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灰色の巨都、ロット・ノット その3

ロット・ノットにやって来たラバァルは、裏社会の者たちと関わり始めた、ディオール家参加の酒場兼賭博場『シュガーボム』にオーメンのボスだったウィッシュボーンと共に足らない上納金を持ちやって来たのだが...。 

                その100




「良し。話はそれからだ。まずは腹ごしらえと行こう。腹が減っては戦はできんからな。お前たち、俺についてこい。何か食べたいものはあるか?」

ラバァルがそう言うと、子供たちはまだ警戒心を解かないながらも、空腹には抗えない様子で顔を見合わせる。ラバァルは彼らを促し、食事ができる場所へと案内させた。


やってきたのは、旧市街で一番の繁華街――といっても、屋台が十数軒ほど並ぶだけの寂れた場所だったが――だった。そこに到着すると、ラバァルは子供たちが飢えた獣のような目で選んだ串焼き肉やパンなどを、気前よく買い与えた。近くの石段に腰を下ろせる場所を見つけ、皆で無心に食べ始める。よほど空腹だったのだろう、子供たちは夢中で食べ物を頬張っていた。その様子を見て、ラバァルが声をかける。

「おいお前たち、あまり腹一杯食うなよ。腹八分目、いや、七分目くらいにしておけ。満腹になると、いざという時に動きが鈍るからな」

ラバァルの実体験から来るような忠告に、子供たちは一瞬食べる手を止め、不思議そうな顔をしたが、素直に頷いていた。


子供たちの小さな腹がある程度満たされ、その目にいくらか生気が戻ってきたのを見計らって、ラバァルは本来の目的地について口を開きはじめる。

「さて、次は仕事だ。オーメンというごろつき共が根城にしている古い建物があると聞いた。そこへ行く」

そう告げると、子供たちの間に緊張が走る。古く、あちこちが傷んだ石畳を踏みしめる彼らの足音が、午前の静かな路地に小さく響いた。やがて、目的の建物が視界に入ってきた。古びた大きな石造りの建物で、陰気な雰囲気を漂わせている。

ラバァルは、先ほど自己紹介の際に自分の父親がオーメンのメンバーだと、少し自慢げに話していたラモンに目を向けた。

「ラモン。確か、お前の親父はオーメンにいるんだったな。今からあの建物に行って、お前の親父をここまで連れてくることはできるか?」

ラバァルが低い声で尋ねると、ラモンは先ほどの怯えた様子とは打って変わり、胸を張って言いはじめる。

「へへん、当たり前さ! 親父に言えばすぐだ!」

小さいながらも自信に満ちた目でラバァルを見返す。ラバァルはその返事に短く頷く。

「良し。では、それがお前への最初の任務だ。親父をここまで連れてこい。理由はそうだな……『仲間が悪者に捕まったから助けてくれ』とでも言えば、すぐに飛んでくるだろう」

子供にも理解しやすい、単純な口実を授ける。ラモンはこくりと頷き、古びた建物の前で重々しい存在感を放つ、光を鈍く反射する鉄製の扉の方へ駆けて行った。周囲には人の気配がほとんど感じられず、静寂が支配していた。


ラバァルは、建物の壁が生み出す物陰に身を隠し、残りの子供たちと共にラモンが戻るのを待っていた。こちらからは建物の入り口が窺えるが、向こうからは死角になる場所だ。午前中の日差しは強いが、建物の影になっているおかげで暑さは凌ぎやすい。時折吹く風が心地よく感じられる。

数分が経過した頃、ようやくラモンが息を切らせて戻ってきた。その背後には、見るからに柄の悪い、悪意を滲ませた目つきの男が二人、怪訝な表情でついてきている。男たちは泥で汚れ、擦り切れた革のベストや、安酒の匂いが染み付いたような分厚いシャツを着ていた。


「よくやった、ラモン」

ラバァルは低い声で労う。すると、連れてこられた男の一人――おそらくラモンの父親だろう――が、威圧的な目でラモンを睨みつながら疑問を口にした。

「おい、ラモン。これは一体どういうことだ? 説明しろ」

低い、ドスの利いた声だった。その剣幕に、ウィローやメロディたちは思わず身を縮こませる。

その時、ラバァルが石壁の影からゆっくりと姿を現した。 ラモンの父とその連れはラバァルを睨みつける。するとラバァルが。

「俺がラモンに頼んだ。親父さんたちを、ちょっとここまで連れてきてくれってな」

そう言うや否や、ラバァルの体が疾風のように動いた、次の瞬間、二人の男たちの鳩尾に、重く、めり込むような打撃が同時に叩き込まれていた。

「ぐっ……!」「がはっ……!」

予期せぬ強烈な一撃を受けた男たちは、短い呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。石畳に膝をつき、腹を抱えて「うぐぐ……」と苦悶の声を漏らし苦しそうだ。

側でその光景を目の当たりにした子供たちは、一様に息を呑み、驚愕に目を見開いてラバァルを凝視する。自分たちを赤子のようにあしらったラバァルが、今度はラモンの父と、屈強そうな大人二人を瞬時に打ち倒したのだ。


一瞬、張り詰めた静寂が落ちる。ラバァルは、怯える子供たちを一瞥し、事もなげに言う。

「心配するな。殺してはいない。ちょっと腹にきつい一発をお見舞いしただけだ」

落ち着き払った口調で、子供たちを安心させようとしたのかもしれない。しかし、「殺してはいない」という言葉を平然と口にするラバァルに対し、子供たちの目に宿るものは安堵ではなく、より深い警戒心と、隠しきれない恐怖が沸いていたのだ。

ラバァルは、そんな子供たちの反応には構う様子もなく、腹を押さえて苦悶の表情を浮かべるオーメンの男二人に、冷めた視線を向けた。



「おい、お前ら」

見下ろすラバァルの、地を這うような低い声が路地裏に響いた。

「あの建物の中に、今から俺を案内しろ。お前たちのボスと、少し話がしたい」

男たちは、額に脂汗を滲ませ、苦痛に歪む顔を見合わせた。ラバァルに打ち据えられた腹部の激痛が、まだ生々しく続いているようだ。呼吸すらままならない様子だった。

「……わ、わかった……」

一人が、呻き声に近い声をかろうじて絞り出す。

「だがオーメンのボスに突然会うってことがどんな事に成るのか、覚悟はできてるんだろうな?」


もう一人の男も、怯え切った目をしながらラバァルを見上げ、まるで彼の末路を予言するかのように、かすれた声で付け加えた。組織の掟を破った者への制裁を思い浮かべているのか、その顔は恐怖に引きつっている。

ラバァルは、そんな脅しを意にも介さず、冷たい視線で二人を睨み据える。

「どうなろうと俺の知ったことではない。いいから、さっさとボスに合わせろ」

路地裏に倒れていた二人の男は、互いに肩を貸し、息を切らせながらもおぼつかない足取りでようやく立ち上がった。その様子を認めると、ラバァルは傍らで固唾を飲んで見守っていた子供たちの方へ向き直った。

「いいか、ガキども。お前たちはここで待ってろ。絶対に中に入ってくるなよ」

低い声で念を押し、ラバァルは二人の男を顎で促し、古びた建物の重厚な鉄扉の奥へと歩を進めた。背後で、軋むような音を立てて扉が閉まると、古い路地には、不安げな子供たちの囁きと、淀んだ空気が取り残された。閉ざされた扉の向こうからは、湿った土埃とカビの臭いが混じり合った、不快な空気が微かに漏れ出してくるようだった。


建物の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。ラバァルは、背中を丸めて先導する二人の男に続き、奥へと進む。先頭を歩く男――ベルモンドと呼ばれていた方だ――が、通路の角で見張っていた仲間に軽く顎で合図を送ると、重い鉄格子の扉が内側から開かれた。三人が中へ入ると、すぐに周囲にたむろしていたオーメンのチンピラ風の男たちが気づき、訝しげな視線を向けてきた。


「おい、ベルモンド。後ろの奴は誰だ? 見かけねえ顔だな」

一人が声をかけてきたが、ベルモンドは痛みに顔をしかめながら軽く右手を上げ、それを制するようにして、ラバァルに指示された通りボスの部屋へと足を急がせた。他の者たちも、ベルモンドたちの尋常でない様子に一瞬怪訝な顔をしたが、特に深く詮索しようとはしない。ラバァルには、彼らがこのアジトの弛緩した空気に慣れきって、普段と違う出来事への警戒心を失っているように見えた。誰もが特に何か仕事をしているわけでもなく、ただ無為な時間を潰しているだけだった。ラバァルという明らかに異質な存在が、その懐深くまで容易く入り込んでいることに、まだ誰も気づいていなかったのだ。

やがて、一番奥にあるひときわ大きな扉の前まで辿り着くと、ベルモンドが恐る恐るドアをノックした。数秒の間を置いて、中から不機嫌そうな低い声で「……なんだ?」という返事が響く。ベルモンドともう一人の男は、びくりと肩を震わせ、促されるようにして声を張り上げた。


「ウィッシュボーンさんに会いたいという男を連れてきました。少しだけ話を聞いてやってはいただけませんか?」

扉が開き、中から屈強な体つきの側近らしき男が現れた。彼はベルモンドたちを一瞥し、その背後に立つラバァルに鋭い視線を向けると、咎めるようにベルモンドたちを問い詰める。

「なんだお前ら、見知らぬ者を勝手にここまで連れてくるとは……」

その瞬間だった。ラバァルは、側近が油断した隙を突き、その鳩尾に閃光のような蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ……!」

不意を突かれた側近は、短い呻きと共に部屋の中へと吹き飛び、勢いよく硬い木製の机に頭を打ちつけ、そのまま床に崩れ落ちて意識を失った。

突然の凶行に、案内してきたベルモンドたちは息を飲み、一歩後ずさる。部屋の中にいたもう一人の側近と、椅子にふんぞり返っていたボス――ウィッシュボーンと呼ばれた男が、驚愕と怒りに目を見開いてラバァルを睨みつける。

「貴様っ! 何者だ! 死にたいのか!」

ウィッシュボーンは、地響きのような声で威嚇してきた。

ラバァルは、蹴りの反動を利用して体勢を立て直すため、机に軽く手をつくと、床を蹴って跳躍。そのまま空中で体を捻り、驚きに固まっているもう一人の側近の顎に、強烈なドロップキックを見舞った。側近は、声もなく吹き飛び、壁に叩きつけられてぐったりと動かなくなる。

着地と同時に、流れるような動作でバク転して距離を取り、ラバァルはウィッシュボーンと正対した。そして、冷たい視線をその目に突き刺し、薄く笑みを浮かべて言い放つ。

「お前がここのボス、ウィッシュボーンか。話は早い。今日からこの場所は、俺の縄張りだ。……まあ、お前も運が良ければ、俺の手下にしてやってもいい。せいぜい喜ぶんだな」

「な……何を言っている、貴様! 気でも狂ったか!」

ウィッシュボーンは、信じられないといった表情で叫んだ。

「我々オーメンは、この国の実力者たちの一角を担う『デュオール家』に仕える組織なのだぞ! それを知っての狼藉なのか? それとも、どこぞの組織が差し向けた刺客か!?」

ラバァルは鼻で笑い、まるで子供の戯言を聞くかのように答える。

「デュオール家? 知らんな。俺はどこの組織にも属さん。俺がルールだ。今日から、俺がここを仕切る。お前たちは、せいぜい俺の下で働くことだな。誘ったのはお前らが二番目になるが入れてやるぞ。感謝しろ」

その傲岸不遜な態度に、ウィッシュボーンの顔が怒りで赤黒く染まった。

「……舐めるなよ、小僧!」

激昂したウィッシュボーンは、椅子を蹴り倒して立ち上がると、鍛え上げられた拳を構え、ラバァルに向かって突進してきた。武器を持たない相手の動きを冷静に見極めながら、ラバァルは挑発するように続ける。


「ほう、チンピラ風情のボスがなかなか頑張るじゃないか。ちょっとは期待しても良いのか、ああん?そうだ、もっと来い。その程度の力で俺に勝てるとでも?」

両手を軽く広げ、まるで攻撃を誘うかのような仕草を見せる。怒りに我を忘れたウィッシュボーンは、ラバァルの挑発に乗り、渾身の力を込めて殴りかかってきた。鋭いジャブで牽制しつつ、体重の乗った左フック、さらに顎を狙った右アッパーと、流れるようなコンビネーションを繰り出してくる。だが、ラバァルは軽やかなステップでその猛攻を紙一重でひらりひらりとかわし続ける。そして、大振りのアッパーを放ったウィッシュボーンの胴体ががら空きになった瞬間を見逃さなかった。

「甘い」

呟きと共に、ラバァルの強烈なボディブローが、ウィッシュボーンの脇腹にめり込んだ。

「ぐ……ぅぉっ!」

肉を抉るような鈍い音と共に、ウィッシュボーンはその場に膝から崩れ落ち、腹を押さえて苦悶の声を漏らした。呼吸もままならず、顔面は蒼白になっている。

「ほう、さすがはボスだけあって手下とは違うじゃねぇか。一撃では沈まなかったか」

ラバァルは嘲るように言い放つと、蹲るウィッシュボーンに近づき、そのこめかみに向かって容赦のない蹴りを叩き込んだ。

「がはっ……!」

短い悲鳴を最後に、ウィッシュボーンは白目を剥いて意識を失い、床に倒れ伏した。


あっという間に、ボスの部屋にいた側近二人とボスのウィッシュボーンを沈黙させたラバァル。その圧倒的な暴力と実力を目の当たりにしたベルモンドともう一人の男は、恐怖と戸惑いを隠せず、ただ立ち尽くしていた。

「あ、あの……我々は……」

一人がおずおずと声をかける。ラバァルは、床に転がるウィッシュボーンを一瞥すると、冷たく言い放った。

「ああん? 何か文句でもあるのか?」

その声には、逆らえば次は自分たちの番だという無言の圧力が込められていた。

「今すぐここにいるオーメンの連中を全員集めろ。話がある。……それから、お前らもだ。今日から、俺の部下として働いてもらう。分かったな!」

ラバァルが低い声で威圧的に命じると、二人は恐怖に駆られたように慌てて頷き、仲間たちを呼びに部屋を飛び出していった。



ラバァルが、『デュオール家』の暴力装置として飼われていた下部組織【オーメン】の者どもを力ずくで屈服させ、自身の配下に加えてから三日が過ぎた。ラバァルは早々に安宿を引き払い、オーメンが根城にしていた旧市街の一角のアジトへと移り住んでいた。かつてのチンピラたちは今やラヴァルの手足となり、彼の命令の下、街の情報を集めさせられている。評議会議員や街の実力者たちの事業内容、他の裏組織の動向、そしてそれらを牛耳る『デュオール家』の弱点――ラバァルが欲したのは、この『ロット・ノット』という街の支配に必要なあらゆる情報だった。


そんな折、ラバァルに叩きのめされた傷がようやく癒え始めたオーメンの元ボス、ウィッシュボーンが、部下に指示を飛ばすラバァルの前に恐る恐る進み出て来た。

「おお、お前か。もう立てるようになったか」

ラヴァルはまるで些細な喧嘩に勝った程度の、傲岸な態度で声をかける。ウィッシュボーンは顔を引きつらせながらも、努めて平静を装い口を開いた。

「ラヴァル…さん。本日は、我々の上部組織【キーウィ】へ上納金を納めに行く日です。ですが…例の荷運びの一件(ラバァルが潰した襲撃計画)もあり、予定の額に到達しておりません。いかがいたしましょうか?」

その言葉で、ラバァルはオーメンが更に上の組織にせっかく集めた金を搾取されていた構造と、自身の行動が原因でノルマ未達に陥っている状況を理解した。だが、彼は眉一つ動かさない。


「そうか。ならば案内しろ。道中はお前がボスの振りをしていろ。その方が面白いからな」

ニヤリと口角を上げ、ラバァルはこともなげに言う。ウィッシュボーンは「正気か?」と言わんばかりに呆れた顔を見せた。

「ラ、ラバァルさん、無茶です!殺されますよ!【キーウィ】のボス、ベルコンスタンには、“無敵の傭兵”ヨーゼフがデュオール家から警護に付けられ守ってるんですよ!ヨーゼフは地下格闘場で二期連続優勝した本物のバケモンなんです!勝ち目なんて…!」

「ほう、地下格闘場か。それは面白そうだ、一度見てみたいものだな。今度連れて行け」

必死の諫言も、ラヴァルにはどこ吹く風だ。むしろ新たな興味を引かれた様子に、ウィッシュボーンは(どう言い訳すれば殺されずに済むんだ…)と内心で天を仰ぎ、恨めしげに新しいボスを見つめるしかなかった。

「それで?今から行くのだろう?」

ラバァルの問いに、ウィッシュボーンは絞り出すように答える。

「…はい。遅れれば、それこそ何されるか分かりません。有り金すべて掻き集めて、土下座して詫びるしか…」

その言葉に、ラバァルは(こいつらも存外、苦労していたのだな)と、彼らが置かれていた状況を改めて認識した。

有りっ丈の金を袋に詰め、ウィッシュボーンは腹心の部下二人と、そして不敵な笑みを浮かべるラバァルを伴い、【キーウィ】のアジト――新市街にある酒場兼賭博場【シュガーボム】へと向かった。デュオール家が裏の暴力沙汰に使う、より上位の組織の拠点だ。

店の前に着くと、屈強な見張りがウィッシュボーンだけを通し、ラヴァルたちは外で待つよう命じられた。しかし、十分も経たないうちに、見張り役が戻ってきてラバァルだけを中へと来る様促した。

「お前だけだ、ボスがお呼びだ」

ラバァルが堂々と中へ足を踏み入れると、広い賭場スペースの奥、VIPルームのような一角で、ウィッシュボーンが床に土下座させられているのが見えた。状況はおおよそ察しがついたが、ラバァルは臆することなく奥へと進む。


「止まれ」


鋭い声が飛んだ。ラバァルは足を止め、素早く周囲を見渡す。賭場の荒くれ者たちに加え、明らかに場違いな、しかし威厳のある老人。そして、その老人の前で椅子に縛り付けられ、顔を腫らし血と涙を流しながら何かを訴えている男。老人の背後には、隙のない動きの護衛が二人立っている。見るからに素人ではない。そうして、その広い部屋から開かれたドアの先の執務室へと入ろうとすると、


巨大な影が立ち塞がって来た。身長2メートルはあろうかという筋骨隆々の大男。歴戦を物語る顔の傷跡、そして全身から発散される威圧感は相当なものだ。

(ふむ…ベラクレスに似た圧だな)

ラバァルは内心で、知っている強者の名を呟いた。

その時、部屋奥から、立派な椅子に腰かけていた40歳前後に見える男――【キーウィ】のボス、ベルコンスタンが口を開いた。 その声が聞こえたためなのか?その巨漢がさっと脇により前を開けた。 


「貴様が、ウィッシュボーンが言っていたラバァルか。こいつを叩きのめしたそうだな。それはどうでもいい。だがな…上納金が足りねぇんだよ。頭が代わろうが、ここのルールは変わらねぇ。この始末、どうつけるつもりだ?」

恫喝するような低い声。しかしラバァルは、せせら笑うかのように言い返す。


「今まではお前らにくれてやっていたそうだが、これからは逆になる。お前らが俺に払う番にだ」

その言葉に、場が凍りついた。ウィッシュボーンは「だ、駄目だ!何を言って…!」と顔面蒼白になっている。だが、ラバァルは止まらない。


「今日からこのシマも、この店も、全て俺のものにする。どうだ?特別に、お前たちを俺の手下にしてやってもいいぞ?」

こんな話にならない戯言は聞いてられないと。 

ベルコンスタンの顔が怒りに歪み、そばに立つ巨躯の男――ヨーゼフに目配せで「殺せ」と命じる。

すると、やっとかと言う思いなのだろう、 

地下闘技場二期連続チャンピオン。ヨーゼフは指にはめた刺々しいメリケンサックを誇示するように鳴らし、獲物を見定める目でラバァルへと歩み寄って来る。


ラバァルの方もこれを待ってたんだと言う顔を見せ動き出す。

「へへ…面白ぇ。かかってこいよ!」

ラバァルは好戦的な笑みで挑発する。だが、ヨーゼフは冷静だ。軽薄な挑発には乗らず、熟練したボクサーのような、落ち着いたステップで間合いを詰めて来た。

その動きを見て。

(こいつは…本物だな)

ロット・ノットに来て初めて出会う、本物の強者の気配。ラバァルはわずかな高揚を感じていた。彼もまた、軽快なステップで応じ、ヨーゼフへと踏み込む。


刹那、二人の拳が火花を散らすように交錯した!ワンツー、フック、ボディ。サイドステップ、バックステップ。目にも止まらぬ攻防が繰り広げられる。互いに数十発の拳を打ち込んだであろうに、どちらの有効打も出なかった!

「やるじゃねぇか」

ラバァルが目で語りかけると、ヨーゼフもまた驚きを隠せない様子で応じた。

「こいつは驚いた…貴様、何者だ!」

互いの実力を認め合った瞬間、ヨーゼフがさらにギアを上げた。巨躯に似合わぬ、鋭く重い連打がラバァルを襲う。

「ほう、そのデカさでまだ速くなるか!ならば、こちらも!」

ラバァルはそう言うと、全身のバネを解放するように一気に加速した。先ほどまでの倍はあろうかという速度。その動きに、さすがのヨーゼフも反応が追いつかない。


ドゴッ!ゴッ!鈍い音が響き渡る。ラヴァルの拳が、的確にヨーゼフの急所を捉え始めた。一撃一撃が、ヨーゼフの鋼のような筋肉を軋ませ、破壊していく。巨体の表面にいくつもの赤い斑点が浮かび上がり、内出血を起こす。そこへさらに追撃の拳が叩き込まれると、皮膚が裂け、肉が弾け飛んだ!

周囲の者たちは、目の前で起こっていることが信じられなかった。無敵と謳われた地下闘技場のチャンピオンが、瞬く間に一方的に破壊され、体中至る所を内出血させ、赤い斑点だらけとなっている、立ってるのもやっとと言う表情を見せてい居たのだ、その凄惨な光景に言葉を失い、恐怖に駆られた数名が、手に持った武器を握りしめ、ラバァルへと突進してきた。

「邪魔だ!」

ラバァルは振り返りざま、襲い掛かってきた者たちを容赦なく薙ぎ払う。一撃で体がくの字に折れ曲がり吹き飛ぶ者、運悪く頭部に拳を受け、その場で頭蓋を砕かれ即死する者。阿鼻叫喚の中、邪魔者は瞬く間に片付けられ倒れ伏す。


床に転がり倒れて動かなくなったヨーゼフと、怯える手下たちを見下ろし、ラバァルはゆっくりとベルコンスタンへと向き直った。驚愕に顔を引きつらせ、自分の立場を理解した顔を見せるボスに対し、ラバァルは悪辣な笑みを浮かべ...。


「さて、まずは今までの非礼を詫びてもらおうか」

ラバァルはベルコンスタンの目の前に立つと、ウィッシュボーンを呼び寄せた。

「こいつが俺の質問に答えなかったり、答えが遅かったりしたら…お前が教育してやれ。手加減はするなよ?」

ラバァルの射抜くような視線に、ウィッシュボーンは逆らえない。彼は覚悟を決め、先ほどまで自分を支配していた男――ベルコンスタンの頭を、指示があるたびに力いっぱい殴りつけ始める。


ベルコンスタンは涙と鼻水を垂らしながら、必死にラバァルの問いに答える。

「あそこで…椅子に縛られている奴らは何者だ?」

「は、はい!あちらの老人は、今は隠居しておいでですが、名門『ベスウォール家』の元当主、ジョルズ・ベスウォール。縛られているのは、そのご子息のアントマーズで…あれでも評議会議員です」

「評議会議員?なぜそんな大物が、こんな場所で縛られている?」

「べ、ベスウォール家は名門とは言え、今は没落寸前でして…その利権を、我々の雇い主である『デュオール家』も狙っております。それで、あの間抜けな長男アントマーズに罠を仕掛け…息子を取り戻しに、ジョルズが身代金として五万ゴールドを持って、のこのことお越しになった次第で…」

「罠とは、具体的に何をした?」

その問いに、ベルコンスタンは一瞬口ごもった。ラバァルの鋭い目配せ。ウィッシュボーンは、これまでで一番強くベルコンスタンの頭を殴りつけた。ゴッという鈍い音と共に、ベルコンスタンは白目を剥いて気絶した。


「おい、そこのバケツに水を汲んでこい」

ラバァルは間抜けそうにボーとつっ立ってた部下に命じ、汲んで来させてきた水を気絶したベルコンスタンに容赦なくぶっかけさせたのだ。

「!!」

飛び起きたベルコンスタンは、びしょ濡れになりながらブルブルと震える。

「今まではウィッシュボーンにやらせていたが、次は俺自ら殴ってやろう。目玉が飛び出るくらい、強烈な奴をな」 すると、

ラバァルの薄ら笑いが、ベルコンスタンの最後のプライドを粉々に打ち砕いたのだろう。

必死に、話すと自分から言い出した。


「しゃ、喋ります!何でもお話ししますから!」

「…奴に、何をした?」

「は、はい!アントマーズ様に近づき、博打を教え、女をあてがい…二年近く、毎日のように続けさせました」

「それで?」

「金がなくなれば貸し付け、借金を雪だるま式に膨らませ…」

「総額はいくらだ?」

「元金だけなら…ひゃ、百五十万ゴールドほどかと…」

その言葉を聞いていたジョルズ・ベスウォールが、か細いが怒りに震える声で割って入った。

「なんじゃと!?わしが今までに、アントマーズがこしらえた借金を補った額は、六百万ゴールドを超えておるぞ!百五十万とはどういうことじゃ!」


「…と、おっしゃってる様だが。答えろ」

ラバァルが促すと、ベルコンスタンはさらに狼狽した。

「そ、それは…色々と経費や、その、利子というものが…その、法外な…」

歯切れの悪い言い訳から、不当な利子や手数料で借金を水増ししていたことは明らかだった。デュオール家の指示か、あるいはベルコンスタン自身の欲か。

「さて、爺さん。どうする?こいつに仕返しでもするか?」

ラバァルが老人に問いかける。しかし、ジョルズは力なく首を振り、うつむいた。

「…今更、何をしても詮無いことじゃ。事情は知らぬが、結果としてお主には助けられた。礼を言う。この恩は忘れん」

老人はそう言うと、息子を救うために持ってきたという金貨の袋――五万ゴールド――をラバァルに差し出した。

「これは礼の一部じゃ。もし時間が許すなら、明日の晩、我らの屋敷でディナーでもどうかな。改めて礼をさせてほしい」

そう言い残すと、ジョルズは解放された息子を護衛と共に支え、静かに去って行った。

思わぬボーナス――五万ゴールドを手に、ラバァルは(これで当面の資金には困らんな)と考えつつ、なおも震えるベルコンスタンを睨みつけ。


(だが、こいつらはもっと持っているはずだろう)

ニヤリと口の端を歪め、ラバァルはさらなる悪事を思い描いていた。

その日から、【シュガーボム】はラバァルの新たな根城となったのだ。オーメンのアジトよりも広く、新市街に位置するこの拠点は、彼の野心を実行に移すには好都合だ。

(なるほど…こういう世界も悪くない。面白くなってきたぞ)

ラバァルは、自分の中に眠っていた新たな一面を感じ始めていた、実際に力の一旦を得始めている、 こう言う裏の奴らを屈服させ、勢力を拡大させて行き支配していけば、表の世界にもその影響力を行使する事も出来る様になるだろう、この国を裏から支配、いい加減な実力者たちを軒並み排除して、自分が思い描く新秩序を構築すると言う野望を描き始めていたのだ。     





最後まで読んでくれありがとう、引き続き自話をみかけたら読んでみて下さい。

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