第48話 俺はいつでも勉強会する2
俺は、徳川に勉強を教えることになった。どれほどできるのか力試しとして簡単なテストをやってみたが、
「徳川、お前なんだよ、これ」
「うぐっ!」
俺は、頭を抱えた。
確かに赤点を取るということからある程度の覚悟はしていたつもりではあった。しかし、徳川はその想定を大きく上回る結果を叩き出した。これなら赤点を余裕で取れそうだ。否、これ確実に退学になるやつだな・・・・。
これをどうやって赤点回避をし、トップ層にまで上げるのか。
ハア。ここから、俺の学力にかかってるのか・・・・・・。嫌気が差すな。だが、まだ時間はある。頭に詰め込めるだけ詰め込んでどうにかするしかないな。
俺は、今後の方針を決め、徳川に勉強の方法を簡単に説明していった。
「いいか、徳川。テストでは、暗記のみで乗り切れると思いがちだが、そうではないと今言っておく」
「ん?」
「暗記する場面も確かにあるが、それは高校では通用しない。精々、赤点回避程度だと思え」
高校での期末・中間試験は、暗記しとけばどうにかなると思う人が多い。しかし、そんな簡単なものではない。
学校の試験は、成績を決める上で大きなポイントとなる。赤点を取れば、追試または退学になる。
一生を決める大きな山場であり、戦場である。
誰かが言った。
試験は情報戦であると。
テスト範囲からどこが出題されるか、自分で考え対策をする人は九割九分失敗する。(成功する人もいるが、その人はただ単に天才と言われる存在だ。普通はほぼ無理。俺ですら無理なことだ。理想を見るのではなく、まずは現実を見て現状把握。そして、対策を練る。このプロセスが重要だ)時間が足らなくなるから。
高校では科目数もさることながら、範囲は膨大である。2週間前から対策し始めるのでは、とてもではないが、間に合わない。そのため、早いやつだと一月前から始める人もいる。俺の場合、学期が始まってから勉強してるけどな。
自分の学力によって始めるタイミングは異なるが、普通に授業を受け、復習をしていればまず赤点はない。テスト範囲の重要語句を覚えていけば。
だが、それはあくまで赤点回避のみを視野に入れた場合である。
徳川はトップ層に入るために勉強している。トップ層の人間が赤点にヒヤヒヤしているわけがない。余裕があって当然。満点を取りに行くくらいの気持ちで勉強しているはずだ。俺はあまり意識したことがないけどな。
徳川は、暗記力に優れている。
俺が勉強を教えていく中でわかってきたことだが、とにかく物覚えがいい。
これを利用しない手はない。
俺は、ひたすらここを暗記しろとかこの本文暗記な!とか。ひたすら徳川に知識と覚えておけば点数になることを植え付けていく。
そうして2日経った。
「徳川始めるぞ」
「ああ、ドンと来い!」
俺は、制作したプリントを徳川に渡す。
プリントにはテスト範囲で覚えておけば点数になる部分から手当たり次第に問題が出題されていた。
徳川がどれだけ暗記出来ているかそれが今回の小テストてきなものに濃くはっきりと出てくる。
さて、どうなるか。
俺は、徳川を見守りながら、最悪の事態の対処に思いを馳せていた。
◇
テストが終わり、丸付けをしていくと
(これはまさか!)
俺は、丸付けしていく中で徳川の新たな特徴を知った。
◇
俺は、赤ペンから手を離し、徳川の方を見る。
徳川は、俺の採点が終わるのを心待ちにしていたかのようにハラハラとしている。
確かにテストが返されるときすげえ盛り上がるよな。主にクラスメートが。
俺的には盛り上がる要素がまるでないのだが、何か面白いことでもあるのか?まあ、いいか。
俺は、思考を一旦止め、テストの結果を改めて見る。
そして、
「徳川、返すぞ」
「あ、ああ」
「なんだ、自信ないのか?」
「そりゃな。ついさっきまでバカだったんだ。すぐにできるようならこんな苦労してないしな。やっぱそう考えると小田切の言ってることも大概間違ってないのかもな」
「何言ってんだ、徳川」
俺は、徳川の言葉を聞き、考えを正そうとした。
小田切の言ってることを正当化するようなことはあってはならない。間違いだらけのあんなクサった考えを肯定するようなことは。
反論する余地すら与えない完璧な考えであれば、俺も納得するだろう。だが、そんなことはない。
完璧な答え、考えなどあり得ない。
社会がそういうふうにできているのだから。
どれだけ完璧を目指そうとも人間が完璧になるなどあり得ない。なることは絶対にない。
誰しもに欠点がある。それが人間だ。全てが出来るやつなどいない。俺ですら出来ることは限られてるしな。
勉強を極めようとしてもそれは必ずストップする。それは今でも分かっていないことがあるからだ。
研究者が血と汗を垂らし調べていても分からないことだ。俺などに分かるわけがない。
努力すれば夢が叶うなど妄想のたぐいでしかない。なりたい職につけるやつなど一握りの人間でしかない。ここでは才能という大きな力が必要になる。
俺にはそんなものはない。無能だとは思わないが、それでも人より努力をしなければ今の地位にすらいなかっただろう。それも仮定での話だ。
それでも俺は誰かに必要とされる人間となるためにこれまで勉強してきた。
なら、勉強してきたこの時間を無駄にしてしまうような行動は慎まなければならない。無論、これからも。
その証拠となりうるのが、この徳川が叩き出した結果。
「徳川、ほらよ!」
「お、おお」
徳川は、俺から手渡された結果を見る。すると、カタカタと肩が震え、遂には手まで震えだした。
俺は、それを見て笑みを浮かべる。
徳川は今まで(と言ってもまだ2日でしかないがな)勉強に専念し、本来、部活動があるのにそれを休んでまで勉強してきた。こんなに努力したやつが報われずしてどうなる。
俺は、徳川に声をかける。
「よく、頑張ったな」
日下部にもかけたこの言葉。この言葉がどれほど重い意味を持つのか分かっていない俺だが、人の助けになれたそれ自体に意味があるのだ。
人にものを教える。それは簡単なことではない。教えられる側の3倍以上の理解が必要になるからだ。
教える側は、わかりやすく教えているつもりであっても伝わらないことはある。日本語の難しい所でうまく伝わらない。
だから、食い違いが起きる。言い争いが起きる。口喧嘩が起きる。
俺も徳川に教えられるほどの学力はない。教えるノウハウすらない俺だ。とてもではないが人の世話を上手くできるわけがない。
でも、そんなこと知ったことか!
そんな常識を俺は知らない。
そもそも常識とはなんだ?
常識という概念はあやふやだ。常に変動し、形を変え、人によっては非常識だと言われる。
理不尽だとそう思うことも確かにあるが、それでも不思議だ。
常識を覆すことができるのが勉強。
俺はそう思って今まで勉強してきた。
どんな理不尽も勉強して点数を取って。
そうすれば無敵で、負けることがないと。しかし、俺は結果として負けている。
あの“ 小田切順 ”という男に。
次は負けないとそう誓ってはいるが、本番何が起きるのか分からない。対策はいくらしたところで足りない。全て満点であれば勝ち。それは変わることはない。実際にそんなことができるのかは置いといて。
模試というのは人生を決める大きなものかと言うとそうではない。確かにこれで点数を取れなければ大学進学を目指しているのであれば必要になるだろう。しかし、別にそうでもないのならそこまで重きを置く必要はない。
でも。
でも、俺は。
でも、俺は、あの子と出会い、変われたはずだ。
あの子との出会いで多くのことを学んだはずだ。
なら、それを生かさずしてどうする。
俺は、いつまでもバカではない。否、いられない。
俺は、徳川に必要とされ、頼られている。
今までそんなことがなかったが、それでも俺は上手くやれただろうか?
初めてから始まるものだが、全て上手くできたとは思えない。でも、こうして徳川は結果を残した。確かにまだ不安要素は多くある。しかし、今一つの山場をくぐり抜けた。
徳川ならできる。
部活動にも必死に取り組み、仲間との絆を大切にしているコイツなら。
「切井、ありがとな。俺みたいなバカにも勉強教えてくれて」
「何言ってんだ、徳川。まだ試験は始まってなぇぞ。結果が、出てからいくらでも聞いてやるよ。そのお礼とやらをな」
「ああ、ここまで来たら学年トップも見えてきたな!」
「ほら、勉強を始めるぞ、徳川!」
「おう!」
俺と徳川は勉強を始める。
未来への道を切り開くために。




