上手く言えなくても良いから3
母からの贈り物を着け、家族と最後の朝食を済ませる。普段と変わらない和やかな雰囲気で過ごし、王宮へ向かう為に家族四人で馬車へ乗り込む。馬車の中はさっきまでとは変わり着くまで終始静かな空気が漂っていた。これまでだって寂しさは感じていたはず、だけどそれはまだ実感の伴わないものだったのかもしれない。でも時間が近くなるにつれ、荷馬車に私の荷物が積まれていくのを見るにつれ、実感したのだと思う。
そんな空気を漂わせながら王宮へ辿り着いた。王宮の前にはアーデスト王国の紋章を付けた馬車がズラッと並んでいた。馬車を降り、王宮の門の前まで行けば、そこにユリウスがいた。ユリウスのそばに、国王陛下とヨハネスもおり何やら会話をしているようだった。邪魔になってはいけないと静かに立っていれば、ユリウスが気付いた様子で陛下達に離れる旨を伝えたのか、こちらへ向かって来た。父と母は敬意を示し、それに私とサイサスも倣う。近くまで来たユリウスが声をかけてくれる。
「そんなに畏まらないでください。今日は御令嬢が旅立つ日なのです、楽になさってください。むしろこちらの無理を叶えていただいだのですから、礼儀などお気になさらず。」
そう言って皆を楽にさせると、ユリウスは私を見つめた。挨拶を、と思い話しかける。
「お早うございます殿下。今日は出発に相応しい空模様ですね。道中の景色が楽しみで仕方ありません。」
「お早うクレア。本当に晴れてよかった、流石に雨天だと厳しいからな。景色は楽しみにしておくといい、綺麗な場所が沢山ある。」
微笑むユリウスが私の頬を優しく撫でてくれる。嬉しいが家族の前だと恥ずかしくて照れてしまう。でもこの手が離れてしまうのは少し寂しくて、何も言わずにいればユリウスはスッと手を離し告げる。
「今日も素敵な装いだな、顔色も良さそうで安心した。…荷物を載せ替えたら出発する。それまでに伝えておきたいことは伝えてくれ。」
では失礼する、と国王陛下達の元へ戻られた。頬に残る彼の温度を寂しく思いながらも、家族と話せる最後の機会をくれた気遣いに感謝する。私はまだ家族に大事なことを言えていない。言うタイミングは多々あった、それでも何故か言えなくて仕舞い続けていた言葉。
決心をし、家族を見れば何故か皆が優しく微笑んでいる。何故だろうと首を傾げれば、父が言う。
「娘を隣国といえ、他国に渡らせるのは心配だったが…ユリウス殿下と共にいるのなら安心出来そうだな。」
父の言葉に母とサイサスも頷いている。…おそらくは先程のやり取りを見ての言葉だと思うが、忘れていた羞恥心が舞い戻ってきてしまった。恥ずかしさから顔を赤く染める私に皆がそばまで来て、ギュッと抱きしめてくれた。
「クレア、アーデストで気が済むまで学んできなさい。色んな知識を付けて無事に帰ってきてくれ…。」
こう言ってくれたのは父、その言葉に抱きしめ返し頷けば、続いてサイサスが話しかける。
「僕も次期公爵として色んなことを頑張るよ。だからクレアも頑張って。次に会う時は立派に成長した姿を見せるから…約束だよ。」
今日もまた最後に約束を交わす。サイサスとの約束は多くて帰った時の楽しみにしてある。互いに抱きしめ合い、頑張ろうね、と言い合った。
最後に母が私を抱きしめ、頭を撫でながら涙声で語りかける。
「クレア…私達の愛しい子。無事に行って手紙をたくさんちょうだい。あなたの言葉であなたの経験したことを書いて。そしてやり切ったのなら、迷わずに無事に帰ってらっしゃい。」
いつだって待っているからね、と言った母の顔を忘れることは出来ない。堪え切れず流している涙が頬を伝いながらも、笑って送り出そうとしている。たまらず私も抱きしめ、絶対に帰ってくるね、と囁けば抱きしめる力は強くなり、何度も私の無事を祈る言葉をくれた。
御者から準備の完了を告げられ、母は漸く離して、それでも名残惜しそうに私の頬を撫でる。母の手に自分の手を合わせ、この優しさを忘れないように体温を感じて。そうしている内にユリウスが近くに来ていたようで、出発の時間だと教えてくれる。家族皆は尚も離れることを惜しみながらも、どうにか体を離し私を見つめる。
(そんな顔をしないで、絶対に帰ってくるから…)
心の中に寂しさを抱えながらも家族を同じように見つめる。言えなかったことを今、言うべきだと思う。でなければ絶対に後悔を残したまま行かなくてはいけなくなってしまう。
一つ深呼吸をし、そっと微笑む。そして告げる。
「お父様、お母様、サイサス。…愛しています。絶対に帰ってきます、その時まで…待っていてください。」
少し声が震えてしまった。それは恥ずかしさからなのか、別れの寂しさからなのか、自分でもよく分からなかった。でも一点の曇りも嘘偽りもない、ずっと言えずに仕舞い込んでしまっていた本音を言えた、それだけで満足。
だって…私の思いを受け止めた家族が何より嬉しそうな顔をしていたから。やっぱり笑っていてほしい、こんなに素敵な人達なのだから。
この景色を胸に仕舞い込んで、時には取り出して眺めるだろう。つまづいた時も嬉しいことがあった日も。家族がいるから立ち上がれて、家族がいるから幸せに思えるだろうから。
ありがとう、行ってきますと心で呟き、ユリウスに連れられ馬車へ乗り込む。乗り込んだ馬車の窓から見える家族は泣きながらも笑顔で、頑張れと手を振ってくれていた。




