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悪役令嬢は善行を積んでしまった

「イルゼさんは本当に賢い方ですぅ。愛されていないのに縋りつくなんて惨めですもんねっ」


勝ち誇った顔でエステルが言う。

私から奪ってやったという見当違いな達成感でいっぱいで、トリスタンがショックでぼんやり俯いていることにも気付いていないらしい。

そんなに自信満々だと、なんだかいっそ哀れに思えてくる。


「そうですわね。損切りは早めに決断しないと。価値のなくなったものはそれに見合った方に払い下げるのが一番よね」

「不良債権押し付けられて喜ぶなんて奇特な人だね」

「ヨシュア、好みは人それぞれなのよ覚えておきなさい」

「損、え、なに?」


負け惜しみを期待していただろうエステルが、予想外の言葉に混乱しているようだ。


脳の処理速度が遅いと大変だなぁ。


しみじみそんなことを思う。


「私のお下がりで申し訳ないけれど差し上げるわ。なんならリボンでも掛けてあげましょうか?」


親切を装って嫌味たっぷりに言うと、流石に馬鹿にされてると気付いたのかカッと頬を赤らめた。


「なによっ、イルゼさんにはトリスタンの価値なんて絶対にわからないんだからぁ!」

「ええ本当に。まったく。ちっとも。これからはジョーンズさんが理解してあげてね。トリスタンは幸せ者ね。私には虫眼鏡で探しても見つけられないような長所を褒めてくれる人がいて」

「そっ、そんなの、イルゼさんの見る目がないだけでっ」

「そうね。そうかも。ちなみにジョーンズさんはトリスタンのどこを好きなのかしら?」


純粋に気になって聞いてみる。


トリスタンがゆるりと顔を上げて、期待に満ちた目をエステルに向けた。


注目を集めてエステルが目を泳がせる。


まさか一つも思いつかないとは言わないわよね?


プレッシャーをかけるように可愛いお顔を下から覗き込むようにすると、エステルの頬がひくりと引き攣った。


「……たっ、たくさんあります! 優しいですし、男らしいお顔も素敵ですし、家柄も立派だし、お友達が多いところとか、……えっと、だからそのとっても優しいです!」


やばい、予想以上に浅かった。

リアクションとりづらいぞこれ。


「とにかくっ、トリスタンはそこにいるだけで私を幸せにしてくれるんですぅ!」

「エステル……!」


勢いで誤魔化す気満々のエステルに、トリスタンが感激の目を向ける。

どうやら私には理解出来ない何かが心に響いてしまったらしい。


「僕もエステルの優しさと愛らしさに心を動かされたんだ。そうだ、そうなんだよ。イルゼとは合わないとずっと思っていた。いつも僕を馬鹿にした目で見るし。それに比べてエステルは何をしても褒めてくれる。僕が求めていたのは彼女だったんだ!」


気力を取り戻したのか、トリスタンが憤然と言う。


「え、あんなのでいいんだ」

「何しても褒められるって三歳児までよね」

「でもなんか立ち直ったみたいだよ」

「きっと三歳児だから単純なのよ」


手を取り見つめ合い盛り上がる二人をよそに、白けた顔でヨシュアと囁きを交わす。


「わかってくれて嬉しいわトリスタン!」

「やはり僕にはキミしかいない。最初から解っていた。エステル、僕と付き合ってくれるかい?」

「ああトリスタン……! いつかこんな日が来るって信じてたわ」


ひしっと抱き合って涙をこぼす。

このまま放っておいたら突然歌いだしてミュージカルが始まってしまうのではないか。


自分に酔っている人種ってめんどくさい。


真顔で眺めていると、妙にキリッとした顔でトリスタンがこちらを見た。


「――イルゼ。キミには申し訳ないが、婚約は破棄させてもらう。僕は真実の愛を見つけてしまったんだ」

「いやだからもう破棄してるんだっつの」


こいつのこういうところが大嫌いだ。

改めて思った瞬間、これまでのこいつとの忍耐の日々が思い出されて切れそうになる。


「お嬢」


思わず地が出てヨシュアにつつかれる。


いけないいけない。私ってば貴族の御令嬢だった。

慌てて上品な笑みを貼り付ける。


「もういいの。気にしないで。私は全然本当に全く大丈夫だから。あなた達ってとっっってもお似合いだもの。私なんかが入り込む余地はないわ。気に病む必要は1ミリもないから。私のことなんて忘れて愛に生きるといいわ。本当に。綺麗に忘れて、二度と私に関わらないで」


掛け値ない本音に思わず力が入ってしまう。

二人がくっつけばこの先私が煩わされることはないだろう。


姑に当たるこいつの母親に、目の前でいびられまくっても一切庇ってくれなかったこと。

必死の努力で実家を立て直せてきたと報告したときに「顔がいい女は得だよね」と笑顔で言い放ったこと。

勉強も当主教育もサボって遊び歩くのをそれとなく注意して「何もしなくても当主になれるのになんで?」と心底不思議そうに言われた時に、私はこいつを諦めた。


そんな日々がもう終わるのだ。


「どうぞお幸せに」


会心の笑みを浮かべて心から彼らの幸せを願う。

それから優雅に礼をして、その場を後にした。



これで後顧の憂いを断つことができた。

足取りも軽く、上機嫌で廊下を歩いてハタと気付く。


「あれ? 私全然悪役じゃなくない?」

「完全に恋のキューピッドだったね」

「……まぁいっか。邪魔者の排除ってことで。ふはははは!」

「取ってつけたような悪者感だなぁ」


結果的には善行を働いてしまったけれど、気分はスッキリしているから良しとしよう。



そう割り切って幸せな気持ちに浸った1ヵ月後。


ようやく取り戻した私の平穏な日常をぶち壊す出来事が起きた。


なんと、エステルとトリスタンが別れたという衝撃のニュースが耳に飛び込んで来たのだった。


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