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闇の令嬢、愛を思い出す  作者: 雨音祭
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再会と邂逅Ⅲ 6

あれからどれだけ過ぎただろうか。

フッと意識が浮遊する感覚で目を開けば、そこは先程までいた部屋では無かった。ここはそう、私が滞在するために与えられた部屋。特別飾り付けてあるわけでもなく、かと言って殺風景にはなっていない部屋。

ベッドから出ようと動き出せば、身に付けている服に違和感を感じる。先程着ていたドレスのままであれば、身動きが取り辛いはずなのに軽やかに動ける。スッと視線を下げればネグリジェへ着替えていた。通りで締め付け感もなく、楽だと思った。

しかしこれに着替えた記憶も、着替えさせられた記憶もない。あるのは確か…母と共に治療へあたり、一つ目の箇所をやっている最中で…。そこで記憶が無くなっている…、では治療は?

寝起き特有の心地から一気に現実へ帰る。急いでシリーネの元へ向かわねば、そう思ったと同時に扉が軽くノックされる。

「…どうぞ。」

誰だろうかと警戒はしながら入室を許可すると入ってきたのは。

「クレア様ぁ!お目覚めになられたのですね!」

「ユニ!クレア様は目覚められたばかりよ、そんなに大きな声を出したら驚くでしょう。」

エイリーに叱られ、ショボンとするユニ。どうやら二人は私の世話をするために部屋に訪れたようだ。

「ユニ。」

「はい!行ってきますね!」

エイリーの手にある桶、おそらくは私の体を清拭するために用意されたものだと予想できる。

それと記憶が途切れたことを繋げて考えれば、自ずと答えは出た。

(…私、途中で意識を失ってしまった…!)

体中から血が失われていくような感覚に陥る。途中で意識を失ったのなら、結末は明白。


(……私が…シリーネ様を…殺した…)


あれ程最善を尽くすと、覚悟を決めたのに。シオンとあれ程特訓を繰り返して、シオンからお墨付きを貰ったのに。

―――私は全て、無駄にしてしまった。

何よりも、シリーネの命を消したのが自分だなんて。

信じたくない、夢だと願いたいのに一度覚醒してしまった意識が否定をする。私は…取り返しのつかないことをしてしまったのだと。

「……なさい。」

「?クレア様、いかがなされ…」

「ごめん……なさい…。」

エイリーが慌てた様子で桶を近くのテーブルに置き、私のすぐ側に近付く音が聞こえた。私の背を撫でてくれる感触は分かるものの、何を言っているのかは理解出来ない。きっと落ち着かせようとしている、それだけは分かるけれど今の私にはそれさえも罪悪感を増大させるものでしかなかった。

(…どうやって償えば…いいのだろう)

どうやって、なんて答えは決まっている。この命を差し出す他ない。他国といえど一貴族が王妃を殺したようなものだ、いやようなものではなく殺したのだ。あれだけ豪語しておきながら、希望をちらつかせておきながら。

……あぁ、私は…愛している彼に対して、なんと酷い仕打ちをしてしまったのだろうか。

私を本当の娘のように可愛がってくれたシリーネや陛下に、何よりユリウスに恩を仇で返す始末。

後悔で涙が止まらず、廊下が騒がしいことにも気付かなかった。


――――――――――



城内はまだ慌ただしさが残るものの、以前ほどの張り詰めた様子はなく、代わりに安堵の空気感が漂っていた。

とりあえずは母が行っていた公務の一部を父の許可を得、執務室で処理をしていた頃。

「王太子殿下!失礼いたします!」

やけに騒がしい声が扉の向こうから聞こえたかと思うと、返事をする前に扉が開かれる。

「…誰だ。入室の許可は与えていないが。」

目を通していた書類から僅かに顔を上げ、無作法者を確認しようと目を向ければ。

「あっ…。も、申し訳…ありません!」

そこに立っていたのはクレアに付かせた侍女…ユニであった。彼女が急ぎ、自分の元へ来る理由…となれば一つしかない。すぐにでも駆けつけられるよう、書類を置き焦らずに問う。

「いや、それよりも…クレアの身に何かあったのか。」

万が一、クレアの身に何かあってはいけないと僅かでも違和感を感じたら来させるようにしていた。部屋の前に立っている騎士達にもエイリーとユニが急ぎの用の場合は、自分の許可を得ずとも中へ入れるよう指示してあったのだった。

「あ、あの…!」

余程急いで来たのだろう、息を切らし言葉が続きそうにもない。本来であれば窘めなければいけないのだが、今はそれどころではない。クレアに何かあったから彼女は来たのだ、そんなことで時間を食う必要は今はない。

「息を整えてからでいい。…いや、クレアの元に向かいながら話を聞く。」

そう言うや否や立ち上がり、ユニと共に歩き出す。

「…クレアの身に何があった。」

早歩きになってはいるが、彼女の息も整ったであろうタイミングで問い直す。

「クレア様が!クレア様がお目覚めになられました!」

その報告を聞いた瞬間にすぐに走り出す。日数にすれば大した時間は過ぎてはいない、だが俺にとっては余りにも長すぎる時間だ。公務の合間を縫ってはクレアの元へ行き、無事に目覚めることを待つことしか出来なかったのだから。

執務室からクレアの部屋までが如何に長く、それが煩わしいことか。早く会いたい、その気持ちだけで黙々と進んで行く。

すれ違う者達が挨拶をするのが視界の端に映るが、今はそれどころではない。漸く彼女の部屋に通じる一番近くの廊下へ来た。巡回をしていた騎士が俺の存在に気付き、慌てて近寄ってくる。

「王太子殿下!」

「今は挨拶など良い。…クレアの元へ向かう。」

そう言えば他の者にも伝わるよう声を掛け、道を開けるように促した。それからすぐに部屋の前へとたどり着いた。部屋の前には俺の近衛が立っていた。

「…ユーティア。」

「はっ!クレア様がお目覚めになられました!…しかし。」

「?どうした。」

返事を聞く前に理由が分かった。僅かに開かれたままの扉の向こうから、誰かが泣く声と宥めようとしている声が聞こえてきたからだ。

想いは通じ合ったものの、婚約者でもない自分が部屋に無遠慮に入るのが躊躇われたが、今は気にするべきではないと結論付け、そっと扉を開ける。

瞬間、目に映ったのはひたすらに謝罪の言葉を繰り返し、泣いているクレアの姿。横でエイリーが背を撫でて、どうにか落ち着かせようとしている姿であった。

静かに近寄るとエイリーは俺の姿を確認し、そっとクレアから離れ近くに来た。

「これはどうなっている。何故クレアがこんなにも泣いているんだ。」

理由は分からないが、クレアが泣いている事実だけで侍女達が悪いわけでもないのに、苛立ちを含んだ言い方をしてしまった。

だがそんなことすら彼女は気にする余裕もないのか、状況を説明した。

いつも通り清拭をしようと部屋を訪れ、クレアが目覚めたことに気付き俺に使いを出した。しかしそのすぐ後にクレアは泣き始め、以後ずっと謝罪を繰り返している、と。

何に対しての謝罪か分かるか、と問えば全く分からないと答えが返ってくる。

(……恐らくだが…)

彼女はどうやらこういう傾向がある、家族とのすれ違いもそうだ。今回もそうである、と仮定するならやはり俺が話すのが早い。

侍女達に下がるよう言いつけ、室内はクレアと俺だけになった。

威圧を感じさせないよう、静かにクレアのそばに寄りベッドの淵に座る。顔に手を当てただ泣きじゃくる彼女を見ていると、こちらまで胸が痛くなる。早く安心させてあげなければ、だが急に言葉を掛けてしまうと萎縮してしまう可能性がある。

そう考えどうしたものかと僅かに悩み、クレアが喜び安堵出来るような行動を起こす。それはただ優しく抱きしめること。

アリアスと抱き合う彼女は何よりも無邪気な顔を出していた。それはきっと、彼女に愛を持つ者にしか見せないような顔。

母親にとって代われるものなんかじゃないが、それでも少しでも安らぐならいくらだってする。

抱きしめた瞬間、クレアは体をビクッとさせ嗚咽が止む。強張ることはないのだと言い聞かせるように、壊れ物を扱うように抱きしめ、同時に頭を優しく撫でる。

それを続けてどれくらいだろうか、長いようで短い時間を経てクレアの強張りが取れたのを確認して、問いかける。

「…クレア。何がそんなに悲しいんだ?俺に教えてくれないか?」

答えは分かっている、でもそれに対する答えを言うだけではこれから寄り添ってなどいけない。彼女の、彼女自身が気付いていない弱さや短所を共に知って、支え合いたいから。

大人びた生き方を選んできたからこそ、気付けていないことも。

「ゆっくりで良い、誰も責めはしていない。皆、クレアが泣いているから心配なだけなんだ。」

「……わた…しは。大切な方…の命を…。」

「…命を?」

ここまでで確信に変わった。やはりそうか、クレアは自分がシリーネを助けられなかったと思い込んでいる。責任感の強さは長所であるが、同時に強すぎるのは心配になってしまう。だからならず者達の前に出てきてしまうんだろう、おかげで彼女に更に惚れた瞬間ではあったが。

「シリーネ様…を。お助け…出来ませんでした!」

「………そうか。」

「ユリウス様の…大事なお母君を…私は!」

「それ以上は言わなくて良い。…代わりに少し俺に付き合ってくれないか?」

言葉で伝えてしまえば不安などすぐに拭い去れるだろう。でも論より証拠、自分で見たものが事実だと思えば本当の意味で安心するだろう。

今あちらにはアリアスがいるから、叱りの言葉は受けるだろうがそれは仕方ない。これからの未来、俺の隣にいてもらわなくてはいけないのだから、気を付けるようになってもらわなくては。誰かを守りたいと願うのなら尚更に。

クレアは自分の非を認めて正せる、そう信じられる。

(…俺が優しくなれるのは家族を除いて、君だけだ)

でも優しくあるだけじゃ意味がない、それでは支え合うことは出来ないから。

「さぁ、侍女を呼ぶから着替えて。」



――――――――――

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