悪役令嬢は恋を成就させた
帰宅してすぐに、一人掛けソファに身を沈め肘置きに凭れかかる。
「疲れた……」
「覚悟していた以上に長丁場になったね」
ごめんごめんと軽く謝りながらヨシュアが荷物を受け取り、軽く整理をしてくれる。
最後の最後まで本当に面倒な女だった。
これから没落していく家に嫁いだというのに、あのパワフルさはなんなのだろう。
彼女ならもしかしてあの家を立て直すことも可能なのではという気になってくる。
まぁ男を篭絡する以外の能力はなさそうなので安心だけど。
むしろよく卒業できるなと感心するくらいだ。
勝ち誇ったエステルの顔が脳裏に焼き付いている。
一時間も付き合わされたのだから当然だけど、結婚ってそんなに嬉しいものなのだろうか。
チラリとヨシュアを見る。
この世界では女性の結婚は当たり前で、行き遅れは揶揄されるし、離婚は恥で体裁の悪いものとされている。
まるで一昔前の前世のようだ。
だけど私が生きていた時代では女の自立が当たり前になったし、結婚だけが幸せではないという主張が一般的になっていた。
私もそっち派だったし、こちらでは自分で稼ぐことも出来ていたから特に焦ってもいなかった。
跡継ぎが必要なら養子をもらえばいいし、足を引っ張る伴侶を作るくらいなら生涯独身でも構わない。
だけど結婚という形にこだわらずとも、無理なく一緒にいることが出来る人生のパートナーというのは、少し憧れたりもする。
「……どこかにいい男落ちてないかしら」
誰にともなくぼやくように言う。
商売のことをわかっていて、相談に乗ってくれて、助言をくれて、制限なく出資をしてくれるような。
いやそれ別に男じゃなくてもいいな。
ビジネスパートナーならいくらでも有能な人間はいる。
だけどそういうことじゃなくて。
もっとこう、一緒にいるだけで幸せになれるような。
「ここにいるけど」
「あん?」
ヨシュアの言葉に動揺してしかめっ面になる。
今まさに頭の中に思い浮かべていた人物だからだ。
「ガラ悪っ」
思い切り悪人面をした私に楽しそうに笑う。
それから私が座っているソファの、空いている方の肘置きに腰掛け、背凭れに体重を預けてきた。
距離が近いのはいつものことだけど、今はなんだか心臓に悪い。
「だって成績優秀、用心棒にもなる、商売の才能あり、アホ女に引っかからない、顔もまぁ悪くない。結婚相手にどう?」
指折り数えながら自身の長所を並べていく。
誇張でも慢心でもなく、紛れもない事実だ。
そんなのわざわざ言われなくたって知っている。
だけど。
「ダメよ絶対無理。あんただけは絶対いや」
「どうして」
傷付いたようないじけたような顔で唇を尖らせる。
とっさにきつい言葉が出てしまったせいで、結構本気でへこんでいるらしい。
「ご、ごめん」
「いやいいけどさ。お嬢に相手にされないことくらい知ってたし」
そんな顔をさせたかったわけではない。
いつもへらへらしているだけに、表情が曇ると焦ってしまう。
「そういうわけじゃなくて、」
ヨシュアに嫌な思いをさせるくらいならバラしてしまおうか。
エステルのちょっかいのせいで自覚以上にヨシュアに執着していることに気付いてしまった。
もう誤魔化すにも無理がある気がする。
どうせ敏いヨシュアにはそのうち気付かれるだろう。もしかしたらもうとっくにという可能性だって高い。
「いいって無理しないでよ。俺はお嬢の側にいられるだけで幸せだから」
解っているのか解っていないのか。
妙に達観した顔で遮るように言うヨシュアに、なんだか責められている気分になってくる。
「……ああもう!」
「お嬢?」
「だって私ヨシュアのことが好きだもの! そんなの立場が弱すぎるし、結婚なんかしたら絶対上手くいかなくなる!」
勢い任せに言うと、ヨシュアが驚いた顔になる。
余計なことまで言ってしまった。
そう気付いて口を押さえた時にはもう遅かった。
そう。
結局はこんなつまらない理由で意地を張っていただけ。
口にして、自分のくだらなさに頭を抱えたくなる。
小さい頃からお金のことばかり考えていたから、損得勘定で考える嫌な癖があるのは認める。
そのせいか政略結婚に否やはないが、それはあくまで対等にいられる相手でなければならない。金や地位で結ばれた関係なのに、どちらか一方の愛だけが重くなってしまったら不利になるだけだ。
そんな考えがずっと根底にあった。
今はヨシュアの家の方がうちより地位が低いから従順でいてくれるけど、結婚して対等な立場になった時に、私ばかりが好きなことを気付かれてしまったら。
間違いなく今のバランスが崩れてしまうだろう。
「……お嬢、俺のこと好きだったの?」
本当に気付いていなかったのか。案外うまく隠せていたらしい。
エステルほどではないが、私の演技力も捨てたものではないようだ。
「そうよ悪い?」
意外そうな顔をされて、ムスッとしながら肯定する。
絶対からかわれるしいじられる。
そう覚悟した。
「……もしかして俺が今まで言ってきた言葉全部、お世辞とか太鼓持ちとか思ってる?」
「ええ」
きっぱりと肯定する。
ヨシュアのことは大好きだけど、従者になった時からずっとこんな調子だ。美辞麗句をいちいち真に受けるなんて馬鹿らしい。
私はあくまでも彼の主人で、気を遣うべき相手でしかないのだから。
「えっと、俺と結婚する最大の利点を挙げようか」
困ったような顔でヨシュアがわずかに頬を赤くする。
それからさっきの長所にひとつ追加するように、ピッと指を一本立てた。
「――お嬢に一途」
「いちず?」
「うん。ずっと好きだったんだけど。今まで言ってきたことは全部本音だから」
また調子のいいことを、と一瞬思ったけれど、ヨシュアの顔は真剣そのものだった。
真っ直ぐな視線に嘘はなく、長い付き合いだからそれが嘘か本当かはさすがに判った。
けれどいまいち実感がわかずに、ぽかんと口を開けてしまう。
「……だって、そんな素振り、一度も」
「そら小っちゃい頃から婚約者がいたわけだし」
諦めてたんだよ、と頭を掻きながら照れたように視線を逸らす。
「それに主従だし。お嬢強いし。俺必要なさそうだし。あんまり頼ってくれないし。言うタイミング全くなかったから」
「……全然、気付かなかったわ」
ぶつぶつと言い訳のように言って、それからようやくまた私を見た。
「もし、本当にお嬢が俺を好きなら、」
「好き、なら……?」
「お互い同じくらい好きなら、立場的に対等だと思うんだけど」
どう? と改めて問われて呆然とする。
これまでの言葉が全部本音だった? 本当に?
だって何言われたっけ。いつも調子のいいことをとスルーしていた。
一体、どんな言葉を。
なんだかとんでもないことを沢山言われてきた気がする。
思い出してどかんと顔が真っ赤に染まる。
「お嬢かわいっ」
すかさず圧し掛かるように抱きしめられて、脳味噌が爆発しそうになる。
「調子に乗るんじゃない!」
慌てて引き剥がして突き飛ばす。
女の力なんてたかが知れているのに、ヨシュアはあっさり離れて大袈裟なくらいに後ろに転がった。
しっかり受け身を取っているあたり、さすがは優秀な護衛だ。
「ああ、もう最高」
床に仰向けに倒れたまま、緩み切った顔で心底嬉しそうにヨシュアが言う。
それが本当に幸せそうで、つられるように私の頬も緩んでしまった。
そんなの、私だって最高に決まっている。
親もヨシュアを気に入っているし、私達二人が決めたことならきっと反対しない。
ならばあとは私の気持ち次第だ。
顔の辺りにちょこんと屈みこんで、照れ隠しのムッとした顔を向ける。
不機嫌? とか、怒ってる? とか聞かれる類の顔だ。
「その顔ちょうかわいい」
それなのにヨシュアは眩しそうに目を細めてそんなことを言う。
頬が熱くなるのを感じた。
ヨシュアは対等だと言うけれど、やっぱり完全に負けっぱなしだ。
でももうそれでいい気がしてきた。
「それで、式はいつにする?」
完全降伏で問う。
ヨシュアが小さく噴き出した。
「その決断力と行動力にますます惚れちゃうね」
「きゃっ」
にゅっと伸びてきた腕に絡めとられて胸元に倒れ込む。
二人してはしたなく床に寝転んだまま、しばらく幸せを噛み締めるように目を閉じた。
本編はここまでとなります。
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明日、後日談的な短編二話(イルゼ視点とエステル視点)を投稿して完結となる予定です。
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