8.10年前の疑惑
「……だった?」
確かにルカルドは『婚約者だった』と言った。
私が不思議そうに聞き返すと、ルカルドは表情を曇らせた。
「ラヴィは死んだんだ。病死だったそうだ」
「……」
私はその言葉に何も返すことが出来なかった。
聞かなければ良かったと後悔した。
「俺は信じていないけどな。オルヴィス帝国は何かを隠してる」
ルカルドは小さく呟いた。
「こんな話をいきなりされても困るよな。だけど君を見いると、ラヴィを思い出すんだ。面影を感じると言うか、不思議な気分になる」
「私ってそんなに、そのラヴィさんに似てるんですか?」
私が困った顔で聞くと、ルカルドは小さく「ああ」と答えた。
「その琥珀色の瞳も、柔らかい金色の髪も。それから笑った表情も、な。それにさっきシンリーは記憶喪失になったのは10年前だと言ったよな?」
「はい、言いましたけど……」
「ラヴィが居なくなったのも10年前なんだ」
「……何が言いたいんですか?」
私はなんとなくルカルドが考えてる事が分かってしまった。
「シンリー、君とゆっくり話がしたい。場所を変えないか?」
「ここじゃ駄目なんですか?」
私が聞くとルカルドは「他の人間には聞かれたくない」と言ったので、仕方なく場所を変えることになった。
嫌な予感しかしない。
ルカルドはきっと何かを誤解してる、そんな気がした。
***
私はルカルドの後を付いて歩いて行くと特別棟へと入った。
その中にある応接室の様な部屋に入った。
「ここは連絡部屋なんだ。俺やその従者達が外部と連絡を取る部屋として使っている。専用の応接室みたいなものだな。だからここなら他の者に話を聞かれる事はないだろう」
部屋には中央に大きなソファーがテーブルを挟む様に置かれていた。私達は向き合うようにそのソファーへと腰を掛けた。
私は怪訝そうな顔でルカルドを見ていた。
どうしてルカルドはこんな場所に私を連れて来たのだろう。
他には聞かれたくない話って、やっぱり私をラヴィさんと勘違いしているのだろうか。
「どうしてこんな場所で話をしようと言ったのか、気になってるよな」
「はい…」
「シンリー、君は気付いているか分からないが、その琥珀色の瞳は特有のものだ。君がラヴィで無いとしても、間違いなく君は皇族の血を受け継いでいると思う」
「……何を言ってるんですか?」
私はルカルドの言葉が理解出来なかった。
私が皇族?
一体何の話をしているのだろう。
「俺はラヴィの死でオルヴィス帝国の事を色々調べたんだ。その琥珀色の瞳は黄昏の魔女と契約している証だ。間違いない。俺はラヴィに会っているからその色を知っている」
「……黄昏の魔女?」
その言葉はどこかで聞いたことがあるような気がした。
だけど何の事か、どこで聞いたのか分からなかった。
「この学園には皇族の人間がいる。生徒会長でありオルヴィス帝国の第二皇子であるロベルト・イル・オルヴィス。入学式で挨拶をしていた男だ」
私もそれには気付いていた。挨拶をしている時、私と同じ色の瞳をしていると思った。
「だけど、瞳の色が同じなだけで決めつけるのはどうかと」
「君は全属性の魔法が使えて、瞳の色も黄昏の魔女と契約している証の琥珀色だ。そして過去の記憶を失っている。それは10年前にラヴィが死んだとされてる時期と被るんだ」
ルカルドは真直ぐに私の事を見ていた。その表情は真剣だった。
「だから、私がラヴィさんだと言いたいんですか?」
「君がラヴィかどうかは分からない。だけど、ラヴィの件に関わっているのかもしれない。俺は真相が知りたいんだ。どうしてラヴィが死んだのか。帝国側は病死だと伝えて来たけど、あんなに元気だったラヴィが突然病気で死ぬだなんて到底考えられない。詳しい病名すら教えてもらえなかった。葬儀も身内だけの密葬だと事後に伝えられた。色々調べたけど結局、真相は分からなかった」
ルカルドの話を聞いてると確かに腑に落ちない点も多い。
「シンリー、ロベルト皇子には気を付けた方が良い」
「どういう意味ですか?」
「彼は何か知ってる可能性がある」
「知ってるなら思い切って聞いてみたらどうですか?」
私が聞くとルカルドは苦笑した。
「真相を隠そうとしている人間が簡単に話すと思うか?それにもし君がラヴィの件に関わっているのだとしたら、何かしら向こうも動いて来るかもしれない」
「ちょっと、待ってください! 私をそういう前提で話さないでくださいっ。私はただのシンリーです」
私は困った顔で言った。
「急にこんな話をされて驚くのも信じられないのも当然だと思う。だけど、警戒だけはしておいた方が良い」
「警戒、ですか」
そう言われると急に怖くなってきてしまう。
「シンリー、君の事は俺が守る。だからこれからはなるべく俺の側から離れないで欲しい。俺はドラグレス国の王子だ。俺の傍に居る限り、ロベルト皇子も簡単にはシンリーに手を出せないと思う」
「…………」
私が不安そうな顔をしているとルカルドは優しい表情で言った。
なんでこんな話になってしまったんだろう。
私が皇族だなんてそんなの信じられる訳が無いし、絶対違うと思う。
だけどルカルドは本気で信じているみたいだ。
どうしたらいいんだろう。