期待は後悔を越して2
(一体何が違ったの?些細な変化ではあるはず…。でも私にも分かる程の変化…)
目の前にあったはずの答えに悩んでいるとユリウスが声を掛けてきた。
「クレア嬢、短い時間でしっかりと考えてくれたこと感謝する。…家族とも話せたようで何よりだ。」
その言葉にはっとする。ユリウスに伝えなければいけないことがまだあった。留学が決まった喜びで頭から抜け落ちてしまっていた。
「あの…ユリウス殿下。そのことでユリウス殿下に…感謝をしているのです。」
感謝?と首を傾げるユリウスに続けた。
「先程もお話しいたしましたが、私は酷い思い違いをして家族を遠ざけていました。でも殿下と文通を始めて母と話す機会が増えて、今回の件も殿下が両親に話してくださったから…。家族と仲直りが出来たのです。」
仲直り、という表現が適していないとは思うが、私の中では一番しっくりくる言葉だった。親子喧嘩と姉弟喧嘩をしていただけというサイサスの言葉に救われたのだから。
私の言葉を受けてユリウスはこんなことを言った。
「仲直り…か。なるほど、理解した。だが私はただきっかけに過ぎない、君が家族と向き合ったからこその結果だろう?感謝など必要ないさ。」
…確かにきっかけに過ぎないかもしれない、でもそのきっかけが無かったら?きっと今もすれ違ったまま、ただ形の見えないものに怯える日々だっただろう。きっかけがあったから今がある。一歩踏み出す背中を押してくれる。
「いえ!きっかけがあったからこそ両親とちゃんと話す機会が出来たのです!それは他でもないユリウス殿下のおかげです!」
少し強い言い方になってしまっただろうか、ユリウスは目を開き驚いたような表情をしてしまっている。
「あっ…。も、申し訳ありません殿下。気持ちが昂って強い言い方になってしまいました…。」
でも伝わってほしかったから後悔はしない。ただ、ユリウスの優しさからきたであろう言葉を否定し、自分の思いを押し付けたようになったことは反省しなくては。
人との関わりが少なかったためにしてしまったことに落ち込んでしまう。
するとユリウスはおもむろに立ち上がり私の横へ座った。
クレア嬢、と呼ばれ顔を上げればユリウスが笑って、私の手を握ってくれる。
「強くもなんともないから、気にしなくて良い。ただ自分の思いをしっかりと言葉に出来ているのだなと思っただけだ。」
世間ではあまり表情が変わらない故に氷の王太子などと言われているが、私からすればユリウスが持つ光属性のように包んでくれる優しい人。今だって安心するように手を握ってくれている。その手のなんと暖かいことか。
「…ありがとうございます。殿下はお優しくてつい甘えてしまいますね。」
そうやって返せばユリウスは更に笑う。
「氷の王太子にか?……そうだな、ではクレア嬢。感謝をしていると言ってくれたな?感謝は必要ないが、見返りは欲しいと思うのだがどうだろう?」
一瞬意味が分からずポカンとしてしまう。見返り…とは?おそらく私が差し出せる物はユリウスも簡単に手に入れられる物。私に見返りを求める必要があるだろうか…。なんてユリウスを見ながら考えていれば、ユリウスの表情が答えを物語っていた。
悪戯が成功したような笑みを浮かべている。
(…っ!まさか、殿下がなさるとは…!)
「殿下っ!私の困る顔を見て笑うなんて…、流石氷の王太子ですね。」
なんて皮肉は言ったけれど全く嫌ではなかった。むしろユリウスの新しい一面を知れたことが嬉しくて笑っていた。
ユリウスはそんな私を見て続ける。
「少し悪戯をし過ぎたかな?…でも見返りが欲しいのは本当だ。心配しなくて良い、物でも難しいことでもない。」
そう言い切ると真面目な顔になった。物でもなく実現不可能なことでもない?何だろうか、アルカートの歴史だろうかと首を傾げていると。
「私のことを“ユリウス”と呼んでほしい。あと私にクレア嬢を呼び捨てで呼べる許可を。」
本日何度目か分からない疑問が頭に浮かぶ。まず呼び捨てはしてもらって全くかまわない。むしろ距離が近くなったようで嬉しいからしてほしい。だが…ユリウスのことは『ユリウス殿下』と呼んでいるし、もし呼び捨てを望んでいるとしても他国の王太子を呼び捨ては如何なものか。
「あの…殿下?私を呼び捨てしていただけるのは大変嬉しいことなのですが…。殿下を敬称無しでというのは…。」
「君が嬉しいように、私も君に名前を呼んでもらえるとより親しくなった気がして嬉しいんだ。公の場では今まで通りでかまわない、二人の時だけでもどうだろうか?」
ユリウスに言葉を遮られ、こう言われてしまう。親しくなった気がして嬉しい、なんて言われてしまえば断る気持ちが自然と無くなっていった。それに王太子の申し出を一度のみならず二度も断るのは流石に不敬に値するだろう。
「…分かりました。な、なるべく善処致します…。」
結局恥ずかしくて呼べなかったため曖昧な返答をした。これが精一杯の答えだったが、ユリウスは不満そうにすることもなく微笑んでみせた。
きっとこちらの気恥ずかしさを悟っているから無理を強いてこないのがありがたい。
(本当に…どこまでも優しい方…)
ユリウスの優しさに包まれていると名前を呼ばれた。
「クレア?留学の準備の話をしてもいいか?」
不意に呼ばれて何故だか少し緊張する。家族から呼ばれ慣れた名前なのに、呼ぶ人が違うだけでこの差はなんだろう?と思考は準備の話を忘れそうになる。
「…っ!申し訳ありません、準備ですね?」
緊張と思考を悟られないよう取り繕って返した。多分バレてはいると思うけれど。
ユリウスは何事も無かったように話を続ける。
「あぁ。クレアには専属の侍女はいるだろうか?いなければアーデストの侍女を付けようかと思っているんだが。」
専属の侍女はいない。大体の貴族にはいるものだが、誰も好んでやりたがらないのが分かっていたから付けずにいた。
「専属はおりませんので…お願いしてもよろしいでしょうか?」
ユリウスは頷き「任せてくれ。」と言ってくれた。その後も細々とした物の確認をし、他愛のない話を続けた。




