第28話 俺はいつでも旅行する14
俺は日下部の過去の話を聞いた。
今まで知ろうともしてこなかった事柄。
だが、しかし、今は違う。
日下部との関係。
ただの他人なわけがない。俺は、俺にとって日下部は折れそうになった俺を励まし、ときに責めた。そんなんでどうする、と。だからこそ、今度こそ俺は受け入れるべきだ。
人と関わることを。一人ですべてができるのではないという現実を。
一朝一夕のことではないかもしれない。それでも俺は。
「事情は理解しました。その上で言わせていただきます」
「・・・・・」
答えなどもう俺はとっくに知っている。今決めたのではない。もう既に決まっていたのだ。俺が顔を背けてきていただけで実際はもう決まっていたのだ。
「俺から両親の方に掛け合い、日下部さんを・・・・・・日下部を引き取らせてもらいます」
俺は言い切った。
日下部が苦しんでいるのを見ていられないから。
前までなら鬱陶しいから。りずはが喜ぶから。そんなふうにしか考えられなかった。
だが、今は違う。
身勝手なのは知っている。利己的な考えで、自己中心の俺が言っても意味はないだろう。だが、それでも。
俺は日下部を救いたい!
「こちらこそよろしくお願いします」
「お願いされました」
俺は日下部の方を見ると日下部は信じられないものを見たかのように目を見開いている。
やめてくれ。そういう視線は。日下部自身を身勝手に巻き込んだことは悪いと思う。だが、そんな目で見られると俺としては困る。このままでは日下部は野宿、いや、学校に通うことはもうできないだろう。
それでは俺としては困るのだ。
なんたって日下部は俺の“ ライバル ”だからな。
俺と美愛さんとの会談は終わり、親父たちに結果を伝えについて行く。
「親父、その・・・・・」
「な、なんだ?」
「「・・・・・・・」」
互いに沈黙になり、気まずい雰囲気が生まれる。
俺と親父は俺が中3のときからまともに会話をしていない。というのも未だに和解できていないだけだ。
りずははそんな様子を見ているが、口出ししない。ここで余計なことを言えばどうなるか考えるまでもないだろう。
俺も覚悟を決めるべきだ。だが、言わなければならないことを口に出せない。
後悔するようなことをしたくない一心で親父の言い分を無視してこれまで過ごしてきた。
間違いだとは思わない。俺が自分の将来のために勉強してきたことは。
親父の言い分が間違いであるとも思わない。親父なりに考えて、俺のことを思ってしてくれたことだろうだから。
これを乗り越えてやっと俺は一人前になれるとそう思う。
だからこそ、
「親父」
俺の言葉に親父は顔を上げ、俺を見る。
言うことなどわかっている。
親父自身にも。
「日下部を家で引き取ろうと思う。美愛さんにもそう伝えた」
「そうか。お前が決めたことだ。俺からは何も言わん」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
親父は話は以上かと無言で伝えてくる。
親父は俺の様子を見ると部屋に戻ろとした。
「親父!」
言わなくてはならないこと、そんなものは多すぎるくらいだ。まともに会話などできないとそんなことは俺はもう知っている。だから、
「俺はもう大丈夫だ。これからも俺は・・・・」
「それ以上、何も言うな。お前の今までのように自分勝手な行動を止めることは俺には出来ない。だからこそ言う」
俺の方を向き、
「自分で進むと決めた道は決して曲げるな!たとえ茨の道であってもだ。これからも、今からも。
お前が進んでいく道を照らしていけるよう俺は精進する。だがまぁ・・・・・お前とは分かり合えるとは思わないが、最低限の会話くらいはしてやろう」
親父は、それだけ言うと部屋に戻った。
今までのような関係には戻らない。かつて俺と親父が仲良しであったような関係には。だが、これで一歩、進めた気がした。
日下部ともそうやって仲直りしてきた。
俺はバカで自己中でどうしようもないが、それでも一日一日を大切にし、これから生きていくことをここに誓う。
親父との会話。
大して大事ではないと切り捨てていたことももう今日限りだ。
俺はもう一人じゃないのだから。
◇
俺は一人歩いていた。外はもう暗く、日下部家には街灯があまりなく完全な真っ暗な状態。俺はそんな中、トイレに行くために歩いていた。
用を足したあと、部屋に戻ろうとした。そのとき、
「切井くん、少しいいかな?」
美愛さんが後ろに立っていた。俺は、背後を振り向き、
「いいですよ。あと寝るだけですから」
「ありがとう」
美愛さんはそう言って歩き出した。俺はそれに着いていく。この場では少し話しづらいことなのだろう。人気はないとはいえ、この暗さだ。どこに誰がいるのかすぐには判断できない。そういった意味では別の場所で話すほうが建設的とも言える。
美愛さんに着いていくと俺が貸してもらっていた部屋よりも上等な部屋に入った。キラキラとした調度品がそこかしこに置かれ、物珍しさに視線がそちらへ向いてしまう。
「何か、興味のあるものがあったかしら?」
美愛さんが俺の様子に気づいたようだ。流石にチラチラ見すぎたか。
「いえ、そういうわけではないです。ただ珍しいものだなと思いまして。あれは確か、ドラクロワが書いたダンテの船ですね」
俺はそう言って饒舌に話し始める。
「静的で端正な新古典主義に対し、鮮明な色彩、動的な表現、そして劇的な主題により、ロマン主義絵画を確立した・・・・・・素晴らしい芸術作品ですよ」
「フフフッ。響子が言うだけあってさすがね。秀才なんて一言で表すのが失礼なくらい。ほんとに切井くんは頭がいいね」
「いいえ、そんなことはないですよ。自分は勉強を取り敢えずやってきただけですから」
俺は謙遜しながら、美愛さんに視線を向け、
「そろそろ、いいですか?自分がなぜこの場に呼ばれたのかを聞いても」
「すみませんね。切井くんを呼んだのは響子についてのことです」
「やはりですか・・・・」
俺は自分の推測が合っていたことを知る。美愛さんとは今日が初顔合わせで話題に関しても特にない。先程のようなことはまぐれなのだ。
そして今日話した内容は日下部に関すること。なら、呼び出された理由として大きいことであろう。
信用度が足りなかったのか?しかし、話しているときはそんな素振りは見られなかった。見せないようにしていたのか?分からん。
「それで日下部についてというのは具体的にはどんなことですか?」
「響子は今まで酷い運命の中にあった。それは今もなお続いている。切井くんにはお願いがあります」
そう言って美愛さんは腰を折って、
「響子を助けてあげてください。今も暗闇の中にいるあの子を。あの子を助けられるのはあなたしかいない。だから、お願い」
俺はハアとため息をついて息を少し吸う。
「美愛さん、少し性格悪いですよね?」
「ふふっ、どうしてそう思うのかしら?」
「こんなことを言われて断れるわけないじゃないですか。それも響子を引き取るって言ったその日に」
ほんとにそうだ。俺はまんまとこのひと芝居のために騙されたというのか。なんとも俺は愚かと言わざるを得ない。まあ、いい。
「わかってますよ。俺のすべきことは」
「それなら良かった。……………やはりですね」
「・・・・?なんですか?」
「突然ですけど、聞いてください」
そう言って少し切った。俺は一言一句聞き漏らさんと聞く。
「響子は自分のことをこれまで話さなかったと思います」
「そう、ですね。今日に至るまでアイツの過去については聞いたことがなかったです。聞かなかった、というのもあったとは思いますが」
確かにそうだ。俺の昔の話をしたときにそれとなく聞くのもありだと今更ではあるが思う。日下部についてはここにくるまでどうしていたのか、そんなことすら知らなかった。聞くべきだったのか・・・・・。
「あの子は切井くんを巻き込みたくなかったのだと思います」
「巻き込む?何にですか?」
「それは言えません。あの子が望まない限りは」
「・・・」
「あの子は必ず君に最初に話すと思います。昔のことを。それは残酷で響子にとっては忘れることもできない話です。それを聞いて切井くん、あなたは選ばないといけなくなります」
「・・・・」
「あの子の手を取るか、取らないか」
「・・・・・」
「まだ分からないかもしれませんが、これから必ず起こります。ですから、先のお願いです」
「・・・・・・」
「響子の話を聞いておそらく喧嘩になると思います。ですけど、響子を拒絶してあげないでください!あの子は身寄りもなく苦しんでいます。ですが、あなたという存在が響子を助けてくれています」
「・・・・・・・」
「わがままなことだと分かっていますが、あなたにしか頼めないことなのです。どうか」
「分かってますよ全部」
美愛さんははっと目を見開いた。
「俺は日下部に助けられた。だから、その恩返しをしなくてはならないんです。それが今言われていることなのだとするなら、任せてください。俺の出来得る限りを尽くして日下部を救ってみせますから」
俺は不敵に笑った。覚悟は引き取ると決めた瞬間に決まっている。
それからして美愛さんとは別れた。部屋に戻り、ベッドに倒れ込むとすぐに俺は寝た。
◇
私は切井くんの言葉を聞いて確信した。
「あの子はもう大丈夫ね。《あの事件》も彼が解決してくれるでしょう。ふふっ、響子が好きになるのもわかるものだわ。ふふっ、これからが楽しみね」
そう言って少し切る。
「願わくば、彼らの道に光が刺されることを。············まぁでも、響子はもう大丈夫。彼が、いや響子と切井くんが協力し合えば確実に解決する。ほんとに彼と出会えて良かった」
そう言って、去っていった。
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