総ては全てじゃない1
今はあれから数刻過ぎ、晩餐の時間となった。
楽しそうな会話の中、意識を目の前だけに映して黙々と食事を進める。
一人早く食べ終え、退席をしようかと思ったその折りに父が告げた。
「クレア、サイサス。朝も話したが王家主催の茶会が一週間後に行われる。粗相のないように服装、立ち居振る舞いを今一度見直すように。」
サイサスは元気良く「分かりました!父様!」と返事をし、私は淡々と返事を返し、退席をした。
湯浴みを済ませ、自室に戻り侍女に下がってもらう。
ベッドに入り、少し考える。
「ふぅ…王家主催のお茶会…ね。」
また脳裏に浮かび上がる「夢」。
恐怖は消え去り、諦めと終わりを願った「夢」。
あの王太子…今はまだ王子か、に会わなければいけない。
憂鬱な事この上無いが、立場上仕方ない。
挨拶だけはして、あとは極力近寄らず、出来るなら視界にも入らない位置で終わる時を待とう。
そう思い至ると、思考も悩みも手放して睡魔に身を委ねた。
早いものであれから一週間経ち、今日がお茶会の日となった。
天気はお茶会に似合いの晴れ。
早朝から湯浴み、マッサージ、着替え、髪のセットなど多忙を極めた。
既にこれだけで普段の何倍も疲れたのだが、この後に待ち構える事を考えると更に疲労感が増す。
それでも普段使いのドレスとは違い、お茶会用に新調されたドレスはわずかに心を躍らす。
今日の私のドレスは同世代と比べて幾分かシンプルではあるが、淡い青色に白のレースをあしらった容姿に似合ったものだ。髪は少しカールをかけて後ろへ流している。可愛いよりも綺麗が似合うからと母が決めたらしい。
今日のお茶会は、父は仕事でおらず、母が私とサイサスを王宮へと連れて行く。
装いも整い、あとは共に王宮へ向かう二人を待つばかり。読みかけの本を読み進めていれば、準備が出来たと侍女が呼びに来た。
二人は既に馬車へ乗っており、私が乗り込むと従者が扉を閉め、御者に伝えに行く。
(仮病でも使って残れば良かったかしら…)
そう考えながらも朝に父に言われた事を思い出す。
父はサイサスに「素敵な友人を作っておいで。」と。私には「気負わなくて良い。」と。
気負いよりも気落ちの方が強いが父には緊張しているように見えるらしい。とりあえず、はい。とだけ返事をした。
意識を眼前に戻すと、向かい側に座って楽しそうにしているサイサスと母が映る。
「母様!今日のお茶会、とても楽しみです!」
サイサスは年相応な笑顔を浮かべ、母に話しかけている。
「えぇ。あなたの友人が沢山出来ると良いわね。」
母は微笑みながら返す。それを聞きながら私は未だに無難に帰る方法を考える。
まぁ、この見目で無難など有りはしないが。
そうこうしている内に王宮に着いた。もう後戻りは出来ない。
覚悟を決め、馬車を降りて待っていた案内役の従者について行く。
やはり国の中枢を担い、国の中心に位置するだけあって王宮は広い。目当ての場所に行くのだけでも時間が掛かるし、足が疲れてくる。
大人の歩幅と体力ではさほど疲れはしないだろう。だが、まだ子どもの私やサイサスには広大な場所での移動は大変である。
やっとの思いでたどり着いた会場――王家の自慢の庭には、すでに招待された貴族達が多く居た。
招待されているのは、公爵家、侯爵家、伯爵家までらしい。聞いたところで誰が誰なのか分からないが。
ここで母は王妃とのお茶会に向かうため、一旦別れることになっているらしい。母は王妃とのお茶会へ向かうために私達に話しかけた。
「私はこれから王妃殿下とのお茶会に行きます。二人とも楽しみなさいね。」
そう言い残すと母は私を見てから離れていった。
(さて、ひっそりと居られる場所はどこかしら)
母がいなくなったおかげで場所を探す時間が出来た。まだお茶会が始まっていない今がチャンスだろう。
王子が近寄らず、あまり見ることも無いだろう場所を盗み見るように探す。
(あの花壇辺りなら大丈夫そうね)
見つけた場所に向かう前にサイサスを見ると、他家の同い年くらいの子と楽しそうに話していた。これならば大丈夫だろう、むしろ近くにいると邪魔になる可能性しか無い。
そっと離れ、目星をつけた場所へと静かに移る。近くに背丈の低い木もあり、木陰が出来てあまり目立たない。
(これ以上ないスポットだわ。これなら王子も気になりはしないでしょう)
ここで嵐が過ぎ去るのを待つ、一番の方法だ。
そう確信した私は、王子が来るのを暇を持て余しながら待っていた。
本でも持ってくれば良かったか、と考えもするがそんな事をしようものなら悪目立ちが過ぎる。しかし、会場の隅にいるくらいだ、バレはしなかったのではないか…とあれこれ考えていると、王宮仕えの騎士が現れた。
「お集まりの皆様方、お待たせいたしました。王子殿下の入場でございます。」
誰しもがその声に合わせ、最上の礼の姿を取る。
待たせたな、と招待客を気遣い入ってきた王子。太陽の光を浴び、輝き返すような金髪を靡かせ、招待客に挨拶をする。
「皆の者、今日は王家主催の茶会の招待に応えてもらい感謝する。私はアルカート王国の王子、ヨハネス・アルカートだ。初めて参加する者もいるだろう、気兼ねなく楽しんでいってほしい。」
その挨拶を皮切りに、我先にと王子に挨拶をするべく皆が一様に動き出す。