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第68話 俺はいつでも花見する2

 私はあのときのことを思い出していた。小田切くんに私の正体(別にとんでも事実みたいなものでもないけど)を気づかれたときに言われたことを考えていた。ここ最近ずっと。考えている間、当麻くんが不審げに私を見ていたけどおそらく気のせいだと思う。というか、思うことにした。


『君に会いたいと切井は言っていた』


 そんなことは私は知っている。昔の自分も当麻くんに会いたいと何度となく思ったから。


『君には恩義があると言っていた』


 私は当麻くんに何かをしてあげたことはなかったと思う。それを恩義に感じてくれていることはありがたいことだけど私は当麻くんにそれ以上のことをしてもらった。だから、当麻くんにお礼をもらうわけにはいかない。


『君が困っているのなら助けてあげたいと言っていたよ』


 確かに当麻くんに話せば解決すると思う。それは私の中で確信していること。でも、それはできない。これ以上、当麻くんに助けてもらってしまえばその恩をどう返せばいいの?それに当麻くんを巻き込みたくない。


『切井は君のおかげで変われたと言っていたよ』


 私は当麻くんに感謝されるようなことはしてない。


『そんなことはない。少なからず彼の中には君の助けが含まれている。君が何もしてないというのなら、彼はなんのために今まで頑張ってきたんだ?』


 当麻くんは私なんかとは違ってすごい人。当麻くん自身が努力をしていることは知っていたし、見てきた。


 なんのために頑張っているのか。それは私には分からない。多分、私だけでなく、りずはちゃんや小田切くん、徳川くん、そして当麻くんのお父さんお母さんにも分からないことだと思う。私のためになんてそんなことではないとだけは言える。


 だって、私はちっぽけな存在だから。当麻くんにとって私は害でしかない。あのとき私のことを『ライバル』だと言ってくれたけど当麻くん自身の言葉じゃない。本心では全く思っていないことだ。当麻くんのライバルは小田切くんだ。私ではない。


『君自身、なにかを抱えているんだと思う。僕に言えないのは当然のこととして、それは彼には、切井には言えないことなのか?』


 ・・・・・・・。


 私のことを考えて小田切くんは言ってくれている。そんなことは分かっている。だけど、こればかりは・・・・・・。


『・・・・・そうか。でも、もし言えるときが来たのなら真っ先に切井に話してほしい。君の口で。彼は君のことを待っているから』


 当麻くんはそんなこと本当に思ってくれているのかな?


 ◇


「・・・・・・・べ、・・・・・・かべ」


 私はうつらうつらとしていた。そこに聞き覚えのある声が聞こえる。誰の声だろ?なんとなく話しかけられているように感じる。


「う、うぅん」


「日下部、おい、起きろって」


 肩を揺さぶられた。私は重い瞼を無理矢理開けてみると当麻くんが顔を覗いていた。


「ひっ!」


 私は変な声を出すと同時に立ち上がった。ゴツンと頭がなにかにぶつかる。


「お、おおい!大丈夫か!」


 当麻くんはそう言って私のことを心配してくれていた。私は『寝ぼけていただけ』と答える。当麻くんは『ああね』、と答えてすぐに納得していた。なぜか少し腹が立った。


 私は車の窓に視線を移すと桜が見えた。私が寝ている間に和歌山県に到着していたようだ。埼玉県の大宮から和歌山県和歌山市まではおよそ約8時間ほどだったと思う。8時間というとだいたい一般の人の睡眠時間みたいな感覚だろうか。人によってはもう少し長いかもしれないし、はたまた短いかもしれない。最近の私なんかは睡眠時間が4時間、昨日なんかは3時間くらいだった。和歌山県に向かっている間にぐっすり眠れたので今は結構、目が冷めている。


 当麻くんは私が起きたのを見ると小田切くんとなにか話していた。私が寝ている間になにをしていたのだろう。気になったので聞いてみることにした。


「と・・・・切井くん。着くまでの間、何してたの?」


 危ない危ない。当麻くんなんて呼び方をしてしまえばすぐにバレてしまう。それでは今までの努力?が無意味になってしまう。それではだめだ。自分を律しないと。


 当麻くんは少し不審げに私を見ていた。やはり微妙に慌てていたのが変だったのだろうか。


「俺は“日下部と違って”寝てなくてな。最初の5時間ほどは勉強して残りは小田切とトランプだとか将棋とかやってたぜ」


 ~~~~~むぅ。当麻くんのいじわる!なんですぐにそうやって嫌味を言うの?昔はそんなこと言わなかったのに。


 それはそうと、トランプ?将棋?当麻くんの部屋にそんなものあったかな?机の中にはその、あの、・・・・・・言えないものがあったのだけれどほかはちょっと見てないから分からない。


「切井くん、トランプなんか持ってたの?」


 今度は普通に名前を呼べた。意識してやっていたから問題も特にない。


「・・・お前も徳川と同じこと言うのかよ」


 当麻くんは少しふてくされたように言った。それにしても徳川くんも言ったんだ。誰でも思うことは同じなんだね。


 当麻くんは、ぶつぶつと文句を言っていたけれど目的地が近づいてくるにつれ、顔がキラキラしだした。なんでも、和歌山県に旅行をするとりずはちゃんが決めると当麻くんがここに行きたい!とりずはちゃんに言ったそうだとか。紀三井寺。私は全く聞いたことすらないのだけれど花見をする上ではかなりいい場所なのだそうだ。これもすべて当麻くんが言っていたことの受け売りなんだけどね。


 目的地に到着し、久しぶりに自分の足で立った。まだ寝ていたことが抜けきっていないのか、少し立ちくらみをしてしまった。当麻くんは少し呆れたような目を私に向けていた。


 紀三井寺。いろいろな歴史のある場所であるらしく、この時期になると多くの人が訪れる。花見自体、多くの人が集まるものであると私は思っていたし、実際多くの人で賑わっている。ところどころに屋台があり、花見に関係するお店もあれば、夏祭りなんかにありそうな焼きそばだとかたこ焼きだとか。さすがに綿あめとかそういった物はなかった。少し残念。綿あめ好きなんだけどなぁ。


 りずはちゃんが先頭きって歩き出した。当麻くんのお父さんがそれに続き、その隣を当麻くんのお母さん、当麻くんと小田切くんが続いている。二人は楽しげに話しながら桜を見ている。私はさらにその後ろ。長野旅行では私は今の小田切くんの立ち位置にいた。小田切くんが今当麻くんと楽しそうに話していることも全て。


(このもやもやした感じは何なんだろ?小田切くんを見ているとなぜか少し心が痛い)


 前にもこんなことがあった。当麻くんとラインを交換したときだ。あのときは嬉しいあまりベッドで人にはお見せできないような状態だった。


 私はあの日、当麻くんに出会って何でも前向きに考えられるようになった。今まで、時々今もお母さんやお父さんをなくしてしまうことになった“あの事件”を夢に見ては飛び起きてトイレで吐いていた。当麻くんは気づいていないと思う。だって気付かれないように注意していたから。


 当麻くんにはこれ以上のことは頼りたくないから。頼ってしまえば私は当麻くんに頼り切りの最低な人になってしまうから。


 ◇


「ここにしよう!お父さん、レジャー用意!」


「御意!」


「「・・・・・・・・」」


 どう反応すれば良いのだろうか。取り敢えずレジャーって何?俺はそう思い、親父を見ているとリュックサックの中からレジャーシートを取り出していた。レジャーってレジャーシートのことか。だったらそう言えよ。レジャーってなんだよ。なんかの返事かと思えちまっただろうが。


 小田切なんかはほら。呆然としてんぞ。りずはがはりきって指示をバシバシ出しているわけだが、言ってることが意味不明。べんだせとか。べんってなんだよ?便器?だが違う!答えは弁当箱でした。分かるわけねぇだろ!


 もう訳がわからなくなり、俺は広げられたレジャーシートに腰を下ろした。桜がよく見える。いやぁ、きれいだな。俺は一年に一度しか見れないからなこの景色は。花見ってのは一年に一回行くことで意味があることだし、むしろなんども見たら花見の価値がだんだん下がるだろ?それじゃあだめだ。価値を下げるとか愚か者としか言いようがない。・・・・・・・いやあれだよ。俺が花粉症で一年に一回行くだけでそれ以降は花粉症の地獄を苦しむとかそういうことじゃないよ。


「切井、その、手伝いとかしたほうがいいのか?切井の妹さんが指示出してるし」


「いや、あれはな、親父に任せておいたほうがいいぞ。りずはには甘々だし、普段はなにもしようとしないしな。それに途中からのりずはの無茶振りに対応できなくって怒られるのは親父だけってことにしとかねぇと普段の鬱憤を晴らせねぇだろ?」


「・・・・・・君と親父さんの仲がどうなっているのか少し疑問に感じるんだけど・・・・・」


 小田切は少し苦笑いを浮かべながら俺の隣に座ってきた。そうして黙ったまま桜を見ていた。


「切井、最近、日下部さんからなにか話はあったか?」


「話?特にないが」


 俺がそう言うと小田切は何かを考え込むかのように視線を下に向けた。最近の日下部といい何なんだろうか。


「小田切、最近、日下部の様子がおかしいんだが、なにかあったか分かるか?」


「様子?日下部さんの?」


 小田切は初耳とでも言いたげな反応だ。レンタカーに乗るとき、日下部を見て物知り顔をしていたやつのセリフとは到底思えない。


「最近、日下部は何かを考え込んでいるように見えるんだよ。睡眠時間も削ってな。悩み事でもあるのかと思ったんだが、日下部は女子だろ?相談に乗ろうにも乗れないっつうか、女子の場合だと男には相談しにくいかとも思えてな。結局、見て見ぬ振りの負のスパイラルだ」


 日下部の過去の一部を俺は知っている。だが、知らない部分もあることも知っている。それは美愛さんのあの言葉がヒントだ。


『あの子は必ず君に最初に話すと思います。昔のことを』


『それは残酷で響子にとっては忘れることもできない話です』


 まだなんのことか全く分からないが美愛さんですら容易に言うことができないことなのは確かだ。その過去が今の日下部を苦しめている。“あの子”もそうだ。あの子も“何か”を抱えていた。それは精神すらも揺るがす大きなトラウマ。歩くことすらできなくなるほどの衝撃的な出来事。


『それを聞いて切井くん、あなたは選ばないといけなくなります』


『あの子の手を取るか、取らないか』


 俺はその選択をできているのだろうか?選択をまだしていないのだとすればいつその選択をするんだ?答えは一体どっちだ?


 でも、


 でも、そんなことはどうでもいい。答えなんて考えればそのうち分かるだろうしな。美愛さんにも言った。『全部分かっている』と。やることも変わらないし、変えるつもりもない。俺はいつもどおりに生きていき、日下部のその暗く辛い過去を取り除く。そのための選択をしなくてはならないとしても。


 だからだ。日下部が今思い悩んでいることが。今がその選択をするときなのかと思ってしまう。だが美愛さんの言葉を聞くと


(俺はまた日下部と揉めるのか?一体、どうして?)


「切井、どうかしたのか?」


 小田切にそう言われて俺は思考を止めた。分からないことをさらに難しく考えれば迷宮入りする。難しいことほど物事を単純に見ていく必要があるのもそれが理由だ。


「なんでもねぇよ。それより小田切、飯食おうぜ!」


「ああ、そうだな。さすがに腹が減ったからな」


 俺と小田切はレジャーシートの真ん中に置かれている弁当箱のほうへ行き、まずは昼飯にすることにした。


 日下部のことは昼飯食ったあとに考えよう。


 俺はそう決めた。


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