第36話 プロローグ4
「なりたいもの?」
俺は少女に聞き返した。
「将来なにになりたいって話だよ、当麻くん」
「将来かぁ・・・・・・・・」
正直、考えたことがなかった。将来なんて今考える必要ねぇだろ、そう思っていたから。なにかなりたいものあるか?と聞かれれば俺は金持ちになりたいって答えるだろうけど。
「私はねぇ、お医者さんになりたい」
「へぇ」
医者かぁ。たしかに『 』になら向いてそうだ。やっぱ今回のことがきっかけでなりたいって思うようになったのだろうか。
俺の考えは外れた。
「私のおじいちゃんが悪い病気なんだ。私がお医者になればおじいちゃんを助けられると思うの」
「それでなりたいのか、医者に」
「うん!」
「・・・お前、大人だな。俺とは違って。俺なんて具体的な夢なんかなにも考えてこなかったし」
俺はやはり遅れているのだろうか。この少女のように将来についてある程度ビジョンを立てているものなのだろうか。分からないなぁ。
「こんなふうに考えられたのも当麻くんのおかげだよ」
「俺はなにか、できたか?」
俺の一番の不安要素だ。少女には何度となく助けられたが、俺はなにかできたのだろうか。いまいち俺の中でしっくりくるような事柄が思いつかない。
少女は、へ?といった顔で俺を見ていた。
「当麻くんはいっぱいしてくれたよ?立てるようになるのだって当麻くんがいたからできるようになったし」
「俺がいなくたってお前ならできてたよ」
「できないよ!」
「え?・・・・『 』?」
「当麻くんがいなかったら何もできなかったもん」
「・・・・」
「だから、将来、当麻くんにはお礼しないといけないと思う。そのためにまずはお勉強いっぱいしていい学校にいけるようにするんだ!」
「そうか、俺もお前に負けないように勉強、しないとな」
◇
俺と少女は遂に退院することとなった。すでに小学4年は終わりを迎えており、もう俺たちは5年だ。
桜が病院の庭できれいに咲いていた。花見の季節だ。
俺は最期に少女に言った。
「俺は君と会うときにはもっと勉強ができるようになっとくよ」
俺は少女と出会ってから勉強の大切さを知った。そして無知の恐ろしさを知った。
一つの判断ミスが大きな問題へと発展していき、取り返しのつかないことになるのだ。
「私も!」
少女はそう言った。俺はヘヘッと笑った。
「そうか。まあ、目指すなら、頂点!俺は全国トップを取ってやるぜ!」
「じゃあ、私は2番!2番取る!」
「・・・・・・2番でいいのかよ。1番じゃなくて」
「1位はだって当麻くんが取るんでしょ?だったら、2番しかないじゃん」
「いや、そうだけどさぁ、お前は医者になるためにいい学校に行くんだろ?」
「そうだけど・・・・・・」
医者になるためにはおそらく相当な勉強をしないといけないのだろう。それは俺が今絶賛嫌いな勉強に日々追われることを指す。生半可な考えや気持ちでは到底出来ない。
俺はまだ何かやりたいことがあるわけではないし、
『 』が医者となるために応援することは出来ても協力まではできない。だって、ここでお別れだからだ。
俺は首を振って思考を止めた。今、具体的なことは分からなくてもいい。今俺がやるべきことは。
「まあ、具体的なことはそのうちわかるようになるさ!」
「そうだよね、うん。きっとそう!」
「また、どこかで会おうな」
「うん」
「「次会うときは頭が良くなったとき!」」
俺と少女の会話はそれが最期。
少女の名前はなんと言ったか、なぜか覚えていない。空白のままだ。大事なものであるはずなのになぜか白い靄のようなものに覆われていて分からない。
◇
病室の中でふとそんなことを思い出し、
「いつかまた出会えたらいいな・・・・・」
俺はそう口にするのだった。




