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闇の会で大導師は嗤う

ルルカ沖に姿を現した西方艦隊

闇の会に召集されたリョウ

魔王と堕天使の対決。

オレグへの逆襲が始まる。


 その後、街の自警団やら、治安警察やらがやって来て、現場の所轄を巡るショバ争いを演じた後、虫の居所が悪そうなリョウの姿を見付けると、申し訳け程度の現場検証やら、事情聴取を行って、そそくさと帰って行った。誰が号令を掛けた訳でもなく、自然発生的に、街の住人達が沈痛な面持ちで集まって来て、リョウ達に頭を下げると荒れ果てた店の後始末を手伝い始めた。

 街には街の住人に死人が出た場合、葬儀屋の様に葬儀を仕切る街の自治組織があるらしい。

 頼んだ訳でもないのに棺桶屋が死体人数分の、仕様別の棺桶まで売り込んで来たのには驚いた。

 街の有志達に任せていると、街のならわしなのか『親父さん』達の遺体は、棺桶に収められ、街の広場に運ばれて荼毘に付される事になった。

 リョウは街のしきたりに異論を挟む気は無いらしく、彼等の成すが侭に従った。

 サラサはリョウ達の傍らを離れる事が出来なかった。いつ見知らぬ街の集団の中から『オレグ』が飛び出して来て、自分を連れ去るか、リョウ達に危害を加えるかも知れない。

 怖くて怯えていた。ビクビクしながら広場に移動した。

 薪で囲まれてた棺桶、『親父さん』の棺桶だげが判り安く豪勢に、他の者より、組まれた薪の台の高い位置、目立つ場所に安置されていた。

 程なくして、火の付いたたいまつを持った街に有志のが歩み出て、棺桶に火が付けられた。

 見送りに集まった人々はそれぞれに葬儀用の礼装し、その多様さだけでもこの街には多種の民族、風俗が寄り集まっているのが見て取れた。

 しかし、皆、同様に寡黙で故人に対する哀悼の意を表していた。

 リョウを見付けると我先に駆け寄り、手を取って、涙ながらに生前の『親父さん』との思い出を語り始める老婦人も一人や二人ではなかった。同様に交流のあった隣人達は皆一応に、街の英雄の理不尽な死因に憤り、仇を取るべきだとリョウに詰め寄った。

 リョウは黙って頷いて、それに応えた。

 気付くと、いつしかリョウの前には自然と弔問の列が出来、それを取り囲む様に整然と『親父さん』を見送る葬儀の列が出来ていた。

 集まった人達の数と顔触れを見るだけで、『親父さん』がどれだけ、この街の人々に貢献し、心の支えだったのかが良く判る。そして、同様に、どれほどリョウに期待しているのかも…。

 人々は燃え上がる『親父さん』の骸に花束を投げかけ、それぞれがそれぞれに信じる形で祈り詞を捧げ、その魂の冥福を祈った。サラサは、徐にリョウの前に立つと『ロココ』に伝わる古い祈りの鎮魂歌(レクイエム)を吟んだ。

 今のサラサに出来る精一杯の償いのつもりだった。

 誰もが知る定番歌だが、唐突に始まった少年の奏でる汚れなき調べに、観衆は皆一斉に耳を傾け、刹那で心を奪わた。そして、そのまま暫く、その美しい歌声に聞き入った後に、誰からともなくサラサの歌声に合わせて、その歌を唱和し始めた。いつしか、その小さな歌の輪は、広場に集う人々全体に波紋の様に拡散して行き、大きな合唱となった。

 空が暗く成り始めていた。しかし、日が落ちても誰もその場を立ち去ろうとはしなかった。

『親父さん』が、この街に流れ着いてから三十余年、この二十三番街の住人達は、みな『親父さん』のお陰で、熾烈を極めた組織間抗争からも、歴史に残る大暴動『ルルカ』事変からも、無縁とは行かなかったにしろ、無事、生き残る事が出来た。

 だから、その『親父さん』の突然の理不尽な死を惜しみ、悼む彼等の気持ちは良く判る。

 しかし、今のリョウにはその声が正直、疎ましかった。

 死んでしまった『親父さん』の後継者としてリョウに注がれる無責任な期待が、剥き出しの肌に、針を突き立てられる様に辛く感じられた。針の筵に座らされている気分だった。『それに耐える事が、今の自分に科せられた罰なのだと』彼は自らに言い聞かせ、耐えるしかなかった。

 葬儀の列は果てしなく続き。気付くと周囲はスッカリと暗くなり、ただ街の広場だけが、真暗な街の中で、皓々と燃え上がる荼毘の炎に照らし出されていた。

 その頃からだ。いつしかリョウを中心とした街の巨大な儀式に発展した、この葬儀を軍人の様な完全武装した黒尽くめの男達が、取り囲み始めたのは…。

 サラサが気付いた時には、一見して十余人の男達が広場の出入口を固めていた。

 リョウもニジェも、その動きに気付いていながら意識的に無視しているかのようだ。

 そして闇の中から、新たに隊列を組んだ集団が、恣意的に足を踏み鳴らして、集団の統率を誇示しながら、広場の中に乗り込んで来た。

 群衆が声も無く彼等の前に道を開ける。

 彼等は、そのまま一直線にリョウに向かって突き進み、そして取り囲んだ。

 囲み終わると、その中の一人がリョウの前に歩み出る。

 そして彼の前で告げたのだった。


「迎えに参りました。『金色(こんじき)の堕天使』に、『闇の会』から緊急の出頭要請が出ています。可及的速やかに御同行戴けますね?」


 リョウは当初からこの事態を予期していたのか、素直に頷くと彼等の指示を承諾した。

 謎の黒装束の集団に連れ去られて行くリョウの後ろ姿を見送っていると、彼がもう二度と自分の元に帰って来ないのではないかという不安と幻想に駆られて、サラサは堪え切れずにその後ろ姿に追い縋ろうとする。

「心配しないで、大丈夫だから・・・」

 しかし、即座に、ニジェに肩を掴まれて引き戻されていた。

 恐らくリョウを想う事なら誰にも負けない、ニジェの毅然とした態度に呑まれて、僅かな反感を覚えたものの、サラサはそれ以上を行動に移す事は出来なかった。

 リョウが消え去ってしまうと、それを合図にしたかの様に葬儀は散開し、後片付けに入った。

 一体、この街で何が起こっているのか、サラサには皆目見当が付かず。ただ不安で、無様に慌てふためく事しか出来ない自分が、殊のほか虚しく思えた。

 

          ☆


 リョウが、謎の黒装束の一団に取り囲まれて連行されたのは、『ルルカ』の地下に、網の目の様に張り巡らされた地下水道内の秘密の部屋だった。

 因みに部屋に入る前に、携帯している武器は念入りに調べられ没収された。

 殺風景なコンクリートの壁、小さな灯火が幾つか部屋の隅で揺れている他には、大した光源も無い薄暗い空間だ。ただ、闇の中に複数の人間が存在する気配だけが感じ取れる。

 眼が慣れて来ると、少なくとも五人の人間が、リョウの前に置かれた机越しに、彼と対面する様に椅子に腰かけているのが判った。暗すぎて表情までは読めない。しかし、五対の双眸が貫く様にリョウに向かって集中しているのは明確だった。

 誰も何も喋らない寡黙な時間が経過した。

 リョウの背後で、彼が部屋に入る時に使った扉が、重い音を立てて閉じられた。

 錠が下ろされる気配が続く。

 黒装束の男達の役目はここまでの様だ。

 抜き差しならない視線の充満する部屋で、冷たい闇の中に凍り付く様な静寂が醸し出されていた。

 リョウは、静かに会の開会が宣告されるのを待った。

 闇の中で息を潜める不気味な男達。

 だが、リョウは、実は彼等が何者か、良く知っていた。

『闇の会』。

 かつて、街の急激な繁栄と発展に伴い、悪徳が蔓延り混沌とした『ルルカ』の街に、治安と秩序と平安を回復させる為に、二十三番街の有志によって結成された秘密結社。

 合言葉は『秩序の回復』と『混沌の打破』、そして『(リガ)の栄光のために』。

 その言葉の元に、彼等は血の結束を築き、これまで『ルルカ』の秩序の回復と、治安の維持、平和の構築を陰ながら、しかし、強力に推進して来た。

『長老』と呼ばれる七人の幹部に統括され、『長老』達は、『長老』の中から『太老』と呼ばれる最高指導者を選任して、彼等は定期的に『闇の会』を召集して街の諸問題に付いて合議する。

 彼等は、街の秩序の妨げになると判断される個人・組織に対して、通称『処刑人』と呼ばれる刺客を派遣して、速やかにそれを排除すると言われている。

 但し、その活動の全貌を知る者は少なく、世間では単なる都市伝説として、組織の存在自体を疑問視する声の方が一般的だ。

 だが、それも飽くまで表向き世間一般の常識の中では、の話である。

 リョウは、その範疇に当て嵌まらない。

 なぜなら、彼等の首領(ドン)『親父さん』は、『大導師』『信義の盾』『秩序の砦』『司法の守護神』『竜王の血脈』『不惑の采配』等と共に『闇の会』の結成から携わった、組織の中核を構成する七人の『長老』達の一人『混沌の調停者』であり、リョウ自身、これまで、その末端で数多くの闇の活動に従事し、実際に、自らのその手を汚す役割を担って来た過去を持つ男なのだから。

 そして今、彼が出頭しているこの闇の中での会合こそが、まさしく『闇の会』なのである。

 彼が『闇の会』に出席するのは五年振り、被告人の立場で出頭を命じられたのも二度目だ。しかし、形式の筈の会の開会は告げられる事無く。

「なぜ『闇の会』が貴様に出頭を命じたのか、その理由は判っているな『金色の堕天使』?」

 その日の会は、会に集った『長老』達、いずれかのリョウに対する鋭い詰問から始まったのだった。 

 年配の気難しそうな男が発する少し高い声。恐らく長老『秩序の砦』の声だ。

『闇の会』で個人の名が呼ばれる事はまずない。

『闇名』と呼ばれる暗号名がその代りだ。

『金色の堕天使』がリョウの『闇名(ダークネーム)』なのである。

「アア・・・。大方は」

 リョウはコクリと頷く。

「親父、イヤ、長老『混沌の調停者』殺害事件の重要参考人として出頭を命じられたと認識している」

 そして、そう答えたのだった。


「左様、長老『混沌の調停者』は、我々の英雄だった。組織の結成以来、取り立ても街の治安回復のために寄与し続けた、彼の功績は筆舌に尽くし難い。にも拘わらず、我々は暗殺という最も不名誉な死を、彼に与えてしまった。これは『闇の会』としても看過出来る事案ではない。しかも、我々の調査の結果、長老『混沌の調停者』の暗殺には、その配下『金色の堕天使』が、深く関与している事が判ってきた。『金色の堕天使』にその嫌疑に対する真偽を問い質したい」


「結果的に、こうなってしまった事態について、今更、言い逃れをするつもりはない。素直に『闇の会』の処分に従うつもりだ」

 予想通りの質問に、リョウは即座に返答する。しかし、物怖じしないリョウのあたかも疑惑を肯定するかの様な返答に『長老』達は、一瞬だが激しくどよめいていた。

「認めるのか・・・」

 驚きを隠せない。唸る様な『長老』達の声が聞こえる。しかし、リョウは構わない、無視してそのまま発言を続ける。


「但し『闇に会』が今回の事件に『親父さん』に対する俺の悪意や、殺意を詮索しているならば、それに対しては明確に否定する。事件はあくまで偶発的な成り行きによるものであり、そこに俺の意志が介在する余地はなかったし、介在させる必要もなかった」


「動機はあった、と報告にはあるが?」

「根も葉もない噂話に過ぎない。・・・親子喧嘩くらい誰でもするだろう?」

 それを一々数え上げられてはキリがない。

 言葉にはしないが結論を言えばそういう事だ。

『長老』の指摘を、リョウは笑い飛ばす様にキッパリと否定する。


「『闇の会』が今回の事件に関して、どれ程の情報を、どこまで入手しているのかは知らない。だが、今回の事件は、突き詰めて行けば、国家規模の政治的謀略に起因する極めて大規模な事態の一局面に過ぎない。俺に過失があるのだとしたら、事態の重大さを過小評価していた、俺の認識の甘さに原因があったのだということだ。『混沌の調停者』に危害が及ぶ可能性も、それを未然に防ぐ為の配慮にも欠けていた。先程の発言の趣旨は、それが俺の判断の誤りであったと認めると言う意味だ」


 突然の話の飛躍に『闇の会』は、冷ややかな笑いに包まれた。

 突飛な国家謀略論で論点を逸らし、言い逃れに終始する態度に取られたのかも知れない。

「生前の『混沌の調停者』からは、死の直前に合った者にも、そのような事態に巻き込まれたという報告はなされていないが?」詰問は続く。


「事件に巻き込まれたのは俺だ。俺が『混沌の調停者』に報告し指示を求めたのは、さらに事件の直前だった。『長老会』から戻って来た直後だ。時間的に長老達が事態を把握していないのは当然だ」

「では、その国家規模の陰謀とは?」

「西方『シディア』による『アルデラ』の『ロココ』南方大寺院襲撃事件・・・」

『闇の会』に現在進行中の懸案事項がリョウの口から告げられると同時、長老達の雰囲気が暗闇にの中でも俄かに明らかに変化したのが判った。


「責任を持てる発言なのだろうな『金色(こんじき)の堕天使』? 会への詐称は極刑に値するぞ!」

『長老』の一人が鋭くリョウを恫喝する。彼の反応を見ているらしい。


「勿論。」リョウは悠然と「差し支えなければ、むしろ、この場を借りて、その件に関する詳細を、正式に『闇の会』に報告し、その判断を仰ぎたいと考えている」

 更に深く踏み込んだのだった。

「よかろう『金色の堕天使』の発言を許可する」

『長老』達がリョウに発言を許可したのは、暫し騒然として囁き合う声が聞こえ、闇の中に再び無意味な静寂が醸し出されてから暫く経ってのことである。

 やっと信じる気になったか、それとも最初から知っていて脚本通りに演じているのか。どちらにしても簡単には食えない爺様達だ。闇の中では、表情を読み取ることが難しが、作為を読みとることも難しい。

「長老方の寛大なる判断に感謝します」

 リョウは『闇の会』に『長老』達に取り敢えずの謝辞を述べてから、砂漠で『アルデラ』の生き残りのサラサに出会ってから、『ルルカ』での『混沌の調停者』が殺害されるまでの経緯を、掻い摘んで『長老』達に語って、説明したのだった。


         ☆


 リョウが報告を終えると同時、『闇の会』は想定外事態に、再び統制を失って暫し騒然とした。混乱した『長老』達が忙しく囁き合い。リョウの報告の細部を巡る質疑応答へと変化し、その真偽を巡って怒声が飛び交い始め、質疑は大いに紛糾したのだった。作り話と一蹴するには、客観的状況下、リョウの証言の信憑性はあまりにも(たか)過ぎた。

「静粛に!」

 しかし、その混乱も議事進行役の『秩序の砦』の鋭い一喝と共に、いつもの平静を取り戻していた。

『秩序の砦』は暫し厳粛な眼で周囲を確認した後に、

「『金色(こんじき)の堕天使』に問う。その証言に一切の虚偽は無いか?」

 再度リョウに真意を問い質していた。

「勿論無い」

 当然、リョウはキッパリと言い放つ。

 審議は出尽くした。後は闇の会の判断に委ねるのみだ。

 本来ならばリョウは一時退出して、『長老』の合議で『闇の会』の闇の会の判断は決定する筈だ。それが定例だ。ところが暫くして『秩序の砦』は、意外な提案を『長老』達に提示したのだった。


「審議は尽くした。しかしながら『金色の堕天使』の報告と諸事情を考慮した結果。『闇の会』の『長老』間の合議による決定では、本件に最終的な判断を下すには限界があると感じざるを得ない。よってここは議長権限により『太老』…『大導師』の出廷を要請し、今件の判断を『太老』の一存に委ねることを提案したいのだが? 『長老』達に異論はあるだろうか?」


『異議なし・・・』『異議なし』『異議なし』『異議なし』『・・・異議なし』

『長老』達は異口同音に承諾する。

 リョウは長きに渡る御膳立てが終わったのを感じ取って呆れていた。

「悠長なことを・・・」時間の無駄と言っても良い。

 愚痴とも侮蔑ともとれる台詞がリョウの口を付いて出る。

「控えろ!『金色の堕天使』!」

『秩序の砦』の一喝がそれを掻き消す。

 そして続けて厳かに彼は宣言したのであった。

「既に『太老』の御前である」と。


         ☆


 その場にいる七人目の存在が告知された瞬間、まるで、画面が変わった様に他の『長老』達の気配が消えた。気付くと、仄かな光源に照らし出されて一人の老人がリョウの前で、椅子に胡坐をかいて、膝に頬杖を付いて座っていた。

 リョウは思わず身体中を強張らせて、奥歯を噛み締めていた。

『大導師』…この街の最大の謎は彼の存在自体なのかも知れない。

 年齢不詳。経歴不詳。この街では誰もに知られながら誰も彼の日常を知らない。

 必要な時、必要とされる時、彼はどこからともなく現れる。三十余年前『親父さん』が、この街に流れ付いた時には、既に今と変わらぬ姿で『大導師』と呼ばれていた、謎多き老人。

 なのに誰も詮索しない。…それが一番の謎。

 今でも、リョウは、そこに人がいるなんて気配すら察知していなかったのだ。身体中の震えは、大部分が、彼の傷付けられた自尊心によるものに他ならなかった。

『太老』・『大導師』。一見するだけでは、小柄で貧相な老人にしか見えないのに、惚けた眼に見据えられるだけで、醸し出される圧倒的な威圧感は尋常ではなかった。


「久し振りだな『金色の堕天使』。つい先日、出て来たばかりのヒヨッコだと思っていたが、時が経つのは、存外、早いものだわい」

「ごっ、ご無沙汰しております。『太老』・『大導師』」

 リョウは思わず恐縮する。枯れ木のような老人とは思えない圧倒的な存在感。

 魔力でも込められているのか、身体中の筋肉が萎縮して行くのが判る。

“『大導師』は魔道・鬼道に通じる『大魔導士』。闇を従え、見ずして知り、聞かずして語る。”

 街に伝わるそんな小唄の内容も、あながち単なる造り話ではなさそうだ。

『大導師』は構わず続ける。


「定例句の挨拶はいい。単刀直入に、お前達の処分を言い渡す為だけにワシは今、この場に参上した。一度しか言わんから良く聞けよ」

 リョウは微かに頷いて応えてみせる。


「お前の父『混沌の調停者』ことセイギ・フガクはワシの盟友だった。時には、息子の様にも感じておった。小難しい経緯が色々とあるのは判る。しかし、結果として『混沌の調停者』の死に関連して、お前の責任は看過出来るものではない。お前の仲間もみな同罪だ。よって、お前には『闇の会』からの追放を言い渡す。セイギが生前、懇願していた『フロレラ』の新しい拠点(シマ)に関しても、全てを白紙に戻す。…あいつは特に、お前に新天地を継がせたがっていた。『混沌の調停者』の名誉を回復するまで街に帰って来ることは許さん。明日中には街を去れ。その後、許可なく帰って来れば殺す。問答無用で殺す。『闇の会』の名に懸けて…」

 大事なことなので二度言いましたと言った軽いノリで大導師は、さらに淡々と続ける。


「名誉を回復すると言うと・・・?」

「親の仇をどう討つか?…方法は自分で考えろ。それとワシの元にも、どうしようもないバカが一人いる。お前に預けるから好きに使うが良かろう」

 リョウは、思わずコクリと頷いていた。

 ある意味、予定通りの展開だ。成功すればそれで良し。失敗しても追放者の独断専行で片が付くのだから『闇の会』としても玉虫色の判断だと言える。助っ人の意味も、監視か、加勢か、は知らんが、会なりの温情、悔悟の意思表示であることに間違いはないだろう。

 それに、リョウとて『親父さん』を殺されて、このまま黙って引き下がるつもりなど毛頭ない。

 西方や『オレグ』の影を恐れて『闇の会』が傍観者を決め込むつもりだったのならば、会を見限り、脱会して暴走していたのは、むしろ、リョウ達の方だった筈だ。

『後は存分にやれ、但し自分の責任で』と言う訳だ。

 それなら、それで面倒な手続きが省ける分、彼にとっても都合が良いくらいだった。どうせ一度、仕事に赴けば会の支援など当てには出来ない。したことも無い。今に始まった事ではない。

「ところで知っているか『金色(こんじき)の堕天使』?」

「ハッ? 何をでしょうか?」

 唐突に『大導師』が話題を変えて来て、リョウは戸惑った。


「今日の夕方、日暮れ前の事だ。『ルルカ』の砂海沖に、所在不明だった『シディア』の艦隊が姿を現した。『ルルカ』執政府が目的を確認したところ、寄港と乗員の上陸・滞在の許可を求めて来た。表向きの理由は飽くまで友好・親善だ」

「本当ですか、それは?」

 初耳だ。思い掛けない情報に、リョウは思わず問い返す。


「うむ、『ルルカ』の執政府主席キーンから直接聞いた。奴はそれを受けるつもりでいるらしい。と言うか、もう受けた。西方の皇帝シオンは、現在、キーン主催の歓迎式典に招かれて『ルルカ』の最上級ホテル、『天上宮殿』に滞在中だ。…『砂漠院』のエレナも出席を表明したらしい。あの才媛はなかなかの曲者だ。今夜中に事態が動くと思っておいた方がいいだろう」

『話してる間にも状況は刻々と変化し、情報は書き換わる』

 エレナの言葉を思い出す。リョウは思わず目を見開いていた。

『親父さん』の葬儀に、取り紛れている内にも状況は刻一刻と変化している言う訳だ。


「世界の怪物達が集まって来よる。面白くなって来たな『金色(こんじき)の堕天使』。後はお前の好きにするがよい。今後、貴様の身に何があっても『闇の会』は、最早一切関知しない」

「サラサについては、どうすればよいでしょうか?」

 話が終盤に差し掛かった時機を見計らって、リョウは『太老』に、サラサの処遇に関する見解を問い掛ける。

「サラサ・・・?」

「俺が砂海で助けた『ロココ』教徒です。『シディア』と『オレグ』双方に狙わている。報告したと思いますが、それが今回の事態の直接の原因ともなりました」


「『シディア』・『ロココ』両勢力間の問題に関して、会の方針としては中立を保つことを既に了承済みだ。よって会として件の『ロココ』教徒をどうするつもりもない。ただ、『金色の堕天使』の証言通り、『混沌の調停者』の暗殺事件に、その『ロココ』教徒が絡んでいるのならば、この微妙な情勢下、自ら好んで爆弾を抱え込む無謀な勇気はワシにはない。このワシに一人の『ロココ』教徒と、二十三番街の友人達、全ての生命と安全を秤に掛けろと言うのならば、その答えは決まっている。但し、その処分の仕方についてまでワシが、逐一言及するつもりはない。今後どうするかは貴様で判断しろ」

 リョウは、無言で肯いて承諾して見せた。


「ならば、後は実践あるのみ。忘れるな、街に留まれる猶予は明日の日没まで。行くが良い『悪魔に憑かれし者(ルシファーリンク)』よ。最早、この街にお前の居るべき場所はない。…以上だ」

『大導師』が一方的に会の終了を告げると同時。

 ガシャーーーン

 前触れもなくリョウの背後で、鉄の重い扉が開け放たれた。

「分かった・・・」

 端的にそれだけ言うと、リョウは踵を返した。

「・・・・」

 闇の中で成り行きを見届けた『長老』達は、それを無言で見送ったのだった。


          ☆


変貌するラファの亡霊。

エレナの捨て身の策

集うリョウの仲間達。

闇より来たる者。

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