悪役令嬢も不安になる時はある
それからもエステルは、私の前に現れては私の男友達や知人を狙い続けた。
私の知らないところで勝手にやってくれればいいのに、なんとか私の鼻を明かしてやりたいという意思をビシビシ感じる。
もはや意地になっているのだろう。
そのアグレッシブさは嫌いではないが、目の前でやられるとやはり鬱陶しい。
売られた喧嘩は買うまでだ。
どうせスルーしても諦めないのだから、やり返してスッキリした方がよっぽどいい。
一度我慢のタガを外してしまえば、可憐で清楚なヒロイン相手に悪役を演じるのに抵抗はなくなってしまった。
ちなみに買う喧嘩はそれなりに選んでいる。
仲の良い友人や、商売柄将来的に重要人物となる友人狙いの時は阻止して、浅い付き合いの友人狙いの時は放置している。
私も暇ではないので、エステルの相手は最低限の労力で済ませたい。
私が阻止せず上手くいくときは私に勝ったとでも思っているのか、彼女の中での勝率は五分五分らしい。
エステルの中で、玉の輿に乗ることより私から男を勝ち取ることが目的になってきている気がしていたある日のことだった。
「じゃーん」
「なによそれ」
ヨシュアが手紙と思しき封筒を、得意げに私の目の前にかざして見せてきた。
封筒は全体的にピンクの花柄で、いかにも女の子といった感じだ。
すでに嫌な予感しかしていない。
「エステルちゃんからお手紙もらっちゃった」
歌うように言って、心底楽しそうにヨシュアが目を細める。
「……へぇ」
ほうほうなるほど、今度はヨシュア狙いですか。
すぐに手紙の意図に気付いてスッとお腹の底が冷えていく。
今まで眼中になかったくせに、私への対抗心からかとうとうヨシュアにまで粉をかけ始めたらしい。
確かにヨシュアも貴族だ。だけど次男坊だから家を継ぐ可能性は低い。なにより私の従者だ。
それなのに手を付けようとするなんて。
あまりの見境の無さに呆れてしまう。
「中身見てもいいのかしら」
「どうぞどうぞ」
いそいそと手紙を取り出してヨシュアが私の手に載せた。
「ひいっ」
折りたたまれた紙を開いた瞬間にゾワッとして思わず取り落とす。
「おっと」
床に落ちる前にヨシュアが素早く空中でつかみ取った。
なんだ今の。
めちゃくちゃわざとらしい丸文字に、ハートが乱舞していた。
一瞬しか見ていないのに、網膜に焼き付いて離れない。
いつの時代のかまととぶりっ子だよ。寒気がするわ。
ステレオタイプの古典的ぶりっ子だけど、こっちではまだ浸透していない概念だ。
テレビもネットもないから情報は伝播しないはずなのに、どうしてぶりっ子というのはこうも型にはまった行動をするのだろう。
SNSもない世界だと、こういう痛さはアップデートされないままのようだ。恐ろしい。
ちなみに内容としては、ずっと前から素敵だって思ってました的なベタなやつだ。
デートのお誘いなんかも書いてある。
一見控えめにも読み取れるが、その実まさか断られるなんて思ってもいないような強気な文面だった。
「……一応あなたの意思を確認しておくけど、あの子と付き合いたい?」
もしそうなら邪魔をする気は無い。
物凄く嫌だけど、ヨシュアの気持ちは出来る限り尊重してあげたい。
本当に死ぬほど嫌だけど、ヨシュアのことはいつだって最優先で大切にしていきたいのだ。
苦渋の想いで問うと、ヨシュアは見たこともないような顔をしていた。
「勘弁してよお嬢」
いつもニコニコしているから、初めて見る嫌悪に満ちた表情に唖然としてしまう。
「俺がどれだけエステルちゃん嫌いなのか知ってるでしょ?」
「あらそうなの? それなりにあの子の動向を楽しんでるのかなって」
物マネ完コピしてたり次は誰を狙うのかワクワクしていたり。
そういう興味が、もしかしたら恋心ゆえじゃないかなんて思わなくもない。
「正直、お嬢をいじめる人間は全員死ねばいいって思ってるよ」
一転微笑みを浮かべてヨシュアが言う。
笑顔のセリフに背筋が微かに涼しくなった。
軽い調子で言うけれど、誇張のない本音だというのは長い付き合いだからよく解る。
「お嬢が楽しむって決めたから俺も楽しませようとしてるだけ」
「でも手紙貰ったって嬉しそうだったから」
「そんなのお嬢が妬いてくれると思ったからでしょ」
「私?」
「うん。全然だったけど」
がっかりだよと言ってヨシュアが手紙を破り捨てる。
その躊躇の無さにホッとした。
嫉妬はなかったけれど、不安はあった。
男は結局みんなああいう女が好きなのだろう。
そんな思いがあったから。
それを言ったらヨシュアはまた嫌な顔をするだろうと思ったから、言えなかったけれど。