第97話 俺が向かった先は
太陽は落ち、暗くなった。街灯が町を照らし始め、公園で遊んでいた小学生くらいの子供は家へと帰っていく。
そんな中、私はポツンと立っていた。そこは、私にとって思い入れがある場所で忘れることが出来ない場所だ。
私はここで過ごした日々を思い出すたびに自分のことが嫌いになる。あれだけ楽しく、そして幸せだった日々を私が原因で壊してしまったからだ。
『なぜ、お前のようなやつがここで住んでいる!!』
『早く立ち去れ!日下部家の品度が下がる!』
事故の後に美愛おばあちゃんに引き取られてからそう私はよく言われ、私は疫病神であることを認識した。
当時は美愛おばあちゃんだけが頼りだった。高校生となってからは当麻くん。けど、当麻くんとはもう会えない。本当は当麻くんに伝えるつもりだった。けど、結局、できなかった。
当麻くんを突き飛ばし、あまつさえ、関わらないでなんて言ってしまった。もう、彼は私のことを嫌いになっただろう。もしかしたら、最初から私のことを嫌いだったかもしれないけど。
だから、私が今、泣いているのは筋違いだ。当麻くんとの関係を壊したのも私だし、りずはちゃんから逃げるようにして家を出ていったのも私だ。だから、泣くことなんて許されるはずがない。だってそうでしょ。私がすべてやったことなんだから。
なのに。
なのに。
涙が止まってくれない。
最低のことをした。そのことは私だって知ってる。人の善意を自分から捨てているのにこんな思いを抱くことが間違いだってことも知ってる。
だけど。
誰か私を助けて。
◇
辺りは暗くなっていた。俺は少し焦る気持ちを抱きながら目的地へと走った。ここで長距離走が得意であったことが俺にとって奇跡のようだった。
日下部は俺の予想が正しければあの場所にいて、その場所は小田切の家から離れている。信号に捕まらないよう裏通りを走りながら俺は考える。
俺は日下部のことをどう思っていたのか。それはもう知っている。けど、それは小田切に言われてやっと気づいたことだ。りずはがよく言っていた『鈍感クソヤロー』の意味もそれで理解した。確かに俺は鈍感クソヤローだった。
日下部はそんな俺に嫌気が指していたのだろうか。胸の中にあるこの思いを一切伝えず、考えようとしていない俺に対して。だから、関わらないでなんて言われたのだろうか。
もしかしたら、それは本来言おうとしていたことと大きく違っていたのかもしれない。本来は別のことを言おうとしていたのだが、頭が真っ白になり、全く別のことを口にしてしまった。俺もそういった経験があるからよく分かる。日下部ももしかしたらそれなのかもしれない。それなら俺としてもかなり助かることだ。
世の中、理不尽で不条理。そんなことは今回の騒動においてよく分かることだ。上手く伝えようとしても伝わらなくて、一言で済ませるはずのことに無駄なことを言ってしまって。それで関係が破綻した人も多くいるはずだ。俺はそれらすべて後悔という言葉ですべて片付けてきた。
後悔。
俺はかなり便利な言葉だと思う。なんでもかんでも後悔したというただそれだけで反省しているふうにも見えるからだ。
後悔しないようにしたところでどこかでミスってそして、後悔するのだ。
それを俺は中学一年の頃、考えたことがある。
『人生の中で後悔しないということはあるのだろうか』
あのときの俺はなんとこれに対して答えただろうか。確か、『ない』と答えたのではないのか?
理由はごく単純なもので失敗を人は必ずするように後悔もする。それはどうやったって防ぎようがない。世の中が、社会がそのように作られているのだから。
俺が今、絶賛後悔しているように。
俺が過去に答えたそれは何か物事をするときに必ず後悔が伴うということだ。けど、本当にそうか?
俺は日下部と、木村と出会ったという出来事に対して後悔したことがあったか?
なかったはずだ。だから、俺はこの質問に対する答えを改めなくてはならないのだ。その答えは今の俺にも分からないことだが、けど、それはあいつの隣に立てるようなそんな存在になれればきっと見つかるはずだ。
だから、俺は今、必死に走っているのだ。
日下部が、木村がいる場所を俺は知っている。そしてそれは俺にしか分からない場所だ。今の日下部を、木村を救えるのは俺だけなんだ。
なんて小田切に手を差し伸べた俺なら言うのだろう。けど、俺だけじゃない。俺の周りには小田切がいて、津田がいて、徳川や鳥橋がいる。俺一人ですべてを成し遂げる必要なんてはなからなかったのだ。だから、俺は一人抱え込む必要もない。小田切と徳川は俺の話を真摯に聞いてくれたのだから。
だけど。そんな考えに至ったのはすべて原点があった。その原点は俺にとって大きな救いとなって将来を考えられるようになったきっかけだった。
その原点は言うまでもなく木村との出会い、そして“再会”だ。
あの日は気付けなかったけど、俺は今、木村が日下部だということを知っている。隣に立つにはまだ全然ダメだけどお前の話し相手にくらいにはなれると自負してる。
だから、お前が困っているとき、俺はいつでも駆けつける。どんなに遠くにいたとしても。
だってそうだろ?
俺の将来の夢は『日下部の隣に立てる人間になること』なんだから。
俺は目的地につくとそこには、
「やっぱりここにいたか、日下部」
本来は木村と、そう呼ぶべきなのだろうけど、俺にはまだ早い。木村の隣に立てる人間にはなれていないし。
「と、当麻、くん!ど、どうしてここに······!」
対し木村は少し慌てている様子だ。俺はそんな木村の様子に苦笑する。久々に笑ったようなそんな錯覚に囚われた。
「いや、何。お前ならここにいるだろうってそう思っただけだ」
「···········」
「俺はあのとき、疑問に思うべきだったんだ。そして、聞くべきだった。聞く機会はいつでもあったし。だけど、俺はできなかった。それを日下部が腹を立てるのも分かるよ今なら」
俺は木村のほうへと歩く。街灯が俺の影を作り出し、それはだんだんと木村の影へと近づく。
「この場所は日下部にとって大事な場所だったんだろ?」
「···········うん」
小さな声ではあったが、俺には聞こえた。
「あのとき、俺の家になんか引っ越す必要はなかったんじゃないのか?」
「·········いいんだよ、当麻くん。私はここに住むなんて、そんな不吉なことしてただけだから」
「·········不吉、か。お前は修学旅行のときから自分のことを“疫病神”なんて言ってたよな?」
「実際、そうでしょ」
「俺はそうは思わんがな」
「えっ?」
日下部はよく俺に言っていた。自分のことを卑下にするのは良くない、と。自分を卑下にしたところで現状がなにか変わることはないし、むしろ、自分の中での自信がなくなるだけだ。
日下部は過去に何かがあってそれが原因で自分のことに対して希望を、自信を持てなくなったのだろう。それも美愛さんの家から判断したことだが、『日下部家』なんて枠組みがあって、それの秩序を乱す存在として扱われていたのかもしれない。すべて妄想の世界そのものだが。
「日下部、お前は気づいてるだろ?お前の周りには仲間がいるってことに。小田切に津田、徳川に鳥橋。コイツらはお前にとっても俺にとっても頼りになるやつらだろ?」
「···········」
「俺は大した人間じゃないからそんな枠組みの中にいないかもしれないけど、それでも何かの役には立てるようこれまでやってきたつもりだ。俺一人で無理そうなら小田切や徳川にも手を貸してもらえるように言ってあるし。だから、な、日下部。一人で抱え込む必要なんてないんだ。人に頼ったりしたっていいんだ」
「············」
「俺はな、日下部。こんなんでも色々とお前のことを見てきてるんだよ。この場所が日下部にとって大事な場所だってこともそこから判断したしな」
俺はそうして日下部の前にある場所を見た。
「この家はお前が昔、両親と共に生活をしていた家、なんだろ?」
俺が向かった先。それはかつて俺が幽霊屋敷だなんて思って怖がっていた場所だ。
木村は俺の言葉に驚いたように目を見開いた。




