表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/40

力なき者には力なき者の戦い方がある。

エレナの助力を得る事に成功したリョウ達。

エレナは法皇庁との接触を試みる。

エレナとリョウの過去の関係が少しばかり明かされる。

 部屋を出て、来た時とは反対の方向に向かって進む。

 行き付いた先はやはり昇降機だった。

「ここ、覚えてる?」

 唐突にエレナがリョウに聞く。

 少し茶目っ気のある表情に見て取れる。

「アア・・・」

 リョウは素気なく応えた。

「そう、貴方が私の股の間に初めてタマを撃ち込んだ場所よ」

『エッ?』

 サラサは思わず、身体を仰け反らせる。

「誤解を生むような言い回しをするな・・・」

 リョウは飽くまで平静だ。

「アハハハハッ」

 エレナは悪意無い笑いを作っていた。

「ゴメンね、驚いた。リョウと、ここを通る時につかう定番のネタなの」

「アア、冗談ですか?」とサラサ。

「まあ、あながち嘘でもないんだけどね」

 そこまで言った処で昇降機の扉が開いた。

 彼女が、彼等を連れて行ったのは恐らく、地下にある施設の一室だった。

 そこは、先程の古典的な趣とは対照的に、古代の遺跡文明の情報処理機器で埋め尽くされている。

 エレナに会う前に見た砂漠院の中央情報処理室を小型軽量化して、まとめて狭い空間に詰め込んだような様相だ。特に象徴的なのは部屋の中央にある拉げた球体の様な装置だ。

「これがエレナの『知恵の卵』(ワンダーエッグ)だ」

 説明するようにリョウがサラサに囁く。

 確かに卵といった形状だ。

 そして、成る程、これがと納得した。

『知恵の卵』(ワンダーエッグ)は、砂漠院が保持する失われた太古の技術の一つ。

 エレナにしか使いこなせず。

 使いこなせた者がエレナと呼ばれる。

 故に、エレナを生み出す知恵(エレナ)の卵。

 その情報処理能力は一台で、恐らく中央情報処理室の数十倍。

 かつて人類は、この星のみならず、太陽系の津々浦々まで情報通信の網を張り巡らせていた。

 光が到達する時差があれば、太陽系の端から端までの出来事を把握する事も可能だった。

『知恵の卵』はそれを管理制御していた装置を修理・復旧した物だ。

 その潜在能力は図り知れない。

 エレナは卵の中央に置かれた接続席(アクセスシート)に、その装置の一部の様に腰を下ろした。

 早速、システムを作動させたのだった。

 ヴォン・・・。

 震えるような電子音と共に装置が覚醒する。

 待機状態から起動・駆動状態へと移行する。

 刹那、エレナは『知恵の卵』と同調。

 法皇庁の通信回線への侵入を開始する。

 傍らからでは読み取れない程の速度で、情報が表示画面上を流れて行く。

 とても人間業とは思えない処理速度だ。

「障壁、解除、障壁、解除、解除、解除、・・・解除、・・・解除」

 計器の明かりに照らし出された顔は仮面の様に無表情。

 呟きながらエレナは作業に集中する。そして、

「意外と時間かからなかったみたい。法皇庁の回線に繋がったわ」

 五分と掛からず。エレナは勝利を宣言して見せたのだっだ。

 サラサにウインクする。

「エッ、もう? パスワードは?」

 パスワードぐらい開示しないといけないかと思っていたサラサは、素で驚く。

「それを含めてね。」

 エレナは事も無気に言って見せるが、サラサは背筋が寒くなった。

 例えるなら、自分の家の鍵が、知らぬ内に外部に流出していたのに気づいた時のような気分だ。

 PI・PI・PI・PI・PI・PI!

『知恵の卵』が小鳥がさえずる様な電子音を奏でる。

「受けた! ボウヤはそっちの交信席に座って『メセタ』と情報交換出来る筈だから」

「ハイ!」

 サラサはエレナの指示に従う。

 指定された席に座った。

「回線、開くわよ」

 厳かな口調でエレナが告げる。

 サラサはコクリと息を飲んだ。

 回線が開く。

 眼の前の大型の表示画面に、訝し気な表情をした男性が映し出されていた。 

「法皇猊下!」

 サラサは叫ぶ様に呼び掛けていた。

『サッ、サラサか!』

 受けた男性の表情も一変する。

 法衣を身に纏った威厳ある精悍な顔付。

 体格もガッシリとしており若々しく老醜を感じさせない。

 だが、年齢は初老の域には達していた筈だ。

 砂海では誰もが知る有名人。表示画面に姿を現したのは、紛れもなく『ロココ』教団現法皇レフィテルⅢ世そのヒトであったからだ。

 エレナは事も無気に法皇庁の、しかも法皇の専用回線に侵入して見せたのである。

 因みにレフィテルⅢ世とサラサは同族の親戚で、彼はサラサの叔父に当たる。

 法皇の顔を目にするや否や、安堵感から零れ出す涙をサラサはどうする事も出来なかった。

「そうです、サラサです猊下・・・」

『サラサ、よく無事で・・・』

 束の間、二人は再開を喜び合う。しかし、

『イヤ、そんな事より『アルデラ』で一体何が起ったのだ。他の者は? ラファは? 姫巫女は? 一緒ではないのか?』

 悠長に再開を喜ぶしまもなく。

 レフィテルⅢ世は、矢継ぎ早に、今回の事態の説明を求めて来た。

 法皇庁でも情報が錯綜し、確度の高い情報が掴めずにいたからだ。

 サラサは、いじらしい程懸命に涙を拭い取ると、これまでの経緯を掻い摘んで法皇に報告したのだった。そして、最後に自分の保護救援のため『ルルカ』に神聖隊(ホーリーフォース)の派遣を要請する。

 しかし、法皇は、あまりの好ましからざる事態の連続と、姫巫女の訃報に触れ、こめかみの辺りを押え、暫し呆然自失の状態に陥っていた。

「心中、お察し致します猊下…」

 在り来りの慰めの言葉しか思いつかない。

 法皇の落胆は判る。

 殉職した姫巫女ラファは、彼の実の娘なのだから。

 法皇としては気丈に振舞いながら、親としてはどんな悲観的な状況下でも、娘の生存を信じていたかったに違いない。しかし、図らずも引導を渡す役割を担う事となったサラサだって辛い。

 刹那、顔を上げた法皇の表情は、厳粛な組織人としてのそれに戻っていた。彼とて砂海最大の教団を率いる法皇として、いつまでも私事でグズグズとしている訳にはいかない。

『私としてはサラサ、お前が生きていてくれた事が唯一の救いだよ。しかし、今、我々は非常に不利な状況下にある。結果から言おう『神聖隊』を今、お前の為に聖地から動かす事は出来ないのだよ』

「!ッ」予想外の返答にサラサは一瞬、己が耳を疑った。

「どっ、どういうことですか、猊下!」

 サラサは、表示画面越しに思わずレフィテルⅢ世に詰め寄る。

 法皇は諦めた様に深く溜め息を付くと、現在の聖地が置かれている絶望的な状況を、細かくサラサに説明し始めたのだった。

『実は今、聖地『メセタ』は、『シディア』の機甲艦隊の脅威に曝されているのだ』

 意外な情報に、サラサは目を見開いて絶句し。

 傍らで聞き耳を立てていたエレナは、即座に、そして如実に反応した。

「話している間にも、状況は刻々と変化し、情報は更新される」

 呟きながら、手元に情報を呼び出すと、速報印付きで同様内容の報告文書が表示される。

 沈黙を保っていたリョウも、身を乗り出して来て、サラサは思わず身を仰け反らせていた。

 法皇は淡々と話を続ける。


『奴等の行動は、唐突で、対処もまま成らない程、迅速だった。情報がもたらされたのもつい先程の事だ。砂海の磁気嵐、進展しない『アルデラ』の情報収集、言い訳は幾らでも立つが、気付いた時には奴等は国境線を突破して、聖地と砂海の緩衝地帯ギリギリに展開し終えた後だったのだ。我々も即座に臨戦態勢を整えて対応したのだが、現在、睨み合いが継続中だ。加えて『メセタ』への南方経路は完全に奴等によって封鎖されてしまった。現状は膠着状態の様相だが、相手は『シディア』の機甲艦隊。こちらから手を出すのは、自滅行為にも等しい。かと言って聖地を奴等の軍靴の蹂躙に委ねる訳にはいかない』


 西方の東部・南部艦隊の不審な動きはエレナの情報にもあったが、その目的は主に『ロココ』教団の聖地『メセタ』戦力を牽制する事にあったらしい。

 法皇は更に続ける。

『奴等は今、砂海の緩衝地帯で盛んに演習を繰り返し我々を牽制している。聖地の強固な防衛機能がある限り、奴等も迂闊に手を出して来る事は無いとは思うが、いつ偶発的な武力衝突が起こってもおかしくないこの情勢下では『神聖隊』の活動は慎重にならざるを得ない』

「しかし、猊下! 奴等は姫巫女を殺害し、その上『最後の聖論』おも奪い去っているのですよ」

 経緯は報告済みだ。

 法皇の弱気な態度に、サラサは激しく反論する。

 サラサにとって『神聖隊』の加勢の意義は、自らの安全の確保を図ることのみに留まらず、『神聖隊』を自ら指揮して、西方から『最後の聖論』を奪い返すことにもあったからである。

『それは判っている。だが、それは法皇庁が対処すべき事案だ。サラサ、お前は余計な事は考えず、生き残り、無事、『メセタ』に帰還する事だけを考えていればそれで良い!』

サラサの態度に不穏な気配を察したのか、法皇は強く嗜める。 

 不利な状況は承知の上だ。だからこそ、浅慮な行動は厳に慎まなければならない。

 法皇は付け足す様に言う。

『それに内向きの話もある。お前が一番良く判っているだろう』と。

 サラサは、無言で目を逸らして応えた。

 これ以上の追及は、得策ではないと判断した。

「では、私はこれからどうすれば…?」

 代わりに素直に今後の指示を法皇に仰ぐ。

『それについては私に考えがある。サラサ、お前を助けてくれた御仁は、今もお前の傍におられるのか?』

「ハイ」サラサは頭上を見上げる。

 そこには、恐らく画面には入っていないだろうが、椅子の背もたれ越しに、寡黙に、彼等の話の成り行きを見守っているリョウの顔があった。

『代わってもらえるか、話がしたい』

 法皇の要請にサラサは頷いて席を譲る。

「俺だ・・・」

 入れ替わる様に、リョウは受信席に腰を下ろした。

『オオッ、貴殿がリョウ殿か? サラサから話は聞いた。私はレフィテルⅢ世。『ロココ』教団第八十七代法皇だ。サラサの窮地を救ってくれた貴殿の勇敢なる行動には、『ロココ』教団を代表して、改めてこの場を借りて謝意を表明させてもらいたい!』

 そう言いながら法皇は、素早く画面越に、リョウの姿を値踏みする様に視線を移動させた。

「光栄ですな猊下。しかし、御世辞は結構。早速、本題に入りましょう」

 法皇は軽微な慇懃無礼に、リョウは少し不遜な態度で応酬する。

『お察しの通りだ。不躾ながら貴殿に仕事を一つ依頼したい。』

 法皇は苦笑いして、早速、話の本筋を切り出したのだった。

『これまでのサラサとのやり取りを、傍らで聞いていたのなら、もう知ってのことだと思うが、我々は今、危機的状況下に置かれている。願わくば貴殿にさらなる助力を要請したい。事態が一応の収束を見せるまで、サラサをこれまで通り護衛して匿って欲しいのだ』

「俺は教団とは縁も所縁もない人間だ。『ロココ』教団の長ともあろう方が、なぜ故に、そんな相手を安易に信用し、仕事を依頼しようとするのか?」

 リョウは素直に疑問を口にする。

『西方の覇者に、『オレグ』の異端者。詳しくは話せないが、内部にも問題が無いとは断言できない。だが、貴殿には既にサラサを『オレグ』から助け出し、こうやって、私と話が出来る様に取り計らってくれた実績がある。少なくとも敵でない事は確かだと認識している』

「今はな、だが問題は危機意識にある。仕事を引き受けるということは、これまでそうであったように、これからも危険に身を曝す事を意味する。俺も一人ではない。仲間が納得しない事もあり得る」

『危険に見合った報酬は用意させてもらうつもりだ。法皇庁としては条件付きで、三百万シリングの謝礼金を約束しよう』

「ヒューーーーーーーーッ!」

 リョウは、お道化た様に口笛を吹いて見せた。

 一シリングには、パンなら一斤、飲料水ならコップ一杯分の価値がある。

 砂海中で流通する、最も信用出来る貨幣単位だ。

 三百万シリングあれば、四人家族が不労で中流並の生活をして孫の代まで何とかなる大金だ。

 だが、リョウは提示された高額の謝礼金額に、むしろ違和感を感じ取っていた。

 法皇家の血族と言えど、サラサ一人の命の値段としては、いささか大判振舞いに過ぎると感じたからだ。しかも、値段を吊り上げた訳でもなく、即決で・・・。

(因みにリョウは、五十万シリング程度を予測していた)

 法皇庁には、サラサを必要とする何か特別な理由でもあるのか? 

 思わず勘繰ってしまう。

 だが、同時に、この情勢下で命の値段に相場はない。

 高過ぎる保証料ではないとも思えるのだ。

 先程、法皇が言葉を濁した『内向き』という言葉が全ての事情を物語っている。

 今は誰も信じられない。彼等にとって一番信じられないのが身内なのだから始末に悪い。

 しかも、その情勢下で、身内の世話を外部の人間に委ねなければならないのだ。

 契約に、充分な機密性と安全性を保全しようと思えば、報酬はどうしても割高になる。

 結局、その時のリョウはそれで納得する事にしたのだった。

『引き受けて、もらえるかな?』

 法皇は早めにリョウに決断を促す。

「俺は、口約束というやつを信用しない主義なのだがね」

『現況では文書を作成し、それを取り交わしている余裕はない。サラサが契約書代わり、『砂漠院』が見届人という事で頼みたい。私もロココ教団の法皇だ。全能なる神『ルシエ』の名に懸けて、正当に同意した契約事項を反故にして、後日、貴殿を陥れる様な真似は断じてしない。信用して欲しいものだな…』

「良かろう。紳士協定だ。でッ、肝心な条件とは?」

 リョウは取り敢えず納得する事にする。

『ロココ』教徒にとって、神の名における誓いを破棄することは信仰の否定を意味する。

 そしてそれは、救われる事無き魂の破滅へと繋がる。

 要するに地獄行きだ。


『肝要なのは、サラサの身柄の保全だ。サラサを、五体満足で無事、我々に引き渡してくれればそれで良い。事態が収束すれば、サラサを引き取る為に、早期に使者を派遣しよう。何、心配には及ばない。法皇庁の影響力は全世界的だ。いなが西方の覇者『シディア』の皇帝シオンと言えども、奴等の真の目的が何であろうと、一か月もあれば奴等は砂海からの撤退を余儀なくされる事になるだろう。だが、それまでは、サラサの生死に関する事態を除き、教団とも極力接触を避けてサラサを匿って欲しいのだ。・・・受けてはもらえないだろうかな?』

 法皇はそう言って再度リョウに決断を促したのだった。

「一か月だな?」

 リョウは改めて確認する。

『確約しても良い。断じて一か月だ』

 法皇は、自信を持って、断固とした口調で言い切る。

『さて、どうしたものか。』

 リョウは、今更になって暫し考え込んでいた。

 傍らでは、捨てられかけた子犬の様に、不安そうな目でサラサが彼を見詰めている。

 イエスと言っても、ノーと言いても、実は問題がある。

 イエスと言って困るのは、実は彼が組織の掟に縛られる存在だからだ。

 ノーと言って困るのは、彼の生活信条に反するからに過ぎない。

 だが、この局面でサラサを見捨てる事が出来る程、彼は薄情な男ではない。

 それに、ただ、匿うだけで三百万という、このボロい儲け話を、軽々に()()にしてしまえる程、彼は無欲な人間でもない。

「判った承諾しよう。商談成立だ。俺のねぐらは『ルルカ』の二十三番街だ。そこで『金色の堕天使』を捜してみると良い。俺とサラサの居場所に行き付く筈だ」

『ありがとう。無事サラサを保護出来た暁には、報酬の他に、貴殿には聖地『メセタ』の名誉市民の称号を授与させることを約束しよう』

 法皇は安堵の表情を浮かべて、満足そうに頷いたのだった

『ではリョウ殿、長い話になってしまったが、サラサの事、くれぐれも宜しくお願い致しますぞ』

「アア、任せてくれ。引き受けた以上、契約は命を懸けても守る」

 リョウはコクリと頷く。

 動作は簡潔だが秘めた決意は重い。

「サラサ、法皇猊下にお別れの言葉は?」

 リョウが訊ねると、サラサは即座に画面に身を乗り出して来た。

「では、猊下。今後の事はご心配なさらずに、サラサは必ず生きて帰ります」

『アア、何があっても希望を捨ててはいけない。神の御加護(ゴットブレス)は常にお前と共にある』

 回線を閉じる直前、

『アア、あと、エレナ殿!』

 法皇は思い出した様に、エレナの名を叫んでいた。

「はい。お久振りでございます。法皇猊下」

 画面の右上端に、小さな画面のエレナが映し出される。

『フフフッ、やはり貴殿であったか。『砂漠院』に人材数多(あまた)ありと言えど、法皇庁の回線にこうも容易く侵入して来られるのは貴殿ぐらいのもの。この度は身内の安全の為にお骨折り頂き、誠に感謝している』

 慇懃さに多少の皮肉が籠っている様に感じるが、彼は構わず続ける。

『今後とも『砂漠院』とは、良き隣人でありたいものだ』

『ロココ』教団と『砂漠院』の関係は円満だ。

 信仰と情報、彼等は互いに生きる世界を住み分けており、その関係には今のところ明確な対立軸は存在しない。それに、今だからこそ、友好を再確認しておくことに意義がある。

「同感ですわ、猊下。情勢の如何に関わらず。猊下とは近い内に再開する事になるでしょう。共に砂海の民を代表する者として」

 エラナがそう返すと、法皇は良い心証を掴んだ時の様に表情を晴れやかにして、

『差し詰め最初の議題は緊急通常回線(ホットライン)の開設についてからですかな。では、いずれまた。『“信仰の元に栄えあらんことを”』』

 常套句になっている聖論の一説を口ずさんで、回線を閉じたのだった。

 かくして、法皇庁との情報交換は終了した。


         ☆


「あんなこと言って、本当に大丈夫なのリョウ?」

 エレナの知恵の部屋を出て『砂漠院』施設からの去り際、心配そうにリョウを引き止め、エレナは彼に囁いて来る。

 勿論、サラサには聞こえない様にだ。

 リョウにはリョウの、深刻な内部事情がある事をエレナは既に知っているからだ。

「まあ、どうにかなるだろうよ・・・」

 リョウの返答は、心無しか投げやりだ。

 それが、彼の複雑な裏事情の裏返しである事が、エレナには良く判っていた。

「差し出がましいことかも知れないけど、リョウ、悪い事は言わない。悪い様にもしない。今からでもあの子を私の元に預けなさい」

「ハハハッ、冗談だよな? エレナ、俺が受けた仕事だぞ?」

 リョウは笑殺するが目は本気だ。

 一瞬で、その場の空気が張り詰める。

 リョウが本気で動いたら、この場は三秒で地獄と化す。

 そして恐らく、事態が最悪の状況で終了するまで彼が倒れる事は無い。

 エレナはハッと溜息を付いて、

「なら言っておくわ。今後、行き詰ったら、いつでも私を頼ってちょうだい。遠慮はしないでね。ねえ、『ルシファー・リンク』覚えている? 貴方が最初に拾った子供は私だったのよ・・・」

「俺をその名で呼ぶな・・・」

 エレナは、言葉を弄び過ぎている。

 彼女のお気に入りは、強い駒であって、それ以上でも、それ以下でもない。

 常に駒の指し手の位置から彼等を見ている。

 話を一々真に受けていたら、命が幾らあっても足らない。

 リョウは短く言い切ると、そこで一方的に話を打ち切り、出口の手前で待っていたサラサの元に向かったのだった。

「バカヤロー、(ヒト)の気も知らないで・・・」

 エレナは少し寂しそうな表情で誰にも聞こえぬ独り言を呟きながら、彼等の後ろ姿を見送った。

 かくして二人は『砂漠院』を後にした。


         ☆


 再起動させた『知恵の卵』(ワンダーエッグ)の中で、追跡画像を呼び出し、街路を立ち去って行く二人の姿を追いながら、エレナは『砂漠院』のエレナとしての非情さを取り戻し、早くも活動を再開していた。彼女は再び何処かの回線に侵入を開始する。『砂漠院』の真の恐ろしさは、その卓越した情報処理能力以上に、それを分析、利用した謀略戦の遂行能力にある。

『砂漠院』の連絡員は、謀略戦の工作員でもある。

 そして、エレナはその頂点を成す司令塔。

 力なき者には力なき者の戦い方がある。

 エレナの真価が発揮されようとしていた。


         ☆


 リョウから貴重な情報を得、シオンの企みを知ってから、小一時間経過後も『砂漠院』の謀略機関の(おさ)『真実の女神』エレナはシオンの施した砂海圏侵攻計画、その予定調和の中から抜け出すべく奔走を続けていた。

 今回の事態、始まった当初から『砂漠院』は常に後手に回る事を余儀なくされていた。

 仕掛けて来たのが西方からなのだから、仕方がないと言えば仕方がないのかも知れないが、いつ迄も、後塵を拝している訳にもいかない。それに、兆候も掴めず堕し抜かれたのには原因がある。

 五年前の西方、シオンの指揮下、執り行われた粛清。

 芋蔓式に検挙される『砂漠院』の連絡員及び工作員達。

 そのまま、闇に葬られた者も数多くいた。

 しかし、『砂漠院』の本庁で幹部達は責任転嫁に終始して、無様に慌てふためくばかり。

 多くの仲間を見殺しにして保身に走る幹部達に、愛想を尽かして反乱を企てた彼女の実兄。

 兄は若く才気走っていたが、思い込みが激しく猪突猛進するきらいがあった。

 その計画を小耳に挟んで、彼女は兄を止めたが、果たせず、逆に計画の漏洩を恐れた兄に幽閉された。

 彼女は逃げた。そして、追手に追い詰められた時、街一番の殺し屋に助けられた。

 彼の助力を得て、兄を排除する事で、彼女は『真実の女神』の名を手に入れた。

 兄の一派の反乱は未然に防がれた筈だった。

 しかし、それに端を発する内部での混乱と、粛清の嵐を、砂漠院は防ぐ事が出来なかった。

 組織を二分し兼ねない、反抗的な派閥の暗躍。

 一向に進まない、西方の諜報連絡網の再構築。

 結果、西方に於いて入手出来る情報の質は低下し、未だに砂海深部に潜航した西方親衛艦隊の所在すら掴めない処か、未然に敵の行動を察知する事すら叶わなくなった。

 砂海深部が、異常磁場の発生する特異空間であるとしても、嘗ての砂漠院なら、自らの本拠地で、これ程までに侵入者の探索が後手に回るなど、在り得ない事態だった。

 しかし、今、彼等は無様にまで失墜し、堕落してしまった。

『砂漠院』の名に懸けて、意地でも、これ以上、西方の好きにはさせない。

 これはもう、五年前の遺恨を晴らす以前の問題だ。

 エレナの意地と言っても良い。

 本来、砂漠院には、緊急事態に際してはエレナを中心に指揮権を集中し、即時に対処する大権発動規定がある。しかし、五年前の混乱時にエレナはいなかった。

 長期の平穏が、非常時の感覚を鈍らせた。

 大権が発動せず指揮権が混乱し、最悪の事態を招く結果となった。

 だが、今は違う、今は自分がいる。

 彼女は、エレナの非常時大権を発動する準備に入っていた。

 後は幹部会の最後の重鎮の承認が得られれば、エレナの大権が発動するまで、準備は進んでいた。

 しかし、皮肉なものだ。機械的に指を動かしながら、彼女は述懐する。

 かつて、西方が群雄割拠し、内部で絶え間ない抗争を繰り返していた頃。彼等は一時、西方諸国の『シディア』に誕生した若き指導者シオンの存在を歓迎すらしたのに、今は、その男に自分達の庭先を荒されて何も出来ず、右往左往しているのだ。

 シオンが前『シディア』王、リシエルとの骨肉の争いに勝ち残り、王位を襲名した頃。

『砂漠院』の懸案は『シディア』内部の権力闘争よりも、当時西方南西部に勢力を拡大しつつあった新共和勢力(リ・リパブリカント)にあった。

 新共和勢力(リ・リパブリカント)は、あたかも宗教的なまでに共和体制を絶対視し、無宗教も政策の根幹として主張していた。結成当時から『ロココ』や『砂漠院』等の既存の宗教・組織を邪悪と断定し、排除を目論んでいた。だから両勢力が対立して行くことは自明のことだった。

 封建的な国家、諸侯、世襲勢力も同様に、その排除の対象に含まれていた。

 西方に於いて『砂漠院』も『ロココ』教団も、西方諸国の力の均衡がもたらす虚構の上に造り上げられた危うい権威に過ぎない。その虚構を維持する為に、新共和勢力と対抗しうる強力な駒として、古い歴史と強固な軍事力を持つ『シディア』は、むしろ欠かせない存在だったのである。

 しかし、先王リシエルは典型的な独裁暴君で、戦争には強いが、民生を顧みない男だった。

 結果、彼の治政下の『シディア』においても、急速に新共和勢力が浸透・拡大し始め、それを排除する為に、さらに酷い圧制で民衆の支持を引き止めるしか、彼は対抗の術を知ら無かった。

 それがまた明らかに民衆の支持と信頼を失い。国内に、新共和勢力の拡大を許す、という悪循環に陥っていたにも関わらずだ。

 そんな男だったから、後継者シオンは、その実力は未知数だとしても、何かと問題の多いリシエルよりは、期待出来る存在だったのである。

 必要な事は、誰が統治するかではなく。

 如何にして、力の均衡を保つかだ。

 両勢力は長年、力の均衡を維持させる事で、西方に於いて莫大な利権を得て来た。

 それを維持する為に、両勢力が打ち出した安易な打算が、戦地で客死したリシエルの後を継ぎ、国王に即位したシオンに対する安易な支援路線だったのである。

 この男が、後にどれ程の『化物』に成長するかも知らずに・・・。

 その頃はまだ誰も、彼の純真な仮面の裏に隠された凶悪な素顔に気付いてはいなかった。

 しかし、少なくとも王位を襲名してから暫くの間のシオンは、彼等にとって、決して好ましからざる人物ではなかった。彼は、数々の大胆な政策を実行して行く事で、巧みに人心を掌握し、彼等が予想した以上に鮮明に反新共和勢力の姿勢を表明して、国政で次々とそれに対抗する施策を立案し、実現し、成功させていったからである。しかも、彼は当初、改革の為に自国内の諸勢力には極めて厳粛な態度で挑みながら、『砂漠院』や『ロココ』といった既存の外国勢力を、弾圧するまでに毛嫌いしてはいなかった。

 そう言った意味で、シオンは当初、彼等にとって『使い難い駒』だが、『使えない駒』ではないと見做されていた。

 かくして王位襲名から三年後。

 瞬く間に、国内の騒乱を平定したシオンは、彼等の思惑通り、西方南西部に本拠がある新共和勢力(リ・リパブリカント)との全面戦争へと突入して行く事になる。

 だが、彼等の思惑通りに進んだのは、そこまでだった。

 戦闘が過熱化して行く内に、彼等が完全に管理下に置いていると思い込んでいたシオンが、制御出来ない事に気付き始めるのである。

 シオン率いる『シディア』勢が、彼等の思惑に反して勝ち過ぎるのだ。

 民衆には安定と平穏と、何よりも、勝利もたらしてくれる強い指導者に闇雲に心酔して行く傾向がある。ここに至って彼等は、シオンに対する態度を硬化させ始める。

 彼等にとっては『シディア』が敗け弱体化することも、勝ち過ぎて強大化することも、同時に好ましくなかったのである。彼等は結局、力の均衡の中にこそ、その存在に意義がある。『新共和勢力』であろうが『シディア』であろうが、西方を統一する勢力自体を望んではいなかったのだ。

 身勝手な話だと思う。しかし、それが当時の旧勢力の実態だった。

 その頃から、彼等は様々な謀略を持って影から、今度はシオンの活動を妨害し始める。

 しかし、結局、最終的に彼等が思い知らされたのは、これまでの脚本(シナリオ)を書いていたのが、本当は一体誰だったのか、という事に過ぎなかったのである。

 数々の妨害工作にも関わらず六年前。

 シオンは本格的に、西方統一の覇業に着手する。


『この乱れ切った西方の世に、法と秩序と平和をもたらす事が出来るなら、私は敢えて、鬼にも悪魔にもなろう。統一を妨げること、それ自体がもはや悪なのだ。恨みたくば恨め、貴様等に死の平穏を与えよう。我を称えよ。さすれば、我が臣民に我は栄光と繁栄を約束しよう!』


 後に、シオンの悪名を世界に轟かせる事になる。それが『西侵』の始まりである。

 彼は、形骸化していた『西方皇帝』の権威と名を利用して、民衆に絶対的な服従か、死か、その二者択一を強要したのだった。

 とは言え、彼の戦術は至って簡単である。

 宣戦布告後、各都市に降伏を勧告。勧告を受け入れれば、地位と安全を保証し、受け入れなければ、徹底的な殲滅戦をもってそれに応える。

 侵攻後、一週間で、シオンは国境沿いの街三つと、数万人の民衆をこの世から消し去り。

 同じ間に、『新共和勢力』に与する都市の八割以上を降伏させた。

 西方統一という偉大な大義を掲げ、圧倒的火力と物量で民衆を脅迫し、恐怖によって懐柔するというシオンの戦術の前に、民衆を大動員したゲリラ戦で戦い抜いて来た『新共和勢力』は四分五裂の状態となり。最後まで、効果的な対抗策を打ち出す事も出来ず、最後の拠点は陥落する。

 気付けば、『シディア』は、嘗て西方八カ国と言われた内、五カ国を併合支配する、西方一の大国へと成長し。その頃にはもう『シディア』におけるシオンの地位は、西方の覇王と言うに相応しい程、絶対的なものとなっていた。『ロココ』も『砂漠院』も、拠点を失ってなお各地で燻り続ける『新共和勢力』も、『シディア』にとっては、既に、国内を蝕む寄生虫の様な存在に成り果てていた。

 かくして、『西侵』展開がヤマ場を越える頃。

 シオンは、次の一手として、三勢力に対する大々的な粛清に着手した。

 これまで、シオンの政策を悪し様に罵り、批判・妨害・敵対して来た。

 彼等、守旧派勢力を排除・追討・弾圧する口実は、シオンには幾らでもあった。

 結果として、『ロココ』も『砂漠院』も『新共和勢力』も、数年の内に、西方に於ける影響力の、その殆どを失ったのである。

『ロココ』信徒の多くは『アルデラ』へと逃れ。

『砂漠院』は砂海の各地の拠点に逃げ帰り。

『新共和勢力』は同じく共和制を敷いていた『北方』の国々を頼って逃れて行った。

 そして三年前、国家体制を刷新したシオンは、国内外に『シディア』皇国の樹立を宣言して、皇帝に即位する。それが、シオンの目指す西方統一が、実質的に完了した瞬間だった。その後、残る西方三カ国は、戦わずして『シディア』の旗下に降ったからだ。

 かくして、百余年に及ぶ、最も非の打ち所がない内戦と言われた『西方の大乱』を、シオンは『シディア』王位を継承してから、僅か十年そこそこの短期間で平定して見せたのである。

 シオンの父、リシエルの時代には既に『シディア』は、三代に渡る統治の結果、覇権国家足り得る強固な基盤を築いていたとか、混乱の収束と平穏を望む民衆の悲願が、勝利を続ける英雄的存在の出現により、相乗効果を引き起こし、歴史が本来在るべき方向に収束した必然的な結果だとか、色々言われるが驚異的な功績であることに相違いはない。

 そして奴の留まる処を知らぬ支配欲は、ついに砂海圏へと延びて来たのだ。

 だが、ここはもう『西方』ではない『砂海』なのだ。

 砂海圏への侵攻が、『西方』の時の様に民衆の歓迎を得られるものでは無いことを、彼等はシオンに思い知らせてやらなければならなかった。

 ここを追われたら、もはや彼等にも後はないのである。

 だが、砂海の命運を左右する重責にも関わらず、エレナの入力盤を討つ手は、楽器を弾くかの様に滑らかであり。表示画面を見据える彼女の瞳は、飽くまで冷静だった。


         ☆

 

 暫く後、西方の侵攻に対処すべく緊急を要する一連の作業を終えたエレナは、現状を報告、及び最後の重鎮の承認を得るために砂海の都市国家『ラスカ』の砂漠院本庁との回線を開いていた。

 表示画面に出た口元に髭を蓄えた初老の男性は『砂漠院』最高幹部の一人シルニア・ロゼである。一通りの状況説明を受けた後でも、エレナの非常大権に及ぶ事態の急変に彼は困惑の表情を隠せないでいた。

『ウ~ム、その情報の信憑性は保証出来るのだな?』

 彼は低い厳かな口調で尋ねる。


「勿論です。情報源は明かせませんが、極めて信用出来る情報筋からの情報とだけは。我々としても早急に対処する必要があると判断し、私の一存でエレナの非常大権の必要性を感じ、その故は既に各部署、各機関に通達・承認済みです。残る裁断は評議長のみとなっています」


『ウ~ム、つまり私で最後と云う事か?』

「ハイ、有り体に申し上げましたら」

『ウ~ム、手際の良い事だ。他の評議員議員の意見は何と?』

「残りの六人の議員の見解は、最終的な判断はエレナに任せると」

『ウ~ム、いい加減な奴等め』シルニアは唸る。

 シルニア・ロゼには発言の前に唸る口癖がある。

『しかし、エレナの提案は早急は上に過激に過ぎる。良く言えば大胆。悪く言えば無謀の誹りを受け兼ねない。今件の早急な裁断は、今後百年の組織の運営に影響を与え兼ねない』

「先程も申し上げました通り我々には、充分な時間的余裕がありません。奴は既に『最後の聖論』をその手に収めているのです。早晩、奴は必ず何らかの行動に出て来るでしょう。それどころかもう動き始めているかもしれません。後手後手に回っていたら五年前の二の舞にも成り兼ねない」

 幹部会の楽観主義が、これまで何度、西方でシオンに煮え湯を飲まされる原因になったことか、いつに成ったら、その経験に学ぶのか。

 エレナは指摘してやりたいが、寸前のところで言葉を飲み込む。


『ウ~ム、確かに。先刻、西方親衛艦隊の不可解な行動に関する情報が私の元にも届いている。西方が『ルルカ』の交易財閥に砂漠航海用の要員の派遣を依頼して来たと云うものだ。西方が貿易商の協力を要請するなど前代未聞の事であるから、その真意を掴み兼ねていたのだが、エレナの情報が確かなら、あるいは西方は砂海の何処かに捜し物を見つけ出したのかも知れん』


 砂海は深くなれば成る程、その知識が浅い者が入り込んで生きて戻れる場所ではない。

「そこまで判っているならなぜ!」

『先程も言ったが、作戦が失敗すれば『砂漠院』に与える影響は測り知れない。幹部会も二の足を踏む事だろう。法皇庁との関係もある』


「法皇猊下には、既に非公式ながら承諾を得ています。それに作戦の成否に関わらず『砂漠院』の組織は保全されます。逆に、態度を保留にしても砂海圏はシオンの好きな様に掻き乱されることになるでしょう。これまで、砂海の異常磁場は我々の生活圏を制限する障害であったと同時に、外敵の侵入を妨げる最大の防壁でもありました。我々『砂漠院』や『ロココ』教団が曲りなりにも東西南北の巨大勢力と対等な関係を維持出来たのは、そのおかげだと言っても過言ではありません。全ての電子機器が狂う砂海の異常磁場の中では、機械化部隊の兵力の集中・大量動員は不可能であり。戦闘は純粋な歩兵戦力を中心とした有視界戦に成らざるを得ないのですから。しかし、時が経つにつれ我々はそれに慣れ過ぎて、却ってそれに甘えてしまった。既にシオンは、砂上都市『アルデラ』を機甲艦隊で襲撃して見せることで、それを技術的に克服したことを証明して見せたのです。砂海諸国の認識は甘すぎる。硬化しても抵抗は無意味です。『西侵』時の自らの失敗を忘れてはいけません。それに『エスニア』の派閥の動向も注視しなければなりません。我々がやらなければ、彼等がやるだけです」


『エスニア』の派閥とは五年前、反乱を企てて『ラスカ』本庁から追放された『砂漠院』の非公認分派のことである。砂海都市『エスニア』に拠点を構え、現在も侮れない勢力を保持して本庁と鋭意対立している。

『ウ~ム、『エスニア』閥の動向を考慮に入れたとしても、決断を下すには『破壊の伝承』、それ自体の信憑性があまりにも疑わし過ぎるのだ』

「『破壊の伝承』を裏付ける記述は聖論のみに留まるものではありません。西方の『ロプト記』、南方の『セブラ朝記』、『砂漠院』の『ロゼッタ史記』にすらそれを裏付ける記述は残されています。探せばもっとあるでしょう」

『ウ~ム! しかし、それは文明再開以前の伝聞の伝聞の記録に過ぎん!』


「現実に脅威として認識されている以上、それを無視する事は出来ません。これは保険です。奴がそれを手に入れてからでは遅いのです。それに、そんなものが無くても奴は我々にとって危険な存在になり過ぎている。ここで決断を下さなければ、もはや我々に明日は無いのです。事態は既にそこまで切迫している。五年前の様な無様な事態を、二度と起こさない為にも…」


『ウッ、ウ~~~~ム』

 シルニアは、表示画面の中で、歯切れ悪く言葉を詰まらせていた。

 今の状況の遠因は、その内どうにかなると楽観的な判断を続けて来た『砂漠院』本庁の現状認識に問題が無いとは到底言い切れない。

『エレナ。お前は確かに賢しい。しかし、一言いわせて貰うなら、世界を自分の手の中で思う様に操れると考えるのは大きな間違いだ』


「世界を操ろうなんて大それた事、私は考えていません。ただ、『砂漠院』を、砂海圏を外敵から守る為に、今出来ることは今やっておきたいだけ。その為にシオンと和解する必要があるなら、必要と言っているだけ。・・・承認していただけますね父上? いえ、シルニア・ロゼ評議会議長閣下。幹部会の承認無くして私の計画は成就し得ません」


 エレナの非常大権の発動には、幹部会の承認以前に、必ず評議議長の同意が必要となる。

 これは法規には明記されていない不文律だ。議会が彼女の申請をアッサリと承認したのは、議長が彼女の実父だと皆知っているからだとも言える。

『人が出来ないなら、飢えた野獣を嗾ければ良いか。ウ~ム、しかし、問題は『誰が野獣の檻を開けるか』。『誰が猫の首に鈴を付けるのか』。という事だな』

「その覚悟がなくして私も野獣の檻に手を出し、鈴の用意をしようとは思いませんよ。しくじった時に食べられる哀れな小動物は、私一人で充分です」

『ウ~ム。判った。エレナ。これより緊急に臨時の幹部会を招集する。幹部会はエレナの非常大権を承認し、『シディア』への和平使節団の派遣を了承するだろう』

「感謝します。シルニア・ロゼ評議会議長閣下。後の事は全て私、エレナが取り仕切ります」

『ウム、いざとなったら評議会は躊躇うことなくエレナを切り捨てるだろう。だが、それまで評議会は最早一切干渉しないつもりだ。しかし、忘れないでくれカチュア。父としての私は、お前をいつも想っていることを…』

「ハイ、それで充分です。お父様。『砂漠院』はあくまでシオンと和睦するのですから」

 エレナはそう言って、表示画面の父に気丈な笑顔を見せたのだった。


         ☆


 法皇庁が、姫巫女の死を、世界中に発信したのはそれから程無く経ってからの事である。

 同じ頃、シオンは、砂海を次の目的地に向かって航行中の陸上戦艦『バルナラント』の中で、頭を悩ませて『最後の聖論』の謎を解き。西方親衛艦隊の所在が再び確認されたのは、エレナとシルニアの会談が終了した、その直後の出来事だった。

 リョウとサラサは、その頃、再びトンデモない事態に叩き落されていたのだが、それはまた次回の講釈にて。・・・長い一日はまだ終わりそうにない。



契約を再確認したリョウとサラサ。

しかし、オレグの魔の手は迫って来る。

リョウの正体が明かされる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ