44.優しいけど、意地悪な人
この学園は二学期制であり、前期と後期に分かれている。
前期が終わると二カ月程の長い休みに入り、その期間中生徒達は自宅へと帰省する者達が多い。
勿論、そのまま学園に残る事も自由だ。
そんな長期休みが始まる、数日前のこと。
私は授業が終わると、いつもの様にルカルドと一緒に連絡部屋を訪れていた。
「シンリーは、長期休みは実家に帰省するのか?」
「そうしようと思っています。色々と伝えなきゃいけないこともありますし」
私は記憶を取り戻し、自分がラヴィニアであることを思い出した。
この事実を今の両親にもちゃんと説明しなければならない。
(出来る限り、早く伝えたほうがいいよね)
私はこの先もシンリーとして生きて行きたいと思っているが、多分それは叶わないことなのだろう。
ただの貴族であれば許されたかもしれないが、私は皇族だ。
今すぐにということは無いと思うが、きっといつか帝国に引き戻されるだろう。
両親と一緒にいられる時間は限られていて、だからその時間を大切にしたいと思う気持ちが強くなる。
(後悔だけはしたくない……!)
「俺も一緒に行ってもいいか?」
「え?」
私はその言葉に驚いて顔を上げると、隣に座るルカルドを見つめた。
「シンリーの両親に、ちゃんと俺からも報告したい。今後についての話とかもあるだろうし、シンリー一人じゃ辛い話もあるだろう?」
「……っ、ルカ様っ! ありがとうございますっ」
本当は真実を告げるのがずっと怖いと思っていた。
どういう反応をされるのか、想像が付いてしまうから。
私は本当に親不孝者なのかもしれない。
ルカルドの優しさを感じて、じわっと涙が浮かぶ。
「シンリーは涙もろくなったのか? こんなことくらいで泣くなよ」
ルカルドは困りながらも優しい口調で答えると、私の目元に溜まった涙を指で拭ってくれた。
「それに、二カ月もシンリーと離れるのは耐えられないからな。少しでも傍にいたいんだ」
「……っ!」
ルカルドはふっと小さく笑うと、私の唇にちゅっと音を立てて軽く口付けた。
不意打ちでキスをされると、私の顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていった。
「くくっ、シンリーは表情を変えるのが本当に得意だな。今度はこんなに真っ赤に顔を染めて。本当に、可愛い」
「誰のせいだとっ……!」
私はムッとした顔でルカルドを睨み付けた。
しかし頬は熱に包まれ、怒った顔には見えていないかもしれない。
「俺のせいだな。あんまりからかうのは止めておくよ。シンリーに嫌われたくないからね」
「ルカ様を嫌いになったりなんてしませんっ!」
「本当に?」
「ほ、本当に……。でも意地悪し過ぎるのは困りますっ!」
私が戸惑った顔で文句を言うと、ルカルドはクスクスとおかしそうに笑い始めていた。
「な、なんですか?」
「いや、必死なところも可愛いなと思って」
「……っ!」
「怒らないでくれ。これはからかって言っているわけではないから。ただ、今のシンリーの姿を変えたくないと思った。俺は、それを守るためにどんな努力も惜しまないつもりだ」
ルカルドは冗談を言ったかと思えば、真面目な話を始めて私はますます困惑してしまう。
だけど、彼が私のことを守ろうと思っていることだけは伝わった。
最初からルカルドが優しいことは分かっている。
だけど、意地悪なことを言ってくるから、私は戸惑ってしまうだけだ。
「それじゃ、決まりってことでいいね」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
こうして私は長期休みもルカルドと共に過ごすことになった。