不平等と不条理1
寝汗の気持ち悪さに目が覚めた。
体を起こし水差しからコップへ水を入れながら、何が起きたのか理解する。
(…あぁ、またあの夢を見ていたのね)
そう、あれは全て「夢」。
確かに姿形は私、最期に見た忌まわしき王太子も実在する。
だが違うことが確実にある。
あの時、処刑されたのは私ではない。
正確には私であって、私でない者。
――もっと歳を重ね成長した私。
王太子も今の姿ではなく、成長していた。
現実のようで現実でない、何とも不可思議な「夢」。
それを物心ついた時から毎日のように見る。
理由を考えてはみるけれど、思い当たる事なんて無いから分からない。
思考を逡巡していると、扉がノックされる。
「…お早うございますクレアお嬢様、起床のお時間にございます。」
感情の起伏を感じない平坦な声に、思考を辞めて答える。
「お早う、起きているわ、申し訳ないのだけれど汗をかいてしまったから、湯浴みの準備をお願いしてもいいかしら?」
先程と同様に抑揚のない声が聞こえる。
「かしこまりました、着替えもご一緒に準備させていただきます。」
ありがとう、と一言告げ浴室へと向かった。
湯浴みと着替えを済ませた私の姿は、とても「夢」で見たような姿と似ても似つかない。
私はクレア・カレンティス、アルカート王国の公爵位を賜るカレンティス公爵家の長女。
月の光を思い浮かばせる長い銀髪、色白の肌、少し近寄り難さを感じさせるつり目に深紅の瞳を宿した十歳。
世間の評価は知らないが、家の侍女達が言うには博識らしい。
ドレスや宝石にさほど興味は無く、本を愛する故だと思う。
端から見れば歳不相応の容姿と中身である。
しかし生まれ持ったものは仕方ない、それが容姿であれ内面であれ…運命だったとしても。
「お嬢様、朝食の準備が出来ましたので食堂へお越しください。」
「ありがとう、今行くわ。」
気が重くなるのを感じながら、私室を出て廊下を歩く。
窓に映る景色は、灰色の空が重く澱ませていた。
(…あの「夢」も同じような空だった)
不意に思い出してしまい、更に足取りは重くなる。
そうこうしていると、目指していた場所に着く。
扉を侍従に開けてもらい、既に席に着いていた家族が視界に入る。
すでに食べ始めていた三人に挨拶をする。
「お早うございますお父様、お母様、サイサス」
その声を聞き全員が私へ目を向ける。
「起きたか。早く食べてしまいなさい。」
最初に挨拶を返してきたのは父――ウェルトだった。
アルカート王国の公爵位を賜る当主で、輝く金の短髪と私と同じ切長の目、瞳はエメラルドグリーン。歳は三十五歳と若く、社交会でも未だに人気があるほど整った顔立ちをしている。
「お早うクレア。今日も元気そうで安心したわ。」
そう言い微笑むのは母アリアス。父と同じく金色の長髪、目尻は少したれ下がり気味で優しい雰囲気を漂わせる。瞳はサファイアを連想させる澄んだ青色、歳は三十歳とこちらも若い。以前父から聞いた出会いの話だと、今のように優しい雰囲気ではなく氷のように冷たい態度を取ると言っていた。
(…家族や家に仕える者以外は未だに怖いらしいけれど)
私にとっては優しい母である。
「……お早う。」
最後に嫌々返してきたのは双子の弟、サイサスである。容姿は父をそのまま小さくしたような感じであるが、瞳の色や目元は母譲り。性格は…前は私を何かと心配する可愛い弟だったのだが、この二年ほどで冷たく変わってしまった。
(ふぅ…もう慣れたことだもの。それより早く食べてしまわないと)
このあとは講師を招いての授業がある。多少時間にゆとりはあるものの、復習や予習はしておきたい。
そう思い至ると席に着き朝食を始めた。
漸く食事が終わる頃、父が思い出したように私を呼ぶ。
「クレア、お前も公爵家の一員だ。代々公爵家は王家と幼い頃から会い、忠誠と関係の構築、繋がりを強める。分かるな?」
はい、と答えた私に続ける。
「お前とサイサスには近日行われる王家主催の茶会に出席してもらう。」
そう言うと話は終わりだと父は席を外し、それに母と弟も続く。
残された私は気を重くする憂鬱を抱え、自室に戻ろうと席を立つ。
(私がお茶会に出席したところで結果など見えているのに)
そう考えながら廊下を歩いていると見慣れた、私よりわずかに背の高い金髪が見えた。
父と母から受け継いだ色。血は繋がっていても私には引き継がれなかった色。
(…その色をしていたらこんなに悩まずに済んだのでしょうね…)
そんな気持ちなど知るはずがないサイサスが待っていたと言わんばかりに、私を見つけて近寄って来る。
今日は剣の扱いを学ぶ鍛練があったのではないか?と思っていると
「姉様、お茶会になど出て大丈夫なのですか?お父様もお母様も心配しているみたいですよ?」
と問われた。
言葉だけなら姉を心配する優しい弟なのだが、そこに嘲笑に近い声音がついている。
双子なのに囲まれてきた環境が違ったために、周りの大人の真似ばかりをするせいでこのような態度を取る。
「礼儀やマナーなら講師の方からしっかりと学んでいるわ。それよりも貴方、そろそろ鍛練の時間じゃないのかしら?」
「なんだよ心配してやったのに。」
そう悪態を吐きながら彼は鍛練をしに庭へと向かった。
一体どこからそんな言葉を覚えてくるのだろうと思いながら、
勉学に励むため図書室へと向かった。