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灰色の巨都、ロット・ノット その4

今回はスラムの奥に隠された闇市の中にある様々な事柄を垣間見ることになります、

そこで刺激を受けたラバァルは、更にやる気を上げて行く事に。     

                その101




ラバァルは、寂れた酒場兼賭博場【シュガーボム】を新たな根城と定め、早々に腰を落ち着けることにした。

(なるほど…こういう混沌とした世界も悪くない。むしろ、性に合っているかもしれん)

ここを足掛かりに、ロット・ノットの裏社会へ深く食い込んでいく。その第一歩となるだろう。


『シュガーボム』一階奥のVIP用賭博場、そのさらに奥にあるベルコンスタンの執務室。足を踏み入れたラバァルは、まず周囲をじっくりと観察した。入口左手の壁には、ロット・ノットの地図や各勢力に関するメモ書きが無数に貼られている。ラバァルはしばし無言でそれらの資料に見入っていたが、やがて部屋の外へ声をかけた。

「ウィッシュボーン、居るか!」

外では、ウィッシュボーンがキーウィの残党のうち怪我のない者たちをまとめ、後片付けの指示を出していた。ラバァルは彼を呼びつけ、気絶させておいた元キーウィのボス、ベルコンスタンを連れてくるよう命じた。 その指示に従いウィッシュボーンが動く。 


「連れてまいりました、ラバァルさん」

ウィッシュボーンが、ぐったりとしたベルコンスタンを担いで現れた。

「よし、そこのソファに寝かせろ。その後、起こすんだ」

ウィッシュボーンは黙って指示に従い、ベルコンスタンをソファに横たえると、容赦なく頬を叩いて無理やり意識を取り戻させる。

「うう…頭が…痛い…」

呻きながら目を開けたベルコンスタンが状況を把握したのを確認すると、ウィッシュボーンは無言で一礼し、再び部屋の外へ出て後片付けの指揮に戻った。


ラバァルは、まだ朦朧としているベルコンスタンに冷徹な声で告げる。


「貴様を殺さなかったのには理由がある。お前のような脆弱な男が、曲がりなりにも悪党どもを束ねていたからには、腕っぷし以外の何かに秀でているのだろう。それが何かは知らんが、今後は俺のためにその才能を使え。手始めに、そこに貼られている情報は何だ? 分かりやすく説明しろ」

ベルコンスタンは、ラバァルの威圧感に身を縮ませながらも、必死に言葉を絞り出す。


「わ、私は…直接的な戦闘は不得手ですが…! それでもボスとしてやってこれたのは、情報収集能力と、それを活かした戦略立案…知略には自信があります。それに、人を見る目も…。この街には様々な情報屋がおり、彼らと独自のパイプを築いてきました。また、構成員一人ひとりの個性や能力を見抜き、適材適所に配置することで、組織を維持してきたつもりです」

彼は壁の資料を指さし、続ける。


「ここに貼られているのは、この地域一帯の勢力図、各組織の構成員リスト、そして最近の動向をまとめたものです。それぞれの組織の強さ、縄張り、得意分野、弱点などが詳細に記されています」

「例えば、この赤い印の組織は武器密輸が専門で資金力はありますが、構成員の戦闘能力は低い。一方、青い印の組織は個々の戦闘力は高いものの、組織としての統制が取れておらず、内部抗争が絶えません。これらは、私が長年かけて収集し、分析してきた情報です。あなた様のお役に立てるよう、詳細にご説明いたします!」

「ふむ、なるほど。頭脳と人を使う方面で役立っていたわけか。良し。これからも生き残りたければ、俺の部下としてその能力を役立てろ。無能と判断すれば、その首、胴体と別れることになるぞ。分かっているな?」

ラバァルは、逃れられない脅しという見えざる鎖でベルコンスタンを縛り上げた。その効果はてきめんだった。

「は、はい!もちろんです、ラバァル様! この命、お役に立てるなら…! 生かしていただけるのですね!」

ベルコンスタンは安堵と恐怖がごちゃ交ぜになった表情で、必死に頷いた。この弱肉強食の世界で、敗者が生き残れる機会は稀なのだろう。


そんなやり取りの最中、ウィッシュボーンが部屋に戻ってきた。

「ラバァルさん、怪我人はどうしますか?」

「怪我人だと? そうだな…ベルコンスタン、この辺りに回復魔法を使えるような者はいないのか?」

ラバァルが尋ねると、ベルコンスタンは首を横に振った。

「新市街に腕の良い薬師の店があります。そこで薬を求めるしか…。残念ながら、神官や僧侶といった回復の術を使える者は、この街では雇っておりません」

(回復役なしで抗争をやっていたのか? この街の連中は、傷を負ったらどうやって戦い続けるというのだ…?)

ラバァルは、この地の戦闘に対する考え方の甘さ、あるいは歪さを垣間見た気がした。

「仕方ないな。では薬を買ってこさせろ。すぐにだ!」

「あの、薬を買うには銭が必要ですが…俺は一文無しです」とウィッシュボーンが言いづらそうに付け加える。

「そうだったな。先ほどベスウォール家の爺さんから貰った金貨があるだろう。そこにあるボンサックバッグの中だ。必要なだけ持っていけ」

ウィッシュボーンは言われた通り革のボンサックを覗き込み、中にある金貨の量に目を見張った。

「(うおっ…これが5万ゴールド…! とんでもない額だ…!)」

内心で驚きつつも、彼は金貨を一つかみして懐に入れると、ベルコンスタンに薬屋の場所を尋ね、走り書きの地図を受け取って部屋を飛び出していった。


二人きりになった執務室で、ラバァルは改めてベルコンスタンに尋ねた。

「おい、ベルコンスタン。ロット・ノットには僧侶やクレリックのような、神を信仰する者は本当にいないのか?」

「はい。少なくとも、私が知る限りでは教会のような施設もありません。おそらく…この街の気風には合わず、根付かなかったのでしょう」

(随分と曖昧な答えだな。本当に知らないのか、何か隠しているのか…)

ラバァルは内心で訝しんだが、今はそれ以上追及するつもりはなかった。回復役がいれば今後の戦力としてスカウトしようと思っただけだ。

「まあ、いない者は仕方ないか」

その後、ラバァルは執務室の壁に貼られた膨大な情報に食い入るように目を通し、疑問があれば即座にベルコンスタンに問い(ただ)した。一気に情報量を増やし、この街の勢力図や力関係を頭に叩き込むと、ひとまずベルコンスタンに告げた。


「おい、ベルコンスタン。お前は当面、ここにいろ。そして表向きは、お前がまだここのボスだ。俺の存在はまだ隠しておく。それがお前の最初の仕事だ。それと、俺が半殺しにした貴様の部下どもだが、責任をもって手当てしておけ。奴らにも後々、働いてもらわねばならんのだからな」

ラバァルは無造作に指示を出すと、執務室を出てシュガーボムの中を物色し始めた。手頃な空き部屋を見つけると、まるで自分の家のように堂々と入り込み、長椅子に体を横たえ、すぐに深い眠りに落ちる。ラバァルの圧倒的な存在感に、シュガーボムの者たちは息を潜め、ただ黙々と後片付けを進めるしかなかった。


久しぶりに熟睡し、すっきりと目覚めたラバァルは、再びベルコンスタンの執務室へと足を運んだ。

「よう、やってるか」

椅子に座るベルコンスタンに声をかけ、ラバァルは切り出した。

「さて、少し頭がすっきりした。まずは足元を固めることから始める」

「は、はあ…足元を固めるとは、具体的にどのような?」

戸惑うベルコンスタンに、ラバァルは鋭い視線を向けて来る。


「貴様の諜報能力が必要になる。早速だが、このシュガーボムで働いている者、全員の情報を洗い出せ。家族構成、交友関係、ここで働く理由…徹底的にだ。内通者(くさ)が紛れ込んでいたら、速やかに始末せねばならん。さあ、今すぐ取り掛かれ!」

ベルコンスタンは、なぜ従業員の個人情報まで調べる必要があるのか、すぐには理解できなかった。

「(内通者の可能性か…?)いえ、ラバァル様、雇い入れる際には最低限の身元調査はしておりますが…」

言いかけたベルコンスタンの言葉は、ラバァルの射るような一睨みによって遮られた。

「は、はい! ただ今、取り掛かります!」

ベルコンスタンは椅子から飛び上がると、慌てて執務室を飛び出していった。

彼が行ったのを確認すると、ラバァルはウィッシュボーンを伴ってシュガーボムを出た。目指すは旧市街のスラム、オーメンのアジトだ。


アジトへ向かう道すがら、タロッチ、ウィロー、ラモン、メロディといった顔なじみの子供たちが、どこからか駆け寄ってきた。

「ラバァル! どこ行ってたんだよ、探したんだぞ!」

タロッチが少し拗ねたように言う。

「悪い悪い。ちょっと新市街の方に野暮用ができてな」

ラバァルはぶっきらぼうに答えながら、子供たちの頭を軽く撫でた。「ところで、お前たち、暇なのか?」

「当たり前だろ! 俺たちの仕事なんて、いつ来るか分かんねぇカモを待ってるだけなんだからさ!」

ラモンが得意げに胸を張る。スラムの子供たちの厳しい日常が垣間見える言葉だ。

「ふっ、それもそうか。よし、ちょうど臨時収入があったところだ。お前らに美味いものでも食わせてやる」

ラバァルの言葉に、子供たちは待ってましたとばかりに歓声を上げ、彼の周りにまとわりつく。メロディはためらわずにラバァルの手を握り、一行は賑やかにスラム街を進み始めた。ラバァル、ウィッシュボーン、そして4人の子供たち。奇妙な一行だ。

道すがら、ラバァルはウィッシュボーンに尋ねた。


「何か美味いものを食わせる店を知っているか? 金ならあるぞ知ってるだろ」

「お任せください。とっておきの穴場へご案内しますよ」

ウィッシュボーンが自信ありげに答え。


彼が案内したのは、スラムの中でも特に治安の悪い地区の奥深く、巧妙に隠された地下への入り口だった。そこは、選ばれた悪党だけが出入りを許される闇市が開かれる場所だという。

ウィッシュボーンが入口で見張る屈強な男に銀貨数枚を握らせると、男は無言で頷き、背後の者たちに門を開けるよう合図した。重々しい音を立てて門が開くと、ラバァルたちも中へと足を踏み入れる。物々しい雰囲気の守衛たちが訝しげな視線を向けてきた。


「おい、ガキを連れてこんな場所に来るなんざ、どこのどいつだ?」

棘のある言葉が飛んでくるが、ラバァルは意に介さず、ウィッシュボーンの後を追った。


そんな言葉を振り切ってやって来たのは何重にも守衛を配置させ、巧妙に隠されていた地下への入り口を抜けた場だった、湿った空気と人々の熱気がラバァルを包んだ。薄暗い通路を進むと、視界が急に開け、予想だにしなかった光景が広がっていた。

そこは、岩盤をくり抜いて作られた広大な地下空間だった。天井からは魔晶石を利用したランプがいくつも吊り下げられ、薄気味悪い緑や青の光が、無数の露店と行き交う人々を照らし出している。地上の寂れたスラムとはまるで違う、異様な活気と喧騒に満ちていた。

「……これが闇市か」

ラバァルは思わず呟いた。露店には、ありとあらゆる品物が並べられている。壁際には、手入れの行き届いた長剣や、奇妙な形状をした短剣、さらには明らかに軍用のクロスボウや、見たこともない機構を持つ小型の投擲兵器までが、無造作に立てかけられている。隣の店では、色とりどりの液体が入った小瓶や、乾燥させた奇妙な植物、怪しげな粉末などがガラスケースに陳列されており、店主らしきローブ姿の男が、神経質そうな客に効能を囁いていた。あれは間違いなく、表では手に入らない薬物や毒物だろう。


さらに奥へ進むと、貴金属や宝石を扱う店、盗品らしき美術品や装飾品を並べる店、さらには檻に入れられた珍しい動物や…よく見ると、首輪をつけられ、虚ろな目をした人間――奴隷と思しき者たち――を売る店まで存在した。

「おい、ウィッシュボーン。奴隷まで扱っているのか、ここは」ラバァルの声には、かつて自分も売られそうになった経験からか、抑えた怒りが漏れ出していた、手をつないでいたメロディが

怯えた目でラバァルを見ていた、ハッと気が付いたラバァルは、メロディを見て「大丈夫だ」と言い、安心させる。

  

「ええ…残念ながら。デュラーン家が関与し始めてから、この手の『商品』も増えました。ロマノス帝国との繋がりがあるという噂は、どうやら真実のようです」ウィッシュボーンは顔をしかめながら答えた。

行き交う人々も様々だ。フードを目深にかぶった怪しげな男たち、派手な装飾品を身につけた悪党面の商人、そして明らかに場違いなほど上等な服を着た、おそらくは新市街からの客。誰もが警戒心を露わにし、互いの腹を探り合うような視線を交わしている。空気は常に張り詰め、一触即発の危険な雰囲気が漂っていた。


ウィッシュボーンに連れられ、食事が出来る店へ向かう途中、ラバァルは足を止めた。少し離れた薄暗い一角で、数人の男たちが小声で何かを話し合っているのが聞こえたからだ。一人は見るからに裕福そうな商人風、他の二人は傭兵か用心棒のような屈強な体つきをしている。そして、彼らと対峙しているのは、痩せた体にフードを被り、顔を隠した小男だった。


商人風の男が、懐から小さな革袋を取り出し、小男に差し出した。小男は素早くそれを受け取ると、中身を確かめるでもなく、代わりに古びた羊皮紙の巻物を商人に手渡す。商人は用心深く巻物を広げ、ランプの光にかざして内容を確認している。その表情は真剣そのものだ。

「……間違いないな。例の『積荷』の輸送ルートと、警備の手薄な時間帯だ」商人が低い声で呟くのが、かろうじて聞こえた。

「情報は確かだ。だが、例のブツは?」小男がかすれた声で尋ねる。

用心棒の一人が、背負っていた袋から、鈍い光を放つ黒い塊を取り出している。それは明らかに加工されたものではなく、天然の鉱石のようだが、異様な気配を放っている。

「…『闇鉄鉱』か。これだけあれば、約束通りだ」小男は満足げに頷くと、黒い塊を受け取り、素早くマントの内に隠した。


取引が成立したのを確認すると、彼らは互いに一瞥もくれることなく、人混みの中へと別々に消えて行ってしまった。

「今のは…」ラバァルがウィッシュボーンに視線を送る。

「おそらく、どこかの商会の襲撃計画と、禁制品の取引でしょうね。闇鉄鉱は、強力な武具の素材になりますが、王国では採掘も所持も厳しく制限されています。あんなものがここで取引されているとは私も初めて知りました…」。ウィッシュボーンは特に驚きもせず淡々と話している。 

ラバァルは黙ってその光景を目に焼き付けた。ここでは、情報、禁制品、そして暴力が、当たり前のように取引されている。この闇市は、ロットノットの裏側の縮図なのだと、彼は改めて理解した。


そうして歩いているとウィッシュボーンが。「もうすぐ着きます。話は食事をしながら」とだけ言い、先へと進んだ。



やがてウィッシュボーンが足を止めた店の看板には、『ハングリィ?』と記されていた。

「ここです」

ウィッシュボーンは慣れた様子で中へ入っていく。ラバァルも子供たちを促し、後に続いた。店内は意外なほど広く、清潔で落ち着いた雰囲気だった。スラムの奥深くにあるとは思えない、しっかりとした造りの店だ。

ウィッシュボーンが店の者らしき女性と短い言葉を交わすと、その女性がラバァルたちの方へやってきた。

「ようこそおいでくださいました。それでは、お席へご案内いたします」

その丁寧な物腰は、この場所の特殊性を物語っている。ラバァルは(スラムには似つかわしくない店だな)と思いながら、女性店員に案内されるまま、緩やかな螺旋階段を上り、二階の個室へと通された。

部屋の中央には大きな円卓があり、周りには10脚ほどの椅子が置かれていた。

「さあ、どうぞご自由にお座りください」

店員の言葉に、ラバァルは子供たちを促して席に着かせ、自分も腰を下ろした。ウィッシュボーンもそれに続く。

「ご注文は何になさいますか?」とウィッシュボーンが尋ねてきた。

「分からん。店の者に任せる。ここの一番美味いものを人数分持ってこい。それと、ガキどもにはそれぞれ好きなものを聞け」

ラバァルが命じると、ウィッシュボーンは店員にその旨を伝え、店員は子供たち一人ひとりに丁寧に好みを聞いてから、個室を出て行った。

ようやく一息ついたラバァルは、ウィッシュボーンに向き直る。


「さて、ウィッシュボーン。ここのことを話せ。なぜスラムの地下に、これほど栄えている場所がある?」

ウィッシュボーンは居住まいを正し、説明を始めた。

「はい。ここは非合法な闇市でして、表向きは存在しないことになっています。なぜこれほど栄えているかと言いますと、ロット・ノットを牛耳る評議会の有力者たちが裏で深く関与しているからです。彼らはそれぞれ独自のルートでこの闇市を支援し、ラガン王国に正規の税金を納めることなく、莫大な利益を上げています」


「何だと? 税が免除されているだと!?」ラバァルは思わず声を上げた。「馬鹿な! 税金は民の義務だろう! 規定では収入の7割を納めることになっているはずだ!」

ルカナンでの厳しい税収を思い出し、ラバァルの声に怒気がこもる。

「何をそんな生真面目なことを仰るんですか、ラバァルさん」ウィッシュボーンは肩をすくめた。「世の中には抜け道というものが必ずあるんですよ。それに、その税金のルールを作っているのは誰だと思っているんですか?」

「それは知らん。昔からあるようだが…」

「ほらね。誰が作ったかも分からないルールを、律儀に守る必要なんてないでしょう? ここでは、そのルールを作っている当の評議会議員たちが、仲良くこの闇市を支援しているんです。だから…」


「何だと! ルールを作る側の人間が、そのルールを守らんというのか!」

「世の中なんて、そんなもんですよ、ラバァルさん。自分たちで仕組みを作れる連中は、その抜け穴だって知り尽くしている。結果、こうなるのは必然なんです」

(法を作る者たちが、その法を破って私腹を肥やす…これがこの街の現実か)

ラバァルは、ルカナンの人々が重税に喘いでいた姿を思い出し、やりきれない思いと、同時にこの世界の歪んだ仕組みに対する新たな認識を抱いた。力が抜けるような感覚だった。


そんな時、注文した料理の第一陣が運ばれてきた。肉の焼ける香ばしい匂いに、子供たちが歓声を上げ、早速料理に飛びついた。ラバァルも早速バクリと噛みつき肉を引きちぎる、ムシャムシャと噛み締めた肉の味と共に、新たな認識と、どす黒い野心が彼の内で急速に形を取り始めていた。


(…そうか。これが現実なら、嘆いていても始まらない。ルカナンの連中のように、ただ搾取される側でいるつもりはない)

ラバァルは、テーブルに置かれたワイングラスを手に取り、中の赤い液体を揺らした。その表面に、自分の冷徹な表情が映り込む。

(法が守られないなら、法など無いのと同じだ。いや、違うな。法は存在する。ただし、それは力を持たない者を縛るためだけのものだ。力を持つ者は、法を都合よく利用し、あるいは無視する)

グラスを一気に呷り、喉を焼くような感覚と共に、思考はさらに加速する。

(ならば、俺もこの歪んだルールを徹底的に利用してやるまでだ。奴らが築いたこの闇市、この抜け道…俺が奪い、俺が支配すればいい。奴らと同じように、いや、それ以上に狡猾に立ち回り、力を、金を、全てをこの手に掴む)

怒りは、冷たい決意へと昇華していた。

(いや、待てよ…利用するだけでは足りない。所詮は奴らの作った盤上で踊るだけだ。それではいつか、奴らに出し抜かれる)

ラバァルの目に、危険な光が宿る。

(俺が新たなルールを作る側に回ればいいだけの話だ。このロット・ノットの、いや、いずれはこのラガン王国のルールを、俺が書き換える。評議会? 宰相? 王族? 関係ない。最終的に力を持つ者が、全てを決める。それがこの世界の真理ならば…俺がその頂点に立つ!)

それは、単にルカナンを守るという当初の目的を超えた、剥き出しの野心だった。この腐敗した都市で目の当たりにした現実が、ラバァルの中に眠っていた支配欲を呼び覚ましたのかもしれない。あるいは、仲間を守るためには、自分が頂点に立つしかないという、彼なりの結論だったのかもしれない。思考が纏まって来ると、目の前の料理を平らげる事に取り掛かる。 



食事の合間にも、ラバァルはウィッシュボーンに闇市のシステムについて尋ね、情報を収集した。

「そうですね…ここに非合法な物資を最初に供給し始めたのは、新興勢力と言われるムーメン家とディオール家です。市場が拡大するにつれ、古参のデュラーン家やベルトラン家も参入し、最近では最も力を持つ名門ゾンハーグ家までもが乗り出してきました。彼らは互いに牽制しつつも、この闇市という共通の利権を守るために協力している…そんな構図です。ゾンハーグ家が参加したことで、ここの売上はさらに伸び、見ての通り、こんな立派なレストランまでできるようになったというわけです」

「しかし、これだけのことが王家に露見すれば終わりではないのか?」


「それはやはり、旨味を独占せず、有力者たちで分け合っているからです。だからこそ、もし王家が嗅ぎつけてきても、彼らは一致団結してこの場所を守ろうとするのでしょう。敵に回すには厄介な相手が多すぎる、というわけですよ」

「なるほど…利で繋ぎ、共通の敵を作らせることで、結束させるか。力でねじ伏せるだけが支配ではないということか…!」

ラバァルは、この闇市の構造に、ロット・ノットで成り上がるための重要なヒントを見出した。力だけでなく、利害を操り、人を動かす術。彼は良い情報をもたらしたウィッシュボーンに言った。

「ウィッシュボーン、お前の情報は役に立った。引き続きオーメンのまとめ役を任せる。俺のために、その知恵と経験を役立てろ」


ウィッシュボーンは、これで当面の身の安全が確保されたことに安堵したのか、深く頭を下げた。

「それでラバァルさん、先ほど話に出ましたが、この闇市のさらに地下には地下闘技場があります。以前、見てみたいと仰っていましたが、どうしますか?」

「地下闘技場か… 興味はあるが、今日はやめておこう。ガキどもがいる。いずれ案内してくれ」

ラバァルは申し出を断った。食事を勧め、子供たちの満足気な顔を見て、納得すると、「そろそろ出ようか。」 「分かりました、会計して来ます。」「ちょっとまて金を出す。」ラバァルは、小さなきんちゃく袋を取り出し、ウィッシュボーンに手渡した。    


それから『ハングリィ?』での食事を終え、ラバァルがウィッシュボーンに闇市のさらなる情報を求めながら歩いていると、ウィッシュボーンは少し考えた後、こう言った。

「ラバァルさん、この闇市には『耳』と呼ばれる情報屋が何人かいます。金次第であらゆる情報を売ると言われていますが…非常に用心深く、接触するのは容易ではありません。しかし、私には多少のコネがあります。試してみますか?」

「情報屋か…いいだろう。どんな情報を持っている?」

「それこそ、評議会議員の醜聞から、各組織の内部情報、果ては王宮内の噂まで、様々です。もちろん、情報の質と値段はピンキリですが」

ウィッシュボーンはラバァルを連れ、闇市の雑踏の中へ分け入っって行った。そして、ある古びた薬草店の裏手、人目につかない通路の奥へと進む。そこには、古びた木の扉があり、ウィッシュボーンが合言葉のようなものを呟くと、内側から鍵が開く音がした。


中に入ると、そこは狭く、埃っぽい小部屋だった。壁一面に羊皮紙やメモが貼られ、床には読みかけの本や資料が散乱している。部屋の奥には、小柄な老人が一人、山積みの書類に埋もれるように座っていた。

「…何の用だ、ウィッシュボーン。新しい『客』か?」老人は顔も上げずに、しわがれた声で聞いて来た。

「そうだ、『ホークアイ』の爺さん。この人はラバァルさん。あんたの『耳』を借りたいそうだ」

ホークアイと呼ばれた老人は、ようやく顔を上げ、鋭い、しかし濁った目でラバァルを値踏みするように見た。

「ほう…お前さんが、シュガーボムで喧嘩を売ったと言う、新しい顔か。噂は聞いているぞ。それで、何を知りたい?」 「なんだともうそんな情報が入ってるのか?」 ラバァルは何処から情報が漏れたのか突き止める必要性を感じていた。勿論今、ベルコンスタンにやらせている最中なのだが...。


「デュオール家と、その上の連中…ムーメン、アルメドラ、ゾンハーグの繋がりについて、あんたが知っていることを全て聞きたい。特に、奴らの金の流れと弱点だ」ラバァルは単刀直入に切り出した。

老人は、しばしラバァルを観察するように黙っていたが、やがてニヤリと口の端を歪めた。

「…景気のいい話だな。だが、その情報は安くないぞ。お前さん、それに見合うだけの『対価』を用意できるのかね?」

老人の目には、単なる金銭欲だけではない、情報屋としての狡猾な光が宿っていた。

ラバァルは、この老獪な情報屋との駆け引きが、ロット・ノットの裏社会で生き抜くための新たな試練になることを予感した。 取り合えず顔合わせをした事で十分だったラバァルは、今回は持ち合わせも少なかったので、ざっと得たい情報を伝えただけで、後日、詳しい話を聞いて金を支払うと言う事で、この場を後にした。  


地上のスラムに戻り、子供たちと別れ、闇市の喧騒を後にしたラバァルは、ウィッシュボーンと共にオーメンのアジトへと戻った。

アジトに着くと、ラバァルはウィッシュボーンに命じ、オーメンのメンバー全員を広場に集めさせたのだ。


集まったメンバーたちを睥睨(へいげい)し、ラバァルは静かに、だが重々しく口を開いた。

「これから俺たちが成すべきことを話す。だがその前に、貴様らの覚悟を問う」

ざわめきが起こる中、メンバーの一人、メイソンがおずおずと尋ねた。

「ラバァルさん、覚悟と言うと…なんの覚悟でしょうか?」

「貴様らが、このオーメンで、俺の下で生きていく覚悟だ」ラバァルの声が低く響く。「貴様らは社会からはじき出され、ここでしか生きられぬ者たちだろう。だが、これからは違う。俺の下につくということは、生半可な覚悟では生き残れんということだ。常に死と隣り合わせになる。今日よりも明日、明日よりも明後日、絶えず強さを求め続けなければ、待っているのは無様な死だ。そんな苛烈な道を進む覚悟があるのか、と聞いている」


ラバァルは言葉を続ける。

「俺がこれから話す計画を聞けば、もう抜け出すことは許さん。裏切り者は容赦なく始末する。だからこそ、今、決めろ。この場で去るか、俺と共に地獄の道を行くか。覚悟はあるか?」

ラバァルの言葉に、広場は水を打ったように静まり返った。誰もが息をのみ、ラバァルの射るような視線を受け止める。時間は重く流れ、張り詰めた空気が肌を刺す。だが、その場を去ろうとする者は、一人もいなかった。

沈黙を破ったのは、ラモンの父であるトミーだった。

「ラバァルさん、その通りです。ここの連中には…行く所なんて、どこにも無いんですよ」

その声には、諦念と、わずかな決意が滲んでいた。

「だろうな」ラバァルは頷いた。「ならば、このオーメンを、俺たちの手で大きくし、この街でのさばる奴らを蹴散らし、俺たちの居場所を築き上げる。それが貴様らに残された唯一の道だ! 違うか!」

ラバァルの覇気に満ちた声に、メンバーたちは気圧されたように頷く。

「だが、ただ恐怖で従うだけの駒は不要だ。自らの意志で、このオーメンに骨を埋める覚悟を持て。最後にもう一度だけ問う。去る者は今すぐ去れ。残る者は、その命、俺に預けろ!」

ラバァルは再びメンバー一人ひとりの顔を見据えた。それでも、誰一人として動こうとはしなかった。

「よし」ラバァルは低く、だが確信に満ちた声で言った。「覚悟は決まったようだな。ならば聞け。もう、後戻りはできんぞ」

彼は続けた。

「俺たちは、このロット・ノットの頂点を目指す。そのためには力が必要だ。貴様らはまだ弱い。だから鍛える。死ぬ気で訓練に励め。骨は拾ってやる。そして、働きに見合う報酬は保証しよう」

ラバァルはそれだけ告げると、ウィッシュボーンに視線を移した。

「ウィッシュボーン、スラムの中で訓練場に適した場所を探せ。そこを得る必要な費用も調べておけ」

簡潔に指示を出すと、ラバァルは踵を返し、再び新市街のシュガーボムへと戻っていった。残されたオーメンのメンバーたちは、新たな時代の幕開けを予感し、静かに闘志を燃やしていた。





最後まで読んで下さり有難う、引き続き次話もよろしくおねがいします。

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