総ては全てじゃない2
(はぁ…行きたくはないけれど、行かざるを得ないわ…)
公爵家として繋がりは強めなければいけない、父の言葉を頭の中で反芻しながらサイサスを探す。
身内で来ているのだから、一緒に挨拶をしなければいけない。
探し始めてすぐにサイサスを見つけ、王子への挨拶の列に並んだ。
サイサスを見ると私といるのが不服そうで他方を見ている。それを窘めることもせず、王子の事を考えていた。
(ヨハネス・アルカート…私よりも一つ上の十一歳。綺麗な金髪に青い瞳、美男子と言われる顔立ちをしている。口数は少ないものの、性格は大胆なことをすると言われる方。魔法の属性は確か火だったはず)
基本的な情報は学んできた。遠目から見ていても情報と違わぬのだろうと思う。しかし私にはあって、ないような記憶――「夢」がある。
心配事は尽きないが上手くやらねば、気負いするな、と言われたが父に叱られる可能性があることは避けたい。気を取り直し待っていれば、私達の順番がきた。
王子の目の前に行き、再度最上の礼をする。王子の顔を上げよとの言葉を聞き、佇まいを直す。
そして彼を見て…私は得も知れぬ恐怖を感じた。
ここがお茶会の挨拶の場であることを忘れそうになるほどに。
容姿端麗で…私に何の興味も示さない目。いや薄らと嫌悪は感じるが、虫などに向けるような微々たるもの。
(あぁ…この顔、この目に私は…)
――私は殺された。
実際には殺されたわけでもないし、これが初対面である。でも…それでも思い出させる。
身を強張らせていると、横からサイサスにドレスの裾を少し引っ張られる感覚を覚え、そこで意識を目の前に戻す。
「っ!失礼致しました、カレンティス公爵の娘、クレアでございます。」
サイサスも同様に挨拶をし、私は微笑みながら続ける。
「本日はお招きいただき、光栄に存じます。大変素敵な庭園で心が華やぐようです。」
「……」
無言で返されてしまった。後に続ける言葉も思い付かないし、これ以上居たくはないので退散する方へ舵を切る。
「それでは御前失礼させていただきます。」
なんとか微笑みながら告げると、
「サイサスと言ったか。お前も家族も大変だな、このような姉を持って。」
嫌味とも皮肉とも取れる言葉を彼は言う。実際その声音に隠された本音は一切感じ取れなかったが。
それでも何か返したいとは思うが「夢」に囚われた自分では言葉を紡げなかった。
わずかに震える足に力を込めて、微笑みを保ちつつ立ち去った。
あの地獄で苦痛しかない挨拶をどうにか終わらせ、今は木陰で休んでいる。
冷えた果実水が緊張と恐怖で乾ききっていた喉を潤す。
(サイサスは他家の子と話しているし、私に近寄りたい子もいない…暇ね)
暇だと余計な事を考える時間が与えられてしまう。
魔力、容姿のこと、帰ってから何を言われるのだろうかなど。
些細なことから自分では変えることの出来ない物事まで総て。
そんな考えを張り巡らせていた中…急に目の前に人影が現れる。
(…誰かしら?どこの輪にも入れなかった子?)
そう思い視線を上げれば見慣れない男の子がいる。
歳は自分と同じくらい、着ている服は装飾もしっかりとされており、身分が高いのが窺える。
顔は…素直に恰好良いと言えるほどに整っていた。ヨハネスも格好良いとは思うがそれ以上だ。
髪色は青みがかった黒髪、表情は氷のように冷たく、考えが全く読めない。綺麗な琥珀色のピアスがキラッと光ったのを見て、切れ長の目を確認すればハッとする。
――その瞳は輝かしい黄金色をしていた。
それを見ただけで分かる、この方には無礼を働いてはいけないと。
急いで立ち上がり、本日三度目の最上の礼を取る。
「失礼いたしました、ユリウス・アーデスト殿下。礼儀も弁えず不躾に見てしまい申し訳ございません。」
そう、この方は隣国のアーデスト王国の第一王子であり、王太子であるユリウス・アーデスト。
先日ジャルマン先生の授業で習ったことが、しっかりと生かされた。
(光を持つ者を祖先に持つ国、アーデスト王国…来訪されているとは聞いていなかったけれど…)
だからこそ瞳を見て理解をし、どうにか挨拶が出来た。
安堵をしつつ、ユリウスの動向を窺う。するとユリウスが口を開いた。
「気にしなくていい。気になったから来ただけだ。それより私がアーデスト王国の者だとよく分かったな?名はなんという?」
不敬に値することを気にしないとは、心優しい方なのだと思って安心したが、まだ名乗っていない非礼を働いてしまったことに重ねて謝罪した。
「非礼を重ねてしまい、大変申し訳ございません。私はアルカート王国カレンティス公爵の娘、クレア・カレンティスと申します。」
…怒っていらっしゃらなければ良いのだけど…、と考えてつつもう一つの質問にも答える。
「王太子殿下を存じ上げていたのは、先日講師からアーデスト王国の成り立ちを学んでいたからです。」
なるほど、と納得した顔をしたユリウスが話を続けた。
「クレア…か。素敵な響きの名を貰ったのだな。そして学んだことを忘れず、咄嗟の事でも生かし対応する力。知識を携え、柔軟性もある。素晴らしいな。」
これでもないほどに褒められ、頬を赤らめてしまった。
「カレンティス公爵令嬢…、クレア嬢とお呼びしても?」
ユリウスの微笑みを見て、突然のことでも緊張が解れてゆく。
「光栄です殿下。ぜひ呼んでいただきたいです。」
(このお方は、私の容姿に嫌悪されずに話してくださる…)
それだけで心が軽くなる。しかも容姿ではなく、中身を見て素晴らしいと褒めてもらえた。
それが遠ざけられる自分にとって、どれほど嬉しいことか。
(もう少し…もう少しだけ、お話をしてみたい)
生まれて初めて他人と長く居たいと思った。どんな話が良いかしら、なんて考えながら思いついた質問をしてみる。
「あの…王太子殿下。失礼ながら質問をさせていただいてもよろしいでしょうか…?」
「ん?何が聞きたい?」
優しい微笑みを向けられ、頭が真っ白になってしまった。
「あ、あの…えっと、その…」
ふと思いついた質問さえ出てこなくなり焦ってしまう私を、殿下は優しく語りかける。
「無理に言葉を出そうとしなくていい、時間はある。…そうだな、私もクレア嬢に聞いてみたいことが出来た。いいか?」
焦りで心が沈み始めていたが、お世辞だとしても興味を持たれたことにまた嬉しくて浮き出す。
淑女としては顔に出さずにいるべきだ、だが七歳である。問題はさほどないだろう、と軽く考え「ぜひ」と伝え、ユリウスからの質問に対して答えた。
そうして苦痛であった初めてのお茶会は、楽しい記憶で塗り替えられた。
――それをジッと見つめる瞳を知らずに。