悪役令嬢は計画の進行を喜んでいる
調子づいたトリスタンは積極的にエステルに構い始め、鬱陶しがられるのも気付かずに日々恋愛成就に邁進中だ。
思った通りにいかないとすぐに私のところに相談に来るので、わざわざ人気の少ない場所を選んでその相談に乗ってやった。
人気が少ないと言っても全くないわけではない。
ある程度人に見られてるのを解った上で親密さを演出し、復縁の噂が適度に流れるように計算してのことだ。
「聞いてくれイルゼ! 今日誘ったらエステルが僕と一緒に昼食をとってくれたんだ!」
息せき切らせてトリスタンが報告にくる。
計画実行からまだほんの二週間だ。
噂が少しずつ流れ始め、アンテナ感度のいい女子生徒たちが多少騒ぎ始めた程度にも関わらず。
「そう。良かったじゃないのトリスタン。あなたの真心が伝わったのね」
微笑んで祝福する。
エステルは面白いくらいに食いついてくれているようだ。
「やはりそう思うか?! エステルは優しい子だからな。明日も一緒に食べてくれるらしい」
「それはそれは。ちなみに私達のことについて何か聞かれたかしら」
「うん? そういえば色々聞かれたな。イルゼと仲直りしたのかとか、イルゼとどんな話をしているのかとか」
「わかりやすっ」
ヨシュアが隣で小さく呟く。
「それであなたはなんて答えたの?」
「そうだなぁ……イルゼは僕の悩みを聞いてくれるとか、婚約中の時みたいに優しいとか、そういうことを」
「うふふ。それはさぞ面白い顔をなさっていたでしょうね」
狙い通りだ。辛抱して婚約時のように全肯定マンに徹していただけのことはある。
トリスタンは馬鹿正直に答えただけだけど、エステルは相当焦ったことだろう。
ああ、近くで見たかったな。
「エステルは僕たちの仲を壊してしまったんじゃないかと心配していた。本当に良い子だよ。だからイルゼと僕の絆は絶対に壊せないから安心してくれと言っておいたよ」
「トリスたんは女心を一から勉強した方がいいね……」
「しても一生解らないと思うわ」
こうやって周囲には聞き取れないくらいの距離と音量で、にこやかに話している私たちの目撃情報を集めれば、トリスタンの言葉を信じてしまうはずだ。
実際私は思惑通り事が運んでいるのが楽しくて本心からの笑顔だし、トリスタンもポジティブに頑張っているので、傍から見る雰囲気はかなり良いと思う。
もちろんヨシュアが側に控えているので完全に二人きりになるようなことはない。
けれど彼は気配を消すのが上手いし、なにより私と一緒に行動するのが常なので、誰もそこは気にしないようだった。
トリスタンとの恋愛相談はこの上なくくだらないし全くもって興味がないけれど、彼といると徐々にエステルが視界の端に映るようになってきた。
私達の動向が気になって仕方ないのだろう。
思惑通りに人が動くのはやはり楽しい。
新しい商売が上手く回り始めた時の感覚によく似ている。
「ジョーンズさんに私達が仲違いしていると誤解されるのは辛いわ。明日のランチでは私が今のあなたを支えているのだとちゃんと説明してね?」
「ああもちろんだとも。いつも相談に乗ってくれて助かる。だから婚約破棄でのイザコザはもう水に流してあげるよ」
「……あぁら嬉しいわぁ」
てめぇふざけんな。やらかしたのはそっちで、水に流してやってんのはこっちだろうが。
思わず口に出そうになるのを堪えてかろうじてそれだけ言う。
「お嬢、顔。怖い」
シンプルにそれだけ言ってヨシュアが私の肩をつつく。
完全に真顔になっていたことに気付いて慌てて笑顔を貼り付けた。
恋に惑う元婚約者様は、そんなことにも気付かずひたすらに浮かれていた。
* * *
「獲物が罠に飛び込むまであと一週間てとこかな」
「そんなかかるかしら? せいぜい三日くらいじゃない?」
賭け金を自室のテーブルに出しながら二人でそんなことを言っていた翌日。
「トリスタ~ン! 今日一緒に帰らなぁい? あっ、イルゼさんこんにちは! 居たんですね気付きませんでしたぁ!」
まんまとエステルは仕掛けた罠を元気いっぱいに踏み抜いたのだった。