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闘技を修めるは久しく、用はこの一時に在り。

リョウは街からの追放を言い渡され。

復讐の鬼と化す。


『闇の会』の議場から追い立てられて後。

(因みに、没収された武装はちゃんと返還されました)

 リョウは街灯の並ぶ、街角を一人スタスタと歩いていた。

 その内、街灯は無くなり、人影も疎らとなり、気配すらしなくなり。

 それでもリョウは構わず歩き続ける。

 そしてある街角を折れてた処で、リョウは遂に袋小路にブチ当たったのだった。

 しかし、リョウは構わない、そのまま奥に向かって歩き続ける。

 奥の壁に手が届いた瞬間、彼は徐に背後を振り返り、誰もいない入口に向かって言い放っていた。

「出て来いよ! ここなら誰も来やしないぜ!」と。

 しかし、何も起こらない。リョウは続けて構わず言い放つ。

「付けて来た事は判ってるんだ。隠れても無駄だぜ。決着付けようじゃないか。・・・それともコッチから出向こうか?」

 モソリ・・・。

 隠れても無駄と感じたのだろうか、闇から滲み出す様に、そいつが姿を現したのはその直後の事である。

 闇色の外套で体を覆い。

 天蓋で顔と頭部を隠す。

 生気を感じさせない異様な存在感。

 僅かに露出する部分の肌の色は土色で、まるで死人の様だった。

 ただ、天蓋の隙間から見え隠れする双眸だけが、異様な生気を漲らせているのが判る。

 リョウの前に姿を現すと、そいつは無言で闇色の外套と天蓋を脱ぎ払う。

 風体には不釣合いな額に煌めく緑色の宝珠が、そいつがオレグ僧である事を端的に物語っていた。

 そこに現れたのはシオン配下、七人のオレグ僧の一人、ハシェル僧だった。

「貴様・・・」

 リョウは、その顔に見覚えがあった。

 過日、砂漠でサラサを助けた時、確かに仕留めた筈のオレグ僧の一人だったからだ。

「成る程、そうか、これが噂に聞く『オレグ』の復活の秘奥義と言うヤツか。頭を完全に潰さなかったのは失敗だったな…」

 既に後悔はし尽くした。今さら動揺することは無い。

 彼はハシェル僧と対峙する様に足を進める。

 オレグ僧と会話を成立させるのは難しい。

 彼等は、ある段階の階級に至るまで、教義で自己主張をすること自体が禁止されているから。

 しかし、無表情でも感情もあれば意思もある。

 ハシェル僧にとってもこの瞬間は待ち侘びたものだった。

 前の闘いでハシェル僧はリョウに後れを取って倒された。

 その時の汚名を挽回する機会がついに巡って来たのだから。

 オレグ僧はその身体能力もさることながら、五感にも優れる。

 特にハシェル僧は嗅覚に優れる。犬よりも鼻が利く位だ。

『ルルカ』の街でリョウの残した臭いを嗅ぎ取った時、彼は密かに歓喜した。

 臭いを辿って骨董屋に辿り着いた後、衝動に任せて殺戮を敢行したのち、現れたリョウの後を付け回していた。全てはこの瞬間を待ち侘びて…。

 二人が対峙し、お互いがお互いを静かに見据え合ったのち、

 ユラリ・・・。

 動いたかと思うと、ハシェルは一気にリョウとの間合いを詰めていた。

 静から動への転換。常人なら動きを追う事さえ難しい速さだ。

 間合いが一気に詰められる。

 軽やかにして鋭い踏み込み。

 完全に先手を取った筈だった。

 刹那、ハシェル僧が自らの勝利を確信した程に…。

 しかし、バキリッ! 鈍い音が響いた時、鼻血を噴き出しながら、

「ぐッ、ぐげっ」

 踏み潰されたカエルの様な唸り声を上げて、地面を滑走していたのはハシェル僧の方だった。

 近接格闘において戦闘開始直後、無拍子に相手に踏み込むのは常道だが、効果も当然、相手による。反射神経が並外れているリョウには通用しない。彼は捻りのない短絡な攻撃を最小限の動きで見切ると、踏み込んで来るハシェル僧の勢いを、逆に利用して顔面に強烈無比な正拳を叩き込んでいた。拳が顔面にめり込み、常人なら鼻骨が砕け散っている様な強力な一撃をである。

 ハシェル僧は何が起こったのか判らず、暫く石畳の上で藻掻いていたが、辛うじて立ち上がると再び狂声と共にリョウに向かって踊り掛かる。

 しかし、リョウは再び軽快な動きでそれを避けると、ハシェル僧が大振りをして体制を崩した瞬間に、その頭部に再び強烈な蹴りの一撃を叩き込んでいた。

 ハシェル僧は、もんどりうって投げ出され、今度は石の壁に激突する。

 蹴りの一撃でハシェル僧の歯が二、三本へし折れて宙に舞った。

 まるで、大人と子供の喧嘩だ。

 勝敗は既に決したかの様な様相を呈していた。

 それでもリョウは気を抜かない。

 生と死を掛けた真剣勝負。

 どれだけ敵に痛手を与えたかなど関係ない。

 要は最後に生きて立っていた者が勝利者なのだ。

 しかも、相手は目的の為なら、いかなる手段も正当化するオレグ僧だ。

 迂闊に気を抜けば、次の瞬間に立っていられるのが自分である保証は何処にもない。

 モソモソと、ハシェル僧が起き上がる。顔の輪郭がへし曲がる程の一撃を受けながら、その眼には未だに凄まじい闘気を漲らせていた。

 ニヤリ・・・。

 突然、リョウが口元に凶悪な、しかし、意味不明な微笑を形造る。場違いな、その微笑を嘲笑と受け取ったのか、ハシェル僧は獣の様な咆哮を吐いてリョウを威嚇した。しかし、リョウはその笑みを止めようとはしない。その挑発めいた行動にハシェル僧はついにキレていた。

「ハァァァーーーーーーーーーッ!」

 奇声と共にハシェル僧の身体中の筋肉が異常な流動を見せて盛り上がった。

 生体強化した身体の制限をさらに解除し、限界性能を引き出した時のハシェル僧の力に対抗できる人間など、この世には存在しない。少なくとも、これまで彼は遭遇した事が無い。

 かつてサラサが逃げ込んだ格納庫の隔壁を粉砕した時の様に…。

 そして、壁にメリ込んで絶命したあの男の様に…。

 リョウにもまた『オレグ』を愚弄した者に相応しい死に様を、ハシェル僧は与えてやれる筈だったのである。しかし、リョウは依然として動かない。

 なぜ、動かない。

 怒涛の如くハシェル僧はリョウに迫りつつあった。

 リョウの顔が引き締まる。

 ハシェル僧の全てを込めた一撃がリョウに向かって繰り出されていた。

 その口元に勝利を確信した笑みが形造られる。

 引き付けるだけ、引き付けて、刹那、リョウは動いていた。

 拳圧が、石畳をも剥がす程の一撃が、リョウを貫いた筈だった。

 しかし、気付いた時、リョウの姿は彼の視界から消えていた。

 脳天から喉に向けて何かが差し込まれた。

 果たして自分の死を自覚出来たのだろうか。

 いつの間にか背後に回り込んだ、リョウがハシェル僧の脳天にナイフを突き立てていた。脳天から頭部を貫通し、喉元に抜けたナイフの高周波加熱した刃からプラズマが迸る。

 プラズマは脳髄を駆け巡り、焼き尽くし破壊した。

 いながオレグ僧と言えど脳髄を失っては再生不可能だ。

「構えから攻撃に入る迄の動作が長すぎる。だから、容易に相手に動きを読まれる。動きが読めれば、避けるのも反撃するのも簡単だ。もう一捻り工夫あれば、負けていたのは俺かも知れなかったが、惜しかったな…。マア、それはそれで最後は俺が勝っていただろうがな…」

 当たらなければ、どんな強烈無比な一撃も意味はない。

 ハシェル僧の体は暫し激しく痙攣していたかと思うと力尽きた。

 ダラリと力が抜けて、手が垂れ下がる。同時に頭部は刃から抜け落ちて、身体と共に石畳が敷き詰められた街路の上に崩れ堕ちる。

 嘗ての敵が完全に肉塊に変貌したのを確認してから、

 フーーーーーーーーーーーッ

 リョウは深く息を吐いて臨戦態勢を解除した。

 しかし、その瞬間を息を潜めて闇で待っている者がいた。

 七人のオレグ僧の一人、バレル僧だ。

 オレグ僧は通常、作戦執行時、二人一組で行動する。

 一人が陽動し相手の注意を引き付ければ、一人がその隙を突く。

 敵が最も油断する瞬間。それは自らの勝利を確信した時。

 敗北の汚名を晴らし、己の自尊心の回復に執着するハシェル僧の意志を尊重した苦肉の策だが、だからこそ相方が命を捨ててもたらした、この好機を逃す訳にはいかない。

 静から動へ。その瞬間、リョウの背後の闇が動いた。

 不意を狙った上からの攻撃。完全に死角を捕った。

 逃れる術はない。逃す筈はない。

 バレル僧は自らの勝利を確信した。

 しかし、次の瞬間、リョウは振り返っていた。

 その手には、引き抜かれた拳銃が握られていた。

 刹那、銃声が響いた。立て続けに二発。三発。

 身体が宙に浮いた状態で、弾を避ける事は出来ない。

 力点も作用点もない。逃げれない。それは物理の法則だ。

 弾丸も着弾時、衝撃が増すよう細工してある。

 バレル僧は体幹に沿って、腹部に一発、胸部に二発喰らって、もんどりうつ様に押し返された。

 そのまま身体は石畳の上を、背中から落ちて、物の様に滑走する。


「残念、最初から敵が一人とは思ってないよ。一人が派手に動いて敵の気を引き。もう一人が気配を消して不意を狙う。…暗殺者の常套手段だ」


 街の中を曳き回して歩いたのは、場所を探す為だけじゃない。

 これまでの手口からも単独ではないことは予測済みだ。

 常道は、効果的で確実性が高い。

 全ての状況に通用するが、同時に動きを読まれ安い。

 知っていれば対処の仕方は幾らでもある。

 そう言い切れる程の実力がリョウにはある。

 しかし、バレル僧もただでは終われない。

 急所を撃ち抜かれた。程無く動けなくなるだろう。

 だが、バレル僧は最後の力を振り絞って腰に手をやる。紐状のモノを引き出す。

「自爆!?」

 リョウは姿勢を低くしてその場から身を翻す。

 これは予測外。オレグにとって自殺は戒律違反・禁則事項の筈だ。

 だが、勝負に執着するオレグ僧ならやり兼ねない。

 彼等にとって敗北は即ち教義の否定だ。…それは容認出来ない。

 ならば、その為には、これは自殺行為ではなく攻撃手段だと、平気で開き直るだろう。

 まったくリョウも最後が締まらない。

 その時だ、リョウの背後の闇から、彼を庇う様に巨大な何かが躍り出し。

 バレル僧の最後の悪足掻きを真っ向から受け止めていたのは。

 刹那、バレル僧は成し遂げた笑みを浮かべて爆炎に包まれた。

 爆音に続いて、何かが弾け散り、壁にメリ込んだ。

 丁寧にも、殺傷力上げるために爆弾に細かい鉛玉を幾つも仕込んでいたらしい。

 バレル僧は木端微塵に吹き飛んで、爆源地周辺は抉られた様になっている。

 リョウは顔を上げると何とか自分が無事な事を確認していた。踊り出て来た何者かが、庇ってくていなければ、丸腰では彼とてどうなっていたか判らない。

 リョウは改めて突然現れた助っ人に視線を動かした。

 そこにいたのは黒光りする巨大な鋼の塊だ。

 それが第一印象だった。

 飾り気のない兜をかぶった様な頭に、無表情な鋼鉄の顔。

 身体は逞しく。足も長い。動きも自然で滑らか。

 身長はリョウより頭一つ分、突き抜けて高い。

 単調だが機能的な鋼の鎧を着込んだ人間の様にさえ見えた。

 シートの様な分厚いマントを羽織り。(爆破で既にボロボロだが)

 忠誠心の厚い武将が君主に対する様にリョウに対して跪いた。

『人型戦闘機兵』だ古代文明の遺跡では稀に残骸や、外殻が見付かると聞いた事があるが、未だに生きて稼動している機体を見るのは珍しい。

 誰に送り込まれたかについては、リョウに一つ心当たりがある。

「お前が『大導師』が言っていた手に負えないバカか?」

 聞くと『鋼の鬼』は自らコクリと頷いた。

 自律機能付きの『人型戦闘機兵』

 その戦闘能力はともすれば完全武装した数千の機甲兵おも凌駕する。

「名前は?」

 聞くと、口に当たる部分の装置を点滅させて、リョウ達には判る音波信号と発光信号を送りながら、前腕部に描き込まれた機体番号を指し示す。そこには『Λ型K式K号』と書かれ、音波信号も発光信号も、同じくそう送っていた。どうやら口は利けないらしい。

 機能が無いのか、調整が不完全なのかは知らない。しかし、こちらの発言の意味は理解している。意志の疎通は可能。知能が低い様には見えない。

 さらに音波と発光信号で、『『大導師』ノ命令。リョウ様ニ従エ』と続ける。

「ラムダK・Kか?」 

 確認すると彼はコクリと頷いて応えていた。

 かくしてリョウはその日、寡黙で意志の疎通が難しいが、力強い腹心の部下を手に入れたのである。

「よし、行くぞ、ラムダK・K。今夜はもう一仕事だ」

 それだけ言うと、何事も無かった様にリョウは、その場を後ににする。

 思っていたより大きな騒動になってしまった。

 通報され、騒ぎに成る前に退散しないと面倒だ。

 ラムダKKも当たり前の様に、立ち上がり、彼の後に従ったのだった。

 立ち去った後の闇には嘗てハシェル僧だったモノが転がるのみだ。

 周囲には、治安警察の緊急車両の警報が鳴り響き始めていた。治安の悪いこの街では、珍しくない身元不明の死体として、翌日にも忘れ去られる事になるだろう。

「まずは二人・・・」

 街の夜の闇の中で、リョウがそう呟いたのを知る者はいない。

 一人と一台は、そのまま夜の闇に消えて行ったのである。


        ☆


 十年以上も前の事だ。砂海都市群最大の暗黒街として名高い『ルルカ』の街で、謎の暗殺者の活動が街の人々の俎上に上り始めたのは…。

 音も無く、姿も見せず。もっぱら犯罪や悪徳に手を染めた悪人を標的とし、如何なる警備も、防犯装置も平然と掻い潜り、狙った標的は絶対に逃さない。疾風の様に侵入し、疾風の如く去る。

 その鮮やかな手口は、もはや芸術と言っても過言ではなかった。

『ルルカ』の街において、悪徳と犯罪に手を染める者達にとって、その存在は正に天敵。

 いつしか彼等は、その謎の暗殺者を、最大級の恐怖と畏怖を込めてこう呼び始めていた。

 悪魔に憑かれ者(ルシファー・リンク)と。

 サラサが期待する様な正体がリョウにあるのだとしたら、その伝説的な殺し屋こそが、彼のもう一つの素顔なのかも知れない。しかし、他人に問われたとしても彼はそれを肯定しない。

 解明不能な暗殺・殺人事件が多すぎて、それが街の人間の英雄願望と結び付いて作り上げられた、単なる虚像や、都市伝説の類と笑い飛ばすに違いない。実際、噂には尾ひれが付いて、誇張、捏造、事実無根、すり替え、差し替え、拡大解釈なんて珍しくもない。…と。

 まして、彼が『ルシファー・リンク』である為に『ルシファー・リンク』である必要など無い。

 その名は彼にとって誇るべき勲章ではなく。辛い過去の象徴でしかない。

 その為か三年程前、『ルシファー・リンク』は何の前触れもなく、その活動を停止して、突如、姿を晦ましてしまう。死亡説、逮捕説、引退説、色々な憶測が憶測を呼んだが、結局、真相は謎に包まれたまま、全てが謎の暗殺者は、伝説だけを残して暗黒街の闇の中に消えてしまったのである。

 しかし、今日ここに『ルシファー・リンク』は、その伝説に新たな一幕を書き加えて、暴力が支配するこの街に帰って来たのだ。

 かつて一度は絶望と共に否定した世界に、逃れたくとも逃れられないと、自分を取り巻く全ての人間、全ての環境を恨み続けたその世界に、彼は今帰り付こうとしていたのである。

 歓喜と共に・・・。

 だから、オレグ僧と命懸けの死闘を演じて後も、自然と込み上げて来る歓喜の笑みを彼はどうする事も出来なかった。それは『ルシファー・リンク』の完全なる復活を告げていた。

 何度でも言う。『悪夢』は帰って来たのだと。


          ☆

闘いは拙速を持ってよしとする。

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

戦陣の間には詐欺を厭わず。

エレナの戦略とは。

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