41.動き出す-ロベルトside-
僕は学園を一時的に休学して帝都へと戻って来ていた。
だけど僕がここに戻っている事は極秘にしている。
父である皇帝には、事前に手紙で連絡は取ってある。
ルカルド王子が全面的に協力してくれたおかげで、僕はドラグレス国からの使者として来ていることになっている。
あの人の耳に入れば、何故ここに僕が戻って来ているのか調べられる可能性がある。
極力関心は持たれたくはない。
それに相手が相手なだけに失敗は許されないし、変に勘繰られてこちらが動く前に邪魔をされることだけはなんとしても避けたかった。
「まさか、こんなものを使う日が来るなんてな」
僕は黒髪のウィッグを付け鏡を眺めながら苦笑した。
今は帝都にある宿泊施設に滞在している。
父と会うのは3日後だ。
それまでに少しだけあの人の事を従者に調べさせていた。
ラヴィニアの誘拐事件は10年もの前の話だ。
恐らく今更調べたところで証拠は何も見つからないだろう。
だけどあの人が犯人だと思えるほどの確証は持っているつもりだ。
だからこうして動いている。
あの時僕が勇気を出して父に話していれば、もしかしたらラヴィニアを助けることが出来たかもしれない。
あの人を罪に問えたかもしれない。
だけど、幼かった僕にはそれが出来なかった。
僕は子供の頃からあの人が怖かった。
僕とラヴィニアは兄妹であることは間違いないが、母親が違う。
ラヴィニアは現皇帝である僕の父と側妃との間に生まれた子だ。
ラヴィニアとは年齢も近い事もあり、幼い頃は良く一緒に遊んだりしていた。
だから一番仲が良いのはラヴィニアだった。
だけど僕の母である皇妃は、ラヴィニアの事を大層嫌っていた。
ラヴィニアを嫌うと言うよりは、父が側妃であるラヴィニアの母に夢中だった事が許せなかったんだろう。
一言で言えば嫉妬になるが、母の嫉妬は異常な程だった。
最初に標的にされたのは側妃本人だった。
不名誉な噂を流したり、側妃が暮らす離宮に虫の死骸をばら撒いたり……。
毒菓子を送りつけたなんてこともあったらしい。
しかし母は罪を別の者に押し付けた。
でもやり過ぎたせいで皇帝の耳にも入り、これ以上はやれば母が犯人だとバレてしまうことで側妃からラヴィニアに的を変えた。
ラヴィニアは皇妃である母から散々嫌味を言われ、時にはお茶をかけられたりもしていた。
でも母はそれを誤ってしただけだと言い逃れた。
僕はそんなことをする母が許せなかったが、怖くて言えなかった。
そしてあの事件が起きる数日前、偶然見てしまった。
『あの子がいなくなれば、あの女はどんな顔をするのだろう』と楽しそうに笑っている母の姿を。
あの子とは、恐らくラヴィニアの事を指していたのだろう。
だけどいくら母が皇妃だとしても、皇族の血を引くラヴィニアを手に掛ければ最悪死罪になる可能性だってある。
流石にそこまではいくら母でもしないだろうと思っていた。
そう考えるのが怖くて、そう思い込もうと思っていただけかもしれない。
だけど今思うと、ラヴィニアの命を狙う者は皇妃である母以外には考えられない。
シンリーから話を聞いて、標的が最初からラヴィニアだった事を知った。
そして実行犯が『皇帝のせい』や『あの人を怒らせた』という言葉を聞いて直感した。
いずれラヴィニアはこの帝国に戻って来ることになる。
だけどあの人が居る限り、シンリーは再び狙われることになるだろう。
ラヴィニアが生きてると知れば、あの人にとっては脅威でしかない。
幼いラヴィニアを平気で手に掛けようとする人だ、手段は使わないだろう。
だから僕はそれを止めなければならない。
出来れはあの人をこの帝国から追い出したいと思っている。
ラヴィニアを誘拐して殺害しようとした証拠さえつかめればいいのだけど、10年も経っているので難しい。
正直僕だけの力ではどうにもならない。
だから一番の権力者である父を味方にしようと考えた。
この国にラヴィニアは必要な存在だ。
それにこの話を聞けばきっと動いてくれるだろう。
そう信じている。
あの狂った女を帝国から追い出さなくてはならない。