悪役令嬢は恋をしている
ヨシュアはうちの遠縁にあたる辺境貴族の次男坊だ。
将来の働き口を兼ねて、幼少期から行儀見習いとして私の従者となった。
最初のうちは「お嬢様」と呼んで可愛げのあった彼は、そのうち面倒になったのか「お嬢」とどこぞのチンピラのような呼び方になった。
緊張していたのも最初だけで、あっという間に気安い関係になった。
同い年ということもあっただろう。今や私に丁寧に接することなんてほとんどない。
「だってお嬢って全然お嬢様っぽくないんだもん」
当然のようにヨシュアは言う。
いや見習えよ行儀を。
確かにお嬢様っぽくはないけどさ。
だって前世の俗っぽさを引き摺りまくっているもの。
ゲーム内では悪役令嬢のお付きの者ということで完全にモブ扱いだった彼は、名前すら明かされていなかった。
だけど実際の彼は、態度はともかく私に忠実で、大切にしてくれる大事な存在だ。
私を守るために自主的に身体を鍛え始めて、いつの間にか護衛を兼任するようにもなった。
同じ学校に入って上位をキープできるくらいに頭もいい。
一見地味だが、吊り気味で切れ長の目は涼し気で、鼻筋の通った端正な顔をしている。
正直ソース顔で濃ゆいトリスタンよりも、塩顔のヨシュアの方が好みだ。
この世界を作り出したゲーム作者様は分かっていない。
ヨシュアは四六時中一緒にいるのに、邪魔に思うことが一度もない。
弁えているのか、空気を読むことに異常に長けているのか。
とにかく私の意を汲み取ることが抜群に上手いのだ。
「だからね、もういっそ悪役をやってやろうと思って」
「なるほど。今までも充分悪役っぽかったけどってのは言わない方がいい?」
今だって私の自室で、ほどよい距離を保って相対している。
一人掛けのソファの斜め向かいで、私が偉そうに組んだ足のつま先を、戯れるようにつんつんと蹴りながら。
まぁそれが傍から見て程良い距離かはわからないけど。
私にとっては心地がいいからいいのだ。
「はぁ? どこがよ。理知的で冷静なお嬢様だったでしょうが」
「いや地顔がまず悪人顔だし。美人過ぎるって損だよね。冷静っていうより冷徹って感じだったもん」
「あんたちょっとは主人を敬いなさいよ」
「もちろん敬ってるよ。お嬢のそういうとこ大好きだし」
無遠慮な物言いもいつものことだ。
「悪人顔を好かれてもねぇ」
「美人てとこを拾ってくれる? もちろん悪人顔感醸し出してるのはあの子の前でだけだよ」
「ええ? そんなに露骨だった?」
「俺にしかわからないくらいの差だと思うけど。あの見下してる感じ、正直痺れるよね」
「よねって言われても自分の顔なんて見られないからわかんないわよ」
たしかに私の顔は冷たく整っている。
自分の容姿を褒める趣味はないが、やはり前世の記憶があると、イルゼという女を客観的に見てしまうことはある。
鏡を見ると思うのだ。
結構な美人だけどモテそうにねーな、と。
イルゼの美貌はもはや人の領域を超えかけていて、近寄りがたいのだ。
男が好きになるのはやはり、エステルのようなたぬき顔の金髪ふわふわ、頭ゆるふわ系だ。
頭にでっかいリボンを着けている辺り、絶対に友達になれないタイプなのは間違いないけれど。
「それで俺はどうすればいい? お嬢が何か言ったらヒューヒュー! とかさすがお嬢! とかやいやい言ってればいい?」
「嫌よそんな安っぽい悪役」
「ええー」
「だいたいお嬢って呼び方自体すでに三下チンピラ感あるってのに」
頭を抱えてため息をつく。
私がやりたい悪役はそれじゃない。
「どうせやるなら格好良いのがいいわ。悪の華って感じの」
「そしたら俺出番ないじゃん」
「やいやい言うしか能がないのかあんたは」
「賑やかし担当なんで」
けろっとした顔でそんなことを言うが、ヨシュアは何事にも有能だ。
護衛の能力は言わずもがな、密偵も交渉も難なくこなすし、私以外の目上の者には礼儀正しく慇懃だ。
「ヨシュアだって悪人面なんだから、黙って睨みを利かせてればいいのよ」
「イルゼさんひどぉい!」
「うざっ」
「エステルちゃんの真似。似てた?」
「引っ叩きたくなったわ」
ヘラヘラ笑うヨシュアの足を軽く蹴り返す。
声まで似ていてゾワッとした。
「そんじゃま、お嬢の後ろに控えて大人しくしてるね」
「よろしく。全力でエステルをいじめるから、信者たちがキレたら追っ払ってちょうだい」
「それなら得意だ。お嬢には指一本触れさせないよ」
目を細めて薄く笑う。
肉食獣のような獰猛な迫力があった。
「そうそうその顔。最高。ヨシュアはキツネ顔だからそういうの良く似合うわ」
「ホント? 惚れた?」
「惚れた惚れた。大好きよヨシュア」
「もうちょっと真面目に演技してくれませんかね」
演技ではないのだけれど、殊更気持ちがこもらないように言ったからヨシュアは不満げだ。
私がヨシュアを本当に好きなのは、本人に知られたくはなかった。