春のお祝いの日の贈り物
リスのきぃ君のすむ森は、とっても緑色豊かで、美味しい実のつく木がたくさんある楽しいところです。
森の真ん中にはリス君がとってもとっても頑張らないと登れないほど大きなおじいさんの木が立っています。
寒かった冬がそろそろ眠りにつく頃、おじいさんの木は白い花をたくさん咲かせます。最初の花が咲いたら、森の住人はおじいさんの木にみんな集まって、歌ったり、踊ったり、春の訪れをお祝いするのです。
そんなウキウキする季節が、あとちょっとでやって来るのにきぃ君は困った顔をして、とぼとぼ森を歩いていました。
「おや、浮かない顔だね。」と、熊のおばあちゃんはきぃ君に声をかけました。
「うん、おじいさんの木に渡す贈り物を探しているんだ。」ときぃ君は言いました。
そう、春のお祝いの日には、みんながおじいさんの木に綺麗な花のお返しとして贈り物をするのです。
「でも、贈り物は見つかったって言ってたでしょう?」と、熊のおばあちゃんはいいました。
「うん、でもどこかに失くしちゃっんだ」と、きぃ君は悲しげに言いました。
「どこで失くしたのかわからないのかい?」と熊のおばあちゃんは聞きました。
「秋に見つけて大切に大切にしまったんだ」と、きぃ君は思い出しながら言いました。
「もう一度、通った道に行ってみたら、どうかい?」と、熊のおばあちゃんは教えてくれました。
「うん、もう一度、行ってみるよ」と、きぃ君は答えると歩き出しました。
きぃ君が森をちょっと早足で歩いていると、たぬきの男の子に会いました。
「きぃ君、こんにちは。お散歩してるの?」とたぬきの男の子は聞きました。
「ううん、おじいさんの木に贈る物を失くしてしまったから、探しているんだ」と、きぃ君は答えました。
「それは美味しい匂いがする?」と、くりくりとしたお目々でたぬきの男の子は聞きました。
「美味しい匂いはしないかも。」と、きぃ君は言いました。
「ふーん、美味しい匂いだったら、僕の鼻で見つけられるのに。」と、たぬきの男の子は残念そうに言いました。
きぃ君も残念でしたが、ここには無さそうなので、もっと森を探すことにしました。
きぃ君がキョロキョロしながら歩いていると、川の近くでお魚のおじさんに会いました。
「やぁ、きぃ君は水浴びかい?」と、お魚のおじさんが聞きました。
「ううん、失くした贈り物を探しているんだ」ときぃ君は言いました。
「それは川に落としてしまったのかい?」と、お魚のおじさんは言いました。
「川に落としてしまったのかもしれない。ツヤツヤして、ピカピカに光っていて、まんまるでとっても素敵なものなんだ。」と、きぃ君は言いました。
「そんな素敵なものは川では見たかったよ」と、お魚のおじさんは残念そうにいいました、
「じゃあ、もっと森のなかを探してみるよ。」と、きぃ君は答えて、また歩き出しました。
きぃ君が歌を口ずさみながら歩いていると、小鳥のお姉さんに会いました。
「まぁ、きぃ君はお歌の練習なの?」と、小鳥のお姉さんは言いました。
「ううん、ピカピカでツヤツヤでまんまるな失くした贈り物を探し歩いているんだ。」と、きぃ君は答えました。
「失くしてしまったのなら、もう一度、取りに行ってはどうかしら?」と、小鳥のお姉さんは教えてくれました。
きぃ君は小さなお手々をにぎなぎしながら、考えました。まんまるで、ピカピカでツヤツヤな素敵なものはもう一個あるでしょうか?とっても素敵なのですよ。でも、お祝いの日はあとちょっと、贈り物がなくてはおじいさんの木はガッカリするかもしれません。だから、もう一度、取りに行ってみましょう。
「ありがとう、もう一度いってみるよ」と、きぃ君は答えると、走り出しました。
きぃ君は、森の真ん中にたどり着きました。そして、おじいさんの木に留まるフクロウの女の子に会いました。どうやら、おじいさんの木はうとうとお昼寝しているようです。
「あっ、きぃ君。走ってきて、どうしたの?」と、フクロウの女の子は言いました。
「おじいさんの木に贈る物を探しに来たんだ。ピカピカでツヤツヤでまんまるな素敵なものだよ。」と、きぃ君は小声で答えました。お昼寝中のおじいさんの木に贈り物がなんなのか聞かれないためです。
「ピカピカでツヤツヤでまんまるな?」と、フクロウの女の子は聞きました。
「そう、ピカピカでツヤツヤでまんまるなドングリ。」と、きぃ君は言いました。
「ピカピカでツヤツヤでまんまるなドングリは、おじいさんの木のドングリだよ?」と、フクロウの女の子が不思議そうに聞きました。
何てことでしょう。ピカピカでツヤツヤでまんまるなドングリはおじいさんの木のドングリだったのです。白いお花を咲かしてくれるおじいさんの木に感謝を込めてお返しを贈るのに、おじいさんの木のドングリでは感謝の気持ちを込めたお返しにならないかもしれません。
ガッカリするきぃ君に、フクロウの女の子は言いました。
「別のものは探したら?」
「うん、何か別のものを探してみるよ。」と、きぃ君は答えて、来た道を戻るために歩き出しました。
きぃ君が歩いていると、葉っぱについた小さな小さな氷が、お日様の光を受けてキラキラ光っているのが見えました。でも、あのドングリのようにピカピカではありません。
きぃ君は小鳥のお姉さんと話した場所に戻ってきました。
「まぁ、きぃ君。見つからなかったの?」と、小鳥のお姉さんは心配そうに聞きました、
「僕の贈り物はおじいさんの木のドングリだったんだ。だから、別のものをまた探すよ。」と、きぃ君は答えて歩き出しました。
きぃ君は川の近くまで戻ってきました。川原にはツルツルでひんやりした楕円形の石がたくさんありました。でも、あのドングリのようにツヤツヤではありません。
「やぁ、きぃ君。見つからなかったのかい?」と、川から顔を出したお魚のおじさんが心配そうに聞きました。
「僕の贈り物はおじいさんの木のドングリだったんだ。だから、別のものを新しく探すよ。」と、きぃ君は答えて歩き出しました。
きぃ君が、歩いていると、まんまるで美味しそうな匂いがする大きなキノコをみつけました。でも、あのドングリのようにまんまるではありません。
きぃ君はたぬきの男の子のいた場所に戻ってきました。
「きぃ君、またまた、こんにちは。見つからなかったの?」と、たぬきの男の子は心配そうに聞きました。
「僕の贈り物はおじいさんの木のドングリだったんだ。だから、別なものを新しくもっと探すよ。」と、きぃ君は答えて歩き出しました。
きぃ君が歩いていると、沢山のドングリが落ちていました。小さかったり、大きかったり、丸かったり、長かったり、色々なドングリがあります。でも、あのドングリほど素敵ではありません。
きぃ君は、熊のおばあちゃんがいるところまで戻ってきました。
「おや、きぃ君。見つからなかったのかい?」と、熊のおばあちゃんは心配そうに聞きました。
「僕の贈り物はおじいさんの木のドングリだったんだ。だから、別なものを新しくもっと探していたんだけど、あのドングリみたいに素敵なものはなかったんだ。」と、きぃ君は悲しい気分で言いました。
「おやおや、お祝いの日はあとちょっとだよ。二番目に素敵なものを贈るのはどうかい?」と、熊のおばあちゃんは教えてくれました。
「うん、二番目に素敵なものが何か考えてみるよ。」と、きぃ君は答えて歩き出しました。
きぃ君はきぃ君がお気に入りの小高い丘の上にやって来ました。きぃ君は考えました。何が二番目に素敵なものでしょうか?キラキラした葉っぱでしょうか、それとも、ツルツルの石でしょうか、丸くて美味しそうなキノコでしょうか?どれも素敵だけれど、やっぱりあのドングリみたいに素敵なものではありませんでした。
それからちょっとたったある日、ぴゅーぴゅーと冷たかった風が、やんわり暖かい風になり、甘い花の香りを運んできました。今日は春のお祝いの日です。森のみんなはおじいさんの木の下に集まりました。まっ赤な葉っぱやギザギザな石、大きな三角形の栗、他にもいっぱいの贈り物がおじいさんの木に贈られました。きぃ君は何を送贈ったのでしょう?
きぃ君はあのおじいさんの木のドングリが、きぃ君が贈り物を探した中で一番素敵な物だったとお歌にして歌いました。
きぃ君のお歌を聞いたおじいさんの木は言いました。
「とっても素敵な歌だ。きぃ君が贈り物を捜していっぱい森を歩いていた事を知っているよ。そして、私のドングリが一番素敵だと誉めてくれて有り難う。」
熊のおばあちゃんも、たぬきの男の子も、お魚のおじさんも、小鳥のお姉さんも、フクロウの女の子も、上手な良い歌だと言ってくれました。きぃ君はとっても嬉しくなりました。
春のお祝いの日に、あの素敵なドングリと同じくらい素敵なお返しをおじいさんの木に贈ることが出来たのです。
もうどこにも寒い冬が見当たらなくなった頃、きぃ君はお気に入りの小高い丘の上に小さなみどりの葉っぱをみつけました。おじいさんの木のドングリが芽吹いたのです。きぃ君が秋に見つけて、大切に大切に土にしまって、すっかり忘れてしまったあの素敵なドングリからです。
この小さな葉っぱは大きくなって、いつかあの素敵なドングリみたいな実をつけるかもしれませんね。