47.ドラグレス国へ
それから暫く馬車に揺られていると、ドラグレス大国の王都が見えてくる。
私のいる魔法学園は王立と付けられているが、王都からは大分離れた場所に存在している。
王都に建設したら寮生活の意味が薄れてしまうというのが大きな理由のようだ。
貴族出身者であれば、一言命令すればなんだって周りの者に任せることができてしまう。
しかし、それではいつまでたっても判断力を養うことはできない。
それに、王都は防衛面では完璧であるため、訓練には向かない場所だったようだ。
そんな理由から離れた場所に設置されたという話を、入学当初教師から聞かされた。
王都には幼い頃に一度だけ来たことがあったが、薄っすらとした記憶しか頭に残っていない。
それは恐らくラヴィニアの記憶だろう。
だから、この光景を見るのは初めてに等しい感覚だったのだと思う。
「ルカ様! あれが王都ですか!」
「ああ、そうだよ。シンリーが疲れていなければ、明日にでも少し王都を見て回ろうか」
「本当ですか? なんだかわくわくしてきちゃいますっ!」
「はしゃいでいるシンリーも可愛らしいな。まあ、俺もここに戻って来るのは久しぶりだから同じようなものか」
私は目をキラキラと輝かせ、馬車の窓から見える王都の外壁を眺めていた。
(あれが王都か……。私の記憶、いつかは全て戻るのかな……)
ルカルドは私のことを恩人だと話していた。
それなのに、私はその時のことを思い出すことができないでいる。
それがもどかしくて、申し訳なくて、堪らない気持ちになる。
(今はこんなこと考えるのはやめておこう……! 折角の楽しい気分が台無しになっちゃう)
私が浮かない表情をしていたら、ルカルドに変な気を遣わせてしまうかもしれない。
そう考えて、私は余計なことは考えないことにした。
「ルカ様に案内してもらうの楽しみにしてますねっ!」
「任せてくれ。シンリーに満足してもらえるように頑張るよ」
「楽しみがまた一つ増えちゃいましたっ!」
「そうだな」
学園の近くにあった街もそれなりには大きかったが、王都となると規模が全然違う。
そんな風景を見たら誰だって胸が弾んで当然だ。
込み上げてくる楽しい気持ちから私の顔はずっと緩みっぱなしで、隣にいる彼もどこか満足そうに微笑んでいた。
最近色々あったせいで、こういう穏やかな時間がとても心地良く感じる。
私達を乗せた馬車は王都へと入ると、さらに奥へと進み王宮のほうへと進んでいった。
***
大きな門をくぐり抜け、王宮内の敷地を少し走った後、馬車はゆっくりと停止した。
目の前には大きな宮殿があり、いよいよだと思うと緊張のあまり手の震えが止まらなくなってしまう。
(ど、どうしよう。ついに来ちゃった……。私、挨拶とか、ちゃんとできるのかな)
正直なところ、不安しかない。
なぜなら私は貴族としての振る舞いを良く分かっていないからだ。
そして今回の訪問は本当に急遽決まったことで、なんの準備もしていない。
ルカルドは手紙で、私の事情を伝えてあるので普段通りで問題ないとは言ってくれたが、相手は王族であり粗相なんて許されない相手だ。
「シンリー、そんなに緊張するなよ。俺がずっと傍にいるから、平気だよ」
「ルカ様……」
今にも泣き出しそうな顔でルカルドを見つめると、彼はは私の手を繋いでくれた。
「シンリーの手、すごく震えてるな」
「……っ!」
困った顔でルカルドはそう答えると、不意に私のことを自分の胸の中へと押し込めた。
そして、ぎゅっと抱きしめられる。
「シンリーが落ち着くまで、こうしてようか」
「ルカ様っ、嬉しいんですけど、兵士さんにめちゃくちゃ見られてますっ!」
私はルカルドの胸を必死に押しやろうとするも、びくともしない。
周囲の兵士たちは皆、こちらに視線を向けている。
その視線が耐えられなくなり、私の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
(ルカ様、一体何を考えているんですかっ! 皆見てるのに……もうやだ)
「たしかに見られているな。だけど、ここで少し気を抜いていったほうが楽なんじゃないか?」
「違う意味で緊張してしまいますっ! だから離してください!」
私が必死に説得を続けると、漸くルカルドは抱きしめている腕を解いてくれた。
解放されてほっとしているのも束の間で、今度は手を自然に繋がれ再び私の心拍数は上がっていく。
「行こうか」
「……はい」
私はルカルドに手を引かれるまま歩き出した。
***
宮殿内に入るとルカルドは色んな者たちから声をかけられていた。
そして、隣にいる私を皆が物珍しそうな顔で見てくるので、その都度私は愛想笑いをしてやり過ごしていく。
(疲れる……。だけど、ルカ様って周りから好かれているんだな。皆、ルカ様を見る顔が優しかった……)
そんなことを考えていると、私までなんだか嬉しい気分になってきてしまう。
少しだけ和むことができて、僅かに緊張が解れた気がした。
「シンリー、ごめん。少しこの部屋で待っていてもらえるか? 先に戻った報告をしてくる。一人にして悪いけど、すぐ戻るから……」
「はい、大丈夫ですっ! 私、待ってますね」
ルカルドは私の顔を覗き込んできて、心配そうな顔で言った。
あの事件があったから、私を一人にしてしまうことに申し訳なく思っているのだろう。
私はそんなルカルドに、これ以上心配をかけたくなくて笑顔で答える。
ここに来てからずっと彼は私の手を繋いでいてくれたから、大分心も落ち着いてきていた。
「ありがとう、シンリー。すぐに戻ってくる」
ルカルドは私の顔を見てほっとすると、廊下を一人歩いていく。
私は彼の姿が見えなくなるまで、背中を眺めていた。