第96話 俺はだから後悔する
「ふざけんじゃねぇ!!!!!」
俺の胸ぐらを小田切は掴むとそう言った。
「逃げるなと僕はあれほど言っただろうが!それなのになんで逃げてんだ!日下部さんが赤の他人?現状維持が最善?ふざけんな!お前がそうやって逃げて一体、何になるってんだ!今ここで決断しなかったら一生後悔すんだぞ!!それを分かっててバカなこと抜かしんてんじゃねぇよ!!!!」
「···········」
小田切は息をあらあらとさせながら俺を睨みつけた。俺はそんな突然の小田切の豹変具合に驚いたこと、そしてなにより小田切が言った『一生後悔する』という言葉に俺は呆気に取られた。
小田切は俺の襟から手を離すと俺の隣に腰をおろした。そして言う。
「もう答えは出てるだろ?君は日下部さんと出会ったその瞬間に。なんでそれが言えないんだ」
「···········」
「たった一言じゃないか。日下部さんに言うべき言葉は。なんでそれができないんだ」
「·············たった一言、か。確かにそうだな」
俺はそう言って空を見上げて小田切にいう。
「一言言えばきっと木村なら理解してくれると思う。けど、俺はそれだけでほんとに伝わるのか不安なんだよ。小田切には分かるだろ?」
「············そう、だね」
「たった一言。されど一言なんだよ。俺はそれを木村に今告げて木村は信用してくれるのか?」
「そんなこと、分かりきってるだろ?」
「わからねぇよ。俺は木村に関わるなってそう言われた」
そうだ。俺は日下部にそう言われた。夢だとそう思えたらどれだけ肩が軽くなるか、そんなこと考えるまでもない。
「僕にはそれが信用できないけど、ね」
「·········」
「僕が日下部さんが君と出会った木村さんだと気づいたときに日下部さんに言ったんだ」
「·············そう、か」
「日下部さんは自分から言うつもりなのだと僕は思っていた。春休みのときにも僕はそうした方がいいと言ったし」
「···········。小田切はいつ、気づいたんだ?」
「家康と和解したその日だ。もしかしたらって推測ではあったけどね」
「············あのときか」
小田切より長く日下部と過ごしてきたのに俺は全く気付けなかった。そのことももしかすると関係しているのかもしれない。
「日下部さんはあのときは切井にバレないよう注意していたからね」
「それが分からねぇんだよな。なんで隠そうとするんだ?」
「それは日下部さんに聞きなよ。切井の言ってた過去が関係しているのかもしれないよ」
「·········それもそうだな」
「切井はこれからどうしたいんだ?」
「俺は··········」
俺はどうしたいのだろうか。日下部と一体、どんな関係になりたかった?
『たった一言じゃないか。日下部さんに言うべき言葉は』
そうだ。俺は日下部と――――――――――。
『あの子は必ず君に最初に話すと思います。昔のことを。それは残酷で響子にとっては忘れることもできない話です。それを聞いて切井くん、あなたは選ばないといけなくなります』
『あの子の手を取るか、取らないか』
「俺はあの日、木村と出会って、再会したときに恩返しがしたかった」
「············」
「そのために勉強して、木村の隣に立っても恥ずかしくないやつになると決めた」
「··········」
「だから、俺は――――――――――――」
『もうこれ以上、私には関わらないで』
俺は日下部に言われたことを思い出してしまい、言葉が詰まった。吐き気がくる。
「お、おい!切井、大丈夫か?」
小田切は俺の背中を擦ってきた。少し調子が戻り、
「悪い、ありがとな」
「いいよ。それで切井。もう一度、聞くぞ。これからどうしたい?」
「日下部と会って、もう一度話がしたい」
「やっといつもの調子に
「けど、日下部は俺と会いたいなんて思っていないはずだ」
「どうしてそこで日和るんだよ」
「助けを求めていないやつに手を差し出すのは変だろ?」
「なら、なんで僕は助けてくれたんだ?」
「えっ?」
「僕は余計なお世話だと、そう君に何度も言った。けど、君は僕に手を伸ばしてくれたじゃないか。だから、変なんかじゃない。君は日下部さんを助けたくないのか?」
「助けたい。いらないと、そう拒絶されたとしても俺は木村の助けになりたい。俺はこのために勉強してきたんだから」
「だったら、君の意志を貫けよ。そして、君は日下部さんに一言告げてこい」
「わ、分かった」
「おいおい、今から緊張してたら世話ないぞ」
「う、うっせ!今から言ってきたるわ!」
「それこそが君だよ。僕のライバルだ」
「なんだよ、それ」
「切井、日下部さんが今、どこにいるのか分かってるのか?」
「ああ、一箇所、俺に心当たりがある」
「!そ、そうなのか。僕には心当たりがないのだけど」
「それはお前は一度も行ったことがないところだからな」
「そ、そうなのか」
「ああ。さて、と。行くか。小田切、いや、順!」
「きゅ、急に名前呼びかよ」
「これだけのことをしてもらっていまさら名字で呼べるかよ」
「それもそうだな。俺と切井はなんやかんやで半年くらいの付き合いだ。名前呼びも普通か」
「それじゃあ、行ってくるよ、順」
「ああ、分かったよ、当麻。ダメだったときは家康と僕でフォローするよ」
「ダメだったらとか言うなよ。それと徳川は呼ぶな。俺が傷つく」
「ハハッ、そうだね···········とにかく、健闘を祈るよ」
「ありがとな、ほんとに」
「恩を少し返せたのなら僕の本望だ。日下部さんによろしく伝えておいてくれ」
「ああ」
俺はそう言って目的の場所へと走った。
◇
『俺が思うに有能なやつは“誰かに必要とされるやつ”だと思うんだよ』
『なれるよ、お前なら。むしろ、お前ほど努力してるやつ初めて見たくらいだ』
彼があの日、僕に言ってくれたことだ。それは彼にとって些細なことで適当に言っただけのことなのかもしれない。けど、僕はその言葉に救われた。僕には価値がもしかしたらあるのかもしれない、とそう思わせてくれた。だから、僕は彼に恩返しがしたかった。でも、その機会はなかなかなかった。
そんなときに彼に問題があることが分かった。それが、日下部さんだ。
彼は日下部さんのことになると逃げている、そう春休みのときに感じた。それは、“ライバル”という答えから外れたそれっぽいことを言っていることから判断できた。だから、僕は彼に日下部さんのことをもっと考えてもらいたかった。
修学旅行の二日目の夜。彼らは喧嘩をしていた。僕はなんとか止めることに成功したが、その後、彼らはまた揉めたそうだ。彼があれほど落ち込み、泣いているのは初めて見た。
現状維持が最善。彼はそう言った。確かに現状維持ができれば、今の状態を保つことは出来ると思う。けど、その状態はひどく歪なもので不安定なものだ。時間とともにその形はより歪になり、やがて壊れるはずだ。僕は、彼らにそんなことになってもらいたくない。
僕はそれを彼に伝えるべく必死だった。そして、彼は前へと向き合い始めた。彼は、すごい人だ。だからこそ、彼は日下部さんを救えると思う。日下部さんに僕のときのように手を伸ばし、助けとなる言葉を発してくれるはずだ。それは、日下部さんにとっての救いとなり、励ましとなるはずだ。それをきっと彼は理解した。
彼はやっと逃げずに向き合おうとした。それは僕がなんども願っていたことでそれが現実となって僕はうれしくなった。これで上手く行ったのなら、祝福しよう。
それはそうと。
「彼は日下部さんの元へと走っていったんだ。僕も頑張らないと」
僕は彼の、切井当麻のライバルだ。だから、彼には負けてなどいられない。
僕はスマホを取り出し、電話をかけた。それは僕が気になっている彼女だ。
「いまから少し話ができないかな?」
僕はそう一言だけ告げた。
当麻、頑張れ。僕も頑張るから。
切井が向かった先は何処なのか。今まで温めていた伏線が明らかとなります。ぜひぜひお楽しみに!




