悪役令嬢は勝利を収める
「まったく、イルゼは強引だな。エステルはそのままでいいんだよ。彼女の良いところは学力なんかじゃないんだから」
女子二人の間に漂う殺伐とした空気に気付きもせずに、アルバートがしたり顔で割って入る。
たぶんエステルのフォローをしたかったのだとは思うが、なんだかガッカリだ。
「……友人には知性を求めるくせに恋人は馬鹿がいいのね、アルバート」
「な、なんの話だ」
呆れた私の言葉にアルバートが動揺して、チラチラとエステルを見る。
もちろんまだ二人は付き合っていない。
それどころかアルバートは自分のエステルへの好意を隠せていると思っている。
こんな言い方をすれば慌てるのも無理はない。
「それって支配したいから? それとも意見が衝突したときに負けるのが嫌だから?」
「そんなつもりはっ、」
構わずに続けると、アルバートはそこで言葉に詰まった。
眉間にシワが寄る。思い当たる節がないわけではないのだろう。
「……それは、だから、単純に可愛いんだ。何も知らない彼女に、自分の知識を与えて素直に喜んでくれるのが」
自分への言い訳か、それとも真実を言っているのかは私にはわからない。
だけど私たちの会話が自分のことだと分かったのだろう、エステルの目が輝いた。
「それって私のことで、」
「その子、教えたことはちゃんと吸収しているの?」
早速食いつこうとするエステルを遮って問う。
「いや……何度も同じことを聞かれる……それも可愛いと思うし好きなんだ、けど」
私の言葉をきっかけにした脳内での自問自答に忙しいのか、エステルに告白している形になっていることに気付いていないようだ。
「今は可愛くても十年後は? 二十年後は? 年を食っても馬鹿のままなんて救いようがないと思うけど」
今更そのことに気付いたのか、アルバートがハッとした顔をする。
「それとも飽きたら若いうちにポイ捨てする気? それなら止めないけど」
「いやっ、……っ、」
「ひどぉい! アルバートはそんなことしないもん!」
ムッとした顔でエステルが言う。
完全に自分とアルバートの話として会話に加わっていた。
図々しい。
けれどアルバートから否定の言葉はそれ以上出てはこず、そこでようやくエステルを見た。
「…………っ、」
年齢を重ねても中身がこのままのエステルを想像してしまったのだろう。
顔から血の気が引いていた。
「結婚って綺麗事じゃないのよ。ずっと一緒に暮らす相手が話のレベルが合わないってつらいと思う。趣味の話をしても政治の話をしても「私わかんなぁい!」と「すごぉい!」しか返ってこないのって虚しくない?」
アルバートの表情が徐々に険しくなっていく。
エステルとの生活を、じわじわとリアルに想像しているのが手に取るようにわかった。
「たしかに……イルゼとは何時間でも政治や商流について語っていられるのに、エステルとは五分で終わってしまう……」
「国内の薔薇市場やファッションの変遷について持論を交わし合った時は楽しかったわね」
「わ、私だってお花のお話とかお洋服のお話とかできるもん!」
「お花赤くてキレイねーとか、あのワンピースかわいい程度でしょ? それで何か得るものはある?」
「それは……」
横やりを入れてくるエステルには視線も向けず、あくまでもアルバートに向けて問いかける。
エステルに惑わされる前の彼は、向上心高く自己研鑽の労力を惜しまない立派な学生だった。
共に過ごす友人のレベルも高く、互いを尊敬できる相手を選んでいた。
もちろん妻とするべき人にもそれを求めていたはずだ。
それなのにエステルが彼の前に現れて以来、勉強の手を止めてお喋りに興じる時間が増えていった。
その結果こそがこの点差なのだ。
このままであればさらに差は開くだろう。
「……ま、可愛いとか楽しいで決めるのはもちろんあなたの自由だけど。友人として言わずにはいられなかったの。ごめんなさい、あなたへの期待が高すぎたみたい。勝手にガッカリして、嫌な女ね」
殊勝なことを言うふりでトドメを刺す。
アルバートは私に見損なわれるのを嫌うのだ。
対等に見てくれるからこそ、余計に。
「……イルゼ、すまない……俺は……」
ゆるゆると頭を振って、そっと腕に絡みつくエステルを外した。
「……一時の気の迷いでとんでもない過ちを犯すところだったようだ」
おいひどいな本人の前で。
そういうとこだぞアルバート。
エステルを見ると、案の定ふくれっ面でプルプル震えていた。
「アルバートのばかぁ!」
負け戦だと悟ったのだろう、幼児みたいなことを言って走り去る。
「ジョーンズさーん! 廊下は走ってはいけませんわー!」
女の子走りでノタノタ進む背中に追い打ちをかけると、一瞬振り返って思い切り睨まれた。
やだこわーい。
「……よろしいんですの?」
「ああ。イルゼのおかげで目が覚めた。俺が刺激を受ける女性はキミだけだ」
「そうよまったく。成績で張り合えるのなんてあなたぐらいしかいないんだから。しっかりしてよね」
握手を交わして戦友のように笑い合う。
惑わされずに済んだ高揚感からか、アルバートの頬が紅潮していた。
「それでその、もしよかったらこのあとお茶でも」
「あらごめんなさい、これから予定があるの。じゃあね」
パッと手を放してヨシュアと歩き出す。
順位と総合点も確認できたし、もうこの場所に用はなかった。
「どう? 今度こそ悪役っぽかったのではなくて?」
「うん。最後あいつを振るところまで含めて完璧だった」
「お茶のこと? ヨシュアと出掛ける約束なのだからしょうがないわ」
「わかんないかー。お嬢のそういうところも好きだよ」
「? ありがとう私もヨシュアが大好きよ」
今日の戦果は上々だ。
エステルの思惑を阻止し、好感度は落ちたままだが貴重な競争相手の成績を守ることも出来た。
なによりこれからヨシュアとの市場調査という名のデートも控えている。
もちろんきっちり仕事はするが、少し浮かれるくらいは許されるだろう。
今日はなんだかいい日だ。
清々しい気持ちで学校を出て街へと向かった。