悪役令嬢は悪役令嬢を全うした
それ以来エステルはすっかりトリスタンにべったりだ。
すぐにでもプロポーズしようとするトリスタンに待てをかけるのに苦労した。
あっさりエステルに押し付けてしまったら前回の二の舞だ。
彼女は手こずれば手こずるほど燃えるはず。
みんなもう三年生で、卒業も近い。
出来ればもうちょっと引っ張って、卒業間近で婚約させるくらいがいい。
そうすればエステルの進路はトリスタンとの結婚一本に絞られて、他の選択肢が失われるはずだ。
それまで私はトリスタンと深い仲になっているかのような演出でエステルを牽制しつつ、エステルとトリスタンの距離が近くなるたび嘆くフリをしていればいい。
要はエステルを焦らせたり気持ちよくさせたりしてあげればいいのだ。
案の定エステルはどんどん深みにハマっていき、とうとうトリスタンと付き合うところまで漕ぎつけた。
「ごめんなさぁいイルゼさぁん……あなたの気持ちを知りながら私……わたしぃっ! どぉしてもトリスタンのことが忘れられなくてぇ! ひっく、悪いことしてるってゆうのはわかってるんですぅ! でもぉ、好きなのは止められないからぁ!」
泣きじゃくるエステルの肩をトリスタンがそっと抱く。
それから私に申し訳なさそうな顔で、言葉に詰まってしまったらしいエステルのあとを続けた。
「すまないイルゼ……僕のために心を砕いてくれたキミに応えることが出来ず……けれど僕たちは運命に出会ってしまったんだ。真実の愛を前に嘘はつけない。頼むイルゼ、辛いとは思うが僕たちの愛を認めてくれないか!?」
いやエステルはともかくなんでお前まで私がお前を好きだってまた勘違いしてんの。
頭の中の麩菓子腐りましたか?
「あ、はい。どうぞ」
「んっふ」
熱演する二人に冷めた返事を返すと、ヨシュアがその温度差にウケたのか背後で小さく空気漏れを起こした。
エステルもトリスタンもまるで悲劇の主人公だ。
傍から見ればただの浮気性のクソ男と、男を奪うしか能のないクソ女なのに。
卒業まであとわずかとなり、エステルへの告白にゴーサインを出した途端これだ。
きっとエステルの自己陶酔にまんまと乗せられて、現実と妄想の区別がつかなくなってしまったのだろう。
気の毒な男だ。
計画通りにいっている喜びよりも、茶番を見せられてうんざりした気持ちが勝つなんてある意味すごい。
「用件はそれだけですか? ではもう行っても?」
「え? あ、ああ」
「そんなぁ、イルゼさん強がっちゃって……トリスタン、これ以上引き留めては可哀想だわ。きっとこれから誰もいないところで泣くのよ……」
「そうなのかイルゼ……本当に、僕が好きなんだな……」
痛いセリフを最後まで聞かずに歩き出す。
ヨシュアがニヤニヤ笑いながらついてきた。
「面白かったね。ああいうのを三文芝居って言うんでしょ?」
「そうね。学生の卒業制作としてはまずまずだわ」
卒業か。
ふと感慨深い気持ちになる。
入学して半年くらいでエステルに絡まれるようになってから、もう二年近くが経つ。
私、よく頑張ったなぁ。
自分からぶつかってきたチンピラの因縁よりめんどくさかったなあいつら。
だけどそんな日々とももうおさらばなのだ。
そりゃあ二人が結婚すれば、卒業後も何年かは関わることになるだろうけれど。
没落がほぼ確定しているのだから、穏やかな気持ちでいられるに違いない。
悪役、結構楽しかったなぁ。
このまま頑張ればゲームの中の悪役令嬢ポジションを全うできる。
エステルとトリスタンは無事に結婚して、めでたしめでたしで締めくくられるのだ。
私、やりましたよゲーム制作者様。
もちろん路頭に迷ってやる気もないし、主人公二人のエンディング後は一切保証しないが、とりあえずはシナリオの正規ルート通りだ。
ゲームよりも紆余曲折があったけれど、なんとか上手くまとめることが出来たのではないか。
なんとなくやり遂げた気持ちで空を見上げる。
それは清々しいまでの青空で、私は大きく伸びをしたのだった。