プロローグ
「ああ、ようやく見つけました……聖女、アナスタシア」
その男は、何の前触れもなくわたしの元へと現れた。
いつものように目を覚まし。
いつものように朝食の準備をして、今日一日の予定を考える。
いつもなら、そんなのんびりとした静かな朝を迎える──はずだったのに。
ノックもなしに玄関の扉が開いて、朝日を背に、フードを目深に被った背の高い男が中へと入ってきた。
そして冒頭の言葉を呟くや否や、私の元へやって来て、片膝をついたのだ。
「ちょっ……あなた、誰!?」
「おや? 俺のことを忘れてしまいましたか? あんなに濃密な時間を共に過ごしたのに」
「……は?」
意味が分からなすぎて、わたしは思考共々停止した。
そんな様子を意に介さず、男はハッとしたように自分の頭をすっぽりと包むフードに手をかける。
「ああ、これのせいで顔が見えないですよね……失礼しました」
するりと外されたフードの下にあった彼の容姿に、私は息を呑んだ。
(どうして……)
見覚えのある艶やかな黒髪。
魔族の象徴である尖った耳。
陶器のように白く、滑らかな肌。
そして、一度見たら忘れられない美しい紫色の瞳。
たった一度会っただけだけれど、この男のことをわたしははっきりと覚えている。
「魔王……エデン・ディノワール」
それが、彼の名前。
そして、わたし──アナスタシア・リーンが聖女としての力全てを投げ打って封印したはずの男。
「嬉しいな……俺の名前を覚えていてくださったのですね」
彼に施した封印は完璧で、向こう三百年は眠りから覚める事はないはずだった。
(それなのに……)
「どうして、ここに……」
警戒しながら椅子から立ち上がったわたしに、魔王は鮮やかに微笑んだ。
「色々とお話したいことはあるのですが……第一の目的はあなたに、お願いがあって探していたのです」
「お願い……?」
「聖女アナスタシア……どうか、俺の妃になってはいただけないだろうか」