不穏は未だⅡ 6
属性とは五つだけではなかったらしい。強化…光までは何となく分かるような気がする。火は更に燃え盛り、水は冷たさを極め、土は木という生命を育み、光は輝きを増す。ただ闇だけは何故か腑に落ちない。闇はどこまで行っても闇なのではないか?
そんな疑問を口にする前に、ノイルが答える。
「闇は極めると、行き着く先は何も無い。全てが見えない暗闇…故に無属性、だと俺は考えてる。」
成る程、そう考えれば納得がいく。月明かりも無い夜に目を開けていても、閉じているのと変わらないようなもの。暗闇に包まれて、結局は何も見えはしないのだから。その時に見えるものは何も無い、無だ。それは理解できた、だが。
「無属性というものは理解しました。ですが現代では、五大属性に適性ない者を指す言葉ではなかったでしょうか?それが何故…。」
この疑問はここに居る、ノイルを除く全員が感じていたこと。ある一種の差別的用語であるが故に、アルカートでもアーデストでも民が認識している。そんなものが過去には…いや公になっていないだけか、それが高位属性と同じ呼ばれ方なのか。
「これは俺の私見だが、廃れたんだろうな。現代で高位属性にあたる魔法を見た者がいるか?」
全員が首を振る。燃え盛る火や氷を見たことなどいくらでもある。木だって当たり前のように、色んな場所に生え育っている。だがそれはあくまで自然現象で起きたものを見たに過ぎない。そんな魔法を扱う者など見たこともなければ、聞いたことだって一度たりとない。
「おそらくはそれが答えだ、昔と違い魔法の使い方が確立された今じゃ、極めるなんてものには届かない。そうして徐々にその存在が廃れて消えた。だから無属性の意味合いも変わったんだろうな。」
推測の域は出ないけどな、と付け加えられたが、これが理由のような気がする。昔と今の違いが原因であれば、そこに尽きる。今は教科書があって、誰もが幼い頃から魔法の使い方を教科書通りに学ぶ。それは安全面から見ても良いことではあるけれど、逆を言えば教科書通りにしか魔法を使えない、ということ。昔はそんなものがなく、各々が日々鍛錬し習得をしていったのならば、実力の差は歴然である。それが高位属性に至るか、至らないかの違い。もちろん独学でやることが良いわけではない、魔法は身近にあって便利にもなるけれど、加減を間違えれば危険である。一長一短であるからどちらが優れている、なんて決められない。




