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第18話 俺はいつでも旅行する4

 どこまで来たのだろうか。


 俺は歩きながら、スマホの地図を頼りに少しずつ松本城へと近づいている。距離は3000メートル。つまり、3キロだ。学校の長距離走で走る距離だと考えるとイメージしやすいだろう。長距離走と言えば、俺は昨年、校内5位だった。マジで心の中で笑ったのを覚えている。今年は下がると思うがな。さすがに今年は運動不足だ。3キロ走れるかも少し微妙。まぁ、なるようになるだろうけど。


 閑話休題。


 日下部と喋りながら(しゃべるとは言えども勉強のことくらいだ。俺が無趣味な人間であるから(おの)ずとそれしかないだけだ。日下部、なんか悪いな)


「raiseって単語があるだろ」


 俺はスマホの画面を見ながら日下部に話しかける。


「うん、あるね!」


 日下部は少し明るめにそう言ってきた。なんか、キツイな。このネタはなかなかにつまらないものだし、かと言って何も言わずに歩くのもなかなか厳しい。重い空気が嫌いなのだ。はぁ、面倒くさい。早く着かねぇかな。


「raiseには簡単にそして速く覚える方法があってな」


「・・・・・」


 日下部が固唾(かたず)をのんで待っている。別に大したことではないのだが。日下部なら速攻、覚えられるだろうし。俺が変なことを言う必要もないだろ。あんま期待せぇへんで。


「raiseは、ら(ra)い(i)せ(se)と覚えるんだ。raise、らいせだ!」


「すごい!!!切井くん、すごーーーーい!!」


 とんでもなくバカにされているように思うのだが、どうだろう。正直、自分でもアホなこと言っているなとは思うが、思うけど、相手に言われるのはひどく傷つく。特に日下部にはより一層。


 日下部は手をバンバンと叩き、俺の英単語の覚え方?に対して称賛してきた。日下部の言い方だと小学校低学年、はたまた幼稚園保育園の育児に言うようなものなのだが、気のせいだよな?俺は気にしたら負けだとそう思うことにした。


「他には、他にはないの!!!!」


 思ったより乗っかってきた。俺としてはバカにされているのだと感じていたのだが、マジでそう思っていたらしい。単語の覚え方などどうでもいいと思うんだが。


「remoteって単語があるだろ。remoteは

 remoteって覚える」


「すごい。切井くんはそういったことも意識して勉強してたんだね。私は特に何も考えてこなかったなぁ」


 普通は考えないだろう。単語の覚え方にしろ、勉強をしていく上で自分のやり方とやらを見つけていく。俺に合うものが日下部に必ず合うかといったらそうではない。人は結局、自分以外は他人なのだから。考え方も見方も。


 だから、(いさか)いが起こってしまう。俺と親父が起こしてしまったように。


 争いというのはひどく醜いものだ。傍から見たらつまらない言い争いをしているように目に映るだろう。だが、言い争いをしている本人たちからしたら大真面目なことなのだ。この争いを止めようと仲裁に入ったとしてもつまらない、くだらないと考えているやつはその争いをさらにひどいものへと発展させてしまうこともある。


 間違いであると知っていたとしても間違えてしまう。俺は何度も間違えた。正解など分かりきっているのに。しかし、俺は納得出来ず、間違いを選ぶ。こうして何度も俺は後悔していく。


 間違うことを恐れたくないのであれば、人との関わりをなくすこと。これだけだ。人と関わらなければミスを仮にしたとして他人に知られることはない。知っているのは必然的に自分(ただ)一人になるのだ。だが、それは絶対にできない。なんたって人は一人で生きられないからだ。


 何事にもトップはいる。勉強においてもそれ以外であっても。変動はするが、なくなることだけはない。また、数人いることもある。同点とかで。


 俺も校内ではあるがトップを取っている。県内模試なんかだと(あまり意味がないため、勉強というか、対策を一切していない)大体一桁といった位置にいる。真面目に受ければ一位だと思うが。


 それでも俺には勉強しかない。


 それだけで社会で生きていけるかと言ったら、どうなのだろうか。


 確かに何もできないよりかは確実にいいだろう。だが、極端な気もする。


 俺は勉強以外何もできない。


 勉強以外に関して無関心であるから身に着けようと思えばできるかもしれないが、やろうとは思わない。


 なんにしたって俺はバカだ。それだけ。


 無言のまま歩いていると俺の前に一人の青年が通った。


 その青年は髪を金色に染め、いかにも悪そうな印象を受ける。腕にはギラギラした時計、指輪。ズボンもだらしなく垂れ下がっており、真面目ではないことを伺わせる。


 こういった人とは関わらず、無関心であったほうがいい。こっちから手出ししない限りは向こうも何もしてこないだろうから。


 今回は違うが。


「響子、久しぶりだね」


「響子?」


 俺は青年が言った言葉に?を浮かべる。響子って誰だ?俺の知り合いにいたか?


 俺は日下部に聞こうとした。日下部を見るとガタガタと震えているのが見えた。


「お、おい日下部、どうした」


 俺は青年の人に聞こえないよう小声でそう言った。日下部はそんな俺を見て、()()()()を浮かべた。その笑みはひどく歪なもので俺は見た瞬間に鳥肌が立った。日下部のこんな顔は一度たりとも見たことがなかった。


「だ、大丈夫、だよ・・・・・・・・・・・切井、くん」


 どこがだよ、日下部!


 俺は日下部の急な様子の変化に頭を抱える。クソッどうなってんだ!


「どうかしたのかな?響子の様子が変だけど」


 この言い方と言いまるで目の前のやつに話しかけてるような・・・・・・・・・・。


 俺はそう考えると一つの答えを見出した。


「日下部、お前の下の名前って“響子”だったのか!?」


「なんで今なの。切井くんの家に行ったとき言ったよね?」


 いきなり饒舌になりましたね日下部さん。


 しかし、日下部が家に来たときそうだっただろうか。少し思い出してみる。


『えっ!?わ、私は学年2位の日下部“響子”だよ。昨日だって話しかけたではないか!なんで忘れてしまうんだ!?』


 うんうん。言ってるな。俺は基本的に人の名前は名字で呼ぶようにしてるから覚えていなかっただけだな。


「そういや、そんな名前だったな。忘れてたわ」


「切井くんはそうやって興味ないことすぐ忘れるんだから・・・・・・・・・」


 日下部はブツブツとつぶやき始めた。だがまあ、日下部がいつもの調子に戻れたのはいいことだろう。俺はそう思い、前にいる青年に向き直る。


「それであなたはどこの・・・・・・・・いや、日下部の親戚ですか?」


 俺は単刀直入にそう切り出した。前にいる青年がどこの誰なのか。日下部のことを知っているのだから、おそらく日下部の親戚とか近所の人とか。とにかく日下部の知り合いってことだな。


「う――――ん。親戚って言うと少し違うかな。知り合いって言うのも少し違うし」


 じゃあ何なんですか?


 俺は頭に?を浮かべた。気さくそうに話してくるが俺からしたら不審者に近いなにかという感じになっている。だってそうだろう。いきなり名前を呼ばれたかと思えば自分のあるいは身近な人の名前で気さくに話しかけてくる。お前誰だよって聞いてもなかなか答えてくれない。怪しい感じがプンプンするだろ。


「き、切井くん。ダメ。あの人に声をかけちゃ・・・・・・・・・!」


 あれ?日下部がまた元の状態に戻りやがった。ほんとに何なんだろうか。わけがよく分からない。


「日下部の知り合いってことは間違いないんだろ?お前はこの旅行期間に親戚に会う予定だろ?まだ早いがそれでも早いに越したこともまたないはずだ。これを期に会って話すのも・・・・・」


「あの人は親戚でもないし、知り合いでもない。だから、早くここを離れないと・・・・・・・。そうしないと切井くんが()()()()()()()()!」


「?」


 何を言っているのかよく聞こえなかった。物語の男主人公なんかはよく風が強くて聞こえなかったとか花火の音で大事な告白を聞き逃したとか。そういったことをよくしでかしているが、俺の場合はそうではなく、ただ単に日下部の声が小さくて聞こえなかったのだ。


 青年はそんなことを気にした素振りすら見せず、


「君は響子の友達かな?それとも彼氏、とか?」


「は?」


 この人と言いりずはと言い、なぜこうも恋愛の話になるのだろうか。頭がお花畑なのだろうか。話に全くついて行けない。


「いや、全然違いますけど」


「そ、そうなんだ・・・・・・・。なんかごめんね?変に感くぐって」


「いや、別に謝られるようなことではないですよ、ほんと。気にしないでください」


 俺は人と話すときこうして話し方を変えている。日下部のように普段の喋り方から男口調?にするとかそんなことではなく、国語の力を使っている。国語には丁寧語だとか尊敬語、謙譲語なんてものがある。これらは結局のところ、上の人を敬うということをするためにあるものだ。先生なんかと話すときに丁寧語で話すとか普段学校に行っている人なんかはよくやっていることだろう。クラスメートなんかには使うか?いや、使わないか。


 俺は上の人だと判断した人に対してはこうして敬うようなフリをする。実際はこの人、(どこがとは言わないが)北極点を通過しているなとか、この人、なんかガソリン?のような香水のにおいがするなとか。(ガソリンのような香水って今思うと何なんだろうか)なんかそんなくだらないことを考えていたりする。


 それはそうとして。


「それで君の名前は何なのかな?」


 青年はそんなことを聞いてきた。自分は名乗ろうとしないのにだ。やっぱ不審者なんじゃなかろうな。だとしたら、日下部の名前はどこで知った?つけられていたのか?いや、ありえないだろ。アニメの世界じゃあるまいし。


「あなたの方こそ名前は、何なんですか?名乗るときは自分から、なんていう言葉があるのを知ってますか?」


「ごめんね、君に名乗るようなものでもないんだ」


「だとしたら、俺も名乗る名前はないですよ。俺から見たらあなたは不審者、いや、不審人物に見えるんですが」


「それはひどいなぁ。あんまりだよ」


 わざとっぽく声を少し高くして言ってきた。ほんとにコイツは何なんだ?なにがしたいんだ?


「長話はあれなんで後日じゃだめですか?日下部の体調があまり良くないみたいなので」


「そうなのか?だとしたらすぐに病院へ連れて行かないと。僕の方で車を出すよ。君は親御さんに連絡しておいで」


「そうですか。・・・・・・こう言っているが日下部どうする?離れようにも離れられないぞ」


 日下部はプルプルとするだけで何も言わない。ほんとにこの人は何なのか。親戚にいたとしたらあれか。怒るとめっちゃ怖い的なあれか。だとしたら、怒られないようにって必死になるな。俺も母さんに怒られるのは今でも怖いです。


「病院は大丈夫です。医療関係も俺は勉強していたりするので」


「はぁ、もうこの話は終わりだ。お前ら、やれ」



 その青年が集めたと思われる集団が俺と日下部を囲もうとしていた。30人ほどだろうか。一体、いつそこにいたのやらか。だが、これで確定した。コイツは、コイツらは完全にヤバいやつだと。


 俺はそこからまず逃げようと後ろに行こうとした。


 しかし、後ろはすでに集団が近づいてきており、逃げることはできない。


 前には青年がいる。


 クッ。挟まれたか。警察はまだ来そうにないし、まずいな。


 俺は日下部が顔を真っ青にしているのを見るや前に逃げることにした。


 青年からはタバコのような匂いがしており、体力は俺らのほうがあると感じたからだ。だが、青年の服の中にはナイフが入っている可能性がある。慎重に行かなければ。


 俺は日下部の手を握り、横に向かって走り出した。


 集団は後ろと前に集中しており、横にはいない。逃げるにもってこいだ。


 かくして俺と日下部はよくわからない集団から逃げることとなった。




 私は店の中でアイスを食べていた。そんなとき、お父さんの携帯が震えた。お兄ちゃんからの連絡だ。遂に着いたんだ!!


「もしもし、ああ俺だ」


 そのセリフはオレオレ詐欺になりそうな気も。


「ウンウン、はあ!!!」


 急に大きな声をお父さんが出し、私はアイスをこぼしてしまった。


 んもう!急に大きな声出さないでよ!アイスこぼしちゃたじゃん!!


 お父さんの方を見ると顔を真っ青にしているのを見た。尋常ではないような事態が起こっているのを知った。もしかして・・・・・・・。


 私はお兄ちゃんたちが道に迷ってしまったのだと思った。しかし、違った。


 もっと大きなそれでいて危険の伴う事態が進行していたのだ。


「ああ、わかった。とりあえずホテル集合に変えよう。ああ、わかってる。当麻、警察へは・・・・・・・・してあるのか。そうか。日下部さんは・・・・無事か。周りに大人はいないのか?いない!たくっどこにいるんだ今!もう少しでホテルに着くぅ!わかった、今からそっちに向かう」


 お父さんはそう言うと店からすぐに出た。お母さんも電話でのことを聞いていたのか、顔が真っ青だ。何があったの?


 急いで移動をしている途中、私は知った。変な集団に絡まれ、追われていると。そして、日下部さんと共に逃げているところであると。どういった経緯でそうなってしまったのかわからないけど危険なことには変わりない。私が思うのはただ一つ。


 どうしてこうなるの!!!!!!



raise 上げる

remote 遠い


本編で登場した単語の意味です。


よろしければブックマークと評価ポイントをくれると私自身励みになります。

また、こういう話を書いてほしい!というものがあれば感想欄に書いてください。

次話以降もよろしくおねがいします!

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