変わりたい願い1
二人だけのお茶会から、もうすぐ一カ月が経とうとしている。
あのあと母にも事件が伝わった。それを聞いた母は、
「クレア、その粗野な令嬢はどちらの家と名乗ったのかしら?私の愛しい子に手を出した報いは、しっかりと受けていただかないとね?」
と報復するのを隠す気もなく、黒いオーラを放っていそうな笑みを浮かべていた。
あんな母を見るのは初めてで、私より闇属性が似合いそうだわと可笑しな考えをしてしまいながら、どうにか母を止めた。
色々とあったが私とユリウスは文通だけでなく、一週間に一、二回のお茶会が設けられるようになった。初めは負担になるからと、断りを入れてみたがすぐに招待状が送れてきた。
そこまでされたら、断る方が不敬だ。心配にはなるものの、やはり会って話したい、と思う自分もいて気付けば恒例になった。
ユリウスは王太子として多忙な中、時間を作りお茶会を開いてくれ、取り留めのない話をたくさん交わした。
「最近、気づけば独りでいることが無くなったわね。」
たった一カ月ちょっと、その前まではずっと独りだったのに。
そう思いながらユリウスから届いたばかりの手紙を開封する。
最近のユリウスからの手紙の始まりは、『親愛なるクレア嬢へ』から始まるようになっていた。
親愛など自分には、関係のない言葉だと思っていたのに。それが今は近くにあって。
些細な変化が心を晴れ渡らせる。
「殿下は…、殿下は私を、ちゃんと見てくれるような気がしてしまうわ。」
少し笑みを浮かべながらも読み進めると、
「えっ?」
と思わず声を出してしまうような、突拍子もない言葉がそこには書かれていた。
『私もそろそろ国へ戻らなければならない。だが、心残りが一つだけ出来た。』
心残り、あの事件の行方だろうか?でもあれは結果的に、厳重注意で終わったと報告があったはずだけれど…。そう思いながら続きを見ると。
『それはクレア嬢、君のことだ。アルカート王国は君にとって小さすぎる。君を無意識に囚える牢のようだ。』
誰かが見れば、国家間の問題になりかねない発言であったが、検閲は隣国の王太子ということで特例で免除されているし、受け取り読むのは私だけ。
だからこそ、飾ることのない率直な言葉を選んだのだろう。
『君にはもっと色んなことを知ってほしい。これが私の我が儘だと理解しているが、君さえ良ければ。』
その後に続いた言葉に覚えた感情を、なんと名付けたら良いのだろう。
『君さえ良ければ、アーデストに来ないか?』
思いもよらない言葉で理解が追いつかない。一瞬、意味の無い言葉の羅列にも感じてしまうほど、衝撃的だった。
深呼吸をして再度読み直し、言葉をちゃんと理解する。
(…本当に?この国を出て?)
心は素直に喜びを感じている、今すぐにでも、と言いたいほどに。
しかし頭は理性と思考が飛び交っている。
アーデスト王国は、属性に偏見のない国だと聞いている。本当にそれが叶うのであれば、これ以上ない幸せだ。
(…でも、私は国にとって唯一の力)
そう易々と出ていける立場ではない。それに年齢的にもまだ、厳しいように思える。
いくら考える力があって、自分の身を守る力があっても、所詮はまだ十歳。大人の保護下に置かれるべき存在だ。
それにこれを知ったら母は大層悲しむだろう。おそらく父も。
ダメとは言わないだろうが、色々と説得はしてくるように思う。
喜びの色を徐々に、悲嘆の色に変えながら手紙を読む。
『色々な事情が関わってくるのは承知している。そして何より、君の気持ちが最優先だ。一週間後に茶会をしたいと思う。それまで良く考えてくれ。』
…一週間後か、きっとどれだけ考え悩もうと、結末は変えられないだろう。
折角の申し出を無下にしたくはない、でも事情を変えるような事がなければ、このまま。
(…誠心誠意、謝らなければいけないわね…)
潤んだ瞳を伏せ、手紙をそっと閉じた。
今日は約束のお茶会前日で、家族で夕食を取っている最中だ。
いつもと同じ食事のはずなのに、何故だか雰囲気が違う。
普段なら三人が会話を弾ませているのに、今日は笑い声が余り聞こえてこない。更には、視線を時折感じるのだ。
(何かあったのかしらね…私には関係ないけれど)
居心地の悪さを感じ、なるべく早く食事を終わらせようと黙々と食べ進める。
少しして食べ終わり、退席をしようと立ち上がると、
「クレア、部屋に戻るのは待ってほしい」
と、食事中に時折視線を向けてきた父が言う。
「…何かございましたでしょうか?明日のお茶会の準備もありますので、早めにしていただけるとありがたいのですが。」
淡々と感情の乗らない声で返す。居心地の悪さから来る冷たさが、言葉として出てしまった。
だが父は諌めることはせず、続ける。
「話がある。明日の茶会にも関わる事柄だ。このあとサロンに来なさい。」
そう言われて、ハッとする。明日のお茶会に関わること、それはつまりユリウスに関連すること。
帰国するのを知っていたとしても特段話すようなことではない。
とすれば…手紙に書かれていた話だろうか。
(あれを知っている…?何故?誰にも話していないのに!)
あれから諦めたことだと、誰にも伝えず一人で抱えていたのに、父はそれを知っている。
手紙は厳重に仕舞っておいたし、読まれた痕跡もない。
どこから聞いたのかは分からないが、知られた以上話さないわけにはいかない。
「…分かりました。先にサロンでお待ちしております。」
平静さを装い、そう言い伝えると立ち上がり、退席をした。