神の色香に屈しない
メアリー短編です。グラブル的に言うとクリスマスボイス一年目。
「ねえおにーさん」
「ん?」
「命ちゃん、何悩んでるの?」
「俺にも分からんと言いたいが、実は分かる。クリスマスの事だ」
「くりすますってなーに?」
「は!? 何でお前が聞きなれないんだよ! え、嘘だろ……?」
「勿論じょーだん! おにーさんの反応が見たかっただけ―」
えへへと笑う空花に申し開く様子は感じられない。それどころか俺の側面にぴったりと張り付いて中学生にしては発育の良すぎる胸をそれとなく押し付けてきた。
「……やめろっ」
「お詫びのつもりだよ。嬉しくなかった?」
「嬉しいわッ……じゃなくて、違うわアホ。何言わせんだ俺が変態じゃないか。話逸れまくってるぞ。命様の話だったろ」
「あ、そうだった。クリスマスの事だっけ。でも命ちゃんの時代にクリスマスとかないでしょ?」
「無いから問題なんだよ―――」
遡ること十五分前。
「妾は確かに再びの信仰を諦めたが、矜持を捨てた訳ではない。創太よ、お主は妾の旦那様じゃ。当然妾の身体は爪先から毛先一つまで余さずお主のもの。何百何千何万と子を孕もうが負担も無ければ苦労もない。これ以上はあり得ぬ。所でお主、もう一度今の言葉を申してみよ」
「いや、だからクリスマスは月喰の所で過ごそうかなって―――」
「何故じゃああああああああああああ!」
見慣れた巫女服が着物姿に。そしてまた巫女の姿に。周囲の草木が生い茂っては枯れ、桜が生えたり松が生えたり、魚が生えてきたり。足元の石がめくれ上がるやドミノの様に連なって勝手に倒れるという怪現象も発生した。
「どういう状態だよ……」
命様の力は九割以上戻っているので別に驚く光景でもないが、この話の流れでどんな気持ちの荒ぶり方をしているのか、と思っている。瞬きをした瞬間、俺は本堂の縁側で命様に押し倒されていた。
「妾の何がいけないのじゃ! これでは正妻が彼奴になってしまうではないか!」
「あの戦争まだ決着が付いてないんですか……いや当事者の俺なしで決着ってのもおかしいんですけど」
「異な事を申すでない。妾と月喰。どちらがより雌として優れているのかという争いは柔に終わる話ではないのじゃ。こうなれば揺蕩っておる場合ではない。今すぐにでも奴を縊り、創太を我が物に……」
「絶対俺だけが巻き込まれる奴だこれ! 俺だって理由もなくこんな事しませんよ……あっちには月祭りがあるじゃないですか」
「うむ。じゃが冬ではなかろう」
「そうですね。それを昨日月喰に話したら―――『では我が作ろう。現世の物の怪を招待し皮を着せ、会場を少し弄ればそれで次の祭りが創まる。坊、真を言えば我と坊の二人きりで甘美なる夜を千夜、獣の様に激しく、淫らに過ごしたい所だが、まだその時ではあるまい。故に好きな者を呼べ。若輩でも水鏡悠花の血族でも貴様に仕える従者でも』って言いだしたもんで。あ、お得だなあって思って」
「それだけか?」
「はい?」
「あの妖が善意で動く訳なかろう。他に何か条件を設けておる筈じゃッ」
「あー……そうですね。祭りの終わりには我の下へ来いとか言ってましたかね。そんなのいつもですし……命様?」
「―――許せん」
「思うんですけどお互いに一回でも何か許しましたか?」
「かしがましい! 創太よ、主には二つの道がある―――」
「―――ていう訳」
「おー。パチパチパチ。でもさ、何か悩む事ある? 同じ様にやればいいんじゃないの? 命ちゃん神様だし」
「この山、立地がな。しかもこの神社は怪異や幽霊が来たら即消滅する。山の地形を物理的に弄ったら俗世に影響が出過ぎる。お前だって命様からご神体の破片を受け取らなきゃここに来れないだろ?」
「それはそーだね。うーん。所でもう一つの道は?」
「妾を連れていけって奴。いやさ、この流れ初めてじゃないから俺も分かってくるんだよ少しは。あの二人争うんだけど、結局俺の取り合いを本人が蚊帳の外のまま始めるから二対一みたいになって色々とまあ……うん。もみくちゃにされるというか、別に満更でもないというか」
「どうしよう。おにーさんが全く困ってる様に見えないや……」
「いや、困ってはいる。喧嘩の仲裁に入るのが難しいんだ。だからどうにか止められればいいんだけど」
止められる訳が無い。何故ならこの二人には譲り合う気など更々ないから。妥協するまでもなく気分の要望を押し通す気概しかない。なまじそれを可能にする力があるばかりに。満更でもないとは困っている様に見えないという意味ではなく、今回は類似例が多すぎていい加減諦めがついてきたといった方が正しい。
空花に意見を仰ぐのもそれはそれで間違っている気もするが、茜さんを頼ったらそれこそ泥沼だ。あの人はあの人で「では少年、私と遊ぼうか」と言いかねないし、ぶっちゃけついて行ってしまう。不審者に付いて行かない訓練はしたかもしれないが怪異に付いて行かない訓練はしなかったもので。
……よく考えたらメアリが居たので俺の周囲には不審者という存在さえ許されていなかった。
「おにーさん的にはどっちを選びたいの?」
「え? 俺的には仲良くしてもらいたいけど……存在から相反してるからなあ」
生き残った唯一の妖怪と生き残った唯一の神様。始まりは偽物でも今となっては本物が居ない。真作を誰も知らない時点で贋作は贋作と呼ばれなくなる。この二人を感知出来る人間は今の所見た事がない。空花だって命様からの工夫が無いと姿までは視認出来ないし。
「……じゃあおにーさん。私をお嫁さんにしない?」
「は?」
「む?」
わざと声を張ったのだろう。命様はその世迷言を決して見逃さなかった。
「空花よ。今の妾の前でその様な発言を漏らすとはお主は肝が据わっておるの」
「えへへ、おにーさんみたいな優良物件はもたもたしてると取られちゃうんだよ? それにおにーさんは現役中学生の身体に興奮しちゃう様な変態さんだから、私が犠牲になってあげないと!」
「その言い方止めろお前! 俺がロリコンみたいだろうが! 中学生全部に興奮してたら幸音さんとかどうなるんだよ! 大体お前がエロ……じゃない、大人びてるのが悪いんだ!」
「おにーさんいつもロリコンって言うけど三歳差をロリコンって言うのはちょっと……」
「うるせえ!」
そうそう、大体こんな感じ。二人で争っている様で―――本人達は実際争っているのかもしれないが、俺の視点で見るとどうも協力している風に見える。空花の立ち位置に月喰が居れば完璧だ。
分かりやすくやきもちを焼いた命様が本来の姿に戻ると、着物を更に開けさせて有無を言わさず俺を包み込んだ。その時点で全身の力が抜けて抗えなくなったが、遅れてやってきた空花が背中に飛びついた事で力めなくなってしまった。
この柔らかさに挟まれて抗える男はいない。とはいえその脱力に比例して弛緩とは無縁の状態になった部位もあるが、知らぬ存ぜぬ。
「…………フーー」
「のう創太。ここは一度月喰の事を忘れ、湯浴みをしようではないか。冬景色の中で入る湯は至極の夢心地であろう。くりすますとは程遠いが……それもじっくり考えれば良い。妾達には俗世の時間に合わせてやる義理はない。そうは思わぬか?」
「フー! フフゥフ……フっ!」
「あ、私も温泉入りたーい!」
「フっ!?」
ようやく胸の谷間から解放された。もう一度飛び込みたい欲求を全力で抑えつつ俺は全力で首振った。
「……いや、混浴なんて良くない事です! 確かにここは俗世じゃありませんが、俺は一人の紳士な男としてそんな真似は……!」
「本音は?」
「二人に挟まれながら入りたい……ってなに言わせるんですか!!」
「お主も大概素直じゃのう……しかしその強欲さこそ妾の旦那様に相応しいものじゃ。では行くぞ」
「温泉♪ 温泉♪」
神社の裏道に差し掛かった所で振り返る。そこには『誰も』居ない。
「……お前も来るか?」
―――うんッ。貴方となら行く!
一人と一体と『 』。男女比率のおかしさに目を背けたまま、俺は装飾済みのモミの木が立ち並ぶクリスマスロードを歩きだした。
「……どうじゃ? 妾にも現代を理解する心はあるのじゃぞ?」
「装飾は私が教えたんだよー」
「…………ああそっか。命様は読心が出来るから―――クッソ。最初から俺はこうなる運命だったのか……」
あっさりめなのもたまにはいいかと