1.私の名前はシンリー
私には幼い頃の記憶が一切ない。
どこに住んでいたのか、何歳だったのかも。
そして、自分の名前すらも憶えていなかった。
全身傷だらけの状態で倒れていたところを、今の両親が見つけて家に連れ帰り手当をしてくれた。
あのまま放置されていたら確実に私は死んでいただろう。
名前がない私に『シンリー』と名づけてくれて、行くあてのなかった私を養子に入れて本当の娘のように育ててくれた。
平民出身なので決して裕福な暮らしではない。
しかし、毎日笑いが絶えないほど夫婦は仲が良く、そんな二人を見ていたら私まで楽しい気持ちになれて、一日一日が幸福だと感じていた。
過去の私が誰だったかなんて、正直今となってはどうでもいいことだと感じている。
私は二人の娘として今を生きていて、それで満足しているのだから。
一切の記憶を失っていたことで、私の正しい年齢はわからない。
けれど、見た目では恐らく十五歳くらいなのだろう。
私の容姿は金色のくせのない真っ直ぐな髪に琥珀色の瞳をしており、小柄な色白でまだ幼さが残るあどけない顔立ちだ。
そして、私は幼い頃から魔法を使うことができた。
これが珍しいかというと、わりとそうでもない。
この世界には魔法を使える者が多く存在しているが、圧倒的に貴族出身の者が多いようだ。
とはいえ、平民の中にも魔法を使える者は少数だが存在している。
魔法を使える者は、身分に関係なく魔法学校に入学する権利が与えられる。
卒業までに良い成績を残すことができれば、それが立派な証明となり就職の幅も広がっていくこととなる。
私は今まで育ててくれた両親に親孝行がしたいとずっと思っていた。
だからこそ、魔法学園に入学することをずっと前から決めていたのだった。
私の意思を二人に伝えると、最初は猛反対された。
この世界では高貴族ほど強い魔力を持つとされていて、魔法学園に在籍する生徒の約八割は貴族で構成されているからだ。
もちろん平民出身の生徒もいるが、全体から見たら圧倒的に少ない。
貴族はプライドが高く、平民を良く思わない者が多くいるのもまた事実。
両親は、私が貴族たちからいじめられるのではないかと心配しているのだろう。
私は安心させるために「目立たないようにしていればきっと平気よ」と何度も説明した。
その効果もあって両親は納得してくれた。
魔法学園の入学資格は、十五歳以上であることと、魔力持ちであることの二点のみになる。
この二つさえクリアしていれば誰でも入ることができるというわけだ。
私が行く予定の王立魔法学園は全寮制であり、三年間、魔法と一般教養などの授業を学ぶこととなる。
在籍している間は身分関係なく、貴族も平民も平等に扱うという学則を設けているようだが、それはあくまでも形だけのものに違いない。
貴族が圧倒的に多い場所なので、平民出身者が下手に目立ってしまえば最悪な学園生活を送らなくてはならないことになるだろう。
それを避けるために、目立たないように過ごそうと入学前から決めていた。
そして入学が決まり、私は今日から晴れて王立魔法学園の生徒になる。
ここでの生活が私の人生を大きく変えるものになるなんて、このときはまったく想像もしていなかった。