庶幾 -ユリウスside- 2
書簡を作り始めて一刻が過ぎた頃、ドアがノックされ警備をしていた護衛が来客を伝える。
来るだろうと予想はしていたが思っていたより早い訪問だな、と来客のことを思いながら護衛に通すように伝えた。
ドアが開きつかつかと入ってきたのは、今日の重要な茶会に無遠慮に参加したヨハネスだった。
「失礼する。ん?何か書類を処理していたのか、またしても邪魔してしまったようだ。」
邪魔だと分かっているのなら出て行ってもらって構わないんだが。単なる嫌味を言いたかっただけなのだと容易に分かるから心に留めておく。ヨハネスが着席したのを見て問う。
「アーデストに送る書簡だ、気にしなくて良い。…来るとは思っていたが大分早かったな。そこまで気になるのか?」
聞かずともヨハネスを見れば分かるが念の為に確認しておく。出来れば違う用件で来たことを願うがヨハネスの肯定ですぐに潰える。
「ユリウス、お前とて他国の王子を容易に蔑ろにはしないはずだ。なのに今日はあまりに急いでいたな、それは彼女が要因だろう?」
本来なら訪問している立場であろうが王子を蔑ろにすることはしない。それが後々の国家間の亀裂になる可能性が高いからだ。でも今日は…いや今日までも極力ヨハネスを茶会に呼ぶこともしなかった理由がある。
「そうだ。…ヨハネス、貴殿は自分が誰からも好かれ敬われるべき存在だと思っているか?」
理由が聞けると思っていたヨハネスは急な質問に一瞬戸惑った表情をする、だが流石は王子。すぐに隠し答える。
「王族とはそういうものだろう?好かれ敬われなければ国を背負うには不相応だ。逆も然りだがな。」
…だからお前を遠ざけたかったんだ、間違っていないが間違いだと気付けていないから。その考えは浅はかすぎる、互いに同じ思いを抱けるのは容易なことじゃない。ましてや立場や環境が違えば尚更。
「それがクレアから遠ざけた理由だ。為政者としては正しい思想も他者からすれば間違った思想でもある。…クレアはお前を拒んでいるのが分からなかっただろう?」
クレアはずっと、初めての茶会でヨハネスに挨拶しているのを見ている時から拒んでいた。瞳に滲んでいたのは緊張なんてものじゃない、この場で殺されるかもしれないという恐怖。それがどこからきたものかは分からないが、近づきたくないという思いに繋がっているのは分かった。
「確かに自国の公爵家の人間ならば忠誠は強いだろう。だがそれは等しく全員が抱くものじゃない。何らかの理由でお前を嫌う者なんていくらでもいる。」
理想はあくまでも理想、現実を受け止め見極めなければ次期国王として、誰かの傀儡になり代わり国は衰退していくだろう。
ただこの考えは将来、互いに国を背負う者としての助言程度のこと。本心はそんな複雑なものなんかじゃない。
「クレアはお前をずっと避けていた、今日お前にエスコートされてきた時でさえな。彼女は自分を隠して取り繕うのが得意だ。だからこそ、クレアのそんな顔を俺は見たくない。ありのままのクレアでいてほしいんだ。」
そう、単純な思いだ。何よりも大切で愛おしいから傷を隠しながらいてほしくない。茶会を重ねて素の彼女を知ってきたからこそ、強く在ろうとするクレアも心の底にある弱さも守りたいだけ。
「これがお前を遠ざけた理由の全てだ。俺の独断での行動だ、気に障っただろうが理解はしてほしい。」
静かに話を聞いていたヨハネスはフンッと鼻を鳴らした。
「理解した。蔑ろにしたのも呼ばれてもいない茶会に出ようとした俺にも非があったのだ、お互い様というやつだろう。ただ…一つだけ分からないことがあるが。」
分からないこととは?大方の説明はしたつもりではあったが何か抜けていただろうか、と問えばヨハネスは疑問を口にする。
「カレンティス公爵令嬢のことだ。俺はあの茶会が初めて対面した日だ、なのにそれ以前から俺のことを嫌っているようだな?面識もない人間をどうして嫌える?」
確かにそれは自分にも謎に思う部分ではあった。ヨハネスは大概尊大な態度を取るから、挨拶の際にそう感じて苦手になっていくのは分かる。だがクレアは最初から嫌うというより避けていた、それも苦手意識からくるものじゃなく逃げなければ殺されるかも、という思いからだ。
どこでそんな風に思うようになったのかすら分からない。
「…悪いがそれは分からない。ただ嫌うというより逃げているのは間違いない、それがヨハネスからなのか。もしくはヨハネスに関連する何かからなのか。」
ヨハネスには言えなかったが一つ心当たりはある、予想でしかないがこれが正解のような気がする。それはライネストが言っていたシオンの干渉による影響。
気付きを与えるための干渉を施しているとなれば、アルカート王家に関する何かを伝えようとしているはず。
(…クレアに聞ければ一番早いんだがな。不明点が多すぎて上手く繋がらない)
現状分かっていることなど然程多くはない、あとは予測の域を出ないものばかりだ。
ふぅ…と深い溜息を吐き、紅茶を一口飲んで落ち着く。
ちょっとの間を空けてヨハネスが思い出したように問いかけてきた。
「そういえばユリウス、いつの間に彼女を名だけで呼ぶようになったんだ?数刻前までは違ったはずだが?」
それがヨハネスに関係あるのか、と問いたい思いをグッと堪えて、多少の嘘も混ぜながらかいつまんで説明をする。あれは二人だけの茶会でのこと、正直に全てを教えてやるつもりなどない。特にクレアに興味を持っている人間になど。
説明を聞きヨハネスは何故か真顔になっていた。
「…そうか。感謝をし、そのお返しとして…か。お前には心を開いているのだな、彼女は…。」
少し傷付いたような表情で見つめてきた。
「羨ましい…な、俺には…。」
まぁヨハネスの気持ちが分からないでもない。聞いてはいないから確実ではないものの、おそらくヨハネスもクレアのことを気に入っている。事あるごとにクレアの話を聞こうとしてきたり、今日も強引にエスコートをしたりしてきたのだから。
だが話を聞いたところでクレアを知った事になんかならない。エスコート出来たから仲が良くなるわけでもない。
本当に理解しようと行動に起こせねば、クレアは誰かを信用したりしないだろう。その積み重ねを経て名前を呼べるようになったのだ。
初めて見た時から聡く気品があった。会ったことはなくとも自分の持ち得る知識から探り出し臆せず対応できる能力、所作の一つ一つが十歳とは思えないほどに洗練されていた。考え方も話し方も彼女の全てが歳不相応に思えるほど素晴らしかった。でもヨハネスに見せた恐怖や不安な姿を見るたび、歳相応な女の子だと知った。ただ隠してしまうのが得意なだけなのだと。
初めは興味程度だったから文通を始めたのに、クレアの色んな面を見つけると会って話したくなっていた。この辺りで好きになっていたんだろう、茶会なんて腹の探り合いでつまらないと思っていたのに、クレアとの茶会は待ち遠しくて早く過ぎ去っていくように感じた。
ヨハネスはきっとクレアの外面しか見ていないだろう。
恋の始まりは外面からだろうが、内面を見ようとしなければ意味がない。
「挽回の機会はあるだろう。それを自ら捨ててしまうのか、変化を恐れず掴むのか。それは貴殿次第だ。」
今はまだ。まだクレアの友人程の立場だから言うわけにはいかない。名前だけで呼ぶのも躊躇われてしまったが。
でもクレアが自分を選んでくれる時が来た時は。その時は。
(お前には絶対に渡さない)




