12.皆
その日はもう秋で、空には細かい雲がたなびき、吹く風は涼しく爽やかだった。僕はビルの屋上のレモンの木の下にいた。詩織も展望台に上がってあの大きな木の下にいた。時刻は3時59分。
「4時丁度になったら同時に手を木に触れよう」
「了解」
スマホの時計が4時になった。僕は右の手のひらをそっとレモンの幹に添えた。幹に触れたとたん刺激が走った。心の奥の奥に。そして少しずつ響きが伝わってきた。それはゆっくりとしたリズムで、多くの音程が重なりあう壮大な音楽のようだった。そして詩織の姿が自然に心に浮かんだ。
「詩織?」
「直樹?」
口に出さなくてもお互いの声が聞こえた。
「そうだよ、僕だよ」
「つながってるのね」
「うん」
「響いているわ」
「響きだ」
「あ、イルカも感じる」
「どこ?」
「ほら、この声」
ちょっと高いイルカの鳴く声が聞こえた。
「イルカともつながってるのね」
「つながった」
「都心と父島の直樹と私。大きな木とレモンの木。そしてトマトもナスも、イルカも」
「響くね」
「心の奥の奥ね」
「そうだね」
僕と詩織は壮大な空間の中で隣合っているように一緒に、その響きを心の奥の奥で感じていた。
了