第16話 俺はいつでも旅行する2
長野。
中央高地にあり、とにかく涼しい。夏であるのに少し肌寒く感じるくらいだ。
俺は森の中を歩いていた。森の中は鬱蒼と木々が生い茂り、緑一色で埋まっている。これを見ていると、小学生のときに行った林間学校を思い出す。まあ、俺が行ったときは雨がザアザア降りでびっしょびしょになったんだがな。泥が服に付くは、髪はびっしょびしょでもう最悪だった。キャンプファイヤーを楽しみにしていたのに出来なかったし。小学生の林間学校はもう後悔まみれだ。
そんなことはさて置き。
森の中を歩いていた俺達だが、ここは観光名所だ。俺達以外にも森の中を歩いている人は結構いる。高齢者の人が多いけどな。散歩でもしているのだろうか。あれはあれで健康的でいいな。俺もやってみるか?いや、続かないだろうからやめておこう。
歩くより休憩している時間のほうが多かった。親父やりずはがへばって休憩が多くなっているのだ。こういう時間こそ勉強道具を持って来ていればいいのだが、親父に置いてくるよう言及されていた。旅行をとにかく楽しめばいいだろうとのことだ。何を?と質問すれば親父から説教を受けることがわかりきっているから聞かなかったが。
山を下っていくと城下町じみたものが見えてきた。京都なんかに多く見られる景色だ。歴史を感じさせるその風景はどことなく感動を呼び起こした。
「社会の授業のときにこんな感じの写真が教科書にあったよね?」
りずはの隣で話していたはずの日下部がそう言ってきた。日下部はやはりこういった風情を感じられる場所のことをよく学習しているようだ。うちとは違う。親父はアホだし、りずははただ学校に行きたいだけで学習に役立てようとしない。りずははおそらく社会学習の意味を知らないのだろう。あれは遊びに行くのではなく、社会に関する勉強の延長として行われているものだ。決してお菓子交換をしにいっているわけではない。
「そうだな。京都辺りにこういった景色は見られるんだろう」
少し日下部と俺との会話は少しずれているように思うが、勉強の話で盛り上がれる人が日下部くらいしか俺は知らない。学校では基本というか、絶対的にクラスメートとは話さない。話す時間そのものが無駄だからだ。話す話題云々以前に勉強に関係のないことは極力したくない。
協調性がまるでないかのように思うかもしれないが、これでも色々と考えているつもりだ。それが間違いであったとしても。俺の場合、それを間違いだと思わずマイウェイを貫き通そうとするからダメなのだろうが。
長野の観光スポット。そんなふうに聞かれたとしてもなかなか答えられないかもしれない。
俺は別に長野にとんでもなく詳しいというわけではないが、それなりに知識はあるつもりだ。
長野の観光スポット。まずは善光寺だ。
善光寺は男女宗派関係なしにあらゆる信徒を集め、庶民から信仰されている。川中島の合戦で上杉謙信が本陣を構えた場所ともされている。
2つ目に地獄谷野猿公苑(じごくたにやえこうえんと読む)。志賀高原から流れた横湯川の渓谷に位置する猿の楽園だ。ここは古くからニホンザルの群れが暮らしており、その生活風景を間近で見ることができる。
3つ目に松本城。日本にある現存十二天守の一つ。国宝5城の一つにも数えられている。戦国時代のままの天守が保存され、威風堂々とした美しい姿は松本市のシンボルとされている。
他にも多くあるが、俺たちが行くのはその3つであり、それ以上の説明はいらないだろう。あとはネットで調べてくれ。ググるだっけ?なんか、そんな感じのことをすればより詳しく載っているだろう。最近はそのほうが効率的とか言われていたりするしな。分からないことも瞬時にわかるのはインターネットの利点だと俺は思う。
閑話休題。
善光寺に到着し、りずはの要望でおみくじを買った。俺は毎年のように吉を引いていて、案の定、今年も吉だった。
りずはは大吉を引いたらしく、さっきから騒いでいる。周りの視線がやばいから騒ぐな!
俺は周囲を見渡す。りずはが騒いだことで少し引いたような目を向けられたし、ほんとりずはは恥知らずなのだろうか。TPOくらいわきまえろよ。俺は隣に立つ日下部を見た。日下部は顔を青くさせ、俯いている。
あれはまさか。
「日下部、お前まさか・・・・・・!」
「切井くん、それ以上言わないで。わかるでしょ?」
日下部は俺に懇願するように言ってきた。日下部の目は少し涙が溜まっているように見える。一体何があったのか。わかるでしょ?ってわかるわけないだろ。日下部と俺の関係性なんて同級生くらいだろ。
「いやわかんねぇよ。それに所詮お遊びみたいなもんだ。おみくじなんて。何引いったって変わらねぇよ。自分の運勢なんて自分でどうにかしろ。そんなことより早く見せろって」
俺はそう言って日下部からおみくじを奪おうとした。日下部は抵抗してくる。巧みに手を動かし、俺の手を振り払う。こやつ、やりおるな!
いい加減、観念したのか、日下部はため息をついて、
「切井くん、バチ当たるよ。今の言ったことで」
日下部は諦めたかのようにおみくじを見せてきた。俺の予想通りの凶だ。初めてみた。俺は毎年のように吉であって、家族内でも誰も引いたことがない。凶はおみくじの中で一番下の運勢だとされているが、俺は違うと思う。凶は下剋上し放題だからだ。なんたってそれ以上に下がないしな。
日下部は今年はあれだが、今年以上に悪い年はもう来ない。なんたって凶だしな。
その後、善光寺の前で写真を撮ることになった。
「親父、写真撮るなら、俺抜きでやってくれ」
俺は親父にボソリと言う。親父は俺を見て眉間にシワを寄せ苛立ったようにしている。俺も親父に声をかける際に少し苛立ちと大きな恥をかいたように感じた。今でもあのときのことが糸を引いていることに気づいた。気づいたからといって今の状況はなにも変化しないが。
「何言ってんだ、バカ。家族写真だぞ?お前がいなくてどうする」
親父は俺の顔を見ずにそう言った。そういうのは人の顔を見て話せよ、バカヤロー。それにお前の言うことを聞くつもりはない。つうか、“話しかけるな”。
「日下部も一緒に撮るんだろ?家族写真じゃねぇじゃねぇか」
「そういうのを屁理屈って言うんだ。たく、頭が良くなるようにって思って生んでやったのにこれだ。本当にお前は俺の息子か?」
はあ。また始まったか。
親父は毎回俺がいちゃもんをつけるたんびにこう言ってくる。頭が良くなるようにだ?何言ってんだ。俺がこうなったのも俺が勉強したからだ。親父はわが家で一番のアホだ。それこそ恥ずかしくなるくらいに。
正直、死んで1からやり直してほしいくらいだ。
「俺抜きでやってくれ。日下部、行くぞ」
「えっ!」
日下部の驚きの声を聞いたが、俺は気にしなかった。気にしていたら終わりだと思うし、できる限り早くここから離れたかった。
親父は俺の協調性ゼロの行動に文句をつけてきたが、りずはがなあなあにしてくれていた。りずはには親父は弱いからな。どうせ、俺なんかよりもりずはといたほうがいい。俺なんてどうでもいいと思っているだろうしな。向こうからは一度たりともあの日から関わろうとしてこなかったしな。
少し離れたところまで来ると日下部の手を離し、
「さて、どこ行くか」
俺は日下部に尋ねる。日下部はどうして連れてこられたのか分からなそうにしているが、俺が全く無計画であることを知ると少し呆れていた。
「目的なかったの?ここまで連れ出しといて?」
「早くあんなところから離れたかったしな。親父はりずはといたほうがいいと思うし、俺は勉強以外を切り捨ててきた人間だ。会話が合うとは思えない」
俺と親父はもう昔のようになんでも話せるような仲ではない。話しかけるのにもなにか俺に抵抗のようなものが現れ、妨害しようとするのだ。やろうとしてもやれない。俺からしたらそんなことではなく、やりたくないからやれない。ただそれだけの話だ。
「相変わらず頭が硬いね、切井くんは。もっと単純でいいんじゃない?親子なんでしょ?お父さんもわかってくれるよ」
日下部は俺の言い分に対し、スパッと切り捨てた。日下部が俺の何を知っているのかと思ったが、口には出さない。今こうして日下部の意志を無視して連れてきてしまったからだ。言っても日下部が親父のいる場所に戻り、俺が一人になるだけだが、俺はなぜか日下部とは離れたくないと思ってしまっていた。ほんとに俺はどうしたのだろうか。
「そうかよ」
俺はそれだけを言った。
日下部の言っていることも分かる。というか、俺が高校に行く前に一度ガチで親父とは話している。俺がどうしたいのかを。
それにいちゃもんをつけられてからうまくいかなくなった。何もかもが。
俺の単純な力足らずな面もあるが、親父の意固地には飽き飽きする。話していてイライラしかしない。最近はよりひどくなり、顔を見るだけでイライラする。視界に入ったというそれだけで俺は殴りたくなるような衝動に駆られるのだ。
「うんじゃ、どこ行くか」
俺はとりあえず目的地を適当に決めようとした。
俺はまたもや間違えた。素直に写真でも撮っていれば変わったかもしれないが、俺は親父と不仲な状態。無理な話だ。だが結果、間違えた。
俺はやはりバカだ。これが原因で日下部と再び喧嘩することとなるのを知らず。
「ここどこだ?日下部」
俺はあたりを見渡した。土地勘がないため、どこにいるのか地図で確認したりしていたのだが、親父から離れたいがために地図を見ていなかった間があったのだ。結果としてどこにいるのか分からなくなってしまった。
「えっ!わからないの?てっきり知っててここに来たのかと思ってたのに・・・・・・・」
日下部は顔を真っ青にして俺に言ってきた。本格的にまずい状況になった。俺はふぅと息を吹き出すと、
マジか。道に迷った。
頭を抱えた。日下部はアワアワとしているが、そんなことをしたところで現在地が分かるわけでもない。
取り敢えず、親父と連絡するか。俺はポケットから携帯を取り出した。電源を付ける。すると、画面には“圏外”。俺の携帯にはそう表示されていた。
終わったやつや。
俺と日下部は親父やりずは達と逸れ、道に迷った。
これから始まる大きな騒動に巻き込まれる原因を作ったのは俺だ。それは今の俺が知る由はないが事実だ。
日下部響子。その存在の危うさそして秘密。俺は知らなかった。彼女の過去を。俺は愚かだった。あの子に救われたのにも関わらずなんの力にもなれなかった。このことが大きな後悔。これは俺の一つの過ちであり、これがこれから大きな過ちへと繋がっていく。本当の意味での後悔はここから始まった。
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