16.お菓子作り②
クッキーを焼いてる間、お茶を飲みながらルカルドと話をしていた。
「そういえば、もうすぐドラグレス国の生誕祭なんですよね? この前ロレッタ様のお友達から聞きました」
「ああ、そうだな。今年でドラグレスが建国して千年になる。シンリーは知っているか分からないけど、我が国の王族はドラゴンと契約を結んでるいるんだ。初代の王がドラゴンと契約した日が建国日と言われている。今年は千年で節目だから各国の王族や皇族も呼んで盛大に行われる予定なんだ」
私は生誕祭の事は知っていた。
住んでいた村は王都から少し離れていたけど、王都に働きに出ている村の者もいる。
私はその人から、近々大きなイベントがあると小耳に挟んだだけだった。
私は貴族では無いし、王都に住んでいるわけでもない。
だから自分には関係のない事だと思っていたし、興味を持っていたわけでも無かった。
ただ、そういう行事があるんだなと知っただけだった。
「そうだ、折角だしシンリーも招待するよ」
「いえ、とんでもありません! 私なんて場違い過ぎて、無理です」
私は慌てて答えた。
「俺が招待するんだ、何も問題はないと思うけど?」
「私が平民だと言う事を忘れていませんか? そんな貴族が集まるような場所になんていけません。マナーも分からないし、着て行くドレスなんて持ってないし……」
ルカルドは当然の様に言って来たので私は苦笑した。
私みたいな者が行った所で浮いてしまうだけだろう。
「ドレスは俺が贈るよ。それなら問題は無いだろ?マナーについては堅苦しいものではないからそこまで気にすることはないと思うけど、気になるなら誰か付けるよ」
「そんなのっ…困ります! 私は行くなんて一言も言ってません」
ルカルドは私が行く前提で話を進めて来るので困ってしまった。
「シンリーの好きな焼き菓子も沢山用意されるはずだぞ? 食べたいだろ?」
「食べ物で釣ろうとしないでくださいっ!」
「だめか?」
「だめですっ」
私がきっぱり断ると、ルカルドは残念そうな顔をしていた。
「生誕祭までにシンリーが惹かれそうな何かを探しておくよ」
「……っ、私は絶対に行きませんからっ」
そんな話をしているとクッキーが焼きあがった様だ。
焼き立ての香ばしい匂いが室内に広がっていた。
「出来たみたいです、取り出すのでちょっと待っていてくださいね」
「ああ、すごくいい匂いがするな」
私はオーブンの方まで行くと、焼き立てのクッキーを中から取り出しお皿の上に移し替えた。
焼き色もちょうど良くついていて、美味しそうに焼けているみたいでほっとした。
「ルカ様、クッキーは翌日の方が美味しいので冷めたら包みますね! 明日のおやつにぜひ食べてください」
「今日はだめなのか? すごくいい匂いがするけどな」
ルカルドは少し残念そうな顔をしていた。
「焼き上がりはちょっと柔らかいのでサクサクにはならないんです。焦らしているみたいで申し訳ないんですが、絶対明日の方がおすすめですよ!」
「そうか。それなら明日一緒に食べようか、美味しいお茶でも用意しておくよ」
私はその言葉に「はいっ」と笑顔で答えた。
***
翌日、授業が終わると私は一度自分の部屋へと戻った。
クッキーの包みを手に取ると再び部屋を出て、ルカルドが待つ部屋へと向かった。
昨日のうちに、きれいに焼けたものを選別してラッピングしておいたのだった。
廊下を歩いていると、反対方向から歩いて来るロレッタが目に入った。
不意にこの前の出来事を思い出し、不安を感じてしまう。
すれ違いに際に挨拶だけしようと思っていたのだが、ロレッタに呼び止められてしまった。
「シンリーさん、今ちょっとお時間大丈夫かしら?」
「え? 今ですか? ちょっとこれから予定があって……」
私が困った顔をすると、ロレッタは「少しだけだからお願い」と言われてしまい、断ることが出来なかった。
そしてロレッタを追うようにして空き教室に入ると、私は少し緊張していた。
つい先日ロレッタの友人達から責められ、恐らくその事はロレッタの耳にも入っているはずだ。
だから今度はロレッタから責められるのではないかと不安だった。
「シンリーさん、この前は私の友人のメアリーとシルヴィアが貴女に酷い事を言ったそうで本当にごめんなさい」
「え?」
ロレッタは突然謝り、私に頭を下げて来た。
私は想定外の状況に驚いてしまった。
「二人にはきつく言い聞かせておいたから、二度とそんなことはしないと思うけど、二人も反省しているから許してあげて欲しいの。二人とも私の事を思って言ってしまったみたいだから。だから私から謝るわ。本当にごめんなさい」
「やめてくださいっ! 私なら気にしてないので謝る必要なんてないです。私が誤解させるような事を言っちゃったから。私にも非があったのだと思います」
再び頭を下げるロレッタに私は慌てて答えた。
ロレッタは随分と友人思いなんだなぁと少し関心してしまった。
「許してくださるの? シンリーさんて本当にお優しい方なのね。ありがとう」
「そんなことはないです」
ロレッタは私の言葉にほっとしている様子だった。
そして私の手に持っている包みに視線を向けると「それは何?」と聞いて来た。
「これは昨日調理室で作ったクッキーです」
「シンリーさんが作ったの?」
「はい。私、お菓子作りとか結構好きなんです」
「素敵ね! 綺麗にラッピングして、誰かに差し上げるのかしら? ちょっと見せてもらってもいい?」
ロレッタはその包みに興味を持ったようで、私はロレッタに手渡そうとした瞬間クッキーの包みが床に落下した。
「あら、ごめんなさい」
ロレッタは申し訳なさそうに言って来た。
手渡す時に手が滑ってしまったのだろうか。
私が拾おうとしてその場にしゃがみ込むと、グシャっという音が聞こえた。
その包みをロレッタが踏みつけていた。
驚いて私は顔を上げた。
(どうして、こんなこと……)
「ごめんなさい、誤って踏んでしまったわ。後日お詫びに他のお菓子を用意するわね。この前シンリーさんが美味しいって言ってた街で有名な焼き菓子の詰め合わせとかどうかしら?」
「……いえ、結構です。手作りなのでまた作ればいいし気にしないでください」
ロレッタは謝ってはいるが、反省している様子は感じられなかった。
明らかに悪意を持ってクッキーを踏みつけた様にしか思えなかった。
「そんなこと言わないで。本当にごめんなさいね、シンリーさんは何か御用があったのよね? これ以上呼び止めては悪いわね、私はこれで失礼させていただくわね」
そう言うとロレッタは教室から出て行った。
一人取り残された私は踏みつけられたクッキーの包みを手に取ると、見事に中は粉砕されていた。
それを見て悲しい気持ちになった。
(お菓子に罪はないのにな……)
私は一度小さく溜息を漏らすと、また自分の部屋へと戻った。
昨日作ったクッキーは実はあと半分残っている。
あまり形が良く無かったり、少し焦げてしまったものしか無かったけど、味に変わりはないと思い再び包むと急いでルカルドが待つ場所まで向かった。
あまり遅いと変に思われてしまうだろう。