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悪役令嬢は祝福する

メーアティス教会跡は、建物はそのままにステンドグラスの美しさを活かしたカフェになっている。

その地方の恋人たちに有名なデートスポットらしい。


イチャついているカップルが多いから、自分たちも少し羽目を外してしまったのだろう。

その他にもベタにあーんをしたりひとつのグラスから二本のストローで啜ったりしていたというから、ネジの二、三本弾け飛んでいたかもしれない。


サムいことこの上ないが、これらすべてエステルから仕掛けたことらしい。

一応トリスタンは最初のうちは人目を気にして遠慮していたようだが、結局は押しに負けてエステルの要求に応え、最後は自らも楽しんでいたとのことだ。


貴族同士だと絶対にこういうことはしないから、新鮮だったのかもしれない。

貴族じゃなくても私なら絶対にやらないけれど。


私の冷めた視線を受けて、二人はようやく自分たちの失態に気付いたのか、あれこれ言い訳を並べ始めた。

その内容が全く論理的では無くて呆れてしまう。


正直この慌てっぷりはなかなか楽しいが、キリがないからこれくらいにしておいてあげよう。


「……まぁ、私にはもう関係のない話ですわ」

「へ?」


私が言うと、二人が同時に間の抜けた声を上げた。


「だって婚約を解消したのですもの。何を気兼ねすることがあるのです? 誰にはばかることなく存分に愛し合っていただいて結構ですのよ」


デートした日は完全に婚約期間にかぶってるけどね。

本当に心の底からどうでもいい。

それを聞いた当時も、怒りより「もっと上手くやれアホ共」という呆れしかなかった。


「馬鹿な! あれはキミを試しただけだと言っただろう!? 婚約解消なんて僕は認めてない!」

「あなたごときに認めていただかなくても婚約破棄は成立しますわ。もともとこれはあなたのお父上と私との契約ですもの」


にっこりと笑ってみせれば、トリスタンが泣きそうな顔になった。

父親の前では自分の発言権など無いに等しいことくらいは解っているようだ。


「だ、だがまだ父と話してもいないだろう?」

「いいえお話ししましたわ。詫び状をいただいたでしょう? 届けてくれた使者の方と一緒に、そのままお父上の元に馳せ参じましたの。婚約解消に必要な書類を揃えた上でね」


思い立ったが吉日、善は急げだ。

契約は速やかに行うのが商売の鉄則なのだ。


「聞いていない!」

「これから言うのではなくて? どうせ言われても忘れてしまうのでしょうけど」


もちろんトリスタンの父親は、先触れもなく突然現れた私に驚いていた。

だがその行動の早さに私の本気を感じ取ったのだろう。

婚約解消は反故にしてくれと必死に頼み込まれたが当然断った。

あなたの御子息が言い出したことですからと。

そして融資の条件を盾に丸め込んだ。

一応実家を立て直すまでの数年世話になったのは確かなので、恩返しのためにかなりの好条件を提示したつもりだ。


「あなたには煩わされてばかりで何一つ果たすべき義理はないけど、お父上にはきっちり恩を返すつもりですわ」


父親は契約の書面をじっくり読み込んだ後、しばらく考えた後に折れてくれた。

これ以上トリスタンの愚行で私の不興を買うより、ここらで手を打った方がお得と考えたのだろう。

ボンクラ息子と違って、父親は結構話の分かる人だ。


おかげで私とトリスタンとの腐れ切った縁は、本人の与り知らぬところでめでたく完全に断ち切られる運びとなったのだった。



「とにかくもう私はあなたの婚約者でもなんでもない、赤の他人です。ジョーンズさんとお付き合いしたいのならお好きにどうぞ」

「そんな! そんな簡単に切り捨ててしまえるものなのか!? この十年間僕たちが積み重ねてきたものはなんだったんだ!」

「忍耐とか諦観とかですかね」


主に私ばかりが積み重ねたものだけど。

それらを捨て去ってスッキリする時がようやく来たのだ。

断捨離って素晴らしい。


「キミはなんて冷たい女なんだ……!」


トリスタンが涙目で喚く。

それを見ても全く心が動かないあたり、愛はもちろん情すらも積み重ねられなかったのは確かだ。


「もぉいいじゃないトリスタン。イルゼさんもこう言っていることだし、枷から解放される時よ!」


人を拘束具扱いしないでほしい。

そんなやつ束縛する価値もないわ。


舌打ちしたい気持ちをグッと堪えて、エステルの一人劇場を見守る。


「いつも言っていたじゃない! イルゼがいるから僕は輝けないんだって。イルゼがエステルとの真実の愛を邪魔するって」

「あ、ああ……」


んだとてめぇ。

そんなこと言ってたのか。

お前が輝けないのは100%お前の責任でしょうが。人のせいにすんなっての。


無言でトリスタンを睨むと、やつは気まずそうに目を逸らした。


「やっと誰にも邪魔されずに私達の真実の愛を育むときがきたのよ! 私とっても嬉しいわ!」


目をキラキラさせながらエステルがトリスタンの腕に絡みつく。

サラッと邪魔もの呼ばわりされた気がするが、その芝居がかった大仰な立ち回りに感心してもはや腹も立たない。


彼女はまさに女優だった。


思わず拍手したくなる気持ちを抑えて微笑む。


「おめでとう二人とも。私も嬉しいわ」


本当に。心から嬉しい。


「イルゼ……」

「元婚約者からも祝福してもらえるなんて……やっぱり私達の出会いは運命だったのね!」

「そんなつもりじゃ……イルゼ……」


本格的に捨てられたのだとようやく気付いたらしいトリスタンは、エステルの言葉も耳に入らないのか呆然と立ち尽くしている。

私が契約に従ってトリスタンに従順だったのを、自分が心底愛されているからだとでも思っていたのだろう。

年々調子に乗って私を蔑ろにして、他の女と親密になって、挙句の果てに公衆の面前で婚約破棄宣言するような傲慢な人間を誰が愛するというのか。


あっさり手を切られて、自信喪失でもしているのかもしれない。

今までがありえないくらいの自己肯定感の高さだったから、少しはいい薬になっただろう。

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