変わっていく日常を7
シリーネとのお茶会から数時間経過し、夕食も済ませ入浴の時間を待つ頃。私の頭の中はシリーネの話でいっぱいだった。
あの沈黙の後シリーネが、こんな話をしてしまってごめんなさいね、と涙跡を携えながら私に言った。なんと返したら良いか戸惑っている私に、この話をするつもりじゃなかった、とも言った。会話はそれで終わってしまったけれど、シリーネの抱えていた後悔が話の中でまた膨らみ、それが思わず出てしまったのだろう。そして未来を想像した時に、自分には見えない景色が映され、更に思いが込み上げ溢れた。その後悔や悲しみは私には分からない、父や母がもし亡くなったら酷く悲しみ、絶望に似た感情を抱くだろう。でもそれはあくまでも想像だけであって、実際にその境遇になったシリーネの思いには届かない。理解しようとすることが烏滸がましいのは分かっている、それでも想像してしまう。何度想像しようと結局は同じ答えに行き着くだけなのに。
「…少しテラスで風に、当たろうかしら。」
堂々巡りの思考をリセットするために、ショールを羽織りテラスへ出る。冬が近づいてきているから、夜はやはり肌寒い。室内は温度管理がされており、ショールは必要ないかと考えていたが、羽織って出て正解だった。テラスに備えられたベンチに腰掛け、空を眺める。冷え始めた夜の空は澄み切って、チラチラと星が綺麗に輝いているのが見える。昔読んだ絵本で、こんな風景を見たことを思い出す。絵本の中では大事な友が亡くなった夜、燦々と輝く星を見た主人公が『あれは君を導く標なんだね』っと言っていた。あるロマンチストは星を亡くなった人に見立てた。どちらも大切な人の新たな幸せを願う、心から出たものじゃないだろうか。そうだとしたらとても素敵なことであり、…同時に残酷にも思える。旅立った人の幸せを願えても、残された人の幸せはあるのか。もちろん色んな幸せはあるけれど、最愛の人を亡くした人の一番の幸せは何か?と言われたら、最愛の人と共に生きていること、と答えてしまうだろう。だって生きてさえいてくれれば、行きたい場所に行って、やりたいことをやって、次の約束だって出来る。きっとそれが生きる意味にもなるんじゃないだろうか。
でも…シリーネには後どれくらいそうしていられるか、なんて分からない。当たり前であった日常が当たり前で無くなった時、次が来るからなんて思えはしないだろう。人は産まれ落ちたその日から、終わりへと向かい生きていく。それは自然の摂理で何ら変わったことではない。でもその中で多くの大切を得ていればいるほど、終わりが怖くなる。
「…大切、かぁ。」
ふと呟いた。言葉や思いとしては明確にあるものでありながら、自分にとっては不明瞭なものである。もちろん父や母、サイサス、エイリーやユニは大切だ。アーデストに来てから出会い、友人となったマリーナやレゼットも。私を心良く受け入れてくれた陛下とシリーネ、ユリウスも。間違いなく大切だ、それは声高らかに言える。でもシリーネの思いにはやっぱり届かない、違いはシリーネは本当の大切を知っていて、私にはまだそれが無いからだと思う。かけがえのない大切、と言葉にしてしまうと陳腐に聞こえるが、それが今は眩しく思えた。
「…悩みなんて、魔法のように消せられたら良いのに…。」
そっと呟いた言葉が、音も立てず空へ消えていった。




