って、ラバァルに『こいつは使える』って思わせねえとな!)彼は、仲間との関係やラバァルの評価を冷静に計算しつつ、お調子者を装って訓練場へと駆け込んだ。「おーっす! 今日も一丁、やりますかー!」



メロディの朝:孤独と渇望


メロディは、スラムの中でも特に治安の悪い地区にある、今は使われていない古い見張り塔のような建物の最上階をねぐらにしていた。そこからはスラム全体が見渡せ、誰にも邪魔されない彼女だけの場所だった。親の記憶はなく、物心ついた時から一人で生きてきた。信じられるのは自分の力だけ。誰かに頼ることも、甘えることも知らなかった。

朝、冷たい石の床の上で目を覚ましたメロディは、まず、隠し場所にしまっておいた、ラバァルから教わった三節棍(まだ扱いは未熟だが、彼女の宝物だ)の手入れを始めた。布で丁寧に磨きながら、昨日のラバァルの指導を思い出す。

(…まだまだだ。全然、ラバァルの動きについていけない。もっと、もっと強くならなきゃ…!)

彼女の目には、強い渇望の光が宿っていた。強さへの渇望。それは、一人で生きていくための術であり、誰にも負けたくないという負けん気の表れであり、そして、もしかしたら、ラバァルという圧倒的な存在に認められたいという、彼女自身も気づいていない願望なのかもしれなかった。

朝食は、昨日のうちにどこかから調達しておいた(おそらく盗んできたのだろう)干し肉と、水だけだ。それを無心に口に運びながら、窓の外のスラムを見下ろす。タロッチ、ウィロー、ラモン…初めてできた「仲間」。彼らと一緒にいるのは、時に鬱陶しく、言い争いも絶えないが、それでも、一人でいた時とは違う、何か温かいものを感じ始めていた。

(…ふん、あいつら、私がいないと何もできないんだから。しっかりしないと)

素直ではないが、それが彼女なりの仲間への思いだった。

三節棍を腰に差し、メロディは塔を飛び降りるようにして地上へ降り立った。訓練場へ向かう彼女の足取りは、どこか尖っていて、誰にも媚びない、孤高の狼のようだった。だが、その瞳の奥には、仲間と共に強くなりたいという、新たな感情が確かに芽生え始めていた。








最後まで読んで下さりありがとう、また見掛けたら読んでみて下さい。 

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