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悪役令嬢はヒロインのために頑張る

卒業式を一ヵ月後に控えたある日のことだ。


エステルから手紙で呼び出しを受けて、放課後に校舎裏へと向かう。


「いきなり刺されたりして」

「縁起でもないこと言わないで。きっと感謝されて改心するって話よ」

「天地がひっくり返ってもありえないね」


自分でも絶対ないと思いながら言ったけれど、ヨシュアに思い切り否定されてエステルってそういう女だよなと改めて思った。

万が一お礼だの謝罪だのがあったら確実に裏があると疑ってしまうはずだ。


「イルゼさぁん!」


校舎の角を曲がった途端に聞こえた甲高い声に足を止める。

まだ呼び出し時間には早いが、すでに来て待っていたらしい。

十分や二十分は遅れて「道に迷っちゃったぁ!」とか言って天然アピールしてくるタイプだと思っていたので意外だ。

まぁ落とすべき対象ではないからアピールの必要もないけれど。


エステルは大きく右手を振って、ニコニコと私達が来るのを待っている。

左手はなぜか不自然に背中の方に隠して、だ。


「刺されるパターン来た?」

「肉の盾になりなさい、ヨシュア」

「お嬢のためなら喜んで」


もちろん刺されるなんて思っていないし、実際は盾になるまでもなく簡単に返り討ちにすることは出来るけれど。

軽口の応酬をしながら近付いていくと、エステルがニマニマした気持ち悪い顔で「えへへぇ」と笑み崩れた。


「こんにちはジョーンズさん。わざわざこんなところに呼び出して、なんの御用ですの?」


なんとなく予想はついているけれど。

あえて問うと、背後に回されていた左手が動いた。

ヨシュアが私を庇うように一歩進み出る。


「どうです、これ」


勝ち誇った顔で掲げられた左手の薬指には、存在感たっぷりの指輪が嵌められていた。


見せつけられたそれに絶句する。

悪趣味なほどにバカでかい石のついた、なんとも派手な指輪だ。


「トリスタンが私のために買ってくれたんですぅ。見てくださいよこの指輪ぁ、フィルストンなんですよ! すごいでしょう!」

「……わぁ、すごぉい」


はしゃいだ様子で自慢してくるエステルが哀れに思えてくる。


だってそれたぶん別の宝飾店のだ。

あまりにもダサすぎる。


確かに石はデカいが、カットも荒いし輝きからして二級品だというのが明らかだ。

それにゴテゴテした派手なデザインが言いようもなく下品で、私なら絶対に着けたくない。


フィルストンはもちろん石の質も売りだが、なによりも洗練されたデザインこそが高値の理由なのに。


「……ナイフの方がマシだったね」

「かわいそすぎて刺されてあげたくなってきたわ」


ヨシュアも察したらしく、切ない顔で私の背後に戻った。

私についていろんな店を出入りしているから、彼も目が肥えているのだ。


同じカラット数の同種の石なら、フィルストンでの等級はずっと上だしデザインも魅力的だ。おそらくエステルが誇らしげにかざしている指輪に比べたら、軽く三倍以上の値段になるはずだ。


あいつ差額ちょろまかしたな。


すぐに思い至ってため息が出る。

減らされた小遣いの分を補填したかったのだろう。

結局は返済しなければならないお金なのに、本当に馬鹿だと思う。


「トリスタンがとうとうプロポーズしてくれたんですぅ! もちろん正式な婚約ですよ! お義父様からも許してもらいました! 貴族じゃないのに認めてくれたんですよ! すごくないですか!?」

「まぁ、それはそれは」


興奮気味に言われても、ぬるい笑みを浮かべることしかできなかった。

それをエステルは悔しがっていると取ったのか、ますます調子に乗るのが止まらない。


「やっぱり女の子は愛嬌ですよね! イルゼさんみたいに優秀で有能なだけの女って、つまらなく見えちゃいますよ! もっと隙を見せないと!」

「あらぁ、御忠告ありがとうございますうふふ」

「俺は今のままのお嬢が世界で一番可愛いと思うけど」


従順な従者のフォローに感謝しつつ、ぬるい笑みを継続させる。

たとえ世界中の男がエステルみたいな女が好きだと言ったとしても、ああいう女になることだけは御免だった。


「それで? こんなところに呼び出したのはご報告のためだけですの?」

「ええ。卒業を待って結婚しますので、」


さっさと切り上げたくてまとめに入ると、エステルが声のトーンを変えて不敵に笑った。


「もう二度と私の邪魔をしないでくださいね」


天然偽装でも愛嬌たっぷりでもない、女の顔丸出しのエステルが言う。

たぶんこの感じが素なのだろう。

最初からこうだったら、もう少し仲良くなれたかもしれないけれど。


「ええもちろん。どうぞお幸せに」


心からの言葉を心からの笑顔で言う。

とても穏やかな気持ちだった。


エステルに煩わされ続けたこの学生生活からようやく解放されるのだ。


融資期間は五年間。返済期間はそのさらに三年後。

エステルとトリスタンの結婚を認めれば、なんとその間は無利子と大盤振る舞いだ。

どこの馬の骨とも知れぬ庶民の小娘を嫁にすることに、トリスタンの父親はすごく渋い顔をしていたが、この調子だと彼らは無事に結婚することだろう。


エステルの言う愛嬌とやらに絆された可能性もなくはない。


もちろん借金返済後に跡を継いだトリスタンが家を立て直せるとは到底思えない。

最悪、貸した金が返ってこないということももちろん想定済みだ。父親の代のうちにむしり取れるだけむしり取っておこうと思う。


フィルストンの指輪もどきをもらったことで、エステルはトリスタンの家がさぞ羽振りがいいのだと勘違いしたはずだ。

勘違いしたまま、仲良く沈んでいくがいい。


「あ、あとで後悔したって知りませんから!」


あっさりと頷かれて拍子抜けしたのか、焦ったようにエステルが喚く。

どっちが悪役だかわからなくなるからやめてほしい。


「大丈夫よ。ジョーンズさんこそ後悔のないように。もうあなたはトリスタンのものなのだから、浮気や不倫は御法度よ?」

「そっ、そんなことしません!」


強く言う割に目は泳いでいる。

まったく信用できない言葉だ。


「屋敷の使用人とか片っ端からつまみ食いしてそうだよね」

「その方がトリスタンの血より優秀な子が生まれるかも」

「トリスたんに弟が出来たり」

「エグい想像しないでよ」

「コソコソ言うのやめてくださぁい!」


顔を真っ赤にしてエステルが叫ぶ。

小さい声だったから内容までは聞こえていないはずだけど、さすがに悪く言われているのは気付いたらしい。


「あらごめんなさい。あなたがトリスタンと結婚するのが羨ましくて」

「それってまさか嫉妬ですか?!」


露骨なリップサービスに、キタコレと言わんばかりにエステルの顔が輝く。


「単純」

「かわいらしいじゃないの」

「やっぱりそうですよね!? だってイルゼさんトリスタンの恋人だったんですもん! なのにトリスタンが私を好きになっちゃったばっかりに!」

「恋人だった記憶はないわ」

「契約結婚だもんね」


思わず真顔で突っ込むが、小声だったのが功を奏したのかエステルのマウントは止まらなかった。


「彼に口説かれてる時何度も「イルゼさんに悪いわ」って言ったんですよ!? でもでもぉ、トリスタンがどうしてもって言うからぁ、この愛は止められないんだって情熱的だからぁ、ついそれに絆されちゃってぇ、」

「これいつ終わるのかしら」

「まあいいじゃん。最後なんだし付き合ってあげれば」

「言ったわね? あとで私の愚痴大会にも付き合わせるから覚悟しなさいよ」

「お嬢となら一晩中だって」


軽く請け負うヨシュアに、絶対一晩中付き合わせてやると決意する。


まあ悪役令嬢はヒロインの勝利宣言を聞き届けてこそかもしれない。


そう諦めて、その後一時間ほど続いたエステル劇場に根気強く付き合ってやったのだった。

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