何でも欲しがる妹に怖いヤンデレ王子をプレゼントしてみた
「このネックレスはリリアお姉様には色合いが派手過ぎますわ。わたくしが貰って差し上げます」
「リリアお姉様はこんなブローチを着けずとも美しいのですからいらないですよね。貰ってあげますわ」
「このブレスレット、着けないみたいですので、わたくしが貰っておいてあげました」
いつからか妹のニーナの口癖は「貰ってあげる」になっていた。
私のものをすぐに要らないものだと判断して親切面して盗ろうとするのだ。
「これ、気に入っているのですが」
「お姉様ったら、わたくしの好意を否定するなんて、酷すぎますわ。せっかく貰ってあげると言っていますのに……ぐすん」
そんな妹の行動を少しでも咎めると彼女は泣きながら酷いと私を非難する。
両親もそんな妹を見て、「姉なのだから妹に譲ってあげなさい」と口にして、私に折れるようにといつも促してきた。
不満だった。
なんで先に生まれたというだけで、何でもかんでも譲らなくてはならないのか。
どうして、私ばかりが馬鹿を見るようなことになったのか。
いい加減、妹にうんざりしていた私だったが、さらに悩みの種は増えてしまう。
「やぁ、リリア。また会ったね。これは運命の悪戯かな」
「おっと、君もこの図書館に来たのか。僕もEの45コーナーにある執行者シリーズが大好きでね。えっ? なんで、借りた本をしっているかって? ははは、当たっちゃったかい? 凄い偶然だね! 運命かな!?」
「いやー、たまたま近くに来たから立ち寄ってみたんだけどね。君ってクレープは好きかい? うんうん、甘さ控えめのチョコレートクリームが入ってて、いちご多めのが特に好きだったりするかい? あ、本当? 実はちょっとクレープを作りすぎちゃって、持ってきたんだよ。何故か偶然だけど君の一番好みのトッピングになったみたいだから、君にあげるよ」
毎日のように“偶然”のある男性と出会う私。
そして、その男性は私のことを私よりも詳しいんじゃないかってくらい知っていた。それはもう、怖いくらい。
いつ、どこで、何をしているのか、全部知っているような言動を繰り返す、その男性はこの国の第二王子ルースだった。
ここのところルース殿下はほとんど毎日、私を付きまとい偶然を装っては異常な言動を繰り返している。
正直に言って怖かった。
その上、最近は手紙や花束まで大量に送られるようになったし。
王子だから無下にも扱えずに苦笑いする日々。
「最近、ハツカネズミの番を飼い始めてね。僕と君の名前を付けたんだ。昨日、君は七匹子供を産んだよ。ふふふふふ」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖すぎる。
笑顔でペットに自分と私の名前を付けたというルース殿下。
そのきれいな長い金髪と美しくて澄んだエメラルドグリーンの瞳、容姿はこの国の誰よりも整っていたが、それが一層怖かった。
「リリア、ルース殿下が婚約してくれたぞ。良かったな」
そしてついに私は外堀まで完全に埋められて、父から最悪の言葉を聞かされる。
どうやら私はルース殿下の婚約者になったらしい。
何ということだ。
なんで、私に何の了承もなしにルース殿下との婚約が決まってしまったんだ。
こんなのおかしい。どうしてこうなったのか。
「お父様! 私、一言もルース殿下と結婚したいなどと申し上げたことはなかったのですが」
当然、私は抗議した。
だって、私はこの縁談について何も聞いていない。
百歩譲って、親同士で決めるっていうのは仕方ないとしても意志くらい確認してほしいと思っていた。
もちろん、伯爵である父は王族からの縁談を断るなんてあり得ないと考えているのだろうけど。
「何を言っておる、ルース殿下だぞ。あのルース殿下だ。王族との婚約を断るような女はおらんだろう?」
「しかし、ルース殿下は怖いのです。私の好きなものを勝手に調べたり、自分と私の名前のペットを飼ったり、少し怖いと思いませんか?」
「それだけ愛情深いということだろう。お前のことがそれだけ好きなのだ。あのルース殿下から格別の寵愛を受けておるなんて、誰もが羨むぞ。この幸せ者め」
話にならない。
父は私がルース殿下に好かれていて幸せ者だとして、全然真剣に話を聞いてくれない。
これはどうやっても、ルース殿下との婚約は解消出来そうになさそうだ。
「お姉様、ご婚約おめでとうございます」
「ニーナ、それは私のコサージュですよ」
「でも、今はわたくしのコサージュです。この色合いはお姉様の持っている衣装とは合いませんから」
これから公爵家主催のパーティーに出席するために先に準備を済ませた妹のニーナは、私が一昨日購入したばかりのコサージュを勝手に着けていた。
こんなことはいつものことなのだが私は諦めつつも注意する。
「そんなことより、あのルース殿下と婚約されたのでしょう? お姉様、わたくしの祝福を受け入れてくれないのですか?」
「はいはい。どうもありがとうございます。コサージュ返してください」
「このドレスの方が似合うでしょう? お姉様、もう少しファッションの勉強はされたほうがよろしいかと存じますわ。これは貰って差し上げますね」
ニーナは如何にも私の方が分からずやだと肩をすくめながら、手をひらひらさせて先にパーティー会場へと向かって行った。
相変わらずの不遜な態度に私は腹が立ったけど、あの子にはいくら怒っても無駄なのだろう。
「あのコサージュ気に入っていたのに」
婚約のことに加えて、コサージュの件にもショックを受けながら私もパーティーの準備をしようと、自分の部屋に入る。
「やぁ、君の衣装を選んでおいてあげたよ」
「はぁ? る、る、る、ルース殿下!?」
な、なんで私の部屋にルース殿下がいるだろう。
か、勝手に入ってきたの? こんなの非常識すぎる。
「君に似合うと思ってね。今日の公爵殿のパーティーで婚約を発表しようと思ったから。ほらほら、全部僕が選んだんだよ。これなんて君の魅力が際立つと思うよ。こっちは――」
嫌だ、この人と結婚なんてしたくない。
この人と結婚したらって、考えるだけでおぞましい。
どうにかして、逃げたいけど……どうしたら良いんだろう。
「ふふふふ、君と婚約したなんて夢みたいだ。五年越しの愛がやっと実った」
「ご、五年ですか?」
「そう、五年前に君を見たとき僕は一目惚れしたんだ。その日から毎日だ。君のことを日記につけている」
そ、そんなに前から私のことを日記にしているって信じられない。
だって私が初めてルース殿下と話をしたのって五年前どころかたったの一ヶ月前。
大量に赤いバラの花束を抱えた殿下とぶつかったのだ。
赤いバラは一番好きだった花だったけど今では匂いを嗅ぐだけで吐き気がするようになっている。
「話しかける前に君のことは何でも知っておきたかったからね。ふふふふ、今日の衣装もオーダーメイドなんだ。サイズも全部知らなきゃこんなことも出来ないだろう?」
気持ち悪い。
この肌触りが良くて、ピッタリと寸分違わず自分の体にしっくりした着心地が最高のドレスが気持ち悪い。
色合いも、デザインも、全部私の好きなドレス。
これがこんなにゾワゾワするドレスになるなんて、頭がどうかしそうである。
吐き気を我慢しながら私はルース殿下にエスコートされてパーティー会場に入る。
会場の中で私たちは多くの視線を集めた。
そして、そんな私たちのもとにパーティーの主催者である公爵様が近づいてきて頭を下げる。
「これはこれはルース殿下。この度はご婚約おめでとうございます。いやー、この日のための婚約発表サプライズパーティーを我が家に任せて頂いて名誉です! 一ヶ月前から準備しておりますので、すべて殿下の注文どおりのパーティーになっております!」
「い、一ヶ月前……!?」
「ふふふふ、当然だよ。僕と君の婚約披露パーティーなんだ。完璧なものにしたい」
当然だよ、ではない。
一ヶ月前というのは私がルース殿下と初めてお話をした時期だ。
つまりルース殿下はその時から私との婚約披露パーティーの準備をしていたこととなる。
というより、待ってほしい。
公爵様は私よりも早くルース殿下と私が婚約するってことを知っていたってこと?
いやいやいやいや、そんなのってあり得る話だろうか。
なんで、公爵様は違和感なく私との婚約披露パーティーを開こうという話を受け入れたのだろうか。
「殿下、私は感動しております。かねてよりの純愛が報われたこの日のパーティーを開くことが出来たことを」
「公爵殿たちには世話になったからな。皆が黙っていてくれたからこそ、僕は自分の言葉でリリアに愛の告白をすることが出来た」
「なんと勿体ないお言葉! 私もリリア殿への愛の言葉を殿下が思いつかれるために世界中からありとあらゆる書物を集めて翻訳させた甲斐があります……!」
異常な王子の手先である公爵様もまた異常であった。
まさか、私の知らないところで私はずっと監視され続けて、ルース殿下と結婚するってことは知らないくらい前からの決定事項だったということ。
「公爵殿のおかけで長年の想いが実った。これからもよろしく頼む」
「お任せください! ルース殿下とリリア殿に祝福あれ! お二人の未来永劫の栄光をお祈りさせて頂きます!」
これはもはや、地獄のような時間だった――。
「リリア様が羨ましいですわ。ルース殿下のような文武両道、その上、あの甘いマスク。すべてを兼ね備えた殿方を射止めるなんて。秘訣、教えてくださる?」
「えっ? ええーっと、秘訣ですか?」
サプライズで婚約披露パーティーとなったこの席で、私はゲストの方々に笑顔で祝福される。
ルース殿下は頭もよく、剣術の腕前は騎士団長直伝と言われて一流、そして容姿端麗と非の打ち所がない完璧な人間だと認識されていた。
そんな彼を私が何かしらの努力をして射止めたと思われているのか、パーティーにきた女性たちはどうやってルース殿下に気に入られたのかしきりに質問してくる。
気になる、というのは分かるがそれは中々苦痛であった。
なんせ、気付いたら婚約していてこのパーティーだ。射止めたコツよりも、こんな状況にならないための方法を教えてほしい。
だが、聞いた話では私はもうすでに五年も前から詰んでいた……。
「ははは、秘訣なんてないさ。僕がリリアに夢中なんだ。もちろん、僕は運命的な出会いなんて信じていない。こうして、一緒になるために努力した。好きな人のために頑張るのは苦痛じゃない。むしろ、喜びだった」
「まぁ、素敵です」
「私もこんなふうに愛されたいです」
「うーむ。妻への態度を見直さなくてはなりませんな」
「さすがはルース殿下。女性の扱い方は紳士の見本だ!」
紳士の見本がハツカネズミに私の名前と自分の名前を付けるはずがない……!
ルース殿下は自分が私に惹かれていると伝えて、自分が私に相応しい人間になれるか努力したと口にする。
五年間も私に関する情報を集めたのが努力なのか。そんな努力はありがた迷惑だ。
「パーティーのメニューにもこだわったんだ。君の十三歳から十七歳の誕生日で食べたものを取り揃えている」
「そのワイン美味しいだろう? 君が十五の誕生日で初めて飲酒が許されたときのものと同じのを用意したんだ」
「君はお酒を飲むと平均で一時間半くらいでお手洗いに行っているけど、そろそろ行かなくて大丈夫かい」
そんなの知らない!
なんで、私が食べたもの、飲んだもの、そしてそれを体外に排出するタイミングまで把握されなきゃならないの!?
ルース殿下は私が覚えていない自分のことも全部覚えていて、それが生理的に受け付けなかった。
ああ、もう駄目だ。この人と結婚して私は正気が保てる自信がない。
人生でここまで合わない、と感じた人間がいただろうか。
王子とか、そんなの知らない。
私は、私は、普通の人と結婚したかった。
ルース殿下は明らかに異常者だ。好かれるためにやっていることのベクトルが明らかにズレている。
でも、別れなんて持ち出すと何するか分からない怖さがあるし。父も許さないだろうし。
「お姉様にルース殿下は似合いませんわ。貰ってあげましょうか?」
「えっ?」
そんな絶望をしていたとき。
もう一人、自分が合わないと感じた人間が話しかけてきた……。
◆(ニーナ視点へ)
ああ、またお姉様のモノがわたくしのところに来てしまいましたね。
リリアお姉様はお美しいのですが、ファッションセンスが壊滅的でして、わたくしは何かと理由をつけて身に着けている変なものを回収しているのです。
センスが無いと言われればお姉様も傷付くでしょうから、美人だからこの“トカゲのブローチ”は要らないでしょう貰ってあげる、というような具合に言葉は選んでいるつもりです。
しかし、そろそろリリアお姉様もイライラさせられて指摘すると心が痛い状況が続いておりました。
それでもわたくしは、身勝手ではありますが、美しくて、可憐で、お優しくて、わたくしの自慢のリリアお姉様が変な格好で外を出歩くのが我慢ならなかったのです。
このコサージュ……なんて下品な虹色なんでしょう。どこで買ってきたのやら。
仕方ありません。言ってしまった手前、わたくしが着けて参りましょう。
この宝箱もいっぱいになってしまいました。
どうしましょう。わたくしは罪悪感でいっぱいです。
いつか打ち明けねばならないのでしょうか。リリアお姉様のセンスをちょっと個性的だと思っていたことを。
「おお、ニーナ。丁度いいところに来た。リリアが婚約したんだ」
「えっ……」
「相手を聞いて驚くなよ。ルース殿下だ」
あの、ストーカー変態王子め!
五年くらい前からわたくしのお姉様に不埒な視線を送っていたかと思えば、遂に動き出しましたわね。
いつまで経ってもウジウジと動かないから、告白する勇気もない意気地なしかと思っていましたが、認識が甘かったです。
あんな頭がどうかしている変態にわたくしの大事なお姉様を渡すわけにはいきません。
何とかしませんと。だって、ストーカーなんかと結婚したら絶対にお姉様は不幸になりますもの。
とにかく、今日のパーティーではお姉様から目を離さないようにしなくてはなりませんね。
あのルース殿下が変なことをしないように見張っておかねば。
わたくしはお姉様よりも先にパーティーに行く準備をしました。
「やぁ、君はリリアの妹のニーナか」
「あら、ルース殿下。そこはリリアお姉様のお部屋なんですけど」
「知っているよ。リリアは僕の妻になる予定だし、ここで待っていても別にいいだろう?」
この男、本当に気持ち悪いですね。
どうにかしなくては。どうにかしてお姉様からこの男を引き剥がさなくては。
パーティー会場に着いたわたくしは呆れました。
メニューはお姉様の十三歳から十七歳の誕生日で食べたものが取り揃えられていますね。
もうここから生理的にダメです。お姉様もドン引きしているではありませんか。
あのお姉様が飲んでいるワインは彼女が十五の誕生日で初めて飲酒が許されたときのものと同じもの。
ルース殿下はやはりどうかしております。ストーカーをずっとしていたことを告白しているのですから。
さて、お姉様はお酒を飲むと平均で一時間半くらいでお手洗いに行っていますから。
そろそろ一人になる頃合いでしょう。
可哀想なリリアお姉様です。あんなに怯えた表情をされて。
大好きなお姉様のピンチを放ってはおけませんわ。
でも、仮にもあの男は王子。直接的に貶すのも良くありませんし、お姉様も同意しにくいですよね。
「お姉様にルース殿下は似合いませんわ。貰ってあげましょうか?」
わたくしは決意しました。
必ずや、お姉様をあのストーカーの変態王子から守り抜いてみせると――!!
◆(リリア視点へ)
「私にルース殿下は似合わないかしら?」
何だろう。今日のニーナはいつもと違うように見える。
だって、ルース殿下は本当に要らないもの。貰っていただけるのなら、貰ってほしい。
コサージュとかブローチとかとは訳が違う。
「ええ、美しくて、気立てが良いお姉様にはルース殿下のような方は似合いません。わたくしに渡したほうがよろしいかと」
「そ、そう? 本当に貰ってくれるの? じゃあ、お願い! 頼むから、ルース殿下を貰って。他に欲しいものがあったら何でもあげるから」
「か、顔が近いですわ。お姉様……。承知いたしました。このニーナがルース殿下を請け負うことを約束します」
なんて良い妹なんでしょう!
あの、怖くて頭のネジが外れているルース殿下を貰ってくれるなんて。今までのことを帳消しにしてもお釣りが出る。
でも、本当にそんなことが可能なんだろうか。
だって、五年よ。五年……!
そんなに長い期間、執着していた人を手放すなんてこと簡単に出来るのだろうか。
ルース殿下の得体の知れない不気味な執念は本物だ。
なかなか、簡単にはいかないと思うんだけど。
「それでは、わたくしは一足先に出ますわね。お姉様にはきっと似合いの殿方が現れますわ」
ニコリと微笑みながらニーナは先にお手洗いから出ていった。
こんなに妹に奪って欲しいと願うのは初めてだった。
「遅かったじゃないか。ちょうど、今、君の部屋にベッドメイキングに向かわせたんだ。ほら、ユリの花が好きだろう? だからユリの花びらを君のベッドの上に沢山散りばめておこうと思ってねぇ。ふふふふ」
「わ、私の寝室に勝手にそんなことを?」
「ああ、もちろんお父様の許可も取ったさ。シーツも新しいのに交換しておくよ。君の匂いが付いたシーツは僕が君を王宮でも感じられるように頂いておいたが、ね。ふふふふふ」
あ、本当に無理だ。この人、気持ち悪いの度を超えてきた。
なんか、お酒をハイペースで飲んでいるせいなのか酔っ払うとタガが外れて気持ち悪さがパワーアップしている。
「リリア、君のことなら何でも知っている。図書館で借りた本も全部読んだし、トカゲやイモリが本当は飼いたいってことも、何なら君だと思い込ませる催眠術を使って擬似的な新婚生活だって練習済だ。ふふふふ」
ワインをラッパ飲みし始めたルース殿下はどんどん自分が異常者だと告白して、私をとことん引かせていた。
ああ、これはまさしく地獄の時間だ。
「うぃー、ひっく、リリア、君のことを、愛してる。絶対に、ひっく、き、君の全部を頂くよ。んーー」
この方、物凄く酒癖が悪いみたいね。
ワインを二本空にして、今度は私に事あるごとに耳元で囁いたり、手を撫で回したりして、挙げ句の果てに私に寄りかかって寝ようとしてきた。
ああ、早く帰りたい。もう、勘弁してほしい。
「あらあらあらあら、ルース殿下ったら。こんなに酔っ払ってしまわれるなんて、仕方ないですわねぇ」
「ふふふふ、リリア~。相変わらず、君はなんていい匂いなんだぁ」
寄りかかろうとする殿下を優しく受け止めたのはニーナ。
ニコリと微笑みながら、殿下に語りかけると彼は私の名を呼びながらニーナの髪に鼻をうずめる。
「ほら、殿下。たくさん、甘えて良いですからねぇ」
「ああ、夢のようだよ。リリア~、うぃー、ひっく」
既にルース殿下の目は開いておらずに、意識がはっきりしているかどうかも怪しい。
しかし、パーティーの席でこんなに酔っ払ってしまえるものなのだろうか?
そんな疑問が頭に過ぎったとき、ニーナは私に一枚のメモを渡してきた。
この子、本気でルース殿下を奪い取るつもりなんだ……。
◆(ニーナ視点へ)
「むにゃ、むにゃ、リリア。やっぱり君はいい匂いだねぇ。ふふふふふ」
「あらぁ、気に入ってもらえて光栄ですわ。ルース殿下」
「そうかい? ふわぁ、こうやって君と一緒にいられるように――。あれ? 君は、リリアじゃ……」
ベッドの上でわたくしに抱きつきながら寝惚けたことを仰るルース殿下。
相変わらずの間抜けそうな面ですね。わたくしをお姉様だと誤認するのですから。
「姉がお世話になっております。改めまして、リリアの妹のニーナですわ」
「に、ニーナだって!? ば、バカな! 僕がリリアの匂いを間違えるものか!」
「甘いですわね。わたくしはリリアお姉様のことなら何でも知っているのです。同じ香りを身に纏うなど造作もありませんわ」
ふふふ、こんなこともあろうかとルース殿下に飲ませるための睡眠薬入りのワインを用意して良かったですわ。
所詮はこんなものなのよ。鈍った感覚ではお姉様とわたくしの見分けも付けられない。
それにわたくしにはお姉様から回収した宝物が沢山あります。遠く離れて指をくわえて見ているだけのルース殿下とは嗅覚の記憶の精度が違うのです。精度が……!
時々、お姉様の匂いを再現してリリアお姉様ごっこをしていた経験も活きました。
たかが五年の付け焼き刃のストーカー王子ごときに負けるわたくしではありませんわ。
こっちには物心ついた時からの十年を軽く超える経験があるのですから。経験が……!
「婚約発表をした直後にこんなことになるなんて。ルース殿下、まさかわたくしに迫るためにお姉様と婚約されたのではなくて?」
「ば、馬鹿なことを言うな! ぼ、僕は五年も前からリリア一筋だ! う、うわぁ!? なんだ! なんで、僕は何も服を着ていないんだ!?」
「忘れたふりをするなんて酷すぎますぅ。あんなに愛してくれたではありませんかぁ……! ふぇぇぇぇん!」
「どうした! 何があった!? で、殿下! それにニーナ! で、殿下! 一体、これはどういうことですか!?」
この状況……!
公爵様主催のパーティー会場にあるゲストルームに、酔っ払った殿下を連れ込みベッドに寝かせて、服を脱がせてやりました。
そして、わたくしとの既成事実をしっかりと作ったあとに大声を上げます。
この汚らわしい男に抱きつかれたのは屈辱ですが、この際仕方ありません。
部屋に駆け込んだ父は流石に怒りの表情を浮かべていますわね。
なんせ、父はわたくしのことを猫可愛がりしてくださっていますから。
姉の婚約者である殿下に貞操を奪われたかもしれないとなると、陛下に談判してくれると思います……!
伯爵である父は陛下と学友でしたから。
「ち、違うぞ! 絶対に違う! 僕は何もしていない! ほ、本当だ! り、リリアにはこのことは絶対に言わないでくれ!」
「殿下、私でももう少しはマシな言い訳を考えたでしょうな。……リリアに伝えるかどうかは熟慮しますが、殿下のお父様には報告させて頂きます」
「ち、違う、違うんだって……!」
「あら、殿下。恥ずかしがらなくてよろしくてよ。しかし、わたくしのお姉様に手を出そうとされていたのかと思っていましたが、まさかわたくしが目当てだったとは思いませんでしたわ」
「こ、このシスコン妹……! よくも、この僕を……!」
あらあらあらあら、ストーカーのくせにわたくしをシスコン呼ばわりですか。
お姉様が大好きで何が悪い……! わたくしは距離をおいてじっくり見守る系ですから、無罪ですわ……!
わたくしがどれだけお姉様を愛しているのか知っていたのに、彼女に近付いたのが運の尽きでしたね。絶対に許しませんから……!
◆(ルース視点へ)
畜生! ちくしょう!
なんで、僕の恋路が邪魔されなきゃならないんだ!?
五年だ! 五年も頑張って、やっと話しかけることが出来たのに……!
「ほら、リリア。餌の時間だよー、ふふふ、ルースと今日も仲良くしているねぇ。ふふふふふ、生まれたばかりの子を食べちゃ駄目だよ、リリア~」
「チュウ、チュー」
こんなハツカネズミで代用して気持ちを紛らわせることも、もう無くなると思っていた!
だって、本物のリリアが手に入ったんだから……!
彼女が捨てたものをこっそり拾って宝箱に仕舞わずとも、直接いくらでも彼女から全部貰えるようになるはずだったのに……!
「あの、シスコン妹め~~!」
リリアの一番身近にいる存在。
彼女からいつもお気に入りのものをプレゼントしてもらっている特別な女。
ニーナは僕の一番気に入らない人物であり、一番羨ましい人物であった。
くそっ! くそっ! くそったれ! あの女、特等席でずっと可愛くて、優しくて、美しい、声も素敵で、その上匂いまで芳しい、リリアと一つ屋根の下でイチャイチャしてやがる!
悔しすぎて、僕がニーナに転生する小説をもう、ノート百冊分くらい書き連ねたよ……!
でも、僕はこの渇きを潤せなかった。だって、僕はニーナじゃないんだもの。
「ルース殿下、陛下がお呼びです」
「あ、ああ! すぐ行くよ! くっ……!」
父上が呼んでいると言われて僕は身震いした。
婚約披露パーティーで婚約者の妹と同じベッドで寝ていたのを目撃されたのは痛い。痛すぎる。
リリアの父親も怒っていたし……。
でも、僕はリリア一筋だ。それは父上も知っているはず。
そうだ。僕はもうリリアの婚約者なんだから、慌てなくても大丈夫。堂々としていよう。
「ルースよ、お前というやつは何て情けないんだ。どうやって拗らせたら、本当に愛する者の姉と結婚しようという発想に行き着くのか理解出来ん」
「へっ?」
「ニーナ殿に聞いたぞ。酔っ払ったお前は泣きながら、彼女に迫ったらしいな。本当に好きなのはニーナ殿だって。ただ、振られたら自殺するくらい悲しいから姉と結婚して近くで見守るというストーカーじみた情けない選択をしたと……」
はぁ? はぁぁぁぁ? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
なんだ、その惨めなストーカーの成れの果てみたいな話は……!
誰があのシスコン妹のことが好きだって!? この僕がいつあんな奴のことを愛したって言ったよ……!
「ニーナ殿は純潔をお前に奪われて、大変なショックを受けていた。姉の婚約者ととんでもないことをしてしまったとな」
「いや、そんなはず! 酔っていても僕はそんなこと……!」
「色々とリリア殿とニーナ殿の父親である伯爵殿と話し合った結果……、お前に責任を取らせようという結論になった」
「せ、責任……?」
「リリア殿との婚約は解消! お前は今日からニーナ殿の婚約者だ!」
うわぁぁぁぁぁぁぁっ!? なんだよ、これ!?
地獄だよ! なんで、僕があのシスコンの婚約者にならなきゃいけないんだ!
絶対に別れる! こんなの無効だ! 僕は、僕は、リリアと結婚するんだ! ふふふふふふ……!
◆(リリア視点へ)
ああ、まさかあのニーナに感謝する日が来るとは思わなかった。
あの子は私のものを何でも盗っていくと疎んじていたけど、今回ばかりは「ありがとう」としか言えない。
「お前には酷な話になって、本当に可哀想だと思っている。だが、殿下がニーナに手を出してしまった以上は責任を取ってもらねばならんのだ。だが、お前がどうしても――」
「ええ、ルース殿下はニーナに差し上げます。私にはちょっと重荷に感じていましたから」
「やけにあっさりとしているのだな。もっと色々と吐き出したいこともあると思っていたのだが……。無理はしていないか? 大丈夫か?」
父は私が婚約解消して、ニーナとルース殿下が婚約した件について謝罪した。
受け入れるのが、あまりにもあっさりとしすぎて父は訝しい顔をしていたけど、私は万歳をしたい気持ちを堪えるのに必死だった。
「そうですか? 無理はしていません。ニーナとルース殿下の方がお似合いですし」
「ふーむ。ワシとしては健全な清い仲のまま結婚して欲しかったからルース殿下に対しては憤りを感じておる。しかし、ニーナも殿下と一緒になりたいと申しておるし、お前もそれでいいと言うならば良しとするか」
父としてはルース殿下がニーナにパーティー中に手を出したことに関して思うところがあるようだ。
確かにあっさりと手を出したものだと思っている。
あれだけ気持ち悪い執着心を見せて、気付いたら妹と裸でベッドの上って……、かなり引いてしまった。
「お姉様、この度はご愁傷様でしたわね。まさか、ルース殿下がわたくしに好意を抱いていらしたなんて思いませんでしたわ」
「え、ええ。そうね、私も思わなかった。あなたは、そのう。良いの? ルース殿下と結婚しても」
段々、ニーナに罪悪感が湧いてきた。
あのルース殿下は変態的な趣向を持ったストーカーだし。この子に押しつけても良いものなのか……。
「何を仰っていますの? ルース殿下は第二王子。王族ですのよ? 嫌な理由がございません」
「でも、ルース殿下は――」
「お姉様にはきっと、お姉様に相応しい方が見つかりますわ。わたくしはリリアお姉様にとって不要なものを貰って差し上げただけですから。それ以上の言葉はいりません」
ニーナは私の唇に指を当てて、それ以上何も言わせなかった。
私が文句を言うとでも思ったのだろうか。
ともかく、これでルース殿下と結婚することは無くなった。
良かったんだと思うことにしよう。
そう思っていたのだけど……。
「やぁ、リリア。僕だよ、君に謝罪をしに来た」
「――っ!?」
大量の白いバラの花びらが敷き詰められたベッドの上に座るのはルース殿下。
い、いつの間に、私の部屋に入ってきたの……!
「信じてくれ! 僕は君一筋なんだよ! どうか一緒になってみんなを説得してほしい! 頼むから……! ほら可愛いだろう? 君と僕の子供がこんなに沢山……! ふふふふふふふふふ」
「「チュウ、チュウ、チュ、チュウ」」
箱を開けて大量の子ネズミの大合唱を聞かせながら、復縁しようとするルース殿下に、私は叫び声も上げられずに腰を抜かしてしまった……。
「リリア、何をそんなに怯えているんだい? 頼むよ、僕と君の愛こそが真実の愛だと説明してくれよ」
「「チュー、チュ、チュ、チュウ」」
大量に箱の中で蠢くネズミの鳴き声に紛れて、ルース殿下の狂気じみたセリフを聞いて私は泣きそうになった。
誰か、助けて。この人は普通じゃない。
しかも、追い込まれているからなのか、とても危険な予感がする。
「リリア、君のことが好きなだけなんだ。愛しているんだよ。ずっと、ずっと、君だけを見ていた。頼む! 僕のものになってくれ!」
「「チュー、チュ、チュ、チュウ」」
「い、い、嫌です! や、やめてください! 近付かないで!」
私はもう泣いていた。
涙がボロボロこぼれて、歯はガチガチ鳴っていて止まらない。
怖い、怖い、怖い、怖い、とにかく怖くて堪らない。
どうしよう。私、立てない。逃げられない……!
「涙まで流して、嬉しいよ。やっぱり通じ合っていたんだね。僕と君は――」
「「チュー、チュ、チュ、チュウ」」
「イヤーーーー!」
悲鳴にも似た声がやっと出た。
それでも、ルース殿下は止まらない。
私を抱きしめようと箱を落として両手を広げてこちらに寄ってくる。
箱からネズミたちが逃げ出して散り散りになる様子を見て、私は気を失いそうになった。
「さぁ、僕らの愛を証明しよう! リリア、君を愛している! 僕の胸の中に――っ!? へぶぅっ!?」
「「チュー、チュー、チュー、チュー」」
ベッドの下から人影が出てきたかと思えば、ルース殿下の後頭部に蹴りが入って彼はその場に倒れてしまう。
あ、あなたはなんでベッドの下なんかに……。
「やれやれ、こんなことだと思っていましたわ。お姉様の好きな白い薔薇を選ぶのは良いとして、迫り方は最低ですね。まったく」
「に、ニーナ……!?」
ベッド下から出てきて殿下の頭を足蹴にしたのはニーナでした。
この子、いつから私のベッドの下にいたの? 助かったけど、疑問しか出てこない。
「痛てて、このう。シスコン妹め……!」
「やかましいですわ。わたくしと婚約してもストーカー行為を止めないなんて、言語道断! 言い訳は許しませんよ! この変態!」
「お前だって姉の衣服やら何やら奪って、匂いを嗅いだり、身に着けてニヤニヤしたり、してる変態じゃないか!」
「えっ?」
言い争っている殿下とニーナ。
待って、ニーナが私のものを何だって?
今、聞き捨てならないことを言っていたと思うんだけど。
「わ、わたくしは良いんです! バレずにこっそりやっていましたから! あなたみたいに下品に迫ってなんかいませんし!」
「君はリリアの最悪のファッションセンスを認めずにものを取り上げている最低の妹じゃないか! 変な衣装を全部取り上げて! 僕は違うぞ! リリアがどんなに珍妙で変な格好をしても愛することが出来る! それが純愛だ!」
えっ? 何? 何だって?
「お姉様の唯一の弱点がファッションセンスなんですから、妹として傷つけずにフォローしていたことの何が悪いんですか! じゃあ、お姉様に面と向かってあなたのファッションセンスは最低です! って言うべきだとでも言うのですか!?」
えっ? えっ? わ、私のファッションセンスって最悪なの?
ニーナが私のものを奪っていた理由ってそれ?
嘘でしょう? 頭が痛くなってきた。
何だったんだろう。ここ最近のドタバタは……。
結局、分かったことは五年前からルース殿下にストーカーされていたことと、もっと前から妹にストーカーされていたことと――。
私のファッションセンスが最悪だということだ。
今被っている“トカゲの尻尾が生えている可愛すぎる帽子”も、もしかして人から見たら変だと思われるのだろうか。
「お姉様がどうしても返してほしいと仰るのでしたら返して差し上げても構いませんわ」
「ず、随分と厳重にしているのね」
「当たり前です。わたくしの宝箱なんですから」
鍵が五つもあるという宝箱の中には私が妹に奪われた衣服の数々が入っていた。
それらは埃一つ付いていないほど大切に保管されており、あまりにも綺麗すぎて軽く引いてしまった。
どれもこれも私が身に着けたら周囲がざわつくという理由で取り上げたらしい。
そういえば、ニーナは私のものを欲しがる割に滅多に身に着けていなかった。なぜ、そのことにもっと違和感を抱かなかったのか……。
まぁ仕方ない部分だろうな、これは。未だに私は自分のセンスが悪いだなんて微塵も思っていない。
だから、単純に身に着けたくないものだったとは夢にも思わなかったのである。
「ねぇ、あのとき殿下が言っていたこと本当? 私の物を奪って匂いを嗅ぐとか、その。そういった――」
「ええ、本当ですわ。わたくしは姉の私物を奪って匂いを嗅いだり、身に着けてお姉様の声色を真似てお姉様ごっこをしたり、その他諸々ハードなことからライトなことまで色々としました」
「返してもらわなくていいや」
もう、これらは私のものじゃない。
ニーナのものと思うことにしよう。じゃないと直視出来ない。
でも、この子のこと前よりも嫌いじゃなくなっている。
正直言って殿下と同じくらいどうかしているけど、隠そうとするくらいの良識はあったし、何よりも私がピンチのときに助けてくれたし。
◇◆◇◆
「あなたも結局、婚約破棄になってしまったみたいね」
「ええ、残念ですわ。あのあと、陛下が我が家を訪問してあの部屋の惨状を見たら親として責任を取ろうと考えて然るべきですから。仕方ありませんけど」
あの日、国王陛下は律儀に我が家を訪問して父と直接話して改めて謝罪をしようとしたらしい。
そして、私の悲鳴やらニーナの怒鳴り声を聞いて父と共に私の部屋に入ってきた。
陛下は驚いただろう。
白い花びらに埋もれながら、ハツカネズミの子供に取り囲まれている息子を見て。
そしてこの騒動について追及されて、五年前から私にストーカーを働いていたことも全部喋ってしまったらしいのだ。
陛下には随分と謝られた。そしてちょっと口では言えない程の額の慰謝料を頂いた。
さらに殿下は陛下の遠縁にあたるずーっと北にある雪国、カチコッチ王国の第五王女と無理やり縁談を成立させられたそうだ。
王女は一度しか会ったことのないルース殿下に一目惚れしており、毎月手紙を送っていたらしいので、彼女の恋は実ったことだけは良かったことだと言えよう。
「結婚するなら普通の人が良いです」
「何を仰せになりますか。お姉様ならきっと最高の殿方とご結婚出来ますよ」
「そう思いますか?」
「ええ、このわたくしを信じてくださいまし。お姉様の素晴らしいところは誰よりも承知していますから」
「ニーナ……」
落ち込んでいる私を励ましてくれるニーナ。
やっぱりこの子は良い子だったの? 私がずっと誤解していたのかしら。
「ですから、もし良い縁談をご所望ならば……」
「えっ?」
「お姉様のその帽子、わたくしが貰ってあげますわ」
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