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悪役令嬢は決意した

「イルゼさぁん! おはようございまぁす!」


廊下の向こうから大声で、手を振りながら走ってくる。

私の隣を歩いていた男友達が、嬉しそうにエステルに手を振り返した。


「……おはようございます、ジョーンズさん」

「やだぁ、エステルって呼んでくださいよぅ」


息を切らしながらエステルが言う。

彼女は常に友好的だ。

馴れ馴れしいとも言う。


「やぁエステルちゃん。今日もかわいいね」

「きゃあ! からかわないでくださぁい!」


友人が挨拶代わりに彼女を褒める。

エステルは照れたように頬を赤らめながら、ぺちぺちと友人を叩いた。

彼は軽いボディタッチにデレデレしている。

私はそれを白けた目で見ていた。


ほんわかした雰囲気で、語尾を伸ばす独特な喋り方。


最初のうちはそこまで悪い印象はなかった。

だって好きだったゲームのヒロインで、私自身が彼女を操作していたのだから。

それなりに感情移入していたし、トリスタン以外の攻略対象とのルートの時には悲恋に泣いてしまったりもした。


高校に入学して初めて目にした彼女は、まさにゲームの通りのキャラクター。

一言で形容するなら、ゆるふわ愛され系女子。


「昨日はパーティーだったんですよね? いいなぁ、私そういうの行ったことないからぁ。どういう感じなんですかぁ?」

「どうということもないわ。いつも通り、情報収集と顔繋ぎといったところよ」


屈託なく笑い、少しズレたことを言い、周囲の笑いを誘う。

男にチヤホヤされても図に乗らず、控えめな態度を崩さない。

天然だなぁと笑われると、「そんなことありません!」とむくれてみせる。


そんな彼女を嫌うなんておかしいのかもしれないけれど。


「いつもどおり、ですかぁ……ホントにぃ?」


意味深に声をひそめて、小首を傾げる。


ビキッとこめかみに力が入った。

張り倒してやろうかこの女。


微笑ましく見ていられたのは最初だけだった。

傍観しているとよくわかる。


ヒロインあざと過ぎる。

あれ絶対養殖だろ。


男子生徒の前でだけ露骨に態度が違うのだ。

実際は計算高く、養殖ボケだというのは明白だった。


そういえば私がゲームをプレイしていた時も、がっつり計算して「男ってこういうのが好きなんでしょ」って気持ちで選択肢を選んでたっけ。


実際に見ると死ぬほどうざいなあれ。

私もゲーム世界のモブキャラからそう思われてたんだろうな。


そう気付いてからは関わらないようにした。

彼女のようなタイプは、私が最も苦手とする人種だったからだ。


なのに彼女は私をスルーしてくれない。


あからさまなのだ。私への敵意が。

見かけるたびに近付いてくる彼女に、すぐにうんざりするようになった。


トリスタンに興味を持つ気持ちはわかる。

くっきり二重まぶたに通った鼻、大きな口。快活な喋り方でコミュ強。友人も多いし貴族的立場も強い。

一見、超優良物件ではある。

実際はそれらの条件を上回るくらいのアホなのだけど。


婚約者の存在を恐れずアプローチする度胸は認めてあげよう。

ライバル意識を持つのもわかる。

だけど。


「なにか大変なことが起きたって聞いたんですけどぉ……本当になにもありませんかぁ?」


上目遣いに言って、緩く握った拳で口許を隠す。


出た、謎かわいいポーズ。

友人はまんまとポケッとした顔で見惚れている。


「お嬢、今の聞いた? 昨日の顛末知ってて聞いてるぜこの人」


背後に控えていたヨシュアが小声で言う。

もちろん私もわかっていた。

本題はこれだろう。

まんまと婚約破棄を言い渡されたのを知って、追い打ちをかけに来たのだ。


「なになに、なんかあったの?」


隣にいた友人が私を見る。

好奇心に満ちた目だ。


彼は昨日のパーティを欠席していたから顛末を知らない。

だけど彼はお喋りで噂話が大好きだ。

トリスタンとの婚約破棄なんて、彼が知ったらすぐに学校中に知れ渡るはず。


エステルは狙ってこのタイミングで話しかけてきたのだろう。


「いいえなにも。でもそうね、私にとっては取るに足らない、とても些末なことなら起きたかも」


にっこり笑って小首を傾げる。


どうやらこの女、まだ私とやり合う気らしい。

人の婚約者を惑わすだけじゃ飽きたりないようだ。


どうあっても私を悪役ポジションという名の引き立て役に置きたいらしい。

たぶん自分を可哀想でかよわく見せるには、私の存在がちょうどいいのだろう。


目つきが悪くて背が高く、成績優秀で生意気で可愛げのない女。

一方、どんぐりのような丸いお目めに庇護欲をそそる低身長、ちょっとお馬鹿だけど愛嬌だけはたっぷりな女。


並んで比較すると、自分がより可愛らしく見えるというのをよく理解している。


出会った時からずっと、私は彼女のブランディングのためにロックオンされ続けていたのだ。


トリスタンを奪えたとしても、婚約者を奪った女として自分が悪者にならないために絡まれ続けることだろう。

それが今ハッキリとした。


よろしい。ならばお望み通り、今から私はあなたの敵になりましょう。


決意と共に、うっすらと昏い微笑みが浮かんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒロインと馬鹿婚約者を、完膚なきまでぶっ倒してください!!!!!!!
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