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第12話 俺はいつでも喧嘩する5

 夢を見ていた。俺が小四で、バカで、どうしようもなくて、無力で、クズで、自分勝手な俺だった頃の話だ。


 勉強はそこそこできていてクラスでは真ん中あたりだった。だからといって特に何かがあるわけではないし、今の状態が変わるわけでもない。それでも俺は。


 あの日確かにあの子に救われた。その恩を俺は返さないといけない。でも、その力が俺にはもうない。いや、もともとなかったんだ。その程度の人間だったんだ。そんな俺の思考を止めるかのように一人の女の子、昔会った女の子が夢の中で俺に(ささや)きかけて、


『当麻くん』


 はッッ!俺は誰かに呼ばれたような気がして体をベッドから起き上がらせる。まだ視界がはっきりしない。チカチカする。すぐに収まると、時計を見た。時計の針は12時を指していた。


 寝ていたのか?


 ベットから体を起こし、勉強机に向かう。別に勉強をするわけではない。いつもの癖で向かってしまうのだ。


 7月18日。もうすぐで今学期最後の確認試験がある。俺はおそらくそこで更に点数を落とし、順位を下げることになるだろう。授業で出遅れることはないし、小テストも満点は取り続けているが、だから何だ。もう俺には関係ない。関係ないんだ。



『切井くんなら絶対次トップになれる。私は信じてるから』


 俺にはもう無理だ。俺にはそんなこと。もともと、無力のクソヤローな俺にはそんな大それたことできるわけがない。


『ふざけないでよ!!!!!!』


 ふざけてるつもりはない。俺にはもともと勉強をしたところで何も変わらない。何も変われないんだ。


『そんなことないんじゃない?勉強はやった分だけ結果が出るじゃん。当麻くんならできるよ』


 誰だお前は。


 お前は誰なんだ。


『覚えてない?君とはね、一度会ってるんだよ。あのときに。だから思い出して。当麻くんがなんで勉強を必死にやるようになったのかを。君なら、絶対できるよ。失敗を乗り越えられるか、それが一番大切なことなんだって』


 俺にはできるのか?俺にはそんなことをできるのか?ただ勉強しかしてこなかったこんな俺にも。


『できるよ。なんたって君は私の・・・・・・・・・・・・・・・』


 俺は再び目を覚ました。俺は、バカだ。ほんとにどうしようもないくらいに。


 俺は机の引き出しに手を入れ、()()()を取り出した。あの日誓ったはずだ。あの子とともに。“これ”を買ったときはより鮮明に。


『『次会うときは頭が良くなったとき!』』


 子供の頃の無邪気な願いだ。現実的ではなく空想上のものでしかない。今思えば笑い話だ。だが、その願いを達成するために俺は必死に勉強してきた。他のやつはバカだと俺を罵るかもしれない。けど、俺はそれをきっかけとして事実勉強を始めた。


 思い出した。どうして俺は勉強するようになったのかを。


 無力で、クズで、何もできないクソヤロー。そんな自分を変えるために、そして、いつかあの子と()()()()()()()()()()()()()()()に俺は勉強してきたのだと。何やってんだ、俺は。手を動かせ。脳を働かせろ。今の俺がすべきことはなんだ?


 俺は、机に向かい椅子に座る。机の上に無造作に置かれたシャーペンを手に取り、


「こんなことしてる場合じゃねぇ。勉強しねぇとな」


 俺はシャーペンを握り、勉強を始めた。(きた)る確認試験に向けて。


 ………………………………………………………………………………………………


 確認試験当日。


「りずは、行ってくる。それと今まで迷惑かけて悪かった」


「りずはじゃなくて日下部さんに言ってよ」


 りずははそう言って俺に笑みを向けてきた。


 りずははここ最近、俺の様子を見るために部屋を覗き込んでいるのは知っていた。俺がベッドでぼーっと天井を眺めているのを見て不安になっていることも。


 そんな俺がなんとか立ち直れて(きっかけは言わずとも分かっていることだろう)、こうして前へと歩き出そうとしている。それはりずはにとって嬉しいことなのだろう。


「そう、だな。まぁ、何だ。“1位”、取ってくるよ」


 今まで全く気にしたことのないこと。取って当たり前だと思っていたこと。でも、今は違う。当たり前に取っていたから分からなかったが、今ならはっきりと分かる。俺は学年トップであることに誇りを持っていたのだと。だから、今回はとにかく譲れないものだ。俺は勉強しかできない。だからこそ勉強においてだけは誰にも負けたくない!


「うん!頑張ってね」


 俺は一歩踏み出した。


 ………………………………………………………………………………………………


 俺は学校に着くなり、最終確認をしていた。勉強を始めてから、3日間しか対策ができていない。ハンデはかなりあるが、あいつらに負けてやる義理はない。やるからには、徹底的にやってやる!!


「確認試験、始め!」


 確認試験が始まった。


 ………………………………………………………………………………………………


 次の日。昨日やった確認試験の結果が返却された。平均点はかなり低い。問題自体もかなり難易度の高いものが多かったように思える。俺もやはり勉強不足というか、があったがまぁなんとかなった。


 国語100/100 平均42.3

 数学100/100 平均31.2

 英語100/100 平均26.8

 理科 99/100 平均31.5

 社会100/100 平均39.8

 合計499/500

 学年1位


 日下部響子


 国語 98/100 平均42.3

 数学100/100 平均31.2

 英語 95/100 平均26.8

 理科 95/100 平均31.5

 社会 99/100 平均39.8

 合計 487/500

 学年2位


 理科は最後の問題が難しく、減点1点をもらったが、なんとか1位が取れた。少しヒヤッとしたが、スマートな対応をしなくては。余裕あるヤツアピールだ。俺は余裕で一位を取った。余裕なんだからね!


 俺は順位が貼られた紙を見てそう思った。日下部は前の方にいて、悔しそうにしている。まぁ、一度1位をあげてやったんだ、感謝しろよ。

 俺はそのまま帰ろうとしたとき、


「切井くん!」


 日下部が小走りにやってきた。俺は日下部のその様子に苦笑しつつも挨拶する。


「よう、日下部。久しぶりだな」


 日下部はハアハアと息を荒らしているが、それは見なかったことにして平然としている俺。しかし、腕を組めないのが俺の弱さと言えた。腕組んでいる人はなんとなく強キャラ感があるが、小心者の俺には少しレベルが高すぎた。


「勉強やり始めたんだね」


 日下部は息を整えると俺に言ってきた。俺はその言葉にビクンと体を揺らした。その言葉は俺にとって禁句に近いのだ。何と言ったってあれだけ『勉強しねぇ!』とか言っていたのにも関わらず、お前やってんじゃん!みたいなことを言われたら誰だって慌てるだろう。つまり、俺は恥ずかしくない。俺の行動その他諸々は一般的に行われているものの範囲内だ。俺はおかしくない。おかしくないったらおかしくないのだ。


「し、してねぇよ。ノー勉だ、ノー勉!」


 しかし、俺は冷静さを欠いていた。これじゃあかんやん!日下部なんかクスクス笑ってるし。


「ふふふ、勉強してなきゃあんな点数取れないよ。切井くん、相変わらず嘘をつくのが下手だね」


 ウソをつくのが下手、か。まあ、確かにそうかもな。って、納得してんな俺。日下部にバカにされてんだぞ。とにかく、平常心平常心。


 日下部と同様に息を整えると俺は日下部に言う。


「ハア、なあ、日下部。お前に言っとかねえといけないことがあるんだが」


「うん」


 日下部は分かってるよと言いたげな顔をしている。まあ、分かるだろうな。今日までの流れからして。


「今まで悪かった。俺が間違ってたのに認められなくて、日下部のことをバカにして勉強やめて・・・・・・・・・・。迷惑かけて悪かった」


 俺は頭を下げ、日下部に謝る。今までの俺の醜態を見てきた日下部のことだ。ドン引きだってしたことだろう。どんな顔して顔見せやがった!と思っているかもしれない。


 だが、


「私こそ、ごめんね。切井くんがどんな状況に置かれているか、全く考えないで自分勝手なこと言って、ごめんなさい」


 日下部も俺に謝ってきた。俺が一方的に言い散らして日下部は何も悪いことをしていないはずなのに。日下部は律儀なやつだ。ほんとに俺は何やってんだか。


 だがそれにしても、自分勝手、か。確かに日下部にはすげぇ言われたが、それでも俺はあのとき間違っていた。それを気づかせようと言ってくれていたのだろう。俺はやはり勉強不足だ。いつまでたっても。


「別にいい。だが、いいのか?」


 そんなことはどうでもいい。日下部は俺に間違いを気づかせようとしてくれていたのだと分かったのだから。そのやり方は間違っていたのかもしれないが、聞く耳すら持たなかったのは俺だ。俺のほうが悪いに決まっている。それはそれとして。俺は日下部に聞く。

 

「え?何が?」


 しかし、日下部は分かっていないご様子。俺は、懇切丁寧に説明することなく端的に、


「もう、トップは取れないぞ。それでもいいのか?」


 そう言った。しかし、日下部は俺の物言いに顔をプクッと膨らませ、


「そういうところを私は直してほしいかなぁ。人を見下すようなところ」


 俺は注意された。


「ん!?ああ、悪い。気をつける」


 俺の悪いクセ!てへっ!いや、俺のキャラじゃないな。取り消し。


「ホントだよ、もうっ!・・・・なんてね。切井くん、一緒に帰ろうよ」


 日下部はどことなく諦めたような目をしていたが、すぐにそれらはどこかに捨て去り、優しさがあふれる目を俺に向けてきた。その目はすごくきれいなものだった。俺は不覚にもドキッとさせられた。いや、日下部だぞ。俺が日下部ごときに屈するとは・・・・・・・。だが、そんなことよりも、


「そうだな。帰るか」


 俺はそう言い、リュックを背負って日下部の隣を歩き出す。


 日下部と無事仲直りができたが、関係がすべて元通りになったというわけにはいかない。しかしそれでも少しずつ確実に修復されていくことだろう。俺はまだ未熟者で勉強不足で、間違いに気づかなくて、そのままにして、俺はやはり後悔する。


 俺はいつでも後悔する。


  第一章完

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