変わっていく日常を3
「今日はクレアに話しておきたかったことがあったの。本当はもっと早くに話しておきたかったのだけれど。」
話しておきたかったこと、と言ったシリーネはどこか寂しそうな、誰かを思い浮かべている表情をしている。寂しさは感じるものの前向きな思いも感じ取れる、そんな感じ。私は居住まいを正し、シリーネを見る。
「話しておきたかったこと…とは何でしょうか?」
「以前にアリアスのことを言ったのを覚えているかしら?それを教える、と言ってから随分経ってしまったけれど、話しておこうかと思ったの。」
シリーネが母の話をしたのは…温室で話をしたあの日か。ドリアードに絡まれて困っていた私を助けてくれた際に、シリーネは言った。『アリアスの大事な子』、『アリアスにしてあげられなかった分』と。何故シリーネが母を知っているのか、母と何があったのか疑問に思っていた。それもこの一年の慌しさに流され、今言われるまで忘れてしまっていたが。
「確かシリーネ様は母をご存知だったのですよね。ですが母からはシリーネ様のことは伺っておりませんでした。」
「そうでしょうね、親友だったとかそんなものじゃないもの。ただ私が一方的にライバル視をしていただけ。」
母をライバル視するようなことがあったのか、そもそも母と出会った経緯を知りたい。アルカートとアーデストの貴族が知り合うなど、そうそう多くはないことなのに。
「自慢ではないけれど、私はかなり優秀だったの。勉強も淑女の嗜みも人並み以上に上手く出来たわ。だから十五歳になった時、当時の陛下や宰相からアルカートへの交換留学を勧められたの。」
十五歳になれば貴族は皆、学園へ通うことになる。その中でも優秀な者に他国の文化や在り方を学ばせるために、両国が設けたのが留学。私がこうしてアーデストに来ることが叶ったのはユリウスの言葉だけでなく、交換留学という例があるからだ。それを陛下や宰相に勧められるとは、やはりシリーネは当時から王妃としての素質があったのだと分かる。
「その時の私は浮かれていたのね、行きます、とすぐに返事をしたわ。父や母は名誉なことだ、と喜んでもくれていたから。」
それはそうだろう、国から一番優秀なのだと言われているようなものだ。それを断るなんて考えもしないだろう。
「それで準備をして、すぐにアルカートに経ったわ。王宮の一室を頂いて、そこから学園へと通うことになったの。当時はまだ見ていた世界が小さかったから、自分は特別なのだと信じて疑わなかった。」
そう言うシリーネの瞳は、昔の自分の愚かさを見つめているようだった。
「学園に入学して、周りの目線はとても気持ちの良いものに感じたわ。憧れや尊敬、羨望がほとんどだったから。…でも一人だけ違う子がいたのよ。」
先程と一転して、嬉しそうな思いが映った瞳を私に向ける。それで私も理解した、その違った一人は。
「それがね、アリアスだったの。彼女は私と同じ年なのに、大人に見えた。誰もが私を持て囃しているのに、彼女だけは見向きもせずに、机に黙々と向き合っていた。」
母にとっては取るに足らないことだったのだろうか。あくまで隣国から留学生が来た、それが事実であとは瑣末なことに感じたのだろうか。それともそれを気に出来ないほどに何かあったのか。




