灰色の巨都、ロット・ノット その7
酒場兼賭博場『シュガーボム』は、酒とギャンプルを同時に楽しめるデュオール家参加の店だ、
だが今、その店を裏から仕切っているのはラバァルと言う男だった、彼はその店を仕切るボス
ベルコンスタンに、状漏洩の危険を減らす為、店の者全員の身辺調査を命じていたのだが、その
報告書が届くと...。
その104
ラバァル視点
シュガーボムを新たな根城として数日が過ぎていた。表向きはベルコンスタンにそのままボスとして振る舞う様に言い、今まで通りやらせている、俺の存在を知る者には忘れろと言ってある、話すとどうなるのかは勝手に妄想させ、膨らましてやったので、よほどのことがない限り、喋る事はないだろう、基本的にごく一部の者にしか事情は知らされていない。その間、俺はウィッシュボーンにオーメンの連中を鍛えさせ、スラム内に訓練場を確保する準備を進めさせると同時に、ベルコンスタンにはこのシュガーボム内部の徹底的な調査を命じていた。どんな組織も、内部から崩れるのが一番厄介だからだ。
コンコン、と控えめなノックの音が響く。俺が仮の寝床にしている部屋の扉だ。
「ん、入れ」
短く応じると、扉が開き、ベルコンスタンが以前より引き締まった表情で入ってきた。彼はもはや単なる駒ではなく、俺の指示の下で情報を収集・分析する役割を必死にこなそうとしている僕とも言うべき人材だ。
「ラバァル様、ご報告いたします。シュガーボムの従業員及び構成員の調査、完了いたしました。」
「ふむ、それで結果は?」
椅子に深く腰掛けたまま、俺はベルコンスタンを促した。
「…お恥ずかしい話ではございますが」ベルコンスタンは表情を曇らせ、手に持った書類を握りしめるように続けた。「大多数は問題ありませんでした。しかし、この私の管理する組織の中に、私腹を肥やし、組織の情報を売り渡していた裏切り者が三名おりました。奴らが明確に組織を裏切る行為、あるいはそれに準ずる行動を取っている証拠を掴んでおります。」
「ほう、明確な証拠だと? 聞かせろ」俺の声に、わずかに興味が混じる。ベルコンスタンがここまで言い切るからには、確かなのだろう。
ベルコンスタンは書類を一枚めくり、読み上げ始めた。
「まず一人目、給仕係のリリア。彼女は、自身の収入に見合わない高価な装飾品を複数所持しており、その購入資金の出所を追ったところ、競合店である『魔法のコンシェルジュ』の支配人から定期的に金銭を受け取っていたことが判明しました。見返りは、当店の内部情報…客入り、新メニュー、そして最近の組織内の雰囲気の変化などに関する情報ですが、間違いなく漏洩させております。金の受け渡し現場も、部下に確認させました」
「なるほど。で次は?」
「二人目、遊女のセーラです。彼女は、店の外で特定の男と頻繁に密会を重ねておりました。相手を特定したところ、評議会議員ローラン・ベルトラン家に仕える密偵であることが判明。セーラの部屋からは、ベルトラン家の紋章が刻印された金貨と、客の会話や従業員の様子から得たと思われる、組織の幹部たちの最近の立ち回り、特定の時間帯の人の出入り、あるいは金の動きを匂わせる断片的な情報といった内容が記されたと思われる暗号メモの書き損じが発見されました。密偵としては、こうした断片的な情報でも十分に価値があるのでしょう。彼女が情報を流しているのは確実です」
「ベルトラン家か…他家もやっぱり同じように裏で嗅ぎ回っていたか。で、最後は?」
「三人目、キーウィ構成員のゴードン。彼は以前から賭場での負けが込んでおり、その借金返済のため、組織の武器や備品を横流ししていたことが発覚しました。さらに、その事実を隠蔽するため、借金の取り立てに来てたムーメン家傘下のチンピラに対し、店の倉庫に保管してあった高級酒を渡そうとしておりましたが、今回は寸でのところで渡っておりませんが、裏切り行為は明白です」
ベルコンスタンは報告を終え、厳しい表情で俺の判断を待った。確たる証拠を掴んだことで、彼の報告には以前のような曖昧さはなかった。
俺はしばし黙ってベルコンスタンを見つめた後、静かに口を開いた。
「……まずは、良く調べ上げたと褒めてやろう。お前の言う『情報収集能力と知略』は、見せかけではなかったようだな」
ベルコンスタンの顔に、安堵と喜びの色がわずかに浮かぶ。だが、俺はすぐに言葉を続けた。その表情を再び凍りつかせるように。
「だがな、ベルコンスタン。これだけの情報漏洩と裏切りを、今まで見抜けず放置してきた貴様の脇の甘さはどういうことだ? 今回は俺が指示したから明るみに出たが、これがなければ、お前はこの組織を内側から腐らせていたかもしれんのだぞ。俺の部下になったからには、二度とこのような失態は許さん。次に同じようなことがあれば、どうなるか…分かっているな?」
俺の低い、しかし鋭い指摘に、ベルコンスタンは顔面蒼白になり、額から冷や汗を流した。
「は、はいっ…! まことに…面目次第もございません…! 大変、恥ずかしく、深く反省いたしております…! ラバァル様のおっしゃる通りでございます! 今後、二度とこの様な事態を招かぬよう、全身全霊をもって組織の管理と情報統制に取り組む所存でございます…!」
必死に弁明し、頭を下げるベルコンスタンを見て、俺は内心で(まあ、恐怖を与えれば、こいつは使える奴だろう)と判断した。
「…うむ。その言葉、忘れんようにな。…今回の調査能力自体は評価する。中々のサーチ能力だった」
「はっ! ありがたきお言葉…! いっ、痛み入ります…!」
ベルコンスタンは、叱責とわずかな評価が入り混じった俺の言葉に、安堵しつつも身を引き締めている様子だった。
「それで、その三名は確保してあるのだろうな?」
「はっ! 既に私の執務室にて、監視下に置いております」
「よし」俺は立ち上がり、ベルコンスタンに命じた。「言い訳や逃亡をさせんよう、外には手下を配置しておけ。30分後、俺もそこへ行く。貴様も同席しろ。その三匹のネズミに、直接落とし前をつけさせる」
「は、はい! かしこまりました!」
ベルコンスタンは力強く頷き、足早に部屋を出て行った。
(リリア、セーラ、ゴードン…か。競合店、ベルトラン家、ムーメン家…内通者の行き先も様々だな。この街の複雑さを表している。俺の存在はまだ隠せているようだが、時間の問題かもしれん。早急に組織を固め、次の手を打つ必要がある)
俺は冷たい笑みを浮かべながら、これから始まる尋問のことを考えた。証拠は揃っている。あとは、彼らが他に何を隠しているか、そして、裏切り者への見せしめをどう行うかだ。
30分後、俺はベルコンスタンの執務室の扉を開けた。中は既に、張り詰めた空気に支配されていた。
部屋の中央には三人の男女が立たされていた。給仕係のリリア、遊女のセーラ、そしてキーウィ構成員のゴードン。三人とも顔面蒼白で、自分たちの運命を悟っているのか、絶望的な表情を浮かべている。
部屋の奥では、ベルコンスタンが執務机の椅子に座り、その背後には護衛として屈強なキーウィの構成員が三名、腕組みをして立っている。俺が入ってくると、三人の裏切り者はビクッと体を震わせ、恐怖に染まった視線を向けてきた。
俺はゆっくりと彼らの前まで歩み寄り、まずはリリアに目を向けた。
「リリア。魔法のコンシェルジュに情報を売っていたそうだな。言い訳は聞かん。他に隠していることはないか? 正直に話せば、多少の情状酌量の余地がなくもないぞ」
俺はわざと、僅かな希望をちらつかせるような口調で言った。絶望の中に一筋の光を見せることが、時に最も効果的な尋問となることを知っている。
リリアは俯き、震える声で話し始めた…
「ベルコンスタンから聞いたぞ。お前、最近、不自然なほど羽振りが良くなったそうだな。しがない給仕係の給金で買えるはずのない、高価な装飾品を身につけていたとか。どういうことだ? 説明しろ」
俺が単刀直入に核心を突くと、リリアと呼ばれた女はビクリと肩を震わせ、俯いた。
「そ、それは…あの…客からの、チップで…」
「チップだと?」俺は鼻で笑った。「このシュガーボムで、給仕係に高価な装飾品を買えるほどのチップを出す酔狂な客がいると? 嘘をつくな。本当のことを言え。誰から、何の見返りに金を受け取った?」
俺が睨みつけると、リリアはついに顔を上げ、涙ながらに訴え始めた。
「…ち、違います! 本当なんです! …で、でも、チップだけじゃなくて…その、店の情報を少し…他の店の人に話しただけで…」
「魔法のコンシェルジュ意外にか? どこの店の、誰にだ?」
「『魔法のコンシェルジュ』の支配人にです他にはありません…新メニューのこととか、客入りの状況とか…ほんの少しだけ…」
「なるほどな。それでも立派な内通者だぞ、分かっているのか!」俺は冷たく言い放った。
次に、派手な身なりだが、目の下に隈ができている遊女に目を向けた。彼女は怯えながらも、どこか開き直ったような態度を見せている。
「お次はあんただ。名前は?」
「…セーラよ」少し投げやりな口調だ。
「セーラ、お前は最近、特定の客と不自然なほど頻繁に密会しているそうだな。それも、店の外で、人目を忍ぶように。相手は誰だ? そして、何を話している?」
セーラは一瞬唇を噛んだが、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「…ふん、あたしが誰と会おうと、あんたに関係ないでしょ? 仕事が終わった後のプライベートな時間よ」
「プライベート、か。だが、その相手が、評議会議員ベルトラン家の使いの者だと聞いているが?」
俺がそう言うと、セーラの顔から笑みが消え、動揺の色が見えた。
「なっ…! ど、どこでそれを…!?」
「お前の不自然な金使いを探り、誰と会い、何処の店で何を買ったか、支払いにはどんな金貨が使用されたのか調べると行き着いた。ベルトラン家の紋章が入った金貨が、お前が買い物に入った店で使用されていたと報告が来ていた。奴らに何を渡していた? そんな大金を得ていたのださぞ良い情報を売ったのだろう? 」
セーラは顔面蒼白になり、震え始めた。
最後に、俺はキーウィの構成員の男に向き直った。体格はいいが、どこか落ち着きがなく、視線が泳いでいる。
「お前だな、名前は?」
「…ゴードンだ」ぶっきらぼうに答える。
「ゴードン、お前は組織の金を使い込んでいるそうだな。賭場で大きな負けを作り、その穴埋めのために、組織の備品を横流ししている、と。違うか?」
ゴードンはギクリとした表情を見せ、慌てて否定しようとした。
「ち、違う! そんなことは…!」
「言い訳は聞かん」俺はゴードンの胸ぐらを掴み上げた。「お前の金の動きは把握している。それだけじゃない。お前、借金のカタに、外部の組織に情報を売ろうとしていたな? 相手はどこだ? ムーメンか? それとも…」
ゴードンは観念したのか、あるいは恐怖に耐えきれなくなったのか、顔を歪ませて白状し始めた。
「…わ、悪かった! 認める! 借金で首が回らなくて…! ムーメン家のチンピラに話を持ちかけられて…まだ、何も渡しちゃいねえ! 本当だ!」
俺は三人の告白(あるいは自白)を聞き終え、掴んでいたゴードンの胸ぐらを突き放した。どいつもこいつも、理由はどうあれ裏切り者、あるいはその一歩手前の存在だ。
「ベルコンスタン」俺はキーウィのボスをしてる男に声をかけた。「この三人をどうするか、お前に決めさせよう。こいつらは、お前が管理していた組織の癌だ。どう始末をつけるつもりだ?」
俺はベルコンスタンに、あえて判断を委ねた。彼が真に俺に従う覚悟があるのか、そして、非情な決断を下せるのかを見るために。
ベルコンスタンは、冷や汗を流しながらも、覚悟を決めたように立ち上がった。そして、震える声で、しかしはっきりと、背後の護衛たちに命じた。
「…リリアとセーラは…地下牢へ。ゴードンは…『処分』しろ」
「なっ…! や、やめ…!」ゴードンが悲鳴を上げる間もなく、護衛たちが彼を取り押さえ、部屋の外へと引きずっていく。リリアとセーラも、泣き叫びながら連行されていった。
執務室には、俺とベルコンスタン、そして残った護衛たちだけが残された。血の匂いこそしないが、部屋には粛清の後の重い空気が漂っていた。
「…これで、よろしかったでしょうか、ラバァル様」ベルコンスタンが、まだ震えの残る声で尋ねてきた。
「それでいい」俺は短く答えた。「だが、覚えておけ。裏切りは、どんな些細なものであっても許さん。今後、お前の下で同じようなことが起これば、次はお前の番だぞ」
「は、はい! 肝に銘じます!」ベルコンスタンは深く頭を下げた。
これで、シュガーボム内部の不安要素はひとまず取り除かれた。だが、これは始まりに過ぎない。ロットノットという街は、常に裏切りと陰謀が渦巻いている。気を抜けば、すぐに足元を掬われるだろう。
「さて、ベルコンスタン」俺は話題を変え、机に軽く腰掛けた。「やられたらやり返す、これは暗黒街の鉄則だよな?」
突然の問いに、ベルコンスタンは一瞬戸惑いながらも、すぐに意図を察したようだ。
「はっ…! まさしく。この世界、舐められては生きていけませんから」
「だろうな」俺は頷き、冷ややかに続けた。「リリアからの情報を買っていた『魔法のコンシェルジュ』、セーラを使っていたベルトラン家、そしてゴードンに接触してきたムーメン家…どれも我々『キーウィ』に喧嘩を売ってきたわけだ。この落とし前は、きっちりつけてもらわねば示しがつかん」
「おっしゃる通りです!」ベルコンスタンは力強く応じる。
「そこでだ」俺はベルコンスタンを見据えた。「今回の裏切り者への報復は、貴様自身のけじめでもある。そして、他の構成員どもへの見せしめでもある。特に、ムーメン家には、我々『キーウィ』を、そして貴様を舐めるとどうなるか、徹底的に思い知らせてやる必要がある」
「はっ!」
「今回のムーメンへの『お返し』作戦、お前が立案し、指揮を執れ。だが、実行部隊は、キーウィの中から選抜しろ。今回の調査で忠誠心に疑いのない者、そして、これから俺…いや、『キーウィ』のために死ぬ覚悟のある者をだ。オーメンの連中はまだ信用できん。今回の作戦の成功は、貴様のボスとしての手腕を示す最初の機会だ。失敗すればどうなるか…分かるな?」
ベルコンスタンはゴクリと喉を鳴らした。(ラバァル様は、私に組織の再編と忠誠心のテストをさせようとしている…! そしてムーメンへの報復を…!)プレッシャーを感じながらも、ここで結果を出さなければ後がないと覚悟を決めた。
「…承知いたしました! 必ずや、この作戦を成功させ、ラバァル様…いえ、組織の期待に応えてみせます!」
「それでいい」俺は満足げに頷いた。「具体的な計画案を練り、俺に報告しろ。承認してやる。ただし、実行する際には、最近ムーメン家がベスウォール家の邪魔をするために横槍を入れている『絹織物』の取引ルートを狙え」
「絹織物…でございますか?」ベルコンスタンは少し意外そうな顔をした。密造酒や武器ではなく、なぜ織物なのか、と。
「ああそうだ」俺は、あたかも思いついたかのように付け加えた。「理由は…まあ、奴らが一番我々を舐めてかかってきそうな、手薄そうな場所を叩くのが効果的だろう、ということにでもしておけ」
(内心):(ベルコンスタンに作戦を立案させ、キーウィの連中を実行部隊に使うことで、組織内部の力量と忠誠心を測る。そして、その結果としてムーメンがベスウォール家の絹織物事業を妨害している問題を解決する。ベスウォール家への恩売りにもなる。一石三鳥だな。スタート・ベルグの酒利権に手を貸すのはまだ早い)
ベルコンスタンは、俺の真意を探るような目を一瞬向けたが、すぐに「かしこまりました!」と力強く返事をした。彼には、俺の本当の狙いまでは分からなかったかもしれないが、命令に従う以外の選択肢はない。
シュガーボム、ベルコンスタンの執務室
ラバァルからムーメン家への報復作戦の立案・指揮を命じられたベルコンスタンは、かつての部下であり、今はラバァルへの忠誠を(恐怖と共に)誓っているキーウィの幹部数名を呼び出し、執務室で作戦会議を開いていた。壁にはロット・ノットの地図に加え、新たにベスウォール家周辺の商業ルートや、ムーメン家の関連組織に関するメモが書き加えられている。
「…というわけで、ラバァル様…いや、我らが『客人』は、ムーメン家がベスウォール家の絹織物取引を妨害しているルートへの報復攻撃を望んでおられる」ベルコンスタンは、幹部たちに状況を説明する。その声には、ラバァルから課せられた任務へのプレッシャーと、わずかな高揚感が混じっていた。
幹部の一人、顔に大きな傷跡を持つ男、ボルコフが尋ねる。「ボス、具体的にはどのルートを狙うんです? ムーメンの奴ら、最近じゃ白昼堂々、ベスウォールの荷馬車を襲ったり、取引相手を脅したり、やりたい放題だと聞きますが」
「そうだ。だからこそ、奴らの意表を突く必要がある」ベルコンスタンは地図の一点を指さした。「調査によれば、ムーメン家は息のかかったチンピラども…おそらく『インクルシオ』の連中だろうが、そいつらを使い、三日後、ベスウォール家が高級絹織物を大口顧客である服飾ギルド『シルクハット』へ納入する際、その荷馬車を襲撃し、商品を強奪、あるいは汚損させる計画を立てているらしい」
「ほう、荷馬車強盗ですか。ムーメンも随分と直接的な手を…」別の幹部が呟く。
「奴らは、ベスウォールを経済的に追い詰め、絹織物の利権そのものを奪うつもりなのだろう。だが、これは我々にとって好都合だ」ベルコンスタンは続ける。「奴らが襲撃を仕掛ける場所は、おそらくここだ。新市街と旧市街の境界に近い、入り組んだ路地…人通りが少なく、逃走経路も確保しやすい」
地図上のポイントに印がつけられる。
「我々はその現場に先回りし、ムーメンの連中がベスウォール家の荷馬車を襲う、その瞬間を狙う」
「待ち伏せして、返り討ちにする、と?」ボルコフが確認する。
「いや、それだけでは芸がない」ベルコンスタンは、ラバァルの言葉を思い出しながら、計画の核心を話した。「ムーメンの連中を叩きのめすのは当然だ。だが、我々は『キーウィ』の存在を悟られてはならない。 我々はあくまで、ベスウォール家の荷馬車を守るために『偶然』居合わせた、あるいはベスウォール家に雇われた『正体不明の用心棒』として動く」
「正体不明…ですか?」
「そうだ。ムーメンの連中を始末した後、現場には何も残さず、速やかに撤収する。ベスウォール家にも、我々が助けたとは知らせない。ムーメン側には『何者かに計画を潰された』と思わせるだけでいい。そうすれば、奴らは疑心暗鬼になり、勝手に内部を探り始めるかもしれん。我々への疑いは向かわんだろう」
「なるほど…しかし、ムーメンのインクルシオの連中も、数はいるでしょう。確実に、そして迅速に仕留めなければ、我々の正体が露見する危険も…」
「そこが重要だ」ベルコンスタンは頷いた。「今回の作戦は、精鋭中の精鋭で行う。ボルコフ、お前を含め、最も腕の立つ者を5名選抜しろ。失敗は許されん。そして…」
ベルコンスタンは声を潜めた。「我らが『客人』も、この作戦に興味を示しておられる。もしかしたら、『一兵卒』として参加されるかもしれん。そのつもりで動け」
幹部たちの間に緊張が走る。あの日、ヨーゼフを圧倒的な力でねじ伏せた男が、自分たちと共に戦うかもしれないのだ。
作戦当日、ロットノットの路地裏
三日後の昼下がり。予定された襲撃現場周辺の建物の屋根や、薄暗い路地の物陰には、ベルコンスタンに選抜されたキーウィの精鋭たちが息を潜めていた。ボルコフも、短剣を握りしめ、眼下の路地に神経を集中させている。
そして、その精鋭たちに紛れ、ごく普通の黒いフード付き外套を纏った男が一人、屋根の影に身を潜めていた。ラバァルだ。彼はベルコンスタンに「作戦の様子を見物させてもらう」とだけ告げ、他のメンバーには正体を悟られぬよう、ごく自然に潜入していた。表向きはベルコンスタンが指揮する作戦だが、万が一、キーウィの連中が手に負えないような敵が現れた場合に備え、そして彼らの実力を見極めるために、自ら現場に来たのだ。
(さて、ベルコンスタンの作戦と、キーウィの精鋭とやらの実力はどんなものか…)
ラバァルが冷ややかに状況を観察していると、路地の向こうから、一台の立派な荷馬車がゆっくりと現れた。側面には、かろうじてベスウォール家の紋章が見て取れる。荷馬車の周囲には、数名の護衛がついているが、どこか頼りなげに見える。
荷馬車が路地の中ほどに差し掛かった瞬間、物陰から十数名のチンピラ風の男たちが飛び出してきた! 手には棍棒や錆びた剣。間違いなく、ムーメン配下のインクルシオの連中だ。
「ひゃっはー! 絹を寄越せ!」
「ベスウォールの犬どもめ、痛い目見せてやるぜ!」
下卑た叫び声を上げながら、チンピラたちが荷馬車の護衛に襲いかかる。護衛たちは必死に応戦するが、多勢に無勢、あっという間に劣勢に追い込まれていく。
(…ここまでか)ラバァルはタイミングを見計らう。
ボルコフが合図を送る。「今だ! やれ!」
その瞬間、潜んでいたキーウィの精鋭たちが、屋根から飛び降り、あるいは路地の影から飛び出し、インクルシオの連中に襲いかかった!
「な、何だてめえら!?」
「邪魔すんじゃねえ!」
不意を突かれたインクルシオたちは混乱する。キーウィの精鋭たちは、さすがに手慣れていた。無駄のない動きでチンピラたちを次々と打ち倒していく。
ラバァルは、その様子を静かに見守っていた。キーウィの連中の動きは、オーメンのチンピラよりは遥かにマシだが、まだ粗削りだ。連携も完璧とは言えない。
(まあ、こんなものか…)
戦闘が終盤に差し掛かった頃、予想外の事態が起きた。インクルシオのリーダー格と思われる、ひときわ体格の良い男が、懐から何かを取り出したのだ。それは、不気味な緑色の光を放つ小さな護符のようなものだった。
男が護符を掲げ、何か呪文のようなものを唱えると、彼の体がみるみるうちに膨張し、筋骨隆々の獣人のような姿に変貌した!
「グオオオォォ!!」
獣人は咆哮を上げ、近くにいたキーウィのメンバーに襲いかかった。その爪は鉄をも引き裂き、牙は鎧を噛み砕く。圧倒的なパワーとスピードに、精鋭のはずのキーウィのメンバーが次々と吹き飛ばされる。
「くそっ! なんだこいつは!?」ボルコフが叫び、必死に応戦するが、全く歯が立たない。
(…厄介なものが出てきたな。あれがムーメンの『隠し玉』か?)
ラバァルは舌打ちした。ベルコンスタンの情報収集にも限界があったようだ。このままではキーウィの連中が全滅しかねない。
ラバァルはフードを目深にかぶり直し、音もなく屋根から飛び降りた。誰も彼の動きに気づかない。混乱の中、彼は獣人の背後に回り込み、その巨大な体躯に隠れるように接近する。
獣人がボルコフに止めを刺そうと腕を振り上げた、その瞬間。
ラバァルは、外套の下に隠し持っていたごく普通の短剣を抜くと、その短剣の剣先に赤黒闘気を流し込む、そして獣人の首筋、変身してもなお残るであろう急所へと、正確無比な一撃を叩き込んだ。
「グギ…!?」
獣人は信じられないといった表情で動きを止め、その巨大な体がゆっくりと元のチンピラリーダーの姿へと戻りながら、力なく崩れ落ちる。
「……!?」
何が起こったのか分からず、呆然とするボルコフたちキーウィのメンバー。リーダーを失い、戦意を喪失したインクルシオの残党は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
ボルコフが、倒れたリーダーの傍らに一瞬だけ見えた黒い外套の男を探そうと振り返った時には、既にラバァルの姿はどこにもなかった。まるで幻だったかのように、彼は再び闇に紛れていた。
「…一体、誰が…?」ボルコフは呟いたが、今はそれ以上考える余裕はない。
「よし、撤収だ! 証拠は何も残すな!」
ボルコフは部下たちに命じ、キーウィのメンバーたちは手早く負傷者を回収し、現場から跡形もなく消え去った。
残されたのは、襲撃されかけたベスウォール家の荷馬車と、困惑する護衛たち、そして転がる数人のチンピラの死体だけだった。ムーメン家の計画は、謎の介入によって完全に阻止されたのだった。
最後までよんでくださりありがとう、引き続き自話を見掛けたら読んでみて下さい。




